ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第六十九話:高い壁

 九里に戻ったおでんと錦えもんは、まず九里城で出迎えられ、そして怒られた。

 本来それぞれの郷を治める大名であるおでんが飛び出していったかと思えば、それを抑えるために付いていった錦えもん共々中々帰ってこなかったのだから当然である。

 おでんは相変わらずどこ吹く風と言った様子だったが、錦えもんは項垂れて反省していた。

 女形の装いをした男性──イゾウは溜息を吐き、反省する錦えもんに首尾を聞く。

 

「……それで、どうだったんだ?」

「おでん様は国を出ることだけは諦めたようだ。おでん様の行動力を考えれば密航を警戒するところだが……今回はその心配は要らぬだろう」

「何故だ?」

「あー、まァ、なんだ。その船長殿とおでん様の折り合いが非常に悪くてだな……おでん様が自発的に乗るのを諦めたくらいだ」

「何!? おでん様が自発的に!?」

 

 イゾウが目を丸くして驚く。

 錦えもんもそうだったが、普段のおでんが如何に行動力溢れる男かがわかる。

 それはさておき。

 

「康イエ殿に誘われ、我々を含めたおでん様の家臣一同も〝白舞〟にて行われる合同訓練に参加するようにと」

「合同訓練……おでん様は何と?」

「当然、参加するつもりのようだ」

 

 若い者ばかりだが、おでんの家臣たちは皆実力は人並み以上だ。

 精強とされる〝白舞〟の侍たちとの訓練は確かにいい経験になるだろう。だが、外の商人を含めた訓練が果たしてどれほど実になるものか……と疑問に思う。

 懐疑的なイゾウに「まァ気持ちはわかるが」と顎をさする錦えもん。

 

「ともかく、一度みんなを集めよう。そこで説明する」

 

 錦えもんの言葉に従い、イゾウは溜まった執務の処理でぐったりしていたおでんを含めて家臣を集めた。

 女形の装いをしたイゾウとその弟、菊の丞。

 錦えもんと同じく最初期からおでんの家臣として仕えている傳ジロー。

 長い赤髪と絵に描いたものを実体化する能力が特徴的なカン十郎。

 元々将軍家お庭番衆の一人であった雷ぞう。

 モコモ公国出身のミンク族であるイヌアラシとネコマムシ。

 トラフグの魚人だが河童を自称する河松。

 そして、かつて九里の親玉として君臨していた巨漢の男、アシュラ童子。

 しめて十名。おでんの家臣として認められた侍たちである。

 

「……して、経緯は以上になる」

 

 錦えもんは全員が揃ったその場で合同訓練を含めた全ての経緯を話した。

 お茶を飲みながらだらりとしていたおでんも、話が終わるや否や「準備しろ! 康さんにお前らの力を見せてやる時だ!」とやる気満々になっていた。

 

「それはいいんですけど、その外の商人ってのは強いんですか?」

「少なくともゼン殿は強いぞ。おでん様と互角以上に戦っていた」

「おでん様と互角以上に……! ミンク族ってのは本当なんですか!?」

「わしら以外にもワノ国に来たミンク族がいたとは、知らんかったぜよ」

「ん? 話したことはなかったか? おれの先生だ!」

 

 犬のミンク族であるイヌアラシと猫のミンク族であるネコマムシは、自分たちと同じようにワノ国を目指したミンク族がいたことに驚いていた。

 出会った頃にぽろっと話したような気がするおでんだったが、細かいことは気にせず笑い飛ばす。

 

「まァ弱いということは無かろう。外海を越えるのにも弱いままではいられないだろうからな」

「それもそうか……」

「ゼン殿以外の船員も強そうなのはいたぞ。おれの何倍もデカい女もいた! 巨人族という種族らしい!」

 

 ワクワクした様子のおでんは、今すぐにでも戻りたいといった雰囲気を漂わせていた。

 話をまた聞きたいという理由もあれば、合同訓練と言う場で恩人でもある康イエに今の自分たちの強さを見せることが出来るという理由もある。

 何より──おでんも戦うことは嫌いではない。

 合法的に暴れられるならそれもまた一興と考えていた。

 特に、カナタの部下にはそれなりに強い者も交じっていると感じ取っていただけに期待している。

 

「しかし、またカナタ殿と顔を合わせることになりますが……」

「…………」

「嫌そう!?」

 

