ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第八十三話:想定外

「お疲れ様です! ジョルジュさん! ボス──あれ、ボス、朝『一足先に帰ってきた』って港歩いてませんでした……?」

 

 〝ハチノス〟に帰るや否や、開口一番に部下から困惑される。

 部下の言葉に困惑したのはカナタも同じだ。朝に出航してロムニス帝国から今戻ったばかりだというのに、既に朝には戻っていたことになっているとは。

 誰かがカナタの振りをして入り込んだという事だろうか。

 

「顔は確認したのだろうな?」

「もちろんしました! ボスの顔を間違えることはありません!」

「間違えてるから侵入されてんだろうがアホめ!!」

 

 ジョルジュも思わず突っ込み、カナタも思わず額に手をやる。

 

「それで、朝見かけた私そっくりの女と話をしたのか?」

「はい。子供を連れていて、『一足先に戻ってきた。部屋で休む』とそのまま奥に……」

「……子供を連れていた?」

 

 黄昏の海賊団はそれなりに子供を拾って来たりすることも多いので、子供を連れていること自体に違和感はない。ティーチやカイエを筆頭に既に働いている子供もいるのだ。

 だが、カナタにそっくりで〝ハチノス〟の地理を把握しているとなると──と、そこまで考えて、一人思い当たる人物がいた。

 

「……まさか」

 

 すぐさま見聞色で広く探知してみれば、強い気配を持つ誰かがすぐ近くまで来ていることに気付く。

 カナタは部下に槍を持って来させ、まっすぐこちらへ歩いて来ている誰かを待ち受けた。

 カナタの知る限り、顔がそっくりで〝ハチノス〟の地理を把握している人物など一人しかいない。

 ──懸賞金35億を超える賞金首にしてカナタの母親、〝残響〟のオクタヴィアだ。

 特に戦意を持っているわけでは無いものの、カナタはオクタヴィアの姿を見るや否や警戒を露にする。

 

「久しいな。壮健のようで何よりだ」

「何の用だ。()()()でも取りに来たのか?」

 

 鏡に映したようにそっくりな顔立ちに部下たちも視線を彷徨わせ、オクタヴィアは背後に連れていたカテリーナに「少し離れていろ」と告げる。

 カナタもオクタヴィアもそれ以上言葉を交わすことはなく、互いに槍を構え──武装色の覇気を纏う。

 これはまずいとジョルジュは冷や汗をかき、すぐさま背後にいる部下に向けて声を荒らげた。

 

「全員伏せろォ!!!」

 

 ──直後、二人の怪物は互いに武器を振りかぶり、纏った武装色の覇気を衝突させた。

 大規模な爆発と言っても過言ではない衝撃波が迸り、港に停泊していた船がことごとく転覆しかかるほどの爆風と大波を引き起こす。

 能力を使わない、覇気の衝突だけで()()だ。

 ジョルジュの言葉に反応できなかった部下たちは衝撃波で海、あるいは内地まで吹き飛ばされ、かろうじて反応した部下も地面にへばりついて吹き飛ばされないようにするので精一杯だった。

 その爆心地に立つ二人は、これ以上の戦意を持つことなく武装を解除する。

 

「ふむ……あの時よりは随分と成長したようだな」

 

 かつて〝楽園〟で会ったときは今ほど覇気は強くなかった。槍捌きもそうだが、より強くなった覇気を感じ取ればどれだけ過酷な冒険をしてきたかわかる。

 それでも、まだオクタヴィアの方が強い。

 互いにある程度の実力を推し量ったところで、カナタは周りの部下に手を出すなと言い放つ。

 オクタヴィアはまだカナタより強い。数で囲んだところでゴミのように蹴散らされるのが関の山だ。

 

「もう一度聞くが、何の用だ」

「ここの地下に一振りの刀があっただろう。あれの行方を捜している」

「〝村正〟か。あれなら私の手元にあるが──お前の物か?」

「いいや……だが、そうか。お前が持っているなら私も文句はない。好きに使うがいい」

 

