ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

94 / 250
第八十二話:契約

 ロムニス帝国は新世界においてもかなり巨大な島だ。

 気候は島の中央で分かれており、北部は雪に覆われた寒帯地方。南部は四季が巡る冷帯に属する。

 冬の寒さは厳しいが、南部では農業が可能なので自給自足も可能な島だ。経済力も相応に高いので、新世界でも有数の大国に分類される。

 経済的に豊かという事は、それだけ金の回りが良いという事でもある。

 商売をするにはもってこいの島、という訳だ。

 

「──では契約はこれで構わないな?」

「ああ。良い木材卸してくれるんならこっちはありがてェからな」

「作った船はこちらで買い取る。目途が付いたら連絡をくれ……しかし、商会丸ごと売る気はないか? 木材を売って、それで作った船を買ってを繰り返すのは些か面倒でもあるのだが」

「この店は親父から受け継いだ店だ。海賊にくれてやる訳にゃァいかねェな」

「商会の名前を変えずとも、私たちがスポンサーとして後ろに付くだけでもいいのだが」

 

 宝樹アダムを仕入れ、それを造船所に売り払って強靭な船を作ってもらい、船を買う。

 最初から造船所を手に入れることが出来ていれば造船に困ることもなかったのだが、造船所を一つ丸ごととなるとかかる金も莫大だ。

 何より海賊をスポンサーに置く気はないと突っぱねられる。造船所側が切羽詰まっているならまだしも、この国では逼迫した理由もない。手に入れるのは難しかった。

 ともあれ、船を手に入れる目途はついた。

 黄昏の海賊団も人員は増える一方だ。裏の商売に色々と手を出し始めてることもあり、船も増やさなければ取引する貨物の量が増えない。

 カナタは商談を終え、荷物の目録を確認しているジョルジュに話しかける。

 

「ひとまず船の目途はついた。あとは食料品と衣類の積み込みはどうなっている?」

「どっちも今やってるところだ。あと一時間もかからねェよ」

 

 船団と呼べるほどに膨れ上がりつつある組織になっているが、人ばかり増えてもこれを管理する人材がいない。

 どこかで拾えれば話は早いのだが、そんな存在が都合よく海賊になるわけもない。いても政府の諜報員がいいところだ。

 悪いところで行くと横領するために別の商会から身元を隠して入ろうとしてくる。

 どちらも一瞬でフェイユンに見抜かれて海王類の餌になったが。

 

「いっそトムをスカウトしてみるか」

「あの男はウォーターセブンから離れねェだろ」

 

 造船の島として名高いウォーターセブンにいることがあの男の船大工としての誇りなのだろうから。

 船自体はどこでも作れるが、あの島には多くの船大工が集まる。切磋琢磨して自分の技術を磨くことに余念がないなら、離れることはないだろう。

 今のところは取引の量を増やして資金を増やすのが一番だ。金にものを言わせて買い取れる造船所もあるかもしれない。

 

「仕事が終わったら今日は終わりだ。出航は明日の早朝にする」

「了解。この後でいくつか取引の確認が──」

「姉貴! 姉貴に客が来てる、です!」

 

 ジョルジュとカナタの会話に割り込んだのはティーチだ。

 どういう訳かカナタのことを姉貴と呼んでいるのだが、カナタは特に訂正させることもなく好きに呼ばせている。敬語は慣れていないのか時折おかしくなるが。

 それよりも、今日は客が来る予定などないのだがと眉を顰める。

 

「客? 誰だ?」

「知らねェ奴だ、です。この国の軍隊みてェな恰好で」

「軍隊か……特に関わりはないはずだが」

 