 おでんが一気にしかめっ面になった。

 嫌そうな顔をするおでんを見て、カン十郎と菊の丞が錦えもんに視線を向ける。

 

「何かあったのでござるか?」

「おでん様がああいう顔をするのは珍しいですね……」

「あー……色々あってな。カナタ殿というのは、先程話した商人たちの船の船長なのだが……この方、おでん様とすこぶる相性が悪い」

 

 根本的に規律を敷く人間と規律を無視する人間なので相性がいいはずもないのだが、その辺りはもうどうしようもない。

 相性が良かったらおでんが勝手についていくと思われるので、錦えもんたちからすれば良し悪しではある。

 錦えもんは「一度会えばわかるが」と前置きし。

 

「カナタ殿はとてもいい方だ。スキヤキ様とも懇意にされている。何より美人だ」

「鼻の下が伸びてるぞ、錦」

「お鶴さんに言いつけるぞ! あんな美人な嫁を貰っておいて……羨ましい!」

「止めてくれ」

 

 カナタのことを思い出し、思わず鼻の下を伸ばした錦えもんも雷ぞうの言葉に真顔になる。お鶴は怒らせると怖い。

 ともかく、この場にいる全員行くのは確定だ。

 また何日か城を空けることになるので傳ジローとイゾウは諸々の調整で忙しくなるだろうが、康イエからの誘いとあれば断るわけにはいかない。

 

「おでん様と同じかそれ以上に強いとは……血が滾るど」

「ワハハ、期待していいぞ!」

 

 だが、すぐに出るということは出来ない。数日空けていたので仕事も溜まっているし、また数日空けることが決まっているなら先に処理すべき仕事もある。

 大名というのは暇ではない。

 またも嫌な顔をすることになるおでんだったが、「今回ばかりは仕方ねェ」と腹をくくって仕事をこなすことにした。

 

 

        ☆

 

 

 ──数日後。

 仕事をある程度終わらせ、錦えもんたち家臣を連れておでんは再び〝白舞〟を訪れていた。

 合同訓練は既に始められているようで、見慣れぬ姿の者たちと侍たちが実戦形式で戦っていた。

 

「もう始まっているようだ。遅くなっちまったからな」

「仕方ありません。康イエ様もその辺りは理解して下さるでしょう」

「そうだな。まずは康さんのところに顔を出しに行くぞ」

 

 家臣を引き連れたおでんは康イエに挨拶するために城へ向かう。

 道中で訓練している風景を眺めていると、やはり巨人族であるフェイユンが戦っているのが非常に目立つ。初めて巨人族を見た面々は目を丸くして驚いていた。

 

「あれが巨人族……なるほど、確かに大きい……世界は広いんですね」

「あれだけ大きいと力も相当なものだろうな」

 

 手長族などにも驚いたが、やはり一番インパクトが大きいのは巨人族だった。

 あれと一戦交えると考えると、気を引き締めなおして康イエの下を訪れる。

 康イエは笑いながらおでんたちを迎え入れ、自身の視察も兼ねて訓練場へと足を運ぶことになった。

 道中で休憩中のゼンを見つけ、声をかける。

 

「ゼン殿! どうだ、訓練の様子は?」

「白舞の侍たちは流石に精強ですね。皆気勢を上げて訓練に打ち込んでいます」

「そうか! ゼン殿の御目に適う者はいたか?」

「それは……いえ、正直なところ、そこまでの方はいませんでした」

「ふむ……まァ仕方ない。中々ゼン殿も厳しいからな」

「して、そちらの方々がおでん様の家臣ですか?」

「そうだ。おでん、紹介してやれ」

 

 おでんが一人ずつ紹介していき、イヌアラシとネコマムシの紹介をしたところでゼンがストップをかけた。

 ひつギスカン公爵に言われていた二人と同じ名前だったからだ。

 

「あなた方二人、二年ほど前にモコモ公国からここに?」

「そうじゃが」

「なんでそれを知ってるんだ?」

「ここに来る前、〝ゾウ〟に立ち寄ってきました。あなた方がいなくなってとても心配していましたよ」

 

 二人はゼンの言葉にバツが悪そうに目を逸らす。

 ゼンはため息を吐き、「私も若い頃に飛び出したので説教できる立場ではありませんが」と前置きし。

 

