プルプルプル、と電伝虫の鳴き声がする。
商船の中でカナタは受話器を取り、面倒くさそうな声で応えた。
「こちらカナタ。誰だ?」
『ジョルジュだ』
「珍しいな……となると、
『お前の反応聞く限りだとそうらしいな』
ジョルジュは滅多に電伝虫で連絡しない。大抵は部下任せだ──余程の事態が起こらない限りは。
先日の新聞を見て、そろそろどこかの組織から話を持ち掛けられるだろうと事前に相談もしていた。
だから、カナタが『ジョルジュからの連絡』を受け取った時点で厄介事が起きたということは十分把握できた。
そして同時に、カナタも厄介事に巻き込まれていることにジョルジュが気付く。
「そっちはどこから来た?」
『ラーシュのドレヴァンだ。そっちは?』
「チンジャオだ。部下として使う気かと思っていたが、あくまで商人として扱ってくれるらしい」
元はマフィアみたいなものだが、基本的にジョルジュたちのやっていることは単なる交易業。八宝水軍お抱えの商人のような扱いになるらしい。
大口の仕事、という形になるだろうか。
『ラーシュは部下として抱え込むつもりらしい。色々と優遇してくれるらしいが』
代わりに上納金が必要だという。
守ってやるから利権に絡ませろ、という話だ。それでも大口の仕事が増える以上、利益は出るだろう。
とはいえ。
「いい話ではないな」
『チンジャオたちにとって必要なのはあくまで物資。ラーシュにとって必要なのは物資と金。その違いだろう』
今でも武力は足りている──が、あくまでそこらの木端海賊や小規模マフィア相手という前提がある。
これまでは五大ファミリーのような巨大マフィアが手を出してくることはなかったが、どこかにつけばそれ以外との小競り合いが生じることもあるだろう。
能力者を複数擁すると言っても限度はある。やるからには商人だからと手加減してくれる相手でもない。
ではどうするか。
「身内として扱ってくれるならラーシュの方がマシか?」
『良し悪しだな。身内になるってことはそれだけ縛られるってことでもある。これまでのように自由に貿易して金を稼ぐのも難しくなるだろうぜ』
「金は今のままでも利益は出ている。上納金はどれくらいだと言っているんだ?」
『四割だ』
「……随分と暴利だな」
『ドレヴァンは特に金にがめついからな。守ってやるんだからこれくらい安いだろう、だとよ。考えるために少しばかり時間を貰ったが、チンジャオの方は急かしてきてるか?』
「表面上はそうでもないが、焦っている様子ではあった。出来れば早く答えが欲しいとな……本人がここに来ている。相当だろうな」
何ィ!? と驚いた様子のジョルジュ。
格下相手の交渉にトップが出張ることなど普通はない。
それだけジョルジュたちを取り込みたいのか、はたまた焦っているのか。
どちらにしても、カナタたちにとって〝いい話〟とは言い難い。
『……嫌な予感がするぜ』
「同感だな。私も悪運の強さには自信があるんだ」
『じゃあどうする。実務は俺がやってるが、実質的なトップはお前だろう』
「決定には責任を伴う。難しい話は余計にな」
さて、と一息つく。
二つに一つ。どちらを選んでも敵は増える。相手にならないと判断するようなら手を組もうと思わないからだ。
だから、ここはカナタの独断で決定する。
「つくならチンジャオだな。トップの強さは勢力の強さだ。ドレヴァンも猛者ではあるだろうが、チンジャオほどではない」
『お前らしい答えだよ……あァ、わかった。ドレヴァンにはそう伝えておく』
「お前の方にも護衛を増やさなければな。クロだけではそろそろ危なかろう」
『そうしてくれるとありがてェな。未だに覇気が使えねェあいつが護衛ってのもおかしな話だ』
ため息でも漏らしそうな声で言うと、ジョルジュは通話を切った。
☆
「すまない、待たせた」
「ひやホホホ。構わぬとも。それで、決めたのかね?」
