ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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キャンペーン四日目


第六十三話:寄り道

 〝ゾウ〟へ行くことは決まったが、その前に一つだけやっておくべきことがある。

 〝ハチノス〟からほど近い場所に島があり、ひとまずそこを目指す。

 ここへ辿り着くまで指針(ログ)を溜める前に島を出たので、記録指針(ログポース)にはいまだ魚人島から最初に行ける三つの島への指針(ログ)がそのまま残っている。

 そのため、〝ミストリア島〟と〝ハチノス〟の直線航路で島が見つかる場所まで移動すればいい。

 

「物資をそろそろ補給してェところだな。次の島でまた多めに補充しておくべきか」

「それがいい。何が起きてもいいようにはしておきてェからな」

 

 ジョルジュとスコッチは倉庫で物資を確認しながら話していた。

 その後、半日もかからずきっちりその島へと辿り着いた。三隻の船を港につけ、その巨大な島に降り立つ。

 カナタの見聞色でも全域は探れない。過去に行ったことのある島の中ではアラバスタ王国のある〝サンディ島〟が最も広い島だったが、この島はそれを上回るだろう。

 アラバスタは砂漠の多い島だったが、この島は温暖湿潤だ。資源保有量と言う意味では広い海の中でも屈指と言える。

 カナタは停泊させた本船に随伴の船にいる船員も含めて全員を呼びつけ、宣言した。

 

「ここから先はより過酷な旅になる。シャボンディ諸島で私の船に乗るしかなかった連中はここで降りても構わない」

 

 今後の仕事などは自分で探す必要はあるが、少なくとも戦いに巻き込まれることはなくなる。他の海賊ならまだしもカナタたちを標的としているのは〝ビッグマム海賊団〟や〝金獅子海賊団〟だ。

 もちろん〝新世界〟にいる以上はある程度のリスクはあるが、カナタの船に乗る以上のリスクではない。

 幸運にもこの島は広大で人も多い。仕事に困ることもないだろう。

 

「いいのか? せっかく増えた人員だが」

「後方で作業する船員が重要なのは理解しているが、非戦闘員ばかり増やしたところで何の価値もない。残るというなら気概は買うが、命の保証まではしかねる」

「そりゃそうだな。戦争しようってんならやる気のある奴だけで固めたほうがいい」

 

 士気と言う意味でも前向きに考えられる人員がいたほうがいい。何より現状、戦闘員と非戦闘員の比率があまりに悪すぎる。

 期限は三日。魚人島からここまでろくに補給できていなかったので、物資の補給を済ませるまでに決めるようにと通達しておく。

 急な話ではあるが、元々行き場のない連中を拾っただけの話。安全に暮らせる場所があるならそこに住みたい者もいるだろうと判断した。

 

「私は街に出る。いつも通り食料と水、医療品の類を補充しておくように」

「スコッチとジョルジュ、スクラにそれぞれ荷物持ちだな。把握している」

 

 ドラゴンはいつも通り補給のためにジョルジュたちと相談に行き、カナタはカイエとグロリオーサを連れて街に繰り出すことにした。

 早朝に〝ハチノス〟を出たが、半日近くかかったので既に夕刻が近い。

 暇潰しでもあるが、新しい島で新しい文化を知るのも旅の醍醐味だ。

 港で島の名前を聞いてみると、「ここは〝ラーケン島〟の〝ロムニス帝国〟だ」と教えてもらった。

 

「かなり広い島だ。港の近くには精強な軍隊も配置してある。世界政府加盟国の一つだろうが、かなり力のある国のようだな」

「これほど人ニョ往来が激しい場所は初めてだ。シャボンディ諸島でも中々ニョいぞ」

「そうだな。それだけこの国が栄えているということだろう」

 

 カイエは人の多さにびっくりしたのか、グロリオーサから引っ付いて離れない。

 一度はぐれると探しきれないだろう。グロリオーサはカイエを抱き上げてカナタの傍から離れないように注意する。

 仕事終わりで一杯ひっかけようとしている労働者が多いのか、大通りに面した店はどこも人で溢れていた。

 活気があるのはいいことだが、それだけにトラブルも絶えない。

 酒が入って路上で喧嘩する者もおり、官憲に連れて行かれる者もしばしば見受けられる。

 夕食は船に戻って食べる予定だが、いくらか面白い食べ物があれば買って帰ってもいいなと思いつつ、屋台を見ていると──不意に見上げるような巨体が目に入る。

 巨人族と見紛うほどの巨体。頭部には角があり、その肉体には竜の刺青が入っていた。

 男はふとこちらを向き──目が合った瞬間に爆発したかのような叫び声をあげた。

 

