ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第七十四話:モベジュムールの海戦 その1

 ──海軍本部。

 けたたましい警報音が鳴り響き、何事だと誰もが辺りを見回す。

 雑談したり報告を行っていた者たちも一斉に口を閉ざし、緊急事態を示すその警報へと意識をやった。

 

『──コング元帥へ緊急報告! 新世界、モベジュムール海域にて〝金獅子〟と〝魔女〟が接触!』

『〝金獅子〟の艦隊は今までに確認されている全勢力です! 傘下の海賊を含め、三人の幹部──大都督も確認されています!!』

 

 コングはその報告を聞き、頭痛を抑えるように頭に手をやる。

 だが嘆いてばかりはいられない。どう動くかを考え始める。

 シキが自身の誇る大艦隊を引っ張り出すほどカナタに執着していたとは予想しきれなかったが、海賊同士で争ってくれる分にはありがたい。

 とはいえ、これだけの規模ともなれば近隣の海域に被害が出ないとも限らない。軍艦数隻は出撃させる必要があるだろう。

 電伝虫をすぐさまセンゴクへとつないだ。

 

「センゴク! シキの件はお前に一任している。出られるか?」

『ええ、任せてください。〝魔女〟の方にも因縁がある。次は負けません』

「無理に戦う必要は無い。どちらか捕まえられそうなら被害が拡大しない範囲でやれ」

『わかりました』

 

 無理をしてまで捕まえる必要は無い。だが、これがある種のチャンスであることも確かだ。

 どちらも海軍の頭を悩ませる新世界の怪物だからこそ、両者がぶつかって弱ったところを突くべきという意見も理解出来る。

 勢力として打撃を与えられるなら海賊同士で潰し合ってくれるのが一番いいのだが、と思いながら通話を切ろうとしたところ、また声が聞こえてきた。

 

『おい、ガープ! 貴様何を勝手に──』

『コングさん、おれも出るぞ!』

「何? お前が執着してるのはロジャーだけだと思っていたが……」

『おれなりのけじめだ! 行くなと言っても行くぞ!』

 

 ガープとカナタ、ではなく、ガープとドラゴンの関係かと気付く。

 死ぬくらいならせめて自分の手で捕まえるのがガープなりの親心のようなものなのだろう。

 実際、シキの艦隊が相手ではいくらカナタが強かろうとも生き残れるとは思えない。引導を渡すにせよ、終わりを見届けるにせよ、それくらいはやってもいいだろう。

 

「……いいだろう。許可する」

『! ありがとう! 行くぞ、センゴク!!』

『おい、こら待てガープ!! っと、コング元帥、すぐに準備して出撃します!』

「ああ、頼んだ」

 

 ガチャリと通話を切り、すっかり冷めたお茶を一口飲んで考えに耽る。

 

「……親子の情か」

 

 ガープも人の親ということだろう。

 海賊にとっての悪魔のような存在で、海軍にとっての英雄も一皮むけば人の親という訳だ。

 さて、と書類作業に戻ろうとしたところで、コングの元にもう一つの報告が上がってくる。

 

『コング元帥、もう一つ報告が』

「なんだ? 手短に頼む」

『──────』

「……なんだとォ!!?」

 

 その報告に、コングは驚いて思わず立ち上がった。

 

 

        ☆

 

 

 ──新世界、モベジュムール海域。

 不機嫌海域とも呼ばれるその海域は、ころころと天気が変わる奇妙な場所だった。

 遊蛇海流、海坂、海上に降る雪崩──短時間に次々と襲い掛かる悪天候の嵐は、新世界の入り口付近にあることもあってルーキーたちを苦しめる。

 その場所で今、〝金獅子〟のシキと〝竜殺しの魔女〟カナタが相対していた。

 片や数十隻もの海賊大艦隊。

 片や三隻の少数海賊団。

 ロックス海賊団が壊滅して以降、恐らく最大規模にまで膨れ上がった海賊大艦隊を前にしてもカナタは臆することはない。

 

「よくもまァ、おれのシマで暴れてくれやがったな、カナタァ!」

「あんな陽動で釣れるとは、随分私を侮っているようだな」

 