 それ以上は何も言わず、オクタヴィアはカナタの横を通り抜けて停泊してある小舟へ向かう。

 その後ろをとことこと付いていくカテリーナ。

 オクタヴィアは思い出したように振り返り、カテリーナの首根っこを掴んでカナタの前に押しやった。

 

「ついでだ。この子を預かってくれるか?」

「……お前の子供とは言わないだろうな?」

「まさか。どこぞで拾った子供だ。行く当てが無いから私に付いてきているだけのな」

「猫みたいに扱うの止めてほしいなー……ってそうじゃなくて、私をここに置いていくつもり?」

「そうだと言っている。私に付いて回るよりここの方が多少は安全だろう」

 

 同じくらいの年代の子供もいるようだしな、と視線をティーチに向ける。

 ティーチに関してはオクタヴィアも一目見るなり眉を顰めたが、特に何を言うでもなく視線を切り、カテリーナを下ろして背中を押しやる。

 

「子供一人受け入れるくらい訳はないが……何を企んでいる?」

「何も企んでなどいないさ。いつかお前が私を超えるまで、海のどこかで待ち続けるだけだ」

 

 オクタヴィアの母親も、そうやってオクタヴィアを待ち続けた。

 そういう一族なのだ。それ以上の理由などなかった。

 

「今はまだ、私に挑むには早かろう……いつかその時が来たら、お前がそう思わずとも会うことになる。()()()()()()()()()

 

 オクタヴィアの言葉にカナタは答えることはなく、カテリーナはやや不満そうに頬を膨らませていた。

 カナタとオクタヴィアの力の差は大きくないが、それでも勝てる程ではない。

 今戦うのは愚策だった。

 小舟に乗り込んだオクタヴィアに、カテリーナは背後から声をかける。

 

「不満はあるけど、ありがとう、オクタヴィア! またね!」

「──ああ。また会おう」

 

 どこで改造したのか、オクタヴィアの乗っている船は雷を動力とする。船はゆっくりと動き出し、次第に速度を上げてどこかへと消えていった。

 嵐のような女だったが、結局何をしに来たのかわからないままだ。

 カテリーナは知っているのかと、カナタはオクタヴィアが水平線の先に消えていくのを眺めながら尋ねてみる。

 

「うーん……一振りの刀を探してるって言ってたよ。ジーベックの形見だーって言ってたけど」

 

 そもそもジーベックが誰なのかも知らないカテリーナは、よくわかってない顔で首を傾げていた。

 一方、尋ねたカナタは「そういう事か」と理解してため息を吐いた。

 

「ジーベックって人、知ってるの?」

「ああ」

 

 言葉少なに答えたカナタは、それ以上話すつもりはないとばかりに背を向けて歩き出した。

 転覆しかかった船を戻すよう指示し、怪我人は医務室へ行くように通達する。カナタ自身はワノ国へ向かうための準備とゼンに連絡を入れるために一度部屋へと戻る。

 オクタヴィアに何か盗まれてはいないかと思ったが、精々食料と水を少しばかりかすめ取られたくらいで大きな被害はない。

 カナタと一撃交えたのが一番被害が出ているくらいだ。

 何を考えているのかよくわからない女だが……今はまだ、放っておいていいだろうと判断した。

 

 

        ☆

 

 

 数日の休養と準備期間を経て、カナタはワノ国へと繰り出した。

 今回連れて行くのはゼンとグロリオーサ、カイエくらいであとは下っ端ばかりだ。おでんの家臣とそれなりに友好があった者もいるが、今はまだカナタ達も忙しい。

 グロリオーサはカナタの相談役でもある。伊達に長生きしているわけでは無いのだ。

 ……とは言っても、大抵のことは力ずくで何とかなるのであまり出番も無いのだが。

 

「ヒヒン、ワノ国に行くのも二年ぶりですね。スキヤキ様もお元気にしていればいいのですが」

「今は病気を患っていて療養中と聞く。許可が取れそうなら一度戻ってスクラを連れてきてみることも考えているが……」

「難しいでしょうね。ワノ国は鎖国国家。外部の者があまり将軍に近付きすぎるのは良くない影響があるでしょう」

 

