ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第六十八話:相性

 おでんと錦えもんは花の都を挟んで〝白舞〟と反対側にある〝九里〟の大名と家臣だ。

 本来であれば用事もない〝白舞〟に移動するなどしないが……錦えもんの言葉などおでんは聞き入れず、「たまには康さんに顔見せに行くか!」などと言ってカナタたちに付いてきていた。

 やはりストッパーとして力不足なのだろう。

 行きと違って徒歩での移動なのでやや時間はかかるが、おでんと錦えもんは外の話を興味深そうに聞きながらカナタ達に道案内をしていた。

 

「くそ……やはりおれも海外に行きてェな……どうにかしたいもんだ」

「駄目ですよ、おでん様!」

「少なくとも今じゃねェよ……コイツと一緒にいたら息が詰まりそうだからな」

「随分な言い草だ。自分が規律を守れないからと他人のせいにされても困るのだが」

「テメェも言うじゃねェか」

 

 カナタの返答に青筋を浮かべながら睨むおでん。対するカナタはどこ吹く風と言わんばかりだ。

 この二人、どうにも根本的なところで相性が悪いのか、時折こうして対立することがあった。

 他者から縛られることを極端に嫌うおでんと、規律を以て統率するカナタではやはり相容れることはないのだろう。

 ドラゴンとゼン、錦えもんは肩をすくめるばかりだ。

 

「まァ人間、たまにはこういう相手もいる。うちの船長とそちらの大名がそうだったというだけの話だ」

 

 表面上の付き合いに留めれば互いにいいのだが、おでんはどうしても外の話を聞いていたいらしい。

 カナタは多少の挑発を受けても流すだけだが、おでんは少し挑発されると鯉口を鳴らし始めるので厄介だった。

 似たようなやり取りもあって既に三度止めに入っている。

 カナタならまず負けないだろうが、相手は次期将軍と目される大名だ。下手なことはしないに限る。

 

「何というか、おでん様が申し訳ない……」

「いえいえ。私もおでん様のああいうところは初めて見ましたが……おでん様も大人になったものです」

 

 ゼンのよく知るおでんならとうの昔に斬りかかっている。

 それが鯉口を切るだけに留めているなら十分理性が働いていると言っていいだろう。

 カナタに関しては……どちらかと言えば先に挑発するのはおでんの側なので、おでんに余計なことを言わせなければ特に何もしないと判断されていた。

 ところで、と錦えもんが口火を切った。

 

「ずっと気になっていたのだが……カナタ殿の腰にある刀、随分な名刀ではござらぬか?」

「ああ、これか。〝最上大業物〟の一振りだ」

「何と!! かの〝最上大業物〟でござるか!?」

 

 目を丸くして〝村正〟をまじまじと見つめる錦えもん。やはり侍の性なのか、気になってしまうものらしい。

 カナタは基本的に槍を使うので刀は不要なのだが、今カナタの船で一番価値のあるものは何かといえばやはりこの刀になるだろう。それを放置して出るわけにもいかないのでこうして腰に差しているが……これはこれで様々な視線がある。

 多くは興味本位の視線だが、良くない視線も時折交じっていた。

 もっとも──そこらの野盗なら逆に処理が簡単で助かるのだけれど。

 ごくりと唾を飲み込み、錦えもんは緊張した様子で恐る恐る声をかける。

 

「み、見せていただいても……」

「構わない」

「かたじけない!」

 

 ついでに休憩することにして、カナタは適当な岩場に腰を下ろす。

 鞘ごと腰から引き抜いた〝村正〟を錦えもんに預けると、錦えもんは震える手でそれを受け取る。

 未だ剣の道半ばながら、畏れ多くも〝最上大業物〟の一振りを手にする喜びに緊張で汗をかきつつ──ゆっくりと鞘から引き抜いた。

 黒刀の紋様、反り、鎬──様々な場所をじっくりと見て、ほう、と思わず息をこぼす。

 