 この国の近くで活動しているのは確かだ。しかし、ティーチの言葉を聞くに海軍が一緒にいるわけでも無い。

 何が目的なのかわからないが、ロムニス帝国の軍は精強と名高い。波風を立てないに越したことはなかった。

 世界政府加盟国なので、何かあると海軍も飛んでくる。〝ハチノス〟にほど近いこの島で面倒事は御免被るところだ。

 ティーチに連れられ、港の近くで待っている場所へと案内してもらう。

 待っていたのは仮面を被った軍服姿の男性だ。背筋を伸ばして鋭い眼光を飛ばしており、並の人間なら視線を合わせるだけで気圧されてしまうほどの覇気を感じる。

 カナタは目を細め、男の前に立って問いかけた。

 

「私に用があると聞いた。何者だ?」

「まずは突然来訪したことを謝罪します。そして、対応していただいたことに礼を──私はノルドと申します」

 

 男──ノルドは一礼し、カナタに対して丁寧に説明を始める。

 

「貴女方と商談をしたいと、我が主は言っております。もしお話を聞いていただけるのなら、明日の正午に再びこの場所へ。その後に我が主の場所まで案内いたします」

「……なるほど。随分迂遠なやり方だが」

 

 それほど周りを警戒する立場である、という事なのだろう。

 リスクを考慮しても取るべきリターンがあれば受けてもいいのだが……一度会わなければ何もわからない。

 

「良いだろう。相応のリターンがあることを祈っているよ」

「ありがたい限りです。それでは、また明日」

 

 再び一礼し、ノルドは背を向けて歩き始めた。

 それを見送り、カナタとティーチは船へと戻る。

 

 

        ☆

 

 

 次の日。

 約束通りの時間に同じ場所に現れたノルドは、昨日と同じ服装のままカナタを連れて港を離れた。

 港は人通りが多く、軍服姿などどうしても目立つのだが……内密の話と言う割には姿を隠そうとしているわけでは無い様だった。

 

「……軍服姿で目立っているようだが、大丈夫なのか?」

「この国に軍服姿の人間が何人いると思っているのです。素顔さえバレなければいくら目立とうとも問題はありません」

 

 そもそも、軍隊と海賊の癒着など珍しくもない。特に新世界はリンリンやシキの影響もあって国と海賊の結びつきが強いところも多いのだ。

 世界政府加盟国ではあまりないことだが、前例が無いわけでは無い。

 要はあまり大っぴらにやらなければいいだけの話だ。

 港を抜けて人通りの少ない道を通り、閑散とした場所に建てられた洋館へと辿り着く。

 ノルドに続いて中に入ったカナタは、案内されるままに部屋の奥へと入ってテーブルに着いた。

 別室から一人の女性が現れ、ノルドはその女性の後ろに控える。

 

「──初めまして。〝竜殺しの魔女〟カナタさん」

「お前が私と商談をしたいと言っていた者か?」

「ええ、ノルドにお願いしました。承諾していただけると良いのですけれど」

 

 金髪の美しい女性だ。

 恐らく貴族であろう彼女はテーブルに着き、ノルドは慣れた様子で紅茶を入れ始める。

 「紅茶でよろしいでしょうか?」という質問に頷きで返し、ノルドは同じようにカナタの前にも紅茶の入ったカップを置く。

 

「まずは名を聞こう」

「そうですね……では、ディアナとお呼びください」

 

 本名かどうかは定かではないが、少女はディアナと名乗った。

 あちらからすると他所にバレると困る話でもあるので、カナタは特に気にすることはない。

 

「商談というのを聞きたい。何が欲しい?」

「武力です」

 

 カナタよりも年若い彼女は、カナタの質問にはっきりと答えた。

 紅茶を一口飲み、唇を湿らせてからゆっくりと説明を始める。

 

「この国は他の多くの国よりも豊かで力もある。けれど、この海においては絶対ではない」

 

 リンリンやシキを始めとした大物海賊たちは、この新世界の海に居を置いている。ひとたびその怒りに触れれば国ごと滅ぼされるのは必定と言えた。

 ニューゲートやロジャーは能動的にそういったことをすることはないが、少なくともロジャーは国を滅ぼした前科がある。気紛れなあの男と手を組むのはリスクが大きい。

 そして、一番手を組みやすいニューゲートにしても、本人の強さはともかく勢力としての強さはそれほど大きくない。

 そういった事情からカナタが選ばれた。

 