 今の関係性を壊したいわけでは無いのだ。下手に踏み込むことは避けるべきだろう。

 何はともあれ、一度スキヤキに会えそうなら会って、その後でおでんの家臣に伝言をしておけばいいと考えていた。

 だが、ゼンはカナタと共にスキヤキに会うことはしないと言う。

 

「私が行くと話が長くなりそうですからね。私は先におでん様の家臣の方々に伝言を伝えてきますので、カナタさんはスキヤキ様の容体を見てきていただけますか?」

 

 病人のところに長居するのはあまり良くないとゼン自身も思っているのだろう。

 容体が悪いようなら会わないほうがいいが、危篤と言うなら顔見せくらいはした方がいい。その辺りの判断はカナタに任せるというのだ。

 それならそれで構わないと判断し──数日の航海を経てワノ国へと辿り着く。

 二年ぶりのワノ国は大きくは変わっておらず、前回同様〝潜港(モグラみなと)〟へと船を着ける。

 前回からそれなりに時間は経っているが、ゼンやカナタの顔をしっかり覚えていたらしく、今回は特に騒ぎになることもなく〝白舞〟へと足を踏み入れた。

 康イエのいる城まで案内してもらう道中、ワノ国の近況を聞いてみることにした。

 

「康イエ殿は健在か?」

「はい。お元気にしていらっしゃいます」

「スキヤキ殿が病気と聞いたが、今は?」

「最近はあまり体調が優れぬらしく、今は代理を立てて療養されているようです」

「代理? 一体誰が?」

 

 聞いてはみたが、カナタはあまりワノ国の事情には詳しくない。具体的な名前を出されてもどういう人物かはわからない。

 少なくとも康イエでは無いようだが……と考えていると、案内人は代理の名前を教えてくれた。

 

「黒炭オロチという方です。黒炭家はかつて大名でありましたが、他の大名を暗殺した疑いがあるとして家を取り潰されたと聞きます……しかし、オロチ殿はおでん様の弟分と言う話ですし、大丈夫でしょう」

「……おでんの弟分?」

 

 カナタはちらりとゼンに視線を向けてみるが、ゼンは眉を顰めて首を横に振った。

 ゼンがワノ国を出た後の話かもしれないが、それなら前回ワノ国に来た時の話題にならないのも妙な話だ。

 家臣を含め、それなりに長い期間滞在していた。話す暇ならいくらでもあったはずだというのに。

 気になりはするが、それも一度会ってみればわかること。とはいえ流石に今日来て今日会うことは難しく、康イエの城に滞在して将軍にお目通りを願う必要がある。

 返答まで含めれば数日必要だろう。

 

「私はここに居るが、お前たちはどうする?」

「ゼン殿と共に〝九里〟へ向かおうと思っておる。カイエに年の近いミンク族ニョ二人もいることじゃしな」

「そうか。部下たちは……好きなようにさせておくか。長期滞在の予定はないから〝白舞〟から離れさせることは出来ないがな」

 

 スキヤキ殿の体調を確認し、ゼンが顔合わせ出来そうならそちらの日程も調整しなければならない。

 長くても一週間程度の滞在になるだろう。

 康イエ殿には世話になると思い、交易品の売買には多少()()()()()ように部下に伝えておく。毎度のことだが、カナタ達がこの国で一番世話になっているのは康イエかもしれない。

 ──夜になり、歓迎の宴の席にやや遅れ気味で到着した康イエが現れた。

 

「すまない、遅くなってしまった!」

「いえいえ、康イエ様もお忙しいようで」

「ハハハ、まァ閑古鳥が鳴くよりは良かろうさ! だが、このところ妙な連中が増えている。どこぞの(さと)に住み着いた海外の者のようだが……」

「ほう、海賊か? そちらでやりにくい相手なら私が相手をしてもいいが──」

「いや、いや。それには及ばん。何より他の郷の事だ。下手に手を出してはこちらが咎められる」

 

 やや疲れた顔の康イエを迎え、宴が始まった。

 二年分の話がある。

 酒の肴になることもあれば、おでんの事のようにカナタと康イエが二人して愚痴を溢す話もあった。

 