「あなた方の無事は〝ゾウ〟に行ったときに伝えておきましょう。いずれにしても、何年かかっても一度は戻って顔を見せる事です」

「そうだにゃあ……」

「一度は会いに行った方がいいか……」

 

 勢いに任せて飛び出してきた身だ。家族のことを考えれば、一度くらいは……と思うイヌアラシとネコマムシ。

 ただ、出ようにも二人には航海術などないし、そもそもワノ国は国外に出ることを禁じている。

 立場も何もない頃ならまだしも、おでんの家臣として仕える身となった今では好き勝手なことは出来ない。

 どうにか考える必要があるだろう。

 

「おっと、紹介の途中でしたね。すみません、続けてください」

「ん、いいのか?」

「ええ、伝えるべきことは伝えましたから」

 

 残りの面々を紹介し終え、挨拶が済んだところで早速訓練に交ざるようおでんが言う。

 ところが、ゼンがそれを止めた。

 

「まずカナタさんのところに行きましょう。全員の実力を把握してもらった方がいい」

 

 少し離れたところでドラゴンとジュンシーを相手に戦っているというカナタの下へ連れて行く。おでんは非常に嫌そうな顔をしていたが、おでんと打ち合える実力者もそう多くはない。

 同じ相手とばかり戦うよりはいい経験になる。

 康イエと雑談しながら着いた場所では、カナタが目隠しをして戦っていた。

 視覚を奪われた状態でも一切関係なく、ジュンシーとドラゴンを相手に一歩も退かない戦いだ。

 まぁ、見聞色の覇気をかなりの練度で使えるカナタにとって目隠しなどあまり意味はないのだが。

 

「カナタさん! おでん様たちが到着しました」

 

 ゼンが声をかけると、三人は戦意を解いて一息を吐く。

 それなりの時間戦っていたようだが、ドラゴンとジュンシーとは違ってカナタには傷も疲労も見えない。

 目隠しを解いて髪をなびかせ、赤い瞳がおでんたちの方を向く。

 

「おお……確かに美人」

「美人だが……それ以上に近寄りがたいな」

 

 雷ぞうが鼻の下を伸ばし、イゾウは垣間見た槍捌きなどを考えて警戒した様子を見せている。

 カナタは特に気にするでもなく、おでんの家臣たちを一通り確認していく。

 アシュラ童子のところで少し目を止めたが、カナタが期待するほどの実力ではなかったらしい。特に言葉もなく視線を外した。

 

「ふむ……それなり以上には強いようだな。おでんと同じくらい強いのが一人、それ以外は一つ二つ落ちる程度か」

「おれの自慢の家臣だ。文句があるのか?」

「文句はない。これくらいの強さならうちの船員たちといい勝負になるだろう。実力が違うと経験にならないからな」

 

 カナタも自分一人だけ実力が隔絶しているので鍛錬一つとっても難儀している。

 ドラゴンもジュンシーもかなりの実力者だが、二人同時に相手取ってもカナタは涼しい顔で戦っていた。おでんがもう少し強ければいい相手になったのだが、目論見も外れて部下の育成に力を入れることにしたのだ。

 おでんはカナタの実力を垣間見て興味が湧いたのか、二本の刀を抜いて「じゃあおれの相手をしてもらおうか」と笑みを浮かべる。

 おでんはゼンと互角に戦えるくらいには強い。無駄にはならないだろうと考え、少し離れて槍を構えた。

 

「先手は譲ろう。それと、殺す気で来るといい」

「その首落としちまうかもしれねェぞ?」

「お前に落とされるほど軽い首ではないさ」

 

 笑みを浮かべるカナタに対し、おでんも笑みを浮かべて一気に斬りかかった。

 轟音を立ててその斬撃を受け止め、連続する剣戟を槍一本で全て捌ききっていく。近距離であっても関係なくおでんは斬りかかるが、カナタはさして気負う様子もない。

 体格的におでんの方が力が強いはずだが、カナタは一歩も下がることはなかった。

 

「おでん様の攻撃をああも綺麗に受け流すとは……槍の名手でござるな」

「傍から見ても力を込めているのはわかるが、それで押されないカナタ殿は一体どうなっているんだ……?」

「カナタさんは巨人族とも打ち合いますからね。おでん様の腕力くらいではびくともしないでしょう」

 