「美しい刀でござるな……同時に、とても強い力を感じる」

「あまり眺め過ぎない方がいい。それに憑りつかれると面倒だ」

「憑りつかれる!?」

 

 びっくりして思わずカナタの方を見る錦えもん。

 おでんも冷や汗を流してカナタの方に視線をやり、「どういうことだ!?」と問い詰める。

 普段は碌な扱いはしていないが、おでんにとって錦えもんは大事な家臣だ。おかしなことをさせまいとする気持ちはカナタでも理解は出来る。

 

「その刀は持ち主を〝人斬り〟に変える妖刀だそうだ。自分が未熟だと思っているなら余計に気を付けることだな」

「な、なるほど……その、カナタ殿は大丈夫なのでござるか?」

「私は刀を使わないからな」

「使わねェのかよ!」

 

 一瞬「それを制するほど強いのか……」などと考えたおでんだったが、そんなことは何も関係がなかった。

 鞘から抜くことすらないなら刀身を見ることもない。なるほど、刀の魅力に憑りつかれることもないだろう。

 刀を使うことはまずないが、完全に扱えないわけでは無いので人斬りになった場合は実に厄介なことになる。しかも、恐らく戦えば戦うほど強くなっていく。

 「憑りつかれてくれるなよ」と言うしかないドラゴンだった。

 そうなると誰も止められなくなる。

 

 

        ☆

 

 

 色々あったが無事〝白舞〟に到着した。

 康イエは既に積荷の換金をおこなってくれているらしく、ジョルジュが金銭関係のやり取りは全て受け持ってくれていたのでカナタは特に仕事はない。

 無いが、一連の報告は受ける必要がある。

 数名の部下から口頭で連絡を受ける様子を見ながら、おでんはぽつりと呟いた。

 

「……お前みたいな小娘が船長って聞いたときは何かの間違いかと思ったもんだが、本当なんだな」

「ぶちのめされたいのかダメ男」

「なんだ、やるのか!?」

「ちょ、おでん様!? 駄目です! 彼らは将軍のお客人ですよ!?」

 

 二本の刀を抜こうとするおでんを止める錦えもん。

 騒ぐ二人を見ながら目を丸くするカナタの部下たち。止めに入ろうとする者もいれば、刀を抜くのを今か今かと待っている者もいる。後者は襲い掛かる気満々だった。

 最終的にゼンがおでんを羽交い絞めにして止め、また余計なことを言わないうちに康イエのところへ引きずっていった。

 カナタとおでんは出来るだけ同じ場所に居させないようにするべき、という暗黙の了解が錦えもんとカナタの部下たちの間で出来上がった瞬間である。

 引きずられるおでんを見送り、ジョルジュはタバコを吸いながら呆れた顔をしていた。

 

「……何だったんだ?」

「どうも私のことが気に食わないらしい。私もなんとなくあの男は気に食わない」

「そんなもんか……珍しいことではあるが」

 

 基本的に……と言うか、少なくとも母親が絡まなければ誰にでも平等に接するカナタがこの態度を取っている辺り、不思議ではある。

 初対面では普通だったのだが、互いの事情を知るにつれてこうなったとドラゴンはお手上げ状態だ。やはり根本的に馬が合わないのだろう。

 そういうこともあるだろうとジョルジュは流し、収入と船員たちの小遣い配分などを報告する。

 事後報告ではあるが、金銭関係はあらかじめジョルジュに一任しているので問題が起きた時以外は特に対処することもない。

 出来るだけ集団で行動するように言ってあるため、何かあれば対処は簡単だろう。

 

「まァこれくらいか。そっちはどうだったんだ?」

「ああ、こちらは色々と収穫があった。だが、全員に知らせるには少しばかり厄介な内容でな」

 

 買収、スパイなども確実にいないとは言い切れない。特に最初期からいる連中と違って新規組はまだ規律が行き届いていないところがある。

 幹部格の数名だけ知っていれば十分だろう。その数名の中でも興味の有無は分かれるが。

 ハチノスと魚人島にあった通常の〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟だけならまだいいが、〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟に関しては情報の流出は避けたい。

