第六話:荒れ始めた海
それぞれがどこかの国の中枢に近い場所に位置する組織で、並々ならぬ資金と武力を持って存在する強大な組織だ。
互いに拮抗しあう勢力ではあるが、成長と衰退を繰り返して五大ファミリーも入れ替わってきた。しかし今の五大ファミリーは安定していてここ何年かは大きな抗争もない。
だが、その中にあって最近は花ノ国に拠点を置く八宝水軍が飛躍的に勢力を拡大していた。
『錐のチンジャオ』と呼ばれる男が棟梁となってから、均衡が崩れ始めたのだ。
「ここまではいいか、坊主」
「ああ、そのあたりは嫌って程聞いたぜ」
耳にタコが出来るほどにな、と青年──クロはぼやいた。
ストーブが近いせいか、やや汗をかいてパタパタと服を仰いでいる。椅子を傾けて不安定な様子でぐらぐらと動かしながら、ジョルジュに話を続けるよう促す。
ジョルジュは真面目に聞く気があるのかと思いながらも、不満を飲み込んだ。
「……まァいい。で、続きだがよ」
ジョルジュはおもむろに先日の新聞を取り出した。几帳面に畳まれた新聞をクロの机に放り投げる。
見ろ、と放り投げられたそれを、クロは受け取って広げる。
一面にデカデカと乗せられたそれは、五大ファミリーのうち二つが戦争を起こして共倒れ──それも、国に甚大な被害を与えての壊滅というものだった。
戦場のド真ん中に巨大な足跡のようなものが出来ている。白黒写真でややわかりにくいが、周りの木々の大きさと比較すれば相当な大きさだ。
巨人か──とは思ったが、いくら何でもこの大きさはでたらめすぎる。
「こりゃすげぇな。二つもファミリーが潰れたのか」
「幹部級は全滅、下っ端どもも他のファミリーが吸収したり潰したり新しい勢力起こしたりと、てんやわんやの大騒ぎよ」
「うちにも余波が来るかもしれねぇな」
「だからテメエに話してんだろ。お前だってうちの幹部級だってこと忘れんな」
サボり癖があるのが困ったところだが、基本的に仕事はきちんとこなしている。とはいえ、ジョルジュではなくカナタの直属の部下という扱いだから幹部級なのだ。
今の組織のトップはあくまでジョルジュ。その下にカナタがいて、直属のクロとジュンシー以外で幹部級はスコッチのみ。人手不足でそろそろ誰か倒れるかもしれないとジョルジュは頭を悩ませている。
「事業を始めて五年経つけど、未だにジョルジュがボスっていうのがわかんないよな」
「俺だってそうだよ。だがカナタのやつは面倒くさがってボスやらねェし、ジュンシーはそもそも用心棒だからな」
「あいつももう身内みたいなもんじゃね?」
「だが本人はあくまで雇われの立場だと言ってる。困ったもんだ」
ジョルジュ一家の深いところまで入り込んでいる以上、今更用心棒として雇っているなどというのもおかしな話ではある。本人がそのつもりはなくても、周りは違うものだ。
そろそろあいつにも覚悟決めさせねェとな、とジョルジュはぼやく。
「……しばらく荒れるなァ……」
クロは新聞を読みながら呟いた。
天変地異でも起きたのかというような戦場の写真。巨人かもしれないし、もしかすると能力者かもな、と思いながら。
☆
吐息が白く染まる。薄暗い空を見上げれば、雲がかかっていて雪でも降りそうだと感じる。
この五年でこの島も変わったな、と思う。
埠頭は工事が行われて大型船を受け入れる数を増やしていたし、港に並ぶ倉庫の数も増えた。大半はジョルジュ一家のものだが、それ以外のものも多い。合わせてこの島も交流の拠点として発展しつつある。
資金も貯まった。ジョルジュ一家と契約したいという商人も増えた。傘下に入りたいとおこぼれ狙いのチンピラも寄ってきた。
だが、使える人材というのは得てして少ない。
今でも組織総出で荷運びをやっている最中だ。商人としてやっていくからには信用が第一。積荷の扱いには細心の注意を払っている。
盗もうとする者は後を絶たない。
「最近はつまらん連中も増えたな」
コソコソと荷物を盗もうとする泥棒どもを殴り倒し、倒れ伏す彼らを見下す。
