ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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幕間 ワノ国/カイドウ/シキ

「……錦えもん。お前、何故斬り付けるたびに火が出るんだ?」

 

 とある日の事。

 訓練の休憩中、錦えもんの剣戟を見ていたカナタは疑問に思ったことを尋ねる。

 一息ついて河松と茶を飲んでいた錦えもんはと言えば、特に隠すこともなく答えた。

 

「ん? 拙者の“狐火流”は炎で焼き斬り、また、炎を斬り裂く事を奥義としている。刀を振るえば火が出るは道理であろう?」

 

 「そんな訳があるか」とカナタは喉まで出かかった言葉をグッとこらえ、実際に炎を切って見せるように頼む。

 とはいえ、火を吐くことでも出来なければすぐには用意できないし、本当に切れたかどうかもわからない。

 カナタは少しばかり考え、デイビットを呼び出した。

 

「なんです、船長」

「錦えもんが炎を切り裂けると言うのでな、実際に確かめたい。爆発で炎を起こせるか?」

「爆炎出せってことですか。お安い御用ですよ」

「よし。錦えもん、合図をしたらやってみてくれ」

「? よくわからんが、わかった! 任されよ!」

 

 少しばかり距離を置き、デイビットと錦えもんが相対する。

 周りには物珍しそうに見学するギャラリーが出始めるが、危ないから下がるように注意をしておく。こんなことで一々ケガさせていてはスクラに「手間を増やすな」と怒られてしまう。

 錦えもんの背後に回ったカナタはデイビットに目配せし、その合図を受けて全身を起爆させた。

 爆風と爆炎が巻き起こり、一番近くにいた錦えもんを吹き飛ばさんとして──錦えもんはそれを容易く切り裂いた。

 錦えもんが真っ二つに切り裂いたことで地面に出来た爆発の焼け跡が奇妙な形として残っている。

 

「ほう……〝炎を斬る〟か。なるほど、実際に見てみると確かに……」

「拙者、思わず普通に切ったが……あの御仁、いきなり爆発したが大丈夫でござるか?」

「気にするな。あいつはそういう能力者だからな」

「能力者?」

「そこから説明が必要なのか……」

 

 あるいは、武装色の覇気を〝流桜〟と呼ぶように、能力者のことを別の呼び名で呼んでいる可能性もある。

 この世のものとは思えないほど不味い奇妙な果実や、それを食べることによって特殊な力を得たものがいないか聞いてみると──錦えもん本人がそういった奇妙な果実を食べたのだと言った。

 錦えもんは〝フクフクの術〟と呼ぶ妖術を使い、自在に服を着せることが出来る能力らしい。

 

「使えるのか使えないのか……新しい服を買わずに済む能力か?」

「拙者のフクフクの術で作り出した服は一定以上のダメージを受けると消えてしまう故、普段着に使うくらいならまだしも戦闘にはあまり推奨せぬが」

「……絶妙に使いづらい能力だな」

 

 夜の街などでは重宝されそうな能力ではあるが、流石にそれを本人に言うのははばかられる。

 他にはどこかの組織に潜入する際に服装を真似ることが出来るくらいか。

 まぁ悪魔の実の能力は本人の発想次第でいくらでも化けるものだ。カナタには使い道があまり浮かばないが、発想を変えれば何かに使えることもあるだろう。

 

「まぁ、そういう力があるということがわかっていればいい。我々はその果実を〝悪魔の実〟と呼び、食べた者を〝能力者〟と呼んでいる」

「カナタ殿もそうなのでござるか?」

「ああ。デイビットは爆発を起こす能力者だ。だから気にしなくていい」

 

 分類などについては面倒なので後回しにするとして、ワノ国にもやはり能力者は存在するらしい。

 カン十郎も何かの実の能力者のようだが、今は置いておく。

 カナタが目下一番気になっているのは錦えもんの〝狐火流〟だ。

 

「中々便利そうな流派だ。デイビット、私もやるからちょっと爆発してみろ」

 

 カナタの場合は炎の能力者が相手でも同じ能力で相殺できるが、他の者たちはそうもいかない。

 それに、炎が切れるなら武装色を纏った攻撃すら効かなかったリンリンのプロメテウスにも有効となる可能性がある。

 今後ぶつかる可能性がある以上、ここで覚えておきたい流派だ。

 

