ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第七十二話:腹心

 ワールド海賊団壊滅から数日後。

 カナタ一行は一度〝ハチノス〟へと寄港し、悪魔の実の配分を検討していた。

 ついでに船に載せたままになっていた〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟を島の地下室に隠し、船の宝物庫を広くしておく。

 結構大きいので船に載せておくと邪魔なのだ。機密の点でも載せっぱなしというのはよくないだろう。

 仮に船が沈んだ場合、〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟も海に沈んでしまうことになるのだから。

 

「──それでは、こいつの使い道を決めよう」

 

 カナタの創り出した氷のテーブルには、二つの悪魔の実が置かれていた。

 ワールド海賊団船長、バーンディ・ワールドの所有していた〝モアモアの実〟。

 ワールド海賊団機関士、ガイラムの所有していた〝キュブキュブの実〟。

 どんな能力でも使い方次第で強くもなるし弱くもなる。使い手の発想次第で大きく変わるのが悪魔の実だ。

 

「ワールドの使っていた能力であるモアモアの実は強力だ。自身の速度を何倍にも引き上げられ、銃や剣などの質量を倍加する複合能力」

「もう一つの方は?」

立方体(キューブ)を作り出す能力らしい。影響は人、物問わずに与えられるようだ」

 

 少なくともキュブキュブの実の能力はカナタの目で実際に見たわけでは無い。運よく悪魔の実図鑑に載っていたからどんな能力かわかったのだ。

 使い手が弱かったので何の印象も残っていないが、使い方次第では強いのだろう。

 モアモアの実はワールド本人が覇気もそれなりに使える実力者だったことを差し引いても厄介であるということはカナタとて理解している。

 

「誰が食べるか、だが……」

 

 ジュンシーとゼンの二人に視線を向けてみるが、二人はまたもや無言で首を横に振る。

 以前もそうだったが、どんな能力であれ悪魔の実を食する気はないらしい。

 この二人は素の実力が高いので悪魔の実を食べればかなり強くなれるはずなのだが、そうするつもりはないのだろう。

 困ったことだが、実力は十分あるので無理強いするほどではない。

 

「では、モアモアの実はスコッチに」

「おれか? ジョルジュの方がいいんじゃねェか?」

「ジョルジュは今後別の悪魔の実を与える予定だ。手に入ればな……この能力はお前が持っておいた方がいい」

 

 スコッチも最古参からいる幹部だ。今後組織が拡大するにあたって、幹部がそれなり止まりでは色々と困る。力で劣る者には従わないのが海賊だ。

 今のままでもそれなり以上に強いが、悪魔の実を食べれば更に強くなれるのだから食べるだけ得というものだ。泳げなくなる欠点はあるが。

 奇妙な紋様が浮かび上がった果実を受け取り、スコッチはマジマジと観察した後でかぶりつく。

 顔を激しくしかめるスコッチ。

 

「クッソ不味いな!!」

「わかるぜ……おれも二度と食べたくねェと思うくらいには酷い味だった」

「クソみたいな味だもんなァ」

 

 能力者であるサミュエルとクロが腕組みしてうんうんと頷いている。

 何とか飲み込んだスコッチは齧った果実を見て「これ、全部食べなきゃダメなのか?」と嫌そうに言っている。

 

「食え食え、全部食わないと能力者に成れないぜ」

「嘘を教えるな馬鹿者。一口食べればその時点で能力者だ」

 

 全部食べさせようと囃し立てるクロを宥めるカナタ。

 スコッチは安心して食べかけの果実を投げ捨て、「ゴミはちゃんと片付けろ」と怒られてすごすごと回収する。

 何はともあれ、新しい能力者の誕生だ。数日ほど様子を見ながら能力の鍛錬をおこなわせるべきだろう。

 

「もう一つの悪魔の実はどうするんだ?」

「新人と古参を含め、食べたい奴を募って実力で決めさせる」

 

 サミュエルと同じパターンだ。欲しがる者の中で強い者に食べさせる。

 このまま腐らせるわけにはいかないし──悪魔の実が腐るのかどうかという問題はさておき──置いたままというのも宝の持ち腐れだろう。

 欲しいものがあれば力づくで奪い奪われるのが世の常。悪魔の実も然り。

 どんな能力かはある程度説明するが、それでも欲しい者が出るのが悪魔の実というものだ。

 これ一つを求めて海に出て、姿を見る事すら叶わず海の藻屑となる者も少なくない。それだけ貴重な果実だから。

 まぁ、それはさておき。

 

「次の話にしよう。今後の動きだ」

「ワールド海賊団との共闘は無くなった。〝金獅子〟の艦隊を相手取るには数が足りねェ。戦力追加の当てはあんのか?」

「業腹だが逃げ回るしかないだろうな。出来るだけ一か所に長居はせず、動き回ってかく乱しながら敵を削るしかない」

 