 数日前からこの海域を目指す途中、金獅子海賊団のシマを次々に荒らして傘下の海賊を壊滅させながら進んできた。

 わかりやすく目立ちながら戦ってきたため、シキもカナタの仕業だと気づいていた。

 どのみち全戦力を投入して叩き潰すつもりだったのだ。居場所がわかるなら好都合と、カナタの跡をたどりながらこの海域へと辿り着いた。

 

「あれだけおれを挑発したんだ。生きて帰れるなんざ思ってねェだろうな!!」

「生きて帰れるだと? それはそっくりそのまま返してやろう。数で圧倒すれば私を倒せるなどと、甘い考えは捨てるがいい」

 

 目まぐるしく天候、海流、風向きの変わるこの海域で、二人の海賊は睨み合う。

 両者ともに臨戦態勢。既に問答に意味はなく、刃をもって決着をつける他に無い。

 ──後の世に〝モベジュムールの海戦〟と呼ばれる戦争が始まった。

 

「──テメェら全員、皆殺しだ!!」

「──気合を入れろ! 奴らを滅ぼすぞ!!」

 

 開戦と同時に飛び出したシキとカナタは、かつてのように空中でぶつかってその覇気を衝突させる。

 二刀を振るうシキ。一振りの槍を手繰るカナタ。

 互いの刃は触れ合わず、武器に纏わせた覇気だけがぶつかって海を荒れ狂わせるほどの衝撃を生み出した。

 

「また覇気が強くなりやがったな! どこまで強くなるつもりだ!」

「必要ならどこまでも強くなるさ! お前のように狙ってくる奴も多いのでな!」

 

 荒れ狂う天候を気にも留めず、カナタは空を蹴ってシキと剣戟を繰り広げる。

 ウォーターセブンで戦った時よりも更に覇気を研ぎ澄ませたカナタに対し、シキは苦々しい顔で空を移動しながら攻撃を凌いでいた。

 やはり早々に殺すべきだった。前回戦った時からそれほど長い時間は経っていないというのに、カナタの実力は天井知らずに上がっている。

 末恐ろしい才能だ。「親が親なら子も子か」とシキは吐き捨てる。

 

「ここでテメエの部下ごと海に沈めてやるよ──斬波ァ!!」

 

 二刀を振るって斬撃を飛ばしつつ艦隊から距離を置き、カナタが自分の船の助けに行けないように仕向けて行く。

 シキやロジャーもそうだが、良くも悪くも船長の強さが突き抜けすぎてそれに依存しがちになる。シキは艦隊を上手く使う部下がいるが、カナタのところにそういった人材がいるという情報は入っていない。

 海戦ならシキに一日の長がある以上、その利点を生かさない理由はない。

 ──当然、シキの部下たちもそれは理解していた。

 

 

        ☆

 

 

「オーララ! 提督殿も随分張り切ってるみたいだな。しかしあれだけの美人を殺すなんて勿体無いぜ」

「あの子にご執心みたいだからね。で、どうするんだい? 僕らが行って沈めてくる?」

「そうだな……油断はするなってことだし、確実に倒すやり方を取ろう」

 

 二角帽子を風で飛ばされないよう抑えながら、艦隊の指揮を任された男──リュシアンはにやりと笑う。

 電伝虫を使い、それぞれの船へと指示を飛ばす。

 

「本艦から伝令! 右翼艦隊は敵船の進路の妨害をせよ! 左翼艦隊は敵船と並走し砲撃準備! ここは天気が変わりやすい、火薬が湿気らないよう気を付けろ!」

『了解!』

 

 打てば響くように返ってくる部下の声を聞きながら、リュシアンは敵船の動きを読む。

 新世界は一騎当千の怪物たちが蔓延る海だが、決して砲撃が無駄になるわけでは無い。

 船に当たれば少なからずダメージになるし、相手が能力者なら海に落ちた時点でこちらの勝ちだ。

 敵船の進路を塞ぎつつ並走して大砲を構え、リュシアンの指示を待つ。

 

「──総員、砲撃用意! 撃て!!」

 

 合図とともに一斉に放たれた砲撃はカナタたちの船であるソンブレロ号と傘下の船二隻を沈めようとする──だが、それらは次々に弾かれ、船に着弾することはなかった。

 大砲の弾程度でどうにかなるほど簡単な相手では無いとわかっている。だが、少なくともそちらに手を取られることになるなら意味はある。

 