 かつて戦ったリンリンは巨人族をも凌ぐほどの怪力だった。

 この海で強者とされる者たちとまともに戦うには、それくらいの力が無ければ立ち行かないのも事実だ。

 カナタは涼しい顔ですべての攻撃を凌いでいたが、対するおでんは段々と険しい顔になっていく。

 

「……こうも攻撃を凌がれるのは初めての経験だ!」

「実戦で経験せずに済んでよかったと思うことだな──そら、今度はこちらから行くぞ」

 

 槍に覇気を纏わせてフルスイングし、二刀で防ぐおでんを防御の上から吹き飛ばす。

 派手に吹き飛ばされたおでんは十メートルほど先の砂山に激突し、砂埃を巻き上げて止まった。

 加減したのであれくらいで気絶はしないだろうと思い、カナタは再び槍を構える。

 砂山から飛び出したおでんは口に入った砂を吐き出しながら真っ直ぐカナタへと疾走し、再び轟音を立ててぶつかる。

 

「なんじゃ今のは! あんな攻撃も初めてだ!」

「武装色の覇気を纏わせた攻撃だ。お前も普段からやっているだろう」

「武装色……〝流桜〟か!? だが、おれがやってもああはならんぞ!!」

 

 ワノ国で〝流桜〟と呼ばれる武装色の覇気。

 それは鎧のように纏えば防御に使え、武器に纏えば大きく威力を上げられる。

 おでんは斬撃を飛ばすのに使っていたが、カナタのそれは使い方が違う。()()()()()のではなく、()()()()()()()ように加減していた。

 殺す気で使えば相手を体内から破壊する技でもあるが、今回はそういう使い方はしていない。

 

「一から十まで教えてもらえると思うな。男なら、見て盗んでやるくらいの気概を見せろ」

「……! 言うじゃねェか……やってやるよ!!」

 

 直後、武器と同時に二人の覇王色が激突した。

 バリバリと黒い稲妻のようなものが迸り、衝撃波が辺り一帯にまき散らされる。

 

「第二ラウンド開始と行こう。少しは楽しめそうだ」

「言ってろ! 一泡吹かせてやらァ!!」

 

 

        ☆

 

 

 一時間ほど戦い、おでんはボロボロになって仰向けに倒れていた。

 カナタは涼しい顔で「介抱してやれ」と医療部隊に治療を任せ、康イエたちのところへと足を運ぶ。

 

「凄まじいな。あのおでんをああも一方的に……」

「おでんは海外基準でも相当強い方に入る。が、私に勝てる程ではないな」

 

 今の所、実力はカイドウと互角か少し強いくらい。どちらにしてもカナタに勝てる程ではなかった。

 根性はあるので食らいついて来たが、カイドウほど耐久力があるわけでは無かったので一時間でギブアップしたようだ。

 

「おでんは回復まで時間がかかるだろう。ドラゴンとジュンシーは準備をしろ、休憩には丁度良かったな」

「おれ達は構わないが、お前はいいのか? 休憩なしの連戦で」

「構わない」

 

 多少疲れた程度だ。休憩が必要なほどではない。

 おでんは強かったが能力を使わせられるほどではなかったし、ドラゴンとジュンシーにしても全力での戦闘という訳ではない。

 カナタの見聞色を打ち破れるくらいになってくれればそれなりにやりがいもあるが、今の状態でそれは少し気が急いていると言う他に無いだろう。

 着実にやっていくべきだ。

 

「おでんの家臣の侍たちはジョルジュたちの方に連れて行ってやれ。六式の修行をしている頃だろうが、実戦で覇気の訓練も怠らないようにな」

「ヒヒン、了解です」

 

 錦えもんたちはおでんの心配をしていたが、治療中のおでんは「おれのことはいいから修行して来い」と送り出していた。

 自分の不甲斐ない姿を見られるのも嫌なのだろうが、カナタとの戦闘がいい経験になっていると見える。

 カナタを見る目つきが変わった。

 見られている本人は気にも留めず、少し離れた場所で槍を構える。

 一ヶ月しかない。

 長いようで短い期間だ。この期間を最大限に活用し、強く、堅実な組織を作らねばならない。

 




幕間を一話挟んで今章終了となります。
次章では新世界を漫遊しながらロードスター島…まで行けるかなぁと言うところで。
相も変わらず予定は未定です。多分戦闘多めになるかと。

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