「流石に三億の首、中々に強かったな」
「あれだけボコボコに殴り倒しておいてよく言うぜ……ちょっと同情したよおれ」
「一撃当たれば死ぬパワータイプだったからな。反撃させずに倒すのは当然だろう」
甲板で昼食を食べながらジュンシーとスコッチは先の戦いを振り返っていた。
ミストリア島を牛耳っていた鬼武者海賊団の面々は既に壊滅し、至る所に屍を晒している。流石にこの中で昼食を取る気にはなれなかったのか、船に戻って血を落としてからの昼食となった。
既に制圧したことは島民たちにも知れ渡っているのか、こちらの船を遠巻きに見ているようだ。
「どうする。制圧したついでにこの島を拠点にするのか?」
「利便性は悪くねェが、やや小さい島だ。おれ達のシマにするならまだしも、拠点として使うにはちと手狭だな」
〝新世界〟に来たばかりの海賊たちを相手に商売することを生業としているものが多い。
横に流す商人ばかりでこの島の特産も多くはないため、拠点として使うにはやや不向きでもあるだろう。何より食糧の自給率が悪い。
この島で食料を調達しようと思うと他の島よりもだいぶ割高になってしまう。
「カナタ、この島で
「この島で
「何? 滞在しないのか……まァいい、わかった。何の情報が必要だ?」
「この二週間で勢力図に変化はあったかどうか。それと、航海するうえで気を付ける場所があるかどうかだな」
このところ戦争が多いため、短い期間でも勢力図に変化が起きる可能性は低くない。
シキやリンリンの動向には注視しておくべきだ。あちらもカナタたちの情報は常に仕入れているだろうから油断は出来ない。
そういう意味では予想を外す航路を取るのは理に適ってもいる。
「最低限で構わない。大きな動きがあれば新聞でもわかるからな」
「そうか、そうだな。じゃあ情報収集メインで……可愛い女の子が酌してくれる場所を探そう」
「お前それ女の子と飲みてェだけだろ!?」
スコッチが神妙な顔をして頷くので思わずジョルジュも頷きかけたが、よく考えると酌をしてくれる場所である必要はない。
確かに人が多く出入りする場所なら情報は集まるだろうけれど。
「今日は情報を集めて体を休めるように。明日からまた海に出るのだからな」
それぞれ返事をして動き出す。
──結局、大した情報は集まらなかったのだが。
☆
海賊島〝ハチノス〟。
かつてロックス海賊団が旗揚げをした場所であり、海賊同士のゲームである〝デービーバックファイト〟が生まれた地でもある。
島の中央には巨大な髑髏の岩山があり、周囲には石造りの建物が建ち並ぶ場所だ。
だが、建物はあれど人はいない。今は誰も住んでいない廃墟の土地でもある。
港は古いが十分使えるので船を停泊させ、カナタはドラゴンを連れてシャクヤクから貰った海図を片手に島の中央へと向かう。
「島の造りまで書かれた海図とは……どこで手に入れたんだ?」
「シャボンディ諸島でシャクヤクから貰ったんだ」
カナタにとって意味のある海図だと言っていた。
海図とは基本的に航海するために使うものなので、普通は島の内部など描かないのだが……この海図には島の内部構造まで描かれている。
建ち並ぶ石造りの建物は古いがまだ使えそうだし、居住区として見るなら十分な広さがある。拠点として使うにはいいかもしれない。
ガープにはカナタがオクタヴィアの娘と言うことがバレているし、また要らぬ詮索をされそうな場所ではあるが。
「気候は夏島、今は春と言ったところか。過ごしやすい島ではあるが、食料や水の調達に困りそうな場所でもあるな」
「ここに来るまでにかなり大きい島があった。ハチノスからほど近い島があるなら、そこから食料や水を調達しても良いのではないか?」
「そうだな。それも一つの案だ」
海賊島と言われる通り、元々海賊たちが根城にしていた島なのだろう。島の外周には過去の防衛設備と思しき大砲などが乱雑に置いてある。
火薬はシケって使い物にならないし、大砲そのものも古い上に錆び付いている。防衛設備は一新しなければならない。
港も古いが、多少改修すれば大きな船でも数多く泊められる程度には広い。大工が必要だ。
各所を見回って確認しながら、いよいよ島の中心部に位置する髑髏の岩山に辿り着いた。
「……近くで見ると思ったより大きいな」
「よくもまァこんな不安定な形にしたものだ。何かの能力者でもいたのかもしれないな」
「可能性はあるな。岩と同化する能力者なら私も見たことがある」
普通に切り出すには奇妙な形だ。能力者によるものと考えたほうがいいだろう。
単純に戦いに使うだけではなく、使い方によっては生産や工業にも使える。
正面から扉を開けて入ってみると、中は風通しが悪いせいか埃が積もっている。
顔をしかめ、あちらこちらの窓を開けて換気をするが、本格的な掃除は必要だろう。
ひとまず埃を吸い込まないようにマスクをして奥へと進む二人。
「……ここだな」
島の図解とにらめっこしながら歩き回り、解りにくい扉を二つ三つと開けて奥へと入っていく。その中で、地下への階段を見つけた。
明かりが必要になると考えてランタンを持ってきたが正解だったらしい。
地下への入り口はだいぶ大きい。普通の人間でも数メートルの体格が珍しくないので、自然とこういう形になるのだろうか。
「換気は行き届いているのか? 酸欠など御免だぞ」
「風の流れはある。酸欠になることはないだろう」
わずかではあるが風が通っている。どこかに吸気口があるのだろう。先程建物内の窓を全開にしてきたのでそれで空気が通ったのかもしれない。
壁を触ってみるも、カビが繁殖している様子もない。地下室は空気の流れが悪いので能動的に換気してやらなければ湿気で酷いことになるはずだが、と考えるカナタ。
夏島であることも相まって、環境は酷いことになっていると考えるのが自然だ。
足元に注意しながら階段を下りていき、ついに最奥へとたどり着く。
「──これは」
「〝
しかも何故か薄く明るい。光るコケのようなものがそこかしこに繁殖しているのだ。
ランタンが不要と言うほど明るいわけでは無いが、ぼんやりと周りが見える程度には明るく──それほど広くもないこの地下室の壁と地面の至る所に苔むしている。
その中央に〝
地下室への入り口のサイズもかなり大きかったので、入らないことはないだろうが……それにしたって何故この場所にあるのかという疑問はある。
かつてこの島を根城にした海賊が持ってきたのか。それとも最初からここにあったのか。
いや、此処は地下室だ。能動的に移動させない限りここに鎮座しているという状況にはならない。
「ロックスか、あるいはオクタヴィアがこれをここに持ってきたのか?」
「理由はわからんが……それと、〝
〝
この環境の中に刀を置くというのはどうかと思うが……それほど価値のあるものでないのかと思い、カナタはドラゴンにランタンを預け、刀を手に取って鞘から引き抜く。
「……美しい刀だな」
刀身は反りが少なく、肉つきが薄く、鎬が高く、しっかりとしていて切れ味が良さそうだ。
細かい波が乱雑に乱れた〝ぐの目乱れ〟と呼ばれる紋様と言い、妖しい魅力を放つ刀と言えるだろう。
そして何より──〝黒刀〟だ。
「恐竜が踏んでも一ミリも曲がらないという噂は聞くが、実物を見るのは初めてだな」
武器に武装色の覇気を流し込めば同じように黒く染まるが、これは覇気を流し込まずとも最初から黒く染まっている。
「銘はわかるか?」
「知らん。私はそこまで刀剣の類に詳しくないのでな」
だが、船に戻れば資料はあるし、知っている者もいるだろう。ジョルジュなどはどこから仕入れたかわからない情報を色々持っている。
黒刀になっているおかげか錆び付いているわけでもないのが救いだ。
「誰が置いていったのかはわからないが、貰っていくとしよう」
無造作に突き立てられていた刀を回収し、地下室を後にする。〝
というかカナタ達にも読む方法が無いのでどのみち放置するしかない。
地下室への道は今まで通りわからないようにしておき、来た時と同じようにしておく。
まるで、〝
☆
「おかえり。何か収穫はあったか?」
「ああ。お前、刀の銘には詳しいだろう。
地下室から戻ったカナタは港付近にいたジョルジュを見つけ、手に持った刀を見せる。
「珍しいな」と刀を鞘から出し、造りや刃紋を丁寧に観察する。
特徴的な刃紋なのか、じっくり見た後で目を丸くした。
「こいつは……信じられねェな」
「いい刀だと思うが、位列はわかるか?」
「いい刀、なんてもんじゃねェ。こいつは