「砲撃を続けろ! 奴らの手を休ませるな! ……で、ここでお前らの出番だ」

「この砲弾の雨の中で敵船に乗り込めって?」

「お前らなら死にはしないだろう?」

 

 その辺りは信頼しているらしい。

 それを信頼で呼んでいいものかはさておき、緑色の髪の少年──アプスは肩をすくめてソンブレロ号へと狙いを定めた。

 

「レラ、僕は先に行くよ」

「うん。ぼくも、すぐに追う」

 

 角の生えた青年──レランパーゴが頷くのを見てから、アプスは勢いよく船を飛び出す。

 弾丸の如く空を駆け、その両腕からいくつもの金色の鎖を生み出した。

 

「──さあ、君たちの力を見せてくれ」

 

 笑みを浮かべ、上空から悪天候をものともせずに襲い掛かるアプス。

 ジャラジャラと音を立てていくつもの鎖が意思を持って船へと襲い掛かり、それを六合大槍を持ったジュンシーが弾き飛ばす。

 その間にアプス本人へとドラゴンが襲い掛かり、アプスは当然のようにその攻撃を凌ぐ。

 

「へえ、中々やるじゃないか」

「〝黒縛〟のアプスか……船を任された身なのでな、容易く落とさせはしない」

「だったら守ってみなよ。出来るものならね!!」

 

 体から伸びる鎖は覇気を込めることで通り名のように黒く染まり、ドラゴンへと襲い掛かる。

 時に弾き、時に躱して至近距離まで肉薄すると、ドラゴンはアプスの胸部へ殴りかかり──アプスはそれを容易く弾いて返すように鎖を薙いで吹き飛ばした。

 超人系(パラミシア)、ジャラジャラの実の鎖人間である彼は自在に鎖を生み出すことが出来る。

 鎖の強度も操作の精度も、一朝一夕で身に着くものではない。カナタとあまり変わらない歳ながらも驚異的という他なかった。

 能力だけにかまけているような存在がシキの幹部になれるわけがない。当然といえば当然のこと。

 

「まだまだ甘い。この程度なら串刺しにしてしまうよ?」

「ぐ……流石に簡単にはいかないか」

 

 元より一人で抑えられるとは思っていない。

 多勢に無勢のこの状況で、ソンブレロ号の上で暴れられては全滅してしまう。

 数人がかりででも、船の外に弾きだした上で戦わねばならない。

 

「ジュンシー!」

「承知!」

 

 縦横無尽に狙い打ってくる鎖を弾き、ドラゴンとジュンシーは前後から挟むように襲い掛かった。

 二人の攻撃を覇気を纏った腕で捌きながら、時折手が足りないところに鎖を挟み込んで防御する。熟達した能力者は実に厄介だ。

 二人がかりで攻撃しても、手足の代わりに使える鎖があるアプスの方が手数が多い。

 

「何と厄介な……!」

「どいてろ、二人とも!」

 

 横合いから声をかけたのはスコッチ。

 巨体を屈ませ、〝(ソル)〟による体当たりを狙っているのだ。

 だが、単なる体当たりでは駄目だ。

 

「モアモア百倍──鉄塊砲弾!!」

 

 半身を武装硬化し、爆発的な速度でアプスの不意を打つ。油断か慢心か、体当たりは見聞色をすり抜けてアプスへと直撃した。

 アプスは武装の覇気で防ぐものの、勢いまでは殺すことが出来ずに船の外へと吹き飛ばされる。

 

「おお……悪魔の実一つ食べただけで随分と頼もしくなったな」

「その調子であいつの相手は出来ないか?」

「無茶言うなアホ!! あんなもん最初の不意打ちが関の山だってわかってるだろ!?」

 

 軽口を叩くドラゴンとジュンシーに言い返すスコッチ。

 こちらもこちらで暇ではない。飛んでくる大砲の対処もさることながら、こちらから大砲の弾を反撃で打ち込む際にモアモアの能力を活用している。

 

「とはいえ、三人がかりでようやく船から追い出せるレベルとはな」

「おれとジュンシーの二人で船に来ないよう追いかける。船の方は頼んだぞ」

「任せろ! 悪魔の実を食って百倍頼もしくなったおれにな!!」

 