「──オクタヴィアァァァァァ!!!」

「──!?」

 

 突如として金棒がカナタ目掛けて振り下され、咄嗟に氷の槍で受け止める。

 武装色の衝突で辺り一帯に衝撃波が流れるが、ぶつかった二人は気にも留めない。

 

「……誰だ、お前は」

「何だァ!? おれの事忘れたってのかよ!! 散々どつきまくりやがって……!! 生きてたんならおれの手で殺してやる!!!」

 

 顔に赤みが差して金棒とは逆の手に酒の入った瓢箪がある。

 ──この男、酔っていた。

 

「カナタ!」

「大丈夫だ。お前たちは船に戻れ! 面倒なことになりそうだ……」

 

 グロリオーサは咄嗟に距離をとり、カナタへ声をかけるも船へ戻れと指示を出される。

 カナタとグロリオーサだけならばまだしも、この場には幼いカイエもいる。この子を巻き込んで戦う訳にはいかなかった。

 すぐさま船へと駆け出すグロリオーサを尻目に、カナタは目の前の男へ視線を移す。

 

「見たことのある顔だな……〝百獣海賊団〟のカイドウか」

 

 懸賞金は八億を超えている。ジュンシーやゼンではやや分が悪い相手だろう。

 愛用している槍を持ち合わせていないが、武器ならいくらでも作り出せる。問題は周りに一般市民が多いことだ。

 そこらの労働者同士での喧嘩とは訳が違う。

 高額の懸賞金がかけられた、海賊同士の衝突だ。

 

「オオォォォ──!!」

 

 カイドウの振り回す金棒を受け止め、受け流し、弾き返してその顔面に蹴りを叩き込む。

 かなり頑丈な男だ。並の覇気ではない。

 このまま戦うと巻き込まれる者が多く出るだろう。カナタは近くにいた男に声をかけ、「この辺りに人のいない広い場所はあるか」と尋ねる。

 

「え? あ、ああ……北東に軍の演習場がある。かなり広くて、今の時間なら人もいないはずだ」

「では少しそこを借りるとしよう」

 

 方角を確認し、顔面に蹴りをくらってたたらを踏んでいたカイドウの顔面を再度蹴り飛ばす。

 

「ほブ!!」

 

 カイドウの角を掴んで北東へと投げ飛ばし、演習場へと移動する。

 投げ飛ばされたカイドウは頭から地面に激突するが、大したダメージもなさそうで当然のような顔をして起き上がった。

 広い無人の演習場で互いに睨み合い、どちらともなく武器を構える。

 

「さて……オクタヴィア、オクタヴィアとうるさい男だ。ここで殺していくとしよう」

「ほざけ……! 死ぬのはテメェだァ!!

 

 二人の覇王色を纏わせた武器がぶつかり、島が揺れる。

 バリバリと空気を引き裂く雷鳴のような音が鳴り響き、激突する二つの覇気。

 連続して金棒を振り上げ、叩きのめそうとするカイドウ。対し、カナタはそれを全て捌いてカイドウの体に打撃を叩き込んでいく。

 

(……硬いな。頑丈なやつだ)

 

 まともな武器ではダメージが入らないだろう。単に覇気を纏わせただけの攻撃では駄目だ。

 思考を切り替え、カナタは再び横殴りに振るわれる金棒を避けてアッパーカットを決める。

 その瞬間にカイドウの足を凍らせて地面に縫い付け、腹部へと覇気を放出して叩き込む──その瞬間、カイドウの腹部が破裂して出血した。

 

「これは効いたか」

 

 内部からの破壊でなければダメージを与えられない。表面を無意識に覇気でコーティングしているのか、はたまた何らかの悪魔の実の能力か……詳細は分からないが、ダメージは通るのでどちらでも構わない。

 一度内側にダメージを通してしまえば外部からでも通るだろう。外皮が異常に硬いだけなのだから。

 

「舐めやがって……!! この程度でおれを倒せると思ってんじゃねェ!!!

