ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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第八十五話:〝白ひげ〟

 ──実際のところ、光月スキヤキはとうの昔に殺されていた。

 死人に口なしとはよく言ったもので、黒炭オロチと黒炭ひぐらしがワノ国の実権を握るためには邪魔な相手だった以上は生かしておく理由もない。

 今回カナタを罠にかけた方法は()()()()()()()()()()使()()()ものだ。

 ワノ国には〝鈴後(りんご)〟という土地があり、この土地は気候の関係で()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 本来なら殺害した相手の遺体は見つからないように処理するのが良いのだが、今回は元々使う予定だったので〝鈴後〟に隠してあった。

 それを掘り起こし、かつてオクタヴィアと同じ船にいたひぐらしがマネマネの能力でオクタヴィアに化け、事件を起こしたという訳だ。

 よく見知った相手でさえ間違えかねない二人である以上、初めて見る侍たちに見分けなどつくはずもない。

 

「上手く行ったが……あれでよかったのか?」

「ニキョキョキョキョ……スキヤキの振りをして会うのもリスクが高い。()()()()使()()()()()()だったが、まァよかろうて」

 

 〝花の都〟にある城の中で、オロチとひぐらしは策が上手く行ったことに安堵していた。

 直接的に敵対すれば破滅は免れないが、スキヤキの仇となればワノ国全土を敵に回すことになる。カナタがどれほど強かろうとも、侍たちを全て敵に回してまで犯人捜しをしようとはしないと踏んだからこその策だ。

 城下に集まった侍たちを一蹴されたときは冷や汗をかいたが、逃走を選んでくれたことに内心安堵したものだ。

 

「あの女は今後ワノ国に寄り付かなくなるだろう。次はおでんのための策を用意せねばな。ニキョキョキョキョ……!」

「……そうだな。おでんが戻ってきたときのために、準備を整えねェと」

 

 将軍の地位を渡すため、などではなく。

 光月の威光を地に落とすために。

 二人は笑い、机に置いた茶飲みを取ろうとして──カタカタと揺れていることに気付く。

 

「なんだ、地震か……?」

「……まさか」

 

 ひぐらしは今ワノ国を訪れている一つの海賊団を思い出して、嫌な想像が脳裏をよぎる。

 カタカタと微細な揺れはすぐに収まり、オロチは「止んだようだな」と気にした風もなく茶飲みを手に取った。

 ──次の瞬間、ワノ国全土を襲う大地震が引き起こされた。

 

 

        ☆

 

 

 〝白ひげ〟エドワード・ニューゲートはグラグラの実の地震人間だ。

 一般人が食べれば精々微細な振動を起こすのがせいぜいと言ったところだが、ニューゲートほどの強さを持つ怪物がこの実を食べれば地震さえ引き起こす。

 拳を振るえば大気にヒビが入り、衝撃波を巻き散らしてはぐらぐらと大地を揺らし。

 ひとたび薙刀を振るえば大地を揺らすエネルギーが直接相手に叩き込まれる。

 ロジャーやシキと互角以上に戦う、この海における大海賊の一人。

 ──その男は今、僅かに傷を負いながら苦い顔をしていた。

 

(……小娘が。まだ若ェだろうに、なんて強さだ。随分生き急いでるみてェだな)

 

 易々と崩されるほど腕が鈍った覚えもない。

 鋭く振るわれる槍の一撃を丁寧に防ぎ、気を抜けば凍らせようとする冷気も振動で防ぐ。

 ヒエヒエの実の能力は敵を凍らせる強力な冷気こそが強みだ。だが、カナタがいくら能力を使いこなしていようとも〝振動〟そのものは凍らない。

 相性という意味では天敵に近い相手だった。

 だが、その程度で倒れる女ならとうの昔に死んでいる。

 

「そこを退け、ニューゲート……!」

「そうはいかねェなァ……おれにも錦えもんに世話になった義理がある」

 