 半分ヤケになりながらドラゴンとジュンシーを送り出し、スコッチはデイビットを呼び出して反撃の準備に移る。

 秘策の一つや二つは用意しているのだ。

 

「あれやるぞ、デイビット!」

「よっしゃ! でも、あれは秘策では? こんなすぐ使っていいんです?」

「使わねェ策に意味なんざねェよ! 使えるもの全部使ってぶっ飛ばすだけだ!」

 

 デイビットは納得したように頷き、すぐさま大砲の中へと空気を送り込む。

 ボムボムの実の能力者であるデイビットの吐息は爆弾になる。砲弾代わりに吐息を込め、それを射出することで無色透明の爆弾として機能するのだ。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 不可視の砲弾は普通の砲弾と比べ物にならない威力となり、より鍛えられた見聞色の使い手でもなければ感知するのは難しい。

 

「百倍吐息砲弾を食らいやがれ!!」

 

 射出された砲弾は誰にも見えない。

 不可視の砲弾は百倍の大きさに膨れ上がり──シキの旗艦から左翼側の艦隊の一隻が見事に吹き飛んだ。

 大型のガレオン船だろうと、これだけの破壊力の前にはひとたまりもない。

 

「次だ次! ぼさっとするな! あんな数の艦隊相手にまともに戦ってられねェぞ!」

 

 戦闘員の面々は慌ただしく大砲を用意し、デイビットは走り回ってそれらに一つ一つ弾を込めていく。

 デイビットの能力に依存せずとも、ただの大砲もスコッチの手で百倍まで質量を増やせるので完全に無駄ではない。デイビットの手が回らないところは普通の砲弾で対応していく。

 天候は相変わらず気まぐれで、先程まで雪が降っていたかと思えば今度は雹が降り始めた。

 人の頭部ほどもある巨大な雹だ。

 ──雹に紛れて、巨大な獣も船へと落ちてきた。

 

「──なんだありゃあ! シキの幹部か!」

 

 驚愕するジョルジュの目の前に、白い巨大な獣が降り立つ。

 全身は白い毛に覆われ、バチバチと放電する音が聞こえている。両手に持った戦斧(ハルバード)もそうだが、何よりその鋭い眼光が圧倒的上位者としての威圧感がある。

 まずい、と思った時には既に遅い。

 

「ガアァァァァァ──ッ!!!」

 

 雄叫びと共に振るわれた戦斧を剣で防ぐが、その膂力を受け切れずに船の外まで吹き飛ばされるジョルジュ。

 能力者ではないため、海に落ちても死にはしない。防いでいたのは見えたので気絶もしていないだろうと判断し、次に誰かが襲われる前にゼンが動いた。

 エレクトロを纏わせた槍と雷を纏う戦斧がぶつかり、派手な音を立てて動きを止める。

 

「ヒヒン、動物系(ゾオン)の能力者ですか……! これまた厄介な!」

 

 膂力が桁違いに強い。

 特に身体能力が強化される動物系(ゾオン)の能力者が相手ともなれば、ゼンとて一瞬たりとも気を抜くことは出来ないだろう。

 覇気を纏わせ、振り回される戦斧を何とか弾いていく。レランパーゴの巨体も相まって一撃の威力は途轍もない。

 このまま船で戦っていては被害は増すばかりだ。先程アプスを船外へと弾き飛ばしたように、レランパーゴも外へと押し出したうえで相手をするべきだが──。

 

「この怪力が相手では、分が悪いですね……!!」

 

 ゼンでも攻撃を凌ぐので手一杯。

 暴風の如き連続攻撃が襲い掛かっている状態では、とてもじゃないが反撃に移る余裕などない。

 

「背中がガラ空きだぜ!」

 

 そこを隙と見たサミュエルが人獣形態で襲い掛かり、鋭い爪を振るってレランパーゴの背中へと攻撃する。

 ……が、レランパーゴの背中にうっすらと傷が入るだけで、血の一筋も流れていない。

 頑強な筋肉に阻まれて傷が入らないのだ。

 覇気も纏っていない状態でこれでは、まともな方法でダメージを与えるのは難しい。

 