「いやいやカナタ殿、拙者この流派を修めるのにそれなりに年月をかけたのでござる。一朝一夕に出来るようになるものでは──」

「こうか」

「えェ~~~~!!? い、一度見ただけで真似したァ!!?」

 

 デイビットの起こした爆炎をスパッと切ったカナタを見て、錦えもんは目玉が飛び出るほど驚いた。

 近くで見ていたスコッチは錦えもんに近付き、ポンと肩に手を置いて慰める。

 

「あいつを常識で測ろうとするな。頭がおかしくなるぞ」

「し、しかし……拙者、それなりに年月をかけて……」

 

 錦えもんはがっくりと膝をつき、落ち込んでしまった。

 流石に哀れに思ったのか、河松も錦えもんを慰めるように背中をポンポンと叩いている。

 一方で爆炎を槍で切り裂いていたカナタはと言うと、「これは便利だな」と言いながら槍を振るって発火させていた。

 引き出しが増えれば対処できることも増える。

 プロメテウスのように武装色の覇気を纏わせてもダメージを与えられない存在も、もしかすると今後出てくる可能性もゼロではない。

 ゼウスの対処も考えなければならないが……流石に雷を切り裂く流派は存在しないらしい。

 

「これだけでもワノ国に来た()()があったというものだ」

「代わりに錦えもんが落ち込んじまったけどな」

「技術の習得は模倣から始まる。覚えようと思ったら真似をするのが当たり前だ。何を落ち込む」

「真似する速度がおかしいからだろ!」

 

 普通は一度見て使えるようにはならない。カナタがおかしいだけだ。

 真似した本人は特に気にした様子もなく、槍を振って「炎は切れるようになった」と呟く。

 

「次は雷を斬る練習だな」

「ゼウス対策か? それにしたって雷は斬れないだろ、流石に」

「ゼウスのこともあるが、オクタヴィアもな」

 

 敵対する可能性はゼロではない。とはいえ、オクタヴィアの方は能力によるものであるため、覇気で攻撃も防御も出来るだろう。

 本人の実力が隔絶しているのでまともに防御しても大怪我は免れないだろうが。

 あそこまでの力は今のカナタにはない。ぶつかれば敗北は必至だ。

 だからこそ何かしらの対処法を探しておきたいが……これこそ一朝一夕でどうにかなるものではない。

 

「シキとリンリンをどうにかするのが先だが、いずれオクタヴィアともぶつかるだろう」

「お前の母ちゃんなんだろ? 襲ってくるのか?」

()()()()()()()準備をしておくんだ。その時ある手札で戦うしかない以上、手札を増やすに越したことはない」

 

 〝狐火流〟の理は解った。錬磨すれば炎以外も切れるようになる可能性はある。

 この辺りは今後の修練次第と考えていいだろう。

 

 

        ☆

 

 

 訓練の傍ら、スクラは時折自室に篭って新薬の開発をしていた。

 元々彼は船医として乗ったこととは別に〝悪魔の実の能力者の治療〟を目的としている。前段階として〝能力者にだけ効く薬〟を作ろうと色々実験しているのだ。

 かつて〝リトルガーデン〟ではサミュエルに投与して暴走させてしまった。その反省を生かして新しく作り直している。

 スクラは少量の液体が入ったフラスコをサミュエルに渡し、カルテを片手に様子をうかがう。

 

「飲んでみろ」

「……スゲェ嫌な予感がするんだが、この毒々しい色の液体、飲んでも大丈夫なのか?」

「通常の人体には何の影響もない薬だ。それは僕が自分で実験したから保証する」

「……通常の?」

「能力者には効果がある、と思う。副作用はない……はずだ」

 

 毒々しい紫色の液体を見て、流石のサミュエルも腰が引けている。

 一度飲んで暴走したのがトラウマになっているのかもしれない。

 同室にいるグロリオーサとカイエも毒々しい色の液体にドン引きしていた。カイエは〝動物系(ゾオン)〟の能力者として呼ばれたが、これを口にさせるのはグロリオーサとしても同意しかねる。

 