 厳重に管理する必要がある。

 同時に、規律の徹底もしておかねばならない。

 

「少なくとも一月程度は滞在する余裕がある。他の誰かに出し抜かれるということもないだろう。多少時間をかけてでも内部の統制を優先する」

「新人どもの鍛錬と規律の徹底化だな。この国には世界政府も手出し出来ないだろうし、ゆっくりするにはいい場所だと思うぜ」

「今後は億超えの連中と戦うことも多くなるだろう。お前たちの鍛錬も同時にやるつもりだ」

「マジか……」

 

 幸か不幸か、〝白舞〟の侍たちは精強な軍隊だ。

 康イエに頼み込んで実戦形式の鍛錬をおこなえばいい刺激になるだろう。

 ここ最近で一番歯応えがあったのはカイドウだが、あれとてただ硬いだけのサンドバッグ状態だった。カナタもここらで一段上を目指したい気持ちもある。

 対等に戦える相手がいないという不満はあるが……ある程度の妥協は必要だ。

 まさかガープなど呼び寄せるわけにもいかないし、カナタと同格の相手など今となっては早々いない。

 

「……ま、必要なことではあるか。おれ達もそろそろ六式と覇気を覚えたほうが良さそうだしな」

「六式はやり方さえきっちり理解すれば容易い。覇気の基礎鍛錬のようなものだ」

 

 歩法二つは確実に覚えさせた方がいいとして。

 他四つは最低限鍛えておけば使う機会もあるだろう。覚えておいて損はない。

 今までのように基礎鍛錬と実戦形式の訓練でも強くはなれるが、引き出しは多いに越したことはない、と言う話だ。

 激化するであろうここから先の戦いで、誰も死なないためにはそうするのが一番だ。

 

「〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟について誰がどこまで知っているか定かではないが、この海にいる四人の強者は知っていると思っておいた方がいいだろうな」

 

 ロジャー、ニューゲート、リンリン、シキ。

 この広い海において、海軍ですら正面からぶつかると大打撃を免れられない四人の強者。

 特にロックスの一員であったオクタヴィアがある程度知識があったことを考えると、ロジャーを除く三人はその辺りの知識を持っていても変ではない。

 ハチノスの地下に〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を置いていたし、船員には隠していた可能性もゼロではないが。

 まぁ、何にしても今後ぶつかることは間違いない。

 戦力強化をして損することもないだろう。

 ロジャーとは出来れば戦うつもりは無いが……あの男は破天荒過ぎてどうなるか全く読めないので、どうなることやらと思っている。

 

「ひとまず康イエ殿に頼んでみよう。合同訓練ならいい刺激になる」

 

 戦闘員ではない船員は規律を叩き込むだけだが、基礎鍛錬は体力をつけるためにやるので全員参加だ。

 そう言ったら「自分は戦闘員ではないから大丈夫」と思っていた船員たちの顔が蒼白になった。

 

 

        ☆

 

 

「そういうことなら我々としてもありがたい。外の強さの指標を知るいい機会でもあるからな」

「いやァ、おれ達はあんまり参考にならないと思いますけど……ともかく、許可を頂けるのであればすぐにでも」

 

 康イエは快諾してくれたので、早速内容を決めるためにジョルジュが打ち合わせを始めていた。先に来ていたゼンも心なしか嬉しそうに尻尾を振っている。

 その横で聞いていたおでんは顎をさすり、「ふむ」とジョルジュを見る。

 

「……中々鍛えられてるな。おれも参加してェが」

「駄目ですよ、おでん様。大体、もう九里を離れて何日経ったと思ってるんですか。我々としても限度があります。というか拙者も多分怒られます」

「九里はおれがいなくても回るだろ」

「そういう問題じゃないでしょう!?」

 