「ああ、私たちは八宝水軍と手を組む」
「英断だ。私としても嬉しい限りだよ」
船の別室にて、頭の長い筋骨隆々とした男──八宝水軍の首領、チンジャオとカナタが対面していた。
互いに護衛付きではあるが、カナタたちの船で交渉をという辺りに己の実力に疑いを持っていないことがうかがえる。
急ぐ理由でもあるのか、それとも別の理由か。そのあたりはカナタには想像がつかないが、ともあれ無事に交渉成立となってチンジャオも一安心のようだった。
「確認だが、物資の輸送だけでいいのか?」
「うむ。我々全軍が動くともなればそれなり以上の物資が必要。輸送の強化も急務でな」
もちろん平時から備えてはいる。一国の軍としての側面もある以上は当然だ。
だが、今回の騒動は長引くとチンジャオは判断しているのだろう。軍備は金がかかるが、金だけがあっても食べ物が無ければ人は死ぬ。
「それと──出来るならば、情報も買いたい」
「……専門ではないが、私にわかることならば」
「感謝する。では、いくつか心当たりがあれば聞きたいのだが」
一つ、最近目撃情報が時折上がる巨人のこと。
二つ、他の五大ファミリーの動き。
三つ、近頃名を上げつつある組織。
これらの情報が入れば優先的に伝えてほしいとチンジャオは言う。
「わかった。こちらも情報が入ればそちらに連絡しよう」
チンジャオはカナタの答えに満足したのか、席から立ち上がってコートを羽織る。
忙しないが、彼も暇ではないのだろう。
後ろにつけていた部下たちと共に船を降り、凍り付きそうなほど冷え切った空気の中でもう一度カナタの方へと向き直る。
「では、よろしく頼むぞ」
「ああ。依頼はきっちりこなすさ」
どちらかといえば、カナタの傍に控えるジュンシーの方を気にしている様子だった。カナタは特段興味もなさそうにその視線を流し、チンジャオ一行を送り出す。
ここはオハラ。まだ交易の途中だ。
この交易が終われば、次は間を開けずに花ノ国へと物資の輸送を行わねばならない。
割のいい仕事だが忙しくなる。
「……さて、今度は何が起こるかな」
普段起こらないことが起きるときというのは、大抵いくつも同時に起こるものだ。それも原因が同じことが多い。
それに、こういう時は大体考えても無駄なのだ。
事件とは、常に当事者の予想を飛び越えて起きるのだから。
☆
ほらな、とカナタは自らの勘の良さを恨んだ。
オハラからの帰り道の最中、この辺りでは滅多に見ないガレオン船と鉢合わせになった。
そこまではよかったのだが、その船の甲板に巨人が座っているのを発見した、と部下から報告を受けたのだ。
もしやと思ったが、カナタは念のためにジュンシーと共に甲板で迎撃態勢をとった。
直後、怒声と轟音が聞こえると同時に鉄の塊が飛んでくる。
「なぁジュンシー。私、悪運が強いにもほどがあると思わないか?」
「しゃべってないで迎撃しろ! そら、また来るぞ!」
飛んできてるのは大砲の玉ではなく、
相手の巨人が砲身そのものをぶん投げて攻撃してきているらしい。それなりに距離があっても届く辺り、かなりの怪力らしい。しかし当然だが、そんなことをしていればいずれ投げるものがなくなる。
しばらくすると何も飛んでこなくなり、巨人らしき人影も甲板の上を何やら右往左往している。
「どうする?」
「どうしたものか……」
おそらく今回の五大ファミリーのうち二つが壊滅した事件の中心となるであろう巨人が目の前にいるのだ。チンジャオからも情報は高く買うといわれているし、何かしらわかれば僥倖か、とカナタは手すりを乗り越える。
ジュンシーにちょっと待っていろとだけ告げて海へと飛び降り、氷の道を作って軍艦へと歩を進める。
近づきながら見聞色で船の中を探るが、どう探っても気配が二つしかない。
(……ガレオン船に乗っているのに、気配が二つ?)