「この国をさらに豊かにするには、貴女の力が必要です」

「なるほど……しかし、この国は世界政府加盟国だろう。海賊と手を組んでは除名されるのではないか?」

「表向きは隠せばいいのです。加盟国でも海賊と手を組んでいる国などいくらでもあります」

 

 表向きは世界政府加盟国として海賊を撲滅することを謳っていても、裏では海賊と手を組んで治安維持や武力の保持に努めている。花ノ国などがいい例だが、あの国は表向きにも海賊を護衛として使っている。

 ロムニス帝国の場合はカナタ達だったというだけの事。

 

「貴女方の拠点である〝ハチノス〟もこの国から近い。悪い話ではないと思いますが」

「そうだな。資金援助だけでもありがたい話だ」

 

 今のところは自分たちの資金だけで賄えているが、基本的に略奪を行わない分リンリンやシキと比べて実入りは少ない。

 後々のことを考えると、今のうちに〝ハチノス〟を要塞化しておきたいこともある。渡りに船と言うべき取引だった。

 しかし、確認しておくべきことはまだある。

 

「一口に武力と言っても、何に使うつもりだ?」

「そうですね……許可を得た商船の護衛に始まり、貴女方自身にも積荷を運んでもらう事もあるでしょう。それに、もし戦争になればその時は──」

「速やかに敵国を滅ぼす先兵に、か……うちの海賊団は基本的に堅気には手を出すつもりは無いのだがな」

「あら、もし取引に応じていただけるのなら、この国が疲弊して困るのは貴女方も同じでしょう?」

「弱ったこの国を乗っ取るのもありかもしれないな」

「ふふ、怖いですね」

 

 一切恐怖など感じていないように、ディアナは笑みをこぼす。

 カナタは常に見聞色でディアナの機微を観測し続けているが、どの言葉にも動揺する様子さえ見せていない。

 機嫌を損ねればすぐさま首を刎ねられてもおかしくないというのに、緊張することもなく妖艶な笑みさえ見せている。

 不気味と言えば不気味な少女だった。

 

「実際のところ、お前がこの国においてどのような立場にいるのかもわからない。この取引が信用できるものなのかどうかもな」

「なるほど、道理です」

 

 紅茶を飲みながら少女は肯定し、ノルドに目配せして部屋から出す。

 何かを取りに行っていたのか、程なく戻ってきた彼は大きなカバンを二つ手にしていた。

 テーブルの上でそれを開けてみれば、びっしりと詰められた大量のお金が入っていた。

 

「実のところ、この契約は私個人からのお願いなのです。国を挙げての、と言うものではありません」

「……ふむ」

「こちらは前金です。契約を結んでいただけるのでしたら、追加で資金の融資もしましょう」

 

 個人での契約ならば少女の立場は関係ない。金さえ払えば傭兵の真似事だってしてみせよう。

 だが──()()()()()()にしておけば、何かあった時に国は関係なかったと言い張れる建前でもあるのだろう。

 外患を呼び込んだとして首を斬ることも出来るという訳だ。

 だがまぁ、それならそれで悪い話ではない。カナタには今更流されて困る悪評などないのだし、繋がりがあったとバレて困るのはロムニス帝国ばかりだ。

 

「……良いだろう。互いの利益になる以上は断る理由もない。その取引に乗った」

「良かった。もし断られたらどうしようかと思っていました」

 