 もはや数える事すら億劫になるほど刃をぶつけ合った。

 直接的に武器がぶつからずとも、纏う覇気は常に強靭だ。加えてニューゲートの攻撃はそれそのものが地震を引き起こす。

 はじめは微細な揺れだった地震も、今や島そのものが傾いてさえいる。

 

「なんて無茶苦茶な……あニョ男、こニョ島ごと沈める気か!?」

「グロリオーサさん、ここも危ねェ! 離れねェと!」

「だが、逃げ場など……!」

 

 白ひげ海賊団の者たちはニューゲートの能力を理解しているため、邪魔にならないよう既に離れているが……本気になったニューゲートの前では、どれだけ離れても安全な場所などない。

 カナタはバランスを崩されることを嫌がり、傾く大地から離れて空を駆ける。

 高速で振るわれる刃を弾き返し、ニューゲートは()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──!!?」

 

 ぐらりと世界が揺れる。

 天地がひっくり返ったかのような錯覚さえ覚える一撃に、さしものカナタも驚愕を禁じ得なかった。

 

「それだけ強ェんだ──加減は出来ねェぞ」

 

 僅か一瞬のこと。

 ニューゲートの能力に気を取られ、カナタの反応が遅れた。

 弓のように腕をしならせ、横薙ぎに振るった拳がカナタへと直撃し──遠目に見える山が一つ吹き飛ぶほどの衝撃波が叩き込まれた。

 

「ぐっ──がはっ……!」

 

 武装色による防御こそ間に合ったが、まともに食らえば即死しかねない一撃を食らって血を吐き出す。

 しかしそれでも膝をつかず、槍よりも拳の方が速いと判断して氷の爪を纏ったカナタはニューゲートの腕にそれを突き刺した。

 鮮血が宙を舞い、もう一発重いモノが来ると察知してすぐさまカナタは距離を取る。

 

「チッ……頑丈な奴だ。まともに食らってまだ立つたァな」

 

 腕に刺さった氷の爪はカナタが離れると同時に引き抜かれ、ニューゲートの腕が鮮血に濡れる。

 だが、この程度ではかすり傷にも等しい。カナタが負った傷に比べれば軽いものだ。

 

「まだまだ……この程度では倒れんぞ」

 

 漏れ出る冷気が気候を急激に変えていく。

 ビリビリと肌を刺す覇王色の覇気に対し、ニューゲートはよく似た顔の女を思い出さざるを得なかった。

 とてもよく似ているが、それでいて纏う雰囲気は全くの別物。

 瞳の色だけは違うが──そこまで気付くと、今度は別の人物を想起させた。

 

(──赤い目にあの女と同じ顔……なるほど、()()()()()()

 

 ロックス海賊団の内情にある程度通じていれば、可能性は否定できない。オクタヴィアに執心していたシキや恨みを持っていたリンリンはこちらの事情を気にしないだろうが、もし海軍が知れば何が何でも殺そうとするだろう。

 世界政府も海軍も、()()()()()()()()()()など望んでいないのだ。

 若くしてこれほどの強さを誇り、勢力も未だ拡大を続け、自身よりも強いと判断できるニューゲートに対して臆することなく戦いを挑める気概。

 これを脅威と見るならここで殺すべきだが──ニューゲートはそういう気質の人間ではなかった。

 

「小娘。テメェ、親父のことは知ってんのか」

「……知っている……会ったことはないがな」

 

 痛みに耐えつつ、時間を稼ぐようにニューゲートとの会話に応じるカナタ。

 ニューゲートは顎をさすりつつ、意識をカナタから逸らさないままに僅かに考え込んでいた。

 

「……テメェの親父が何をしようとしたかは知ってんのか?」

「興味もない。お前が狙っているものでもあったか?」

「いいや、おれも興味はねェよ……だが、そうか。()()()()()()()()()()()

 

 カナタの背後にいる黄昏の海賊団の様子を見るに、慕われていることはわかる。

 ロックス海賊団とは明確に違うのはすぐに理解できた。

 この海を旅する目的もロックスとは違うのなら、放置したとしてもニューゲートとは目的がかち合うこともないだろう。

 もっとも──ロックスのように全てを〝支配〟するつもりなら、いつでもニューゲートはカナタの敵になり得る。

 