うめきながら立ち上がろうとする彼らを見ながら、カナタは言葉を投げかけた。
「組織的な感じではないな。盗みに慣れているという風でもない。ただのチンピラか」
「テメェ……ッ! クソがァッ!!」
懐からナイフを取り出し、姿勢を低くタックルするようにして刺そうとしてくる。
カナタは慌てるでもなく、ナイフを指で摘んで動きを止めた。
「な……なんでっ! クソっ!」
ピクリとも動かないナイフを捨て、そのまま至近距離で殴ろうと左手で拳を握った瞬間、カナタに顔面を殴られる。
派手に吹き飛んだ男は、今度こそ意識を失って倒れ伏す。
他に二人ほど残っているが、あっさりやられたのを見て抵抗の意思を失ったらしい。悔しそうににらみつけているが、カナタにとってはどうでもいいことだ。
摘んだままのナイフが凍って砕ける。
部下の一人が終わったことを察して島の官憲を連れてきている。仕事が増えてあちらも大変そうだな、と他人事のように考える。
「荷物はまだ積み終わらないのか?」
「もうちょっとだ、お嬢。やっぱり人手増やさねェとダメじゃねェか? 最近はどんどん荷物増えてるしよ」
「そうだな……どこかのタイミングで雇わないとな」
とはいえ、元が町のゴロツキどもばかり。知り合いを連れてこいと言っても似たような連中しかいない。
基本的に力仕事なので、監督する者の教育さえきちんとしていればいいだろうと考えてはいるのだが。
それも今請け負っている仕事が終わってからだ。
ジョルジュにも話しておかねばな、と心の中でメモをしておく。
そうこうしているうちに荷物を積み終わり、寒空の下で作業して冷えた部下たちに休憩をとらせる。
「よし、積み終わった。確認も終わったぜ」
「ではジョルジュに伝えてこい。半刻後に出航だ。他のものは休憩しておけ」
部下の一人を使いに出し、カナタは船番として残る。先程のような連中も多いから、あまり長時間離れるのは好ましくない。
流石に四六時中船番を置くわけにもいかないので、どこかで妥協は必要になってくるのだが。
澄んで冷たい空気を吸い込み、「悪魔の実を食べてから寒さも全く気にならなくなったな」と思いながら時間まで適当に暇をつぶすことにした。
☆
定刻通り出航となった。
大型船に変えて以降、速度の違いが如実に出てかかる日数も減った。荷物が少なければさらに早くなる。
それに、武装も増やしたのでカナタの出番もなく海賊を退けることも多い。大砲の玉もタダではないので金はかかるが、それはもう必要経費として仕方がないことだと判断している。
今まさに、その襲撃が行われていた。
接近しながら大砲を撃ち込まれているが、ジュンシーとカナタで当たりそうなものを片っ端から叩き落している。最近ではこの迎撃方法も珍しくなくなった。
手早く済ませようとカナタは船の縁に足をかけ、ジュンシーに声をかける。
「大丈夫だとは思うが、乗り移られないように注意しておけ」
「また乗り込む気か?」
「少しくらい運動しなければな」
小さく笑い、真冬の海に飛び込む。普通なら──悪魔の実を食べていることもあって──自殺行為だが、彼女の場合は違う。
着水した足元から一気に海が凍り、一直線に敵船へと氷の道が出来上がる。
撃ち込まれる大砲にかまわず、そのまま走って船へと接敵し、飛び上がって敵船に乗り込んだ。
「な、な……っ!!?」
驚愕する海賊たちは、船長と同時に一斉に銃口を向けた。
カナタは船長と思しき男を見るが、見覚えのない顔に首をひねった。
「見ない顔だな。ルーキーか?」
「何ィ? 俺を知らねェだと? 800万ベリーの賞金首、この”大兜”のマーシー様をよォ!!」
「知らんな。小物か」
「……ッ!! 撃ち殺せェ!!」
カナタの言葉にいきり立って銃を発砲してくるが、彼女は気にした様子もない。見聞色の覇気で自分よりも強いものがいないとわかり切っているが故の慢心だった。
丁寧に一人ずつ殴り倒し、大した運動にもならなかったと最後の一人を放り投げる。