 正面衝突して勝てる戦力ではない。カナタがどれだけシキと一進一退の攻防を繰り広げようとも、部下の数の差で押し切られては意味がない。

 こちらも傘下の海賊を増やすなどの対応を取れば、多少は戦力差を縮めることも出来るだろうが……ワールド海賊団がサイファーポールの工作活動で壊滅したのをつい先日見た手前、その決定を楽観視することも出来ない。

 天竜人の殺害という、世界政府を一番怒らせる方法を取った以上警戒はしてしかるべきだ。

 ……今更の話ではあるのだが。

 

「……有象無象を傘下に入れて勢力を増やしても、烏合の衆ではな」

 

 困った話だ。

 カナタはお茶を飲みながらグルグルと考えを巡らせ、「何か意見はないか」と問いかける。

 

「一つ思うんだが、海軍を焚きつけられないのか?」

「難しいだろう。ウォーターセブンでの一件は海軍と共闘できる下地があったから実現出来たことだ」

 

 〝金獅子〟を〝新世界〟に押し込んでおきたい世界政府および海軍と、狙われて戦うしかなかったカナタたちの利害が一致したから出来たことだ。

 今回はそうもいかないだろう。海軍にとって海賊の撃破は義務だが、無謀な特攻などするつもりもないだろうから。

 今のままぶつかれば海軍も被害が大きすぎる。

 

「〝金獅子〟の勢力が明確に減じたと判断すれば海軍が動く可能性もあるが……」

 

 〝人間屋(ヒューマンショップ)〟のスポンサーにシキがいたことを考えると、世界政府がシキの討伐に二の足を踏むことは間違いない。

 むしろ世界政府としてはカナタの方をより敵視している可能性すらある。CP(サイファーポール)を動かすよう世界政府に要請していても不思議ではないのだ。

 誰もが黙りこくったまま一向に話は進まず、仕方ないので今回の会議は終わりとした。進展のない話し合いに意味はない。

 

「仕方がない……シキの傘下の海賊を見つけ次第沈める方針にしておこう」

「お前、立案が段々と雑になってねェか!?」

 

 優先順位は一に〝水先星(ロードスター)島〟に辿り着くこと、二にシキやリンリンの撃破、三に〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟の解読だ。

 そこは間違えないようにやっていきたい。

 ……シキとリンリンを倒した方が、この海を旅するのは楽になりそうだが。ただしその時は漁夫の利を狙った海賊や海軍に狙われるだけだろう。

 世の中ままならない。

 

 

        ☆

 

 

 ジャラジャラと音を立てて何本もの鎖が敵船へと突き刺さる。

 島から逃げ出そうとしていた海賊たちは、突如船に縫い付けられた鎖を見て顔を青褪めさせた。

 

「や、やばい! もう追いついて来やがった!!」

「クソ、鎖を外せ! 急げ!!」

「外せるわけないだろう。僕たちにたてついたんだ──生きて帰れるとは思わないことだよ」

 

 鎖は緑色の長い髪をなびかせる少年へとつながっており、白くゆったりした服の袖から鎖が出ていた。より正確に言うなら、その体から鎖が生えているというべきだろう。

 その隣には五メートルを超える巨体の怪物が立っている。その頭部には巨大な角があり、髪も肌も白く染まって雷が迸っていた。

 怪物は鎖を握ると、筋骨隆々とした肢体に力を込めて引っ張った。

 巨大な船を縫い付けた鎖は派手な音を立てて収縮し、今まさに出航しようとしていた船を海岸へと引き戻す。

 海岸に座礁した船は横倒しになり、投げ出された海賊たちはうめき声をあげて倒れている。

 

「そら、処刑の時間だ。殺しつくしてやるといい」

「ウゥ──ガァァァァァ!!!」

 

 少年の声を聞いた白い怪物は両手に戦斧(ハルバード)を持ち、勢いよく走りだして海賊たちを殺戮していく。

 巨体から来るパワーに勝てず、薙ぎ払われる海賊たち。

 〝新世界〟に来るだけあって実力はあるが、それでも怪物を相手取るにはあまりに不足だった。

 力の限り戦斧(ハルバード)を振るって虐殺する怪物は、遂に最後の一人を殺して返り血に染まったまま動きを止める。鎖を出していた少年は一切恐れる様子を見せずに「お疲れ様」と声をかけた。

 

「おわり?」

「ああ、君の仕事は終わりだ。食事にしよう、疲れただろう?」

「うん」

 

 そこには先程までの嵐の如き暴虐を振るった怪物の姿はなく、少年の言葉に素直に従う青年がいた。先程までの真っ白な姿とは違う、黒髪に角の生えた大柄な青年だ。

 海岸から島の内部に移動し、森に囲まれた集落の一角にある巨大な建物へと足を踏み入れる二人。

 多くの部下たちから声を掛けられるが、それを手で適当に返しながら目的の部屋をノックして入る。

 

「ただいま」

「帰ったよ」

「おう、お疲れさん。連中はどうした?」

「全滅させたよ。後で部下を派遣して後始末しておいてくれ」

「オーケー、了解だ。時間も時間だし、指示を出したら食事にしよう」

 