 

 苛烈になるカイドウの攻撃を捌きながら再び攻撃しようとするが、カイドウも一度食らった攻撃を二度受けようとは思わない。

 カナタの攻撃を防ぎながら戦うが──面倒になったのか、その姿を龍へと変える。

 フェイユンの最大状態よりもさらに全長は長い。

 巨大な龍はカナタへとその矛先を向け、口を開けて熱線で吹き飛ばさんとする。

 

「──〝熱息(ボロブレス)〟」

 

 カナタの背後には街がある。下手に避ければそこまで吹き飛ぶだろう。

 そう考え、カナタは覇気を流し込んだ氷の盾を作り出してカイドウの攻撃を全て受け切った。

 威力は確かに高いが、これならまだリンリンの〝天上の火(ヘブンリーフォイアー)〟の方が威力が高い。

 

「──ぬるい炎だ」

 

 燃え盛る炎は演習場の周辺に飛び火し、辺りを炎上させ始める。

 その中でなおカナタは笑い、その両腕に強大な覇気を練り上げた。

 周辺の破壊を厭わぬほどの戦いは激しさを増し、二人はなおも倒れずぶつかる──。

 

 

        ☆

 

 

 スコッチとゼンは大きな店で食料品と水を発注し、明日中に船に届けてくれるように頼み終わったところで騒ぎに気付いた。

 大通りは騒然としており、ところどころで壊れている店が目に入る。

 

「なんだ、喧嘩か?」

「にしては少々規模が大きいですね。軍も出ているようです」

 

 国の軍隊が話を聞いたりしているようで、騒ぎは収まる気配がない。

 そんな中、大通りを駆け抜けている女性が目に入った。カイエを抱えたグロリオーサだ。

 

「おい、グロリオーサ! どうした、そんなに急いで」

「スコッチか! それにゼン! カナタが酔っ払いに襲われてな……移動しながら戦っているようだ」

「酔っ払いだァ?」

 

 そこらの酔っ払いなら相手にならないはずだが、と二人は首を傾げる。

 疑問に思っていると、通りの反対から大声で怒鳴る声が聞こえてきた。

 

「カイドウさんが戦ってるだァ!?」

「は、はい! いきなり誰かに襲い掛かって……すげー美人でした」

「なに? そりゃおれも是非見てみたいが……カイドウさんに襲われたんならもう原型留めてねェだろ」

「それが、カイドウさんの金棒を受け止めていたようで」

「なんだとォ!!?」

 

 スコッチとよく似た体型、よく似た髪、よく似た顔で葉巻を吸う男がいた。部下らしき男からの報告に一々リアクションを取っており、騒がしい。

 思わずゼンはスコッチの方を向く。

 

「……生き別れの兄弟か何かですか?」

「んなわけねェだろ! 他人の空似だよ!!」

 

 思わず怒鳴ると、向こうもこちらに気付いたらしい。数秒目が合い、スコッチとよく似た男の部下が口を開いた。

 

「……クイーン様の兄弟か何かですか?」

「んなわけねェだろ! 他人の空似だよ!!」

 

 まったく同じことを言っていた。

 やっぱり兄弟なのでは? とゼンは首を傾げたが、そこへもう一人、黒い羽の生えた大柄な男が現れる。

 黒を基調とした服にマスクをしており、何より背中に炎を纏っているのが特徴的だ。

 

「キング様!」

「遊んでんじゃねェよ、馬鹿野郎。カイドウさんが戦ってる奴が分かった──〝魔女〟だ」

「あァ!? 遊んでるわけじゃねェよ変態野郎! ……で、なんだ。〝魔女〟?」

 

 クイーンと呼ばれた男は部下から手渡された手配書を見て、「こりゃ確かに美人だ」と言う。

 何より目を引いたのはその賞金額。カイドウの倍近い額を見てクイーンは驚いた。

 

「えェ~~~~!!? こいつと戦ってんのかよ!?」

「そうだ。テメェも準備しろ、奴らの一味も近くにいるはずだ」

 

 船長同士が激突したとなれば、自ずと部下同士で戦うことになる。海賊同士の面子をかけた戦争でもあるのだから。

 クイーンはスコッチの方を向き、横にいるゼンと手元の手配書を見比べる。

 

「あいつじゃねェか!!」

「何……!?」

 

 羽の生えた男も視線を移し、目敏くゼンを見つける。

 腰に下げた鞘から刀を引き抜き、クイーンが動くよりも先にゼンへと斬りかかり──ゼンはそれを同じく覇気を纏わせた槍で受け止めた。

 互いに覇気を纏わせた武器は派手な音を立てて衝突し、鍔迫り合いになる。

 