「問答は終わりか……ゼンも追いついてきたようだな」

「ああ、知りてェ事は知れた。後はテメェを倒すだけだ」

 

 一瞬の静寂の後──二人の影が衝突した。

 刃に冷気を纏わせ、ニューゲートの発する地震の力を凍結させて抑え込もうとするカナタ。対し、薙刀に地震の力を纏わせることで途轍もない破壊力を生み出すニューゲート。

 打ち合うだけで大地が揺れる戦闘も長くは続かず、ゼン……というよりも錦えもんたちが近付くにつれて、ニューゲートの能力の規模が段々と小さくなっていく。

 ニューゲートの力をよく知るマルコたちならまだしも、錦えもんたちは地震の力についてあまり詳しくない。

 あまり大きな力を使うと()()()()()()()()のだ。

 

「その力、強力だが使いにくそうだな」

「生意気言ってんじゃねェよ、ハナッタレが」

 

 ニューゲートの強さは悪魔の実の力によるところも大きいが、その覇気と技術も並々ならない。

 カナタよりも長くこの海で戦ってきたその技術を余すことなく使い、的確にカナタを追いこんでいく。

 ──だが。

 

(この小娘……少しずつおれの攻撃に対応し始めてやがる)

 

 同じ攻撃は通じない。

 一度見れば大抵のことは覚えられ、二度見れば盤石。

 戦いが長引けば長引くほどに手の内を多く見せることになり、それは結果的にカナタを強くすることになる。

 両親は共に並外れた強さの怪物だったが、その子供も十二分に素質はあるらしいな、とニューゲートは苦い顔をした。

 

「白ひげ! カナタ殿を止めていてくれたのか! 拙者たちもすぐに加勢を──!」

「来るんじゃねェ! 巻き込まれたいのかバカ野郎!!」

 

 ゼンがグロリオーサたちと合流し、進退窮まった状況。

 錦えもんたちはこれを好機と捉えたが、カナタとニューゲートは真逆の見方をした。

 すなわち──この状況こそがカナタにとって一番の好機。

 

「〝神戮〟──!!」

「──ッ!!」

 

 炸裂する冷気の暴風にニューゲートも動きを止めて対応せざるを得なくなり、最大の攻撃である地震の力も錦えもんたちが近くにいる状況では使うに使えない。

 動きを止めた瞬間にゼンたちへ向けて叫んだ。

 

「船へ走れ! すぐに追いつく!!」

 

 ゼンを筆頭に黄昏の海賊団の全員が走り出し、カナタとニューゲートの横をすり抜けて〝潜港(モグラみなと)〟へと向かっていく。

 そうはさせまいと侍衆が後を追うが、黄昏の海賊団が走り去った後に氷の壁を作られ、道を閉ざされる。

 

「……仲間を逃がしたか」

「私もすぐに追いつくさ。止めたければ、この島を沈める覚悟で来るがいい」

 

 先程までとは立場が逆転した。

 この先に通すつもりのないカナタと、カナタを越えねばならないニューゲート。

 侍たちはニューゲートの加勢をするつもりのようだが、邪魔になっているだけだと理解してはいないらしい。

 無理矢理にでも能力を使えば直接的に侍たちを巻き込む。世話になった相手に対してそれが出来る程、ニューゲートは無情では無かった。

 

 

        ☆

 

 誰一人欠けることなくワノ国を脱出することが出来た。

 出航準備を終えてすぐにカナタの持つ子電伝虫に連絡し、港から出たところで海の上を走って追いついたカナタは、すぐさま医務室に放り込まれた。

 スクラがついてきていないのでその助手を務める女医が治療に当たる。

 治療を受けながら、グロリオーサとゼンを呼びつけて状況を確認していた。

 

「スキヤキ様を暗殺したというのは、実際のところどうなのですか?」

「私であるはずが無いだろう。〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読める唯一といっていい協力者だぞ」

 

 おでんも読めるだろうが、ロジャー相手