「飲んでも本当に大丈夫なニョか?」

「理論上能力者全員に効果があるはずだが、どのような影響が出るかは定かではないな」

「そんなモン飲ませる気なのか!?」

「少なくとも、僕が飲んでも何の効果もなかった。能力者の検体が欲しいが、中々捕まらないので研究が進まないんだ」

 

 カナタは敵の能力者がいれば出来る限り生きたまま捕まえて薬の被検体にすると言っていたが、それが出来るレベルの相手と言うのも中々いない。

 いつまでも手をこまねいていては一向に研究が進まないので、出来る限り安全策を取りながら実験していくしかないのだ。

 どちらにしても、それほど強い薬は混ぜていない。能力者の血を採って調べ、一番安全なものから調べている。

 

「能力に何らかの影響が出ると思うが、一番わかりやすいのが〝動物系(ゾオン)〟だからな」

「まァデイビットなんかは危なくて実験できないのはわかるけどよ……」

 

 下手に能力が暴走すると船が吹き飛ぶので気を付けなければならない。

 その点、〝動物系(ゾオン)〟なら変身に影響が出るだけで済む。意識が混濁するような症状は出ないと言い切れないが、それこそ実験してみないとわからないことだ。

 念のためにジュンシーには隣の部屋で待機してもらう程度に警戒している。

 

「大丈夫だ。前回の二の舞にはならない。僕を信じろ」

「ええ……クソ、こうなりゃヤケだ! ナムサン!」

 

 グビっと一気飲みし、口当たりの悪さに思わず眉を顰める。

 味は最悪だが、前回のように飲んだら腹の底が熱くなるということもない。やや動悸が激しいが、それは緊張によるものと判断できる範囲だ。

 様子見をしながらスクラの問診に答えつつ、どこか変わったところが無いか確認していく。

 一番顕著に効果が表れたのは、やはり能力に関する部分だった。

 

「……何か、何だこれ。いつもより爪が長いな」

「自分ではわからないだろうが、牙も長くなっている。体躯は通常の人獣型より細めだな。別の形態に変化出来るか?」

「ああ、でも何だろうな、何かいつもより変な感じがする」

 

 薬を飲んだことにより、人獣型と人型の中間のような形態と人獣型と獣型の中間のような姿に変化出来るようになった。

 効果時間は約一分から二分ほどで、暴走の兆しは無し。

 〝能力者に影響を与える薬〟としては及第点と言ったところだろう。

 

「〝動物系(ゾオン)〟の能力者の変身形態を増やす薬も作れそうだな。それはそれで需要がありそうだが」

「そうだなァ。おかしなことにならないなら使ってもいいと思うぜ」

 

 薬に頼るのは業腹だが、強くなれるならそれも一つの方法だ。

 特にこの海にはとんでもない強者が多い。〝新世界〟で出会った海賊はそれなり以上の強さだったし、ビッグマム海賊団や金獅子海賊団も根城は〝新世界〟だ。

 足を引っ張らないようにするなら薬に頼るのも一つの方法だろう。

 頼りきりになるつもりもないが。

 

「どちらにしても改良が必要だな。用量を増やすと劇薬になるし、難しいところだが」

「ウハハハハ、まァ改良出来たら教えてくれや」

「ああ。カイエも飲むか?」

 

 いかにもヤバそうな液体を前に、カイエはグロリオーサの後ろに隠れて首を横に振る。

 「味は最悪だ。子供が飲むには厳しいだろ」とサミュエルが付け足すので余計に嫌がっている。

 これでは駄目だと判断し、スクラもため息を吐いて諦める。あくまで被検体になるのは任意だ。強制できるものではない。

 カイエはまだ幼いので採血をするのも憚られる。グロリオーサも認めないだろう。

 スクラはお茶を飲みながらカルテを見直し、書き漏らしが無いか確認して「今日は終わりだ」と告げる。

 

「薬の改良にはしばらくかかるだろう。また頼むぞ」

 

 スクラの一言で今日は解散となった。

 カイエはどうもスクラに苦手意識を持ったようで、スクラに近付かなくなったらしい。

 

 

        ☆

 

 

 〝新世界〟──とある冬島。

 先に停泊していた別の海賊団を血祭りにあげ、奪った食料と酒で宴をしていたところ──巨大な龍が空に現れた。

 船員たちは一様に傷だらけだったが、その龍の下へ食料と酒を集め、「おかえりなさい」と声をかける。

 