「クソ──やべっ」

「伏せて!」

 

 ゼンの言葉に反射的に従い、振り向きざまに振るわれた戦斧がサミュエルの頭の上を通り過ぎる。

 もし一瞬でも遅れていたらと思うとゾッとする。

 すぐさま距離を取り、追撃に移ろうとするレランパーゴへとゼンが槍を振るった。

 

「ウゥ──ガアッ!!」

 

 覇気を纏わせた戦斧でゼンの攻撃を防ぎ、もう片方の戦斧を振るってゼンの首を飛ばさんとする。

 ゼンは僅かに身を屈めて攻撃を避け、槍を持たない手を突き出して覇気を放出した。

 

「グゥ──!!」

「これでも駄目ですか……羨ましいくらいの頑丈さですね!」

 

 たたらを踏ませることは出来たが、吹き飛ばすまでは行っていない。

 威力が足りていないのだ。ゼンの攻撃でダメなら、それこそスコッチのようなやり方か、あるいは──巨人族並みの膂力が必要だ。

 苦戦していると判断したフェイユンは、両腕に武装色の覇気を纏ってレランパーゴへと殴りかかった。

 

「えーいっ!」

「ガアァァァ!!」

 

 轟音を立ててフェイユンの拳とレランパーゴの戦斧がぶつかる。

 膂力で勝つのは難しいと判断したフェイユンは、瞬く間に巨大化してレランパーゴの体を掴み、対応させる間もなく船の外へと投げ飛ばす。

 ここまで空を蹴って来たことを考えるとすぐに戻ってくるだろう。空中で対応しなければならない。

 

「フェイユン、私が行きます! あなたは船の防衛を!」

「でも──」

「大丈夫です。どうやら、援護もありそうですからね」

 

 ゼンが視線をマストの上へと向ける。

 そこには弓を構えたグロリオーサの姿があった。勢いよく投げ出されたレランパーゴが空中で体勢を整えようとしているところへ矢を打ち込んでいるのだ。

 単なる矢なら気にも留めないだろうが、覇気を纏わせた矢ともなれば無防備に受けるのは危険だ。

 地上ならともかく、海上であるがゆえに。

 

「こうなると、カナタニョ先見ニョ明には驚かされる」

 

 船から飛び立ち、〝月歩〟で空を駆けるゼンを見送りながら、グロリオーサはぽつりとつぶやく。

 六式を覚えるだけで戦う場所を選ばなくなる。それに、能力者はその戦闘能力を何倍にも引き上げられる。

 便利な技術だ。短期間で無理にでも覚えさせようとしたカナタの判断は正しかった。

 遠目にはアプスと空中戦を繰り広げるドラゴンとジュンシーの姿があり、更に遠くではカナタとシキが天変地異もかくやと言わんばかりに大暴れしている。

 カナタ側三隻の船の指示は戻ってきたジョルジュに任せておけばいい。グロリオーサの役目はレランパーゴの牽制と艦隊からの砲撃の迎撃だ。

 

「伊達に歳は取っておらニュということを見せてやろう」

 

 彼女が〝天蓋〟と呼ばれるのは、ひとえにその弓の腕前が卓越しているからだ。

 海上で九蛇海賊団に襲われた者は、曲射によって天から降り注ぐ矢に射貫かれるという。

 研ぎ澄まされた見聞色で敵の攻撃を予測し、武装色の覇気を纏わせた矢は鋼鉄であろうとも射貫く。逃げ場などない。

 とは言え、ここでは流石に距離がありすぎる。大砲の弾を撃ち落とすのが関の山だ。

 矢の数にも限りがある。あまり長期戦はしたくないが……。

 

「…………」

 

 状況は厳しいと言わざるを得ない。

 本来なら乗り込んで戦ってでも沈めていくべきだが、迎撃で手一杯な上に幹部たちは軒並み敵の幹部である大都督にかかり切りと来た。

 戦いは始まったばかりだ。スコッチとデイビットの頑張り次第で、この戦いの趨勢が決まるといっても過言ではなかった。

 




感想欄で「大都督」って役柄を教えてもらったので採用しました。将星と言い、中国のこの辺りの役職名的な物は便利ですね。

感想、評価いただけると嬉しいです。

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