 どうしようかと思っていた、とは言うものの、内心断られるとは欠片も考えていなかったのだろう。

 二つのトランクケースにはそれぞれ一億ベリーずつ入っており、前金で二億ベリー。ここから更に必要なだけの資金の融資。

 公的な立場はどうあれ、ディアナには相当な資金源があると見るべきだった。もっとも、この程度の額では今のカナタからすると()()()()なのだが。

 新造した船、取引をするための品物など、色々な物を揃えるためには元手の金が必要だ。一億や二億程度は簡単に溶けていく。

 その分利益も多いが、勢力拡大中の今はそれも今後のための投資に消えているのが現状だった。

 

「今後の連絡はどうやって行う?」

「電伝虫を使いましょう。盗聴の恐れはありますが、具体的な内容を省いた暗号でやり取りすればバレることはないはずです」

 

 役割と必要な船の数さえ通達できればいいので、簡素で暗号交じりのやり取りでも双方がわかっていれば対応できる。

 互いに連絡用の番号を交換し、一旦別れることにした。

 近いうちに一度連絡を入れるという事なので、それまではまだ自由らしい。

 

「今回はいい取引が出来ました。今後もいい関係を築けることを祈っています」

「互いに利のある取引なら否とは言わんさ」

 

 トランクケース二つを軽く持ち上げ、カナタは船へと戻る。

 人目を避けるように道を変え、人通りの多い港でも出来るだけ目立たないように。

 

 

        ☆

 

 

「お、戻ってきたか。どうだった、取引とやらは」

「まぁまぁだ。悪い取引ではなかろう」

 

 気になることはいくつかあるが、カナタ側が困ることではない。無視してもいいことだろう。

 臨時収入として手に入れた二億ベリーはひとまず置いておくとして、一度〝ハチノス〟へ戻らねばならない。本来なら今日戻る予定だったが、もう夕方だ。

 夜間航行は出来るだけ避けたいため、戻るのは明日になる。

 

「あいてはどんな奴だったんだ?」

「金髪碧眼の少女だった。見目は良かったぞ」

「そりゃァおれも会ってみたかったぜ。スコッチの野郎も羨ましがるんじゃねェか?」

「だろうな。だが会わせないほうがいい。あの手の女は魔性だぞ」

 

 男を掌で転がせるタイプだ。単純に国益のために動いているという訳でもなさそうだったし、あまり深入りしないほうがいいだろう。

 そういうと、ジョルジュは微妙な顔をしていた。

 

「なんだその顔は」

「いやァ……まァ、なんだ。お前に言われたくはないだろうぜ」

「?」

 

 人生を狂わせる、と言う意味ではカナタも大差ない。

 本人は特に自覚も無いようだが。

 

「ああ、それと……ロジャーから連絡があった」

「ロジャーから? 一体何の用だ?」

「正確にはロジャーを通したおでんからの連絡だな。『二年で帰って来いと言われたが、まだ帰れねェ。父上に伝えておいてくれ』だそうだ」

「あのダメ男、約束一つ守れないのか」

 

 呆れた顔で肩をすくめるカナタ。

 人を顎で使うとは良い度胸だなと思う反面、今のスキヤキは病にかかっているとも聞いている。一度会っておくのも良いだろう。

 ゼンなど特に会いたがるだろうし、ついでに連れて行くかと考えていた。

 ディアナとの契約の件はスコッチに伝えておき、連絡があれば対応するようにさせればいい。

 

「明日〝ハチノス〟に帰還した後、ゼンを連れてワノ国へ行く。スキヤキ殿の病の様子も気掛かりだしな。ついでにあのダメ男の伝言も伝えよう」

「スクラも連れて行くか?」

「あちらで許可が下りればいいがな」

 

 知人なので会えはするだろうが、外部の医者を連れて行って果たして診察させて貰えるかどうかが問題だ。

 国家元首の病ともなれば国一番の医者が診ている。下手に横入りしてしまうとまたややこしくなる。

 その辺りは臨機応変に対応するべきだろう。

 

「それと、おでんが『うちの家臣たちにもよろしく言っておいてくれ』って」

「私を何だと思っているんだあの男!?」

 

 便利屋扱いもいいところだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。