「今回は遅かったですね、カイドウさん」

「あァ……クソ、イライラするぜ。酒持って来い酒!!」

 

 人型に戻った龍──カイドウはどかりと地面に座り込み、目の前に並べられた食料と酒に手を付け始める。

 幹部であるキングとクイーンはそれほど大きな傷はなかったが、ところどころに包帯が巻いてあった。〝魔女の一味〟との戦闘で負った怪我がまだ治っていないのだ。

 カイドウもまた言うに及ばず、折れた片角と粉砕された肋骨は未だ治っていない。

 角に関しては治るかどうかすら不明だ。

 カナタとの戦闘後、海軍に捕まって海底監獄〝インペルダウン〟に護送されている途中に目を覚まし、そのまま護送船を沈めて逃げ出してきた。強靭な肉体を持つカイドウをして動けなくなるほどの大怪我だったので、キングの〝ビブルカード〟を頼りに戻ってくるのも時間がかかったのだ。

 

「しかし、あいつら予想以上に手強かったな」

「そうだな。船長以外の賞金額はパッとしねェが……実力はかなり高い」

 

 クイーンと戦ったグロリオーサ。

 キングと戦ったゼン。

 どちらも覇気を使いこなす実力者だった。

 グロリオーサに至っては億を超えていない賞金首だったが、金額と実力が全くかみ合っていない。あれだけの実力があるなら億超えでも決しておかしくないのだが。

 巨大な肉を噛み千切りながら、カイドウは二人の会話に加わる。

 

「オクタヴィア……じゃ、ねェな。確かに似てたが、あのおかしな仮面を被ってなかった」

「〝竜殺しの魔女〟カナタっすか? そんなに似てるなら娘かなんかじゃねェんで?」

「娘……娘か」

 

 ぐびぐびと酒を飲みながら自身をボコボコに叩きのめした女を思い出す。

 言われてみればオクタヴィアとはどこか雰囲気も違った。偽名を使っているのかと思ったが、オクタヴィアは周りを気にして戦うタイプでもなかったから恐らく本当に別人なのだろう。

 娘と言われれば、なるほど納得だ。

 使っている能力も別物だった。

 

「おれの部下に欲しいくらいだが……いや駄目だ。あの顔を見るたびに殺したくなっちまう」

 

 あれだけの強さなら部下に出来れば海賊団としてはかなり強くなるだろうが、カイドウ自身がカナタの顔を見るたびに殴りかかりかねない。

 それくらいの自覚はあった。

 オクタヴィアに対する恨みは積もりに積もっているのだ。娘だろうと構わず発散したい気持ちもある。

 

「あいつらにやられた部下も結構多いんで、どっかで補充しねェと駄目ですね」

「適当な海賊を無理やり傘下にします?」

「それと、食料と酒も補充しねェと……」

「あれもこれも足りねェな。この近くにシキの野郎のシマがあっただろ。ちょっくら襲って物資奪いに行くぞ」

 

 当然と言った顔で金獅子海賊団に喧嘩を売ろうとするカイドウ。キングとクイーンも特に異論はなく、略奪と聞いて部下たちも浮かれていた。

 だが略奪で人員は増えない。

 〝新世界〟に来るならそれなりに強い海賊も交じっているはずなので、その辺りから適当に部下にしに行くのもありだろう。

 海賊には何よりも強さが重要だ。

 弱くては、何も手に入れることは出来ないのだから。

 

「イライラするぜ……!! あの女……次に会ったら絶対にぶっ殺してやる!!!」

 

 今日のカイドウは怒り上戸だった。

 カナタに負けたのが響いているのか、随分イライラしているようだ。

 キングとクイーンもカイドウが暴れ始めれば流石に手に負えない。機嫌を損ねないように酒をどんどん振舞って何とか宥めていた。

 この海賊団で一番苦労しているのはこの二人なのかもしれない。

 

 

        ☆

 

 

「はっ、綿あめかと思った」

「どう見ても積乱雲だろ! あっちは嵐なので方向転換してください!」

 

 シキとインディゴは船に乗って移動しながらシマを巡回していた。

 カナタとの一戦でシキが敗走したと報じられ、侮った海賊たちがシキのシマに次々と攻撃を仕掛けていたのだ。

 それを部下たちと一つ一つ潰していき、今は一度本拠地に帰還している途中である。

 幹部たちも総動員して潰している辺り、シキの苦労が窺える。

 