人数だけは多かった。ガレオン船を動かしているのだから当然必要な人数ではあるが。どうにも既に一戦おこなったあとらしく、船室には縛られた女性たちが大勢囚われていた。
正直なところ彼女たちがどうなろうと興味はないが、『ジョルジュ一家』としての評判を上げる一助にはなるだろう。
これ以上の評判で仕事が増えても捌けないが。
「……ん?」
金品などがまとめてある宝物庫で、懐かしいものを見つけた。
果物に不気味な紋様がある、カナタの人生を変える転機になったもの──悪魔の実だ。
一つの時代に同じ実はないため、これは私が食べたものとは別だろうが、とカナタは手の中でくるくる回して確認する。
それにしてもまさか、というところだ。
「こんなところで見つかるとはな」
一つ食べれば悪魔の力を得て、二つ食べれば死ぬという。
流石にそんな強欲な真似はしないが、扱いに困る代物でもある。食べれば当然特殊な力が手に入るが、売っても凄まじい大金になる金の木でもあるからだ。
現にこの海賊たちも食べずに置いてあったわけだし、どこかに売り払うつもりだったのだろう。滅多に手に入らない貴重な代物だが、無いわけではない。
そのあたりはあとで決めようと考え、ひとまずこれ一つだけ持ってジュンシーたちの待つ船へと戻ることにする。
悪魔の実の図鑑に載っているかもしれない。決めるのはそれからでも遅くはないだろう。
☆
──
五大ファミリーの一角である、ドレヴァン率いるラーシュファミリーと呼ばれる組織が拠点としている町だ。そこでドレヴァンは今まさに憤激していた。
部下からとある報告を受け取った彼は、一瞬でブチ切れて部下へと殴りかかったのだ。
「──ふざけてんのかテメェ!!!」
覇気こそ纏っていないが、凄まじい勢いでぶん殴られた部下は扉を破壊して廊下まで吹き飛び、意識を飛ばしていた。
他の部下がいそいそと殴られた男を抱えてどこかへ運んでいき、ドレヴァンは怒りが収まらないままに酒を呷る。イラついたときには酒を飲むのが一番だ。
上手くいかないことばかりだ。
八宝水軍が勢力を増しているのはこの際置いておく。あれはドレヴァンよりも強いため、潰そうにも潰せない。勢力の強さで言えば負けるつもりはないが、今戦っても旨味はないとわかっている。
それはいい。それはいいのだが、問題は別にある。
五大ファミリーのうち二つが潰れた。トップが前線に出ることはチンジャオを見るように珍しくはないが、両方のトップが同時に戦死するなど、面倒極まりない話だ。
普通は勝った方が処理をするものだが、同時に潰れた上に国が疲弊しているため、処理の手間が他の組織にいっている。
「クソっ、どうなってやがんだ……」
混乱の極みにあるこの状況で、ドレヴァンをキレさせた出来事が立て続けに起きている。
一つ目は先の五大ファミリーの二つが落ちたこと。これによって新しい縄張り争いが行われているが、うまくいっていないこと。
二つ目は木端海賊から手に入れるはずだった悪魔の実を、
三つ目──巨人が現れ、縄張りが荒らされたこと。
特に二つ目と三つ目は見逃せない。
「巨人だと? 連中は
先日の新聞にも載っていたように、二つのファミリー壊滅に巨人がかかわっているのは間違いない。だが、肝心要の巨人がどこにいるかわからないというのが問題だ。
隠す場所などないだろうに、時折襲撃に来る以外で目撃情報がない。となれば、誰かが意図的に隠しているとみるべきだろう。
人間の十倍にも達する体格だという巨人族を、そう易々と隠していられる組織など中々ない。
しらみつぶしに探させているが、海は広い。どこかの無人島に匿われていれば見つけるのは難しいだろう。
戦力の確保は急務だ。
なればこそ──ここ最近名を上げ始めているジョルジュ一家に目を付けるのも、自然だった。
困ったら殴って解決させるタイプの主人公にしてみたら、単なるナチュラルボーン戦闘民族になってしまった。
目と目があったら殴りかかりそう。
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