 実力者の多いカナタの部下たちを見ておでんも血が滾っていたが、錦えもんは流石にもう駄目だと気勢を上げる。

 仮にも大名なのだから軽々な行動はするべきではないし、そもそも突発的に数日いなくなるなど大名のやることではない。

 おでんのやることなので周りも大体慣れているが。

 

「おでん、お前も参加したいなら参加していい」

「ほんとかよ康さん!」

「だが、一度九里に戻って説明してから来い。お前のところの侍たちも連れてな」

「あァ? なんでだ?」

「いい鍛錬になるぞ。お前のところの侍もより強くなる」

 

 康イエはおでんこそが次期将軍に相応しいと思っており、それを支える家臣たちもまたワノ国一の侍であるべきだと考えていた。

 霜月の侍たちは精強だが、最強と問われればそれは違うと答える。

 この国の守り神となるべきは、やはり将軍の家臣であるべきなのだ。

 

「……そうか。じゃあ一度帰るか」

「大名となったからにはお前ひとりの考えで軽々に動くことは止めるんだな。その行動力はお前のいいところではあるが、悪いところでもある」

「わかったよ……」

 

 康イエの言葉を受け、納得した様子でおでんは九里へと帰った。

 あの我が強いおでんが康イエの言葉だけは容易く受け入れる。かなり信頼されているらしい。

 

「おでんは強いぞ。ゼンも武人としてかなり強いが、彼もおでんの今の強さを知れば驚くだろう」

「あー、何といいますか……既に一戦交えた後でして」

「何? そうだったのか。まァおでんも大概喧嘩っ早いからな。して、どうだった?」

「ヒヒン、とてもお強くなられてます。並大抵の強者は打ち倒してきましたが、この船では私も二番目ですからね。おでん様と鍛錬して一番を目指すのもありかもしれません」

「ゼン殿で二番目なのか!?」

 

 康イエが目を丸くして驚く。

 かつてワノ国一の武人とまで称されたゼンと対等以上に切り結べる侍が、果たして今のワノ国にいるのか……おでんを筆頭に〝豪剣〟と呼ばれるヒョウ五郎や剣の達人と名高い霜月牛マルくらいだろうか。

 カナタの船には巨人族もいる。まさか彼女が一番かと思うが、ゼンは否定した。

 

「我が船長、カナタさんがこの船で最も強い武人ですよ。今となっては私も追い抜かれてしまいました」

「なんと……彼女がか」

 

 康イエはカナタのことを戦わない船長だと思っていたが、予想が外れて「人は見かけによらないな……」と零す。

 

「どれほど強いか気になるところではあるな……場所と日取りについても任せてもらえれば調整しよう」

「本当ですか? それはありがたいですが、康イエ殿に負担が大きいのでは?」

「何、友人の頼みとあればこの康イエ、嫌とは言わん」

 

 カナタたちは基本的に観光と鍛錬以外やることはないので、康イエの準備が出来次第合同鍛錬をおこなうことは可能だ。

 余計な負担を増やすことになってゼンは平謝りするが、康イエは「このくらい構わん」と笑い飛ばす。

 

「懸念があるとすれば……おでん様とカナタさんの相性が飛び切り悪いことですかね」

「ああ、それは聞いた。あのおでんが女性を邪険にするというのもにわかには信じがたいが……」

「単純に船に乗せてもらえない僻みも入ってそうですが、それを抜きにしても……」

「……なるようにしかならんだろうな。一戦交えれば多少考えも変わるかもしれん」

 

 ひとまず合同訓練の件を進めるべきだと判断し、霜月の侍たちの日程を合わせてもらうことになった。

 数日中に準備が出来ると回答を貰ったので、それまでは自主訓練になる。

 その間にスパイや買収に対して何かしらの対抗策を考える必要もあった。奴隷寸前だった面々も可能性はゼロではないし、ある程度看破するための仕組みなども作らねばならない。

 ジョルジュは今から頭が痛かった。

 


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