「しかし、クソ面倒な連中だぜ……ゲリラ戦法なんざ下らねェことしてくれるもんだ」

「〝世界の破壊者〟バーンディ・ワールド……ここ最近名前はよく聞きますが、賞金額は二億とあまり高くはないのですね」

「あいつは暴れてるが、おれ達ほど実力があるわけじゃねェからな。一般市民からすりゃあいつもおれもあんまり変わりはしねェだろうが……海賊としての規模も格も、何もかも足りてねェのさ」

 

 葉巻に火をつけ、香りを楽しみながらシキは笑う。

 実力はそこそこあるようだが、正面切ってシキと戦えるほどではなく、ちまちまとゲリラ戦法でシキの嫌がることをするばかりだ。

 噛みついてきている海賊の中ではそこそこ強い方だが、既に対処はしてある。

 

「サイファーポールから連絡はあったか?」

「先程『準備が出来た』と」

「そうか。ならあとは大したことねェ連中ばかりだな」

 

 上げられた報告書を読み、確定した損害額を見てシャボンディ諸島の〝人間屋(ヒューマンショップ)〟が壊滅させられたことに嫌な顔をする。

 天竜人相手の商売としてはそれなり以上に稼げる商売であったため、損害は目も当てられない。

 略奪やシマの締め上げで補う必要があるが……しばらくは忙しい。後回しになるだろう。

 「碌でもねェことしてくれやがる」と不機嫌そうに煙を吐き出し、インディゴに報告書を投げ渡した。

 

「しばらくは金欠だ。カナタの奴、おれの嫌がることをピンポイントでやってきやがった」

「この商売、額だけで言えば相当な物でしたからね。新しく〝人間屋(ヒューマンショップ)〟を作るので?」

「今は無理だな。あっちもこっちも人手が足りてねェ……」

 

 世界政府に媚を売るために〝人間屋(ヒューマンショップ)〟を作ったわけではない。襲った島から()()()()()()()()()()()()()()の〝人間屋(ヒューマンショップ)〟だ。

 それに世界政府──ひいては天竜人が釣られたに過ぎない。シキの方から譲歩する理由など何もないのだ。

 サイファーポールを通じて「再開してくれ」と何度も連絡が来ているが、それどころではないと突っぱねている。

 世界政府が一枚岩ではないのは解り切っていたが、シキの敗走を大々的に流してシマを混乱させておきながら同じ口で商売を再開しろとのたまう面の皮の厚さには思わず目を丸くした。

 

「奴隷商売のおかげで政府への伝手が出来たのは良かったが、あいつらの面倒くささと言ったらねェな」

「裏取引でサイファーポールを動かせるようになったと考えれば……メリットとしてはありでしょうか」

「そうだなァ……カナタのところにもサイファーポールを潜り込ませるよう言ってみるか。あいつらも天竜人殺しをした女を野放しには出来ねェはずだ」

 

 海軍も一時期は活発に動いていたが、最近はカナタを標的に動くことが少なくなった。どういう理由かはわからないが、サイファーポールを通じて海軍のケツを蹴っ飛ばしてやれば嫌でも動くだろう。

 カナタを部下にしたいという気持ちは未だにあるが、それ以上に理性の部分で「早めに潰さないとまずいことになる」と考えていた。

 自分の手に負える範囲を逸脱し始めているような感覚。

 懸賞金の額は上がっていないが、カイドウを叩きのめしたことは新聞にも載っていた。ウォーターセブンで戦った時より間違いなく実力は上がっているだろう。

 

「……Dr.インディゴ。今回の掃除が終わったら幹部どもを呼び集めろ」

「はい。標的はやはり、彼女ですか?」

「ああ。非常に惜しいが……野放しにしておくと厄介なことになりそうだ」

 

 少なくとも海賊団としての規模は大きくなっている。今後も規模を増やし、シマを得ていくなら──見過ごすわけにはいかない。

 ロジャーのようにどうしても部下にしたい相手ではないのだ。

 殺しておくのがいいと、シキは判断した。

 

 





END 帰郷/Seabed

NEXT 海の果て/RoadStar

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