これではまともに船を動かすことも難しいだろう。帆を張って舵を操作するだけならまだ何とかなるかもしれないが、それだけで海を渡れるかというとそう簡単ではない。
だが実際そうなっているところを見ると、向こうも面倒な状況である可能性がある。
穏便に済ませられればいいが、とは思うが──気配の一つがカナタよりも強いことを示している。戦闘になると厄介かもしれない。
氷の道をたどってガレオン船にたどり着き、ジャンプして船へと乗り込む。
下をのぞき込んでいた巨人の目の前に現れる形になり、一瞬二人の距離が触れ合うほどに近くなった。
「ひぅっ!?」
巨人がびくっと驚いて後ろに下がる。平均的な大きさはわからないが、目の前の巨人を見るに10メートル弱といったところか。紫色の髪に紫水晶のような瞳。
巨人用の服がないのか、カーテンのようなものをいくつも縫い合わせて着ているようだ。
確かに大きくはあるが、恐れるほどではない。
カナタよりも強い気配はこの巨人の女性からはしないからだ。
警戒するべきはむしろ──。
「失礼、ヒヒン。突然攻撃した非礼を詫びたい。そして厚かましいお願いですが、食料を恵んでいただきたい」
ちらり、と声のした方に視線を向け、巨人の少女に視線が行き、また視線を戻して二度見した。
そこにいたのは、馬だった。
馬というか……馬なのだが、ケンタウロスのような存在だった。手には槍を持ち、油断なく構えている。
人間部分の無いケンタウロス、というのが一番妥当な表現だろうか。頭は馬で四本脚、手は普通の人間と同じなのでよくわからない。
「……まずは事情を聞こう」
「そうですね。私はゼン。馬のミンク族です。そしてこちらはフェイユン。巨人族の少女です」
「ふぇ、フェイユン、です……」
「カナタだ。商人をやっている」
自己紹介も済んだところで、三人は互いに話し合うことにした。
ゼンは警戒を解いていないのか、手に持った槍はそのままだ。
カナタは胡坐をかいて座り、フェイユンはゼンの体に隠れるように──全く隠れていないが──後ろに座った。
「さて、どこから話すべきでしょうか……」
腕を組んでウームと悩むゼン。
その間に船を見渡すカナタだが、ところどころについた血痕や傷を見て「もしや奪ったのか?」と考えていた。
巨人の少女と言い、目の前で唸っているミンク族の男と言い、妙に服がボロボロなのも気になる。
こちらから聞いて行った方が話は早く済みそうだと思い、カナタは口を開いた。
「私が質問しよう。それに答えてくれればいい」
「おお、それはいい。私としてもそれが楽そうです」
ヒヒン、と嘶くゼン。相変わらず後ろにいるフェイユンは警戒心マックスでカナタを見ているが、そこまで怯えられる理由にカナタは心当たりがない。
ともあれ、質問して情報を引き出さなければ事が進まない。
「まずはこの船に二人でいた理由だ」
「奪ったのです。我々はこの近くの無人島に放り出されていたのですが、数日ごとに来る補給物資を持ってくる船──まぁつまりこの船なのですが、これを奪って状況の打開を図ろうと思いまして」
「情報が一気に増えたな」
そのあたりを詳しく聞き出すと、少しだけ状況が見えてきた。
そもそも、この二人は
それだけでも相当な実力者だとわかる。あの海は常人には越せない。
だが、なぜ
「危険だからです。発端はロックス海賊団の解散でしょうね。ロックスが海軍に討ち取られたのちに台頭してきた、ビッグマム海賊団、百獣海賊団など……彼らはその圧倒的な力で持って海を荒らしまわり、勢力を拡大しています。同じように強大な力を持って勢力を拡大、多くの島を支配している金獅子のシキという男に目を付けられ、我々はここまで逃げることになったのです」
「何をしたんだ?」
「何も……とは言い難いですね。私は元々武人として色々な島を回って自らを高めていたのですが、その際に金獅子海賊団傘下の海賊を一つ二つ潰したことがありまして」
巨人族としてはまだ子供のフェイユンを守り、海賊と戦っているうちに狙われることになったのだとか。
それほどの価値がこの少女にあるのかと視線を向けるが、相も変わらずカナタへの警戒心は高い。
「彼女は悪魔の実の能力者でしてね。その力を狙われ、奴隷にされかけたので警戒心が高いのですよ」
「……なるほど」
近年の不安定な
そうして
「
「そういうことか……」
壊滅したファミリーには食料を分けて貰ったり、無人島とはいえ一時的に住む場所を貰ったので義理もあったらしいが、今拾われているファミリーはゼンとフェイユンを奴隷か何かと勘違いしているらしく、この補給船を奪ってどこかへ逃げようとした、とゼンは説明する。
慣れない大型船での移動と知らない土地という点が重なり、こうして遭難しているところにカナタたちが通りがかったと。
「それで攻撃してくるのはどうなんだ」
「だって、目があったから……」
「諫められなかった私の落ち度です。申し訳ない、お嬢さん」
「怪我人もいないし、怒ってはいないさ。食料品と水もある程度は予備があるし、船も牽引しよう」
「ありがたい。この恩はいずれ」
ほっとした様子(馬面なので表情はわからない)のゼンに対し、むすっとした様子のフェイユン。
相当根が深いな、とカナタは肩をすくめ、一度戻ろうと船の淵に立つ。
「それにしてもお嬢さん、どうやってこちらの船に?」
「
そう言って船から飛び降り、ジュンシーたちの待つ船へと歩を進める。
またジョルジュが胃を痛めそうだな、と他人事のように思いながら。