 中で待ち受けていたのは快活とした一人の男だった。

 筋骨隆々としたその男は山のように積もっている書類を捌きながら少年と会話し、懐中時計で時間を確認して食事にしようと席を立つ。

 道中で部下に海岸の死体と船の処理をするよう指示を出し、大きめの通路を通って食堂に着く。

 三人はそれぞれ食事をしながら和気藹々と会話をしていた。

 

「しかし、親分はいつまでオレ達をここに留めておくつもりなんだろうな。オレも暇じゃないんだが」

「さあね。僕はその辺り興味ないから」

「お前さんたちはいいだろうが、部下が困るだろう。大艦隊と言っても、指揮出来る者がいないんじゃあ烏合の衆だぜ」

 

 大きなハンバーガーにかぶりつく少年は口元を指で拭き、「指示を出したのは彼だからね」と悪びれることなく言う。

 その横で青年は巨大なステーキにかぶりついていた。

 

「ハッハッハ。まァ確かにそうだ。呼びつけられてしばらくここにいるが、結局何をさせられるのやら。お前さんは何か聞いてないのか?」

「何も。〝竜殺しの魔女〟とやり合った一戦の時だって、提督は自分で勝手に動いていたからね」

 

 ──ここは金獅子海賊団の所有する島。

 幹部格たる三人はシキの呼び出しを受けてこの島に待機し、いつでも出撃出来るように準備しているのだ。

 時折金獅子海賊団の領土だと知らない海賊が足を踏み入れることもあるが、その場合は先程のように屍の山を築くことになる。

 

「我らが提督も自由人だな。そういうところも上に立つ者の器って奴なんだろうが」

「振り回されるこちらの身にもなって欲しいね。君はどう思う?」

「ぼく? ぼくは……特には、なにも?」

「そう……ま、いいけどね」

 

 聞いたのが間違いだったと少年は悟り、食べ終わったハンバーガーの包みを丸めて机の上に放置する。

 三人が雑談しつつ時間を潰していると、部下の一人が電伝虫を持って近付いて来た。

 

「お三方、シキ様より伝令です」

「おう、繋いでくれ」

『──ジハハハ! 元気にしてるか、お前ら!』

「こっちは書類仕事で忙殺されそうだぜ。文官を増やしてくれ」

「僕たちは暇してるよ。次の敵くらい用意して欲しいね」

『おう、元気そうで何よりだ。文官に関しては何人か送ってやる──それで、お前らを集めた本題だ』

 

 ついに来たか、と二人は真剣な顔で聞き、一人は食べた直後であくびをしながらうとうとしている。

 

『〝竜殺しの魔女〟カナタの率いる船団──〝魔女の一味〟を潰せ』

「ほう、今話題の魔女か。敵の数はどれくらいいるんだ?」

『船の数は三隻。船員の数は多くても千人は超えねェ』

「……随分少ないな。ロジャー海賊団のような精鋭揃いと考えていいか?」

『あァ、ロジャーのところほどではねェがな。油断すると手痛いしっぺ返しを食らうぜ』

 

 しっぺ返しを食らった本人が言うと説得力がある。

 シキは笑いながら「今度は確実に殺しに行く」と告げた。

 

「ようしわかった。準備をしよう。敵の場所はわかってるのか?」

『いいや、今から探すのさ。だが、あいつらも目立つ存在だ。すぐに見つかるだろう』

 

 何かと話題に上りやすい存在だ。行く先々で事件を起こすトラブル体質はロジャーにも引けを取らないとシキは言う。

 捜索網を広げ、網にかかったところを一気に叩く。これ以上ないほど簡単な仕事だ。

 シマを守る最低限の戦力だけ残し、後は全て打って出る。海賊大艦隊とまで呼ばれる〝金獅子海賊団〟の本領発揮となるだろう。

 

「……随分大袈裟だね。相手はたった三隻なんだろう?」

『異論は認めねェ。文句があるならテメエがおれを倒してトップに立つことだな』

「……わかったよ、従う。逆らう気はない」

 

 緑色の髪の少年は手を挙げて降参し、筋骨隆々とした男は顎に手を当てて必要な質問をしていた。

 

「ある程度場所が絞り込めたら動くという形でいいか? むやみやたらと動かせるほど安い艦隊じゃないからな」

『方針はそれでいい。それに、そっちの指揮はお前に任せる。おれはおれで艦隊を動かすからな。情報は逐一共有しろ』

「了解。任せてくれよ提督殿、お望み通りの戦果を挙げてやるぜ」

 

 現在この海を席捲する金獅子海賊団の誇る大艦隊は、遂に魔女一味を全滅させるために動き始める。

 次は容赦なく、確実にカナタを殺すために。

 

 




一応シキの幹部は全員元ネタありなんですけど、あんまり増やしすぎてごっちゃになりそうなのが一番怖いところです。
どうせ減るでしょうけど(

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