「元はと言えば、奴が海外に出るきっかけを作ったのは私だ。首に縄をひっかけてでも連れて帰ってくるべきなのだが」

「気に病むことはあるまい。あの男の事だ、カナタ殿のことがなくとも海外に出て行っていただろう」

「そう言って貰えるとありがたい」

 

 おでんが海外でどうしているかはカナタも詳しくは知らない。

 ロジャーの船でどんちゃん騒ぎをしているのだろうとは思うが、あれで〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読める数少ない人物でもある。海をまたいで探し回っていることだろう。

 カナタ達も仕事の傍ら探しはしているが、そう易々と見つかるものでもない。

 世界政府が読むことを禁じていることとそれ自体が宝に関係する物という認識が無いことが相まって、海賊の中でも探しているものはごく一部に限られる。

 実際、その先にあるのが宝とは限らない。〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟が無ければ単なる文化遺産としか思わないだろう。

 

「おお、そうだ。海賊で思い出したのだが、最近〝九里〟に海賊船が停泊していてな」

「海賊船? 大人しくしているのか?」

「ああ。滝を登って来たらしく、船が壊れたので修繕のために停泊しているらしい。名前は……確か、ニューゲートと名乗っていたな」

「──ニューゲートだと!?」

 

 その名前には聞き覚えがある。

 ロックス海賊団から離れ、今や〝金獅子〟や〝ビッグマム〟、〝ロジャー〟に並ぶ強大な海賊──〝白ひげ〟エドワード・ニューゲート。

 その男が今、〝九里〟に居るという。

 会えば恐らく戦いになるだろう。〝金獅子〟や〝ビッグマム〟の前例を考えれば、カナタの顔を見せるだけでそのまま全面戦争に突入しても不思議ではない。

 カナタは嫌そうな顔をして額に手を当てる。

 酔いも醒める衝撃だ。

 カナタの様子がおかしいことに気付いたのか、心配そうに康イエが尋ねる。

 

「……どうした。ニューゲートのことが気になるのか?」

「ああ……そいつは外ではかなり名の知れた海賊だ。本人の実力もな」

 

 どこかにシマを作っているという話は聞かない。船には恐らく全戦力が乗っているだろう。

 対し、こちらは幹部数名がいるのみ。ニューゲート一人だけならともかく、部下まで含めては分が悪い。

 少数でありながら〝金獅子〟や〝ロジャー〟に並ぶ名は伊達ではないだろう。

 

「……ここで敵対するのは愚策か」

 

 幸いにもあちらにはまだカナタたちの存在はバレていない。今ここで情報を得られたことは幸運と考えるべきだろう。

 おでんの家臣たちには康イエから伝言をしてもらうとして、ゼンたちは〝白舞〟に留まらせておくべきだ。

 下手に接触があればバレる可能性がある。ゼンもグロリオーサもそれなりに名の知られた賞金首だ。

 

「予定変更だ。ゼンたちはここに留まれ。おでんの伝言は康イエ殿から伝えて貰えないか?」

「それは構わないが……ニューゲートとは会わないほうがいいのか?」

「会えば敵対は確実だ。一対一(サシ)なら勝敗はわからない」

 

 ロジャーと同レベルなら善戦は出来るだろうが、勝てると断言出来る相手では無い。

 何より、下手に正面衝突してはワノ国にも甚大な被害が出かねない。戦わないに越したことはないだろう。

 

「部下たちも出来るだけ一か所に留まるように言っておかねばな……〝九里〟から動いてはいないのだろう?」

「ああ。船の修繕のために〝九里〟周辺をうろうろしているくらいだな」

「なら〝白舞〟から出なければいいだろう」

 

 幸先悪い話にため息の一つでも吐きたくなるが、こちらはこちらで目的を果たすだけだ。

 ひとまずスキヤキ殿と早いうちに面会出来るよう頼み込むしかない。

 少数で〝白ひげ〟と全面戦争など御免被る。

 幹部全員が揃っているのなら、また話は変わるのだけれど。

 




私用につき次の更新は(多分)26日になると思います。
しばらくお休みですがご了承ください。

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