「恨みはねェが、カイドウさんから殺せって命令が出てるんでな。ここで死ね……!」

「ヒヒン! それは御免被りますね! 珍しい種族の人! ……人?」

「テメェにゃ言われたくねェよ!!」

 

 キングと呼ばれた男はゼンと剣戟を交わし始め、クイーンはスコッチの方へと視線を向けた。

 獲物を取られた気分ではあるが、賞金首は他にもいる。スコッチは違うが敵対する一味の仲間なら関係なくここで殺すべきだと、覇気を纏わせた拳を振り上げる。

 スコッチは覇気を使えない。

 不味い、と思った瞬間、グロリオーサがスコッチにカイエを預けて前へ出た。

 

「ここで死ね、おれに似たやつ!!」

「させニュ!!」

 

 両腕を交差し、覇気を纏ってクイーンの一撃を防いだ。

 派手な音を立ててぶつかった二人は同時に距離をとり、スコッチは慌てて衝撃波からカイエを守るように背を向ける。

 覇気を纏ってなおビリビリと衝撃が来た。グロリオーサとて弱くはないが、クイーンも相当強い。

 

「カイエを連れて船へ! 奴は私が請け負う!」

「すまん! 頼んだ!」

「逃げんじゃねェよ、腰抜け野郎がァ!!」

 

 再び振るわれる剛腕を受け止め、「早く行け!」と促すグロリオーサ。

 〝百獣海賊団〟は今の海の中でも特に凶悪と言われる海賊として有名だ。カイドウの賞金額の高さから見ても、〝新世界〟にいる海賊の中でも頭一つ抜けて強いと言える。

 戦いになるならジュンシーやドラゴンの力が必要だ。

 カナタは負けはしないだろうが……あれだけ凶暴な男が相手では不安にもなる。

 態勢を整えてクイーンへと襲い掛かり、グロリオーサはクイーンの横っ腹へと蹴りを叩き込む。

 当然それは防御されるが──矛先がスコッチに向かなければそれでいい。

 クイーンの部下たちはスコッチを追っていったが、流石にそちらまでは意識を割けない。

 

「邪魔すんじゃねェよ、ババア……!」

「侮るな、若造! まだまだ衰えてはおらニュわ!」

 

 ゼンと違って得物はないが、グロリオーサとて弱くはない。

 武装色の覇気を纏い、此処から先は通さぬとばかりに立ち塞がるグロリオーサ。クイーンもまた自身の能力を使い、殺して押し通ろうとする。

 ──かくして、〝魔女の一味〟と〝百獣海賊団〟の突発的な抗争が幕を開けた。

 

 

        ☆

 

 

 戦いは五日に及び、連日激しい衝突が続いた。

 特に港付近は激戦区となり、港町は半壊状態。数で勝る百獣海賊団は息もつかせぬほどに攻め立てていたが、対する魔女の一味は少数ながらも実力者と能力者の力で防衛しきり、結果的に百獣海賊団をほぼ壊滅状態にまで追い込んだ。

 特に、最も注目されていたであろうカナタとカイドウの戦いは熾烈を極めた。

 何もかもを圧倒的な暴力で吹き飛ばそうとするカイドウ。

 冷静に隔絶した技量を以て切り崩しにかかるカナタ。

 ──天秤はカナタに傾いた。

 

「〝百獣〟のカイドウか……大した名前だ。実力も高かった」

 

 だが、それだけだ。カナタを崩すには実力が足りなかった。

 確かにかなりの実力者ではあったが……シキやリンリンと比べれば、まだ容易い相手である。

 演習場は互いの能力で炎上、凍結した場所が多数あり、激戦であったことは想像に難くない。

 ──しかし、その中でもなおカナタに傷はない。

 正確に言うならば、カイドウに付けられた傷は()()()()()()()

 戦い始めの方で受けた傷は多少なりともあったが、軽傷だったので数日戦っている間に完治していただけの事。

 

「だが──私と戦うには不足だな」

 

 カイドウは血塗れで倒れ──片方の角が圧し折れていた。

 




キングの羽、漫画だとベタ塗なのにカラーだと白だし……。
クイーンの髪、漫画だとベタ塗なのにカラーだと金色だし……。
微妙に???って感じはありますけど、まぁ一応原作準拠ってことで一つ。

※グロリオーサのセリフを少し修正しました。
※キングの羽、だいぶ前にOPで「白!?」ってなったのが印象的だったんですけど修正されてる上に本編でも黒だったので修正しました。

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