刀剣の類は様々な要素によって五つの位列にあてはめられる。
位列は業物とも呼べぬ普通の刀に始まり、業物、良業物、大業物、最上大業物と呼ばれている。
そのうち最上大業物は十二工しかなく、その多くは行方不明だ。
ここで見つかったとなれば大騒ぎになるだろう。
売ればどれだけの値が付くかわからないほどの逸品だ。
「銘はわかるか?」
「ああ──銘は〝村正〟……かつて神を亡ぼすと呼ばれた刀だ」
最上大業物が一振り、〝村正〟。
誰が使っていたのかはわからないが、凄まじいものだ。
とはいえ、これを使うにも少しばかり問題がある。
「ただ、こいつは同じ最上大業物の〝初代鬼徹〟と同じように妖刀って呼ばれててな……お前は刀なんか使わねェし、誰が使うんだこれ」
「妖刀か。まぁそうだろうなとは思っていた」
見る者を魅了する刀だ。
妖刀と呼ばれる由縁もなんとなくわかる。持ち主を死に追いやる妖刀ではなく、持ち主を自ら死地へと向かわせる妖刀だ。
すなわち、
強い武器、美しい武器を手に入れれば振るってみたいと考えるのが人の心情だが、この刀はそれが飛びぬけて強い。
「これは私が預かろう。部屋の飾りにする」
「最上大業物十二工の一振りが部屋の置物か……使う訳にもいかねェし、仕方ないのかも知れねェが……」
何とも言えない顔でジョルジュは刀を返す。
使いたいなら使ってもいいぞとカナタは言うが、「振るうたびに人が変わる」とさえ言われる妖刀ではジョルジュも使おうとは思わないらしい。
自制心の強いものでなければ呑まれるだろう。カナタが持っておくのが一番だ。
それと、とカナタは話を変える。
「ちょうどいいから此処を拠点にすることを考えている。この島に来る途中、ほど近い場所に島もあった。補給はそこでやればいいだろう」
「そりゃいいが……今から準備するのか?」
「いや……シキやリンリンとの戦争も視野には入れているが、やはり一度〝
「その後この島を拠点に色々動くわけか……なるほど」
後々拠点として使えるだろう、という話だ。今すぐと言う話ではない。
それに、色々な場所へ足を運んで未知のものを発見するのも嫌いではないのだ。
「となると、次はこの島で
「そうだな」
どこか行きたい場所でもあればそこを優先してもいい。どうせ行きつく先は全て同じなのだから、多少行く場所が前後しても変わることはないだろう。
そう話していると、耳聡く聞きつけたゼンが現れた。
ヒヒンと嘶くゼンは片手をあげて意見があると言う。
「話は聞かせていただきました! 私から一つ提案があります!」
「聞こう」
「〝ゾウ〟へと行きませんか? 私の故郷なのです」
それと、出来れば一度〝ワノ国〟にも行きたいと言う。
かつて世話になった光月スキヤキに挨拶したいらしいが、
「だが、〝ゾウ〟にはどうやって行くんだ?
「いえ。
そこで、とゼンは一枚の紙を取り出した。
〝ビブルカード〟──別名、〝命の紙〟とも呼ばれる紙だ。
爪の欠片を原材料として作り、平らな場所に置くとその爪の持ち主に向かって動き続けるという不思議な紙。これを辿ればそこにビブルカードの材料である爪の持ち主がいるという理屈らしい。
燃やそうが濡らそうが灰になったり使い物にならなくなったりはしないが、破って小さくちぎることは出来る。
これを辿ることで〝ゾウ〟へと行き着く。
「そんな便利なものがあるのか」
「ビブルカードは〝新世界〟にしか無いものですからね。他の海から来た人は驚くことも多いです」
そういえばゼンは〝新世界〟の出身だった。フェイユンも同様に〝新世界〟のエルバフの出身なので、今回の旅で帰郷することもあるかもしれない。
まぁ、追々行くこともあるだろう。まずはゼンの故郷だという〝ゾウ〟を訪れてみることにした。
次の日──ミンク族の暮らす国、〝モコモ公国〟のあるという〝ゾウ〟へ向けて出航する。
その前にちょっとばかり寄り道をして。
新世界は話題に困らないけど話題が多すぎて結構端折ってるところ多いです。
詳しいことは今後やるので許して…許して…
あと刀の名前なんですけど、一番ありそうな銘で出しました。
もう一つ候補あったんですけどね。「百鬼(なきり)」って銘。
かつて空を亡ぼすと言われた刀とかそんな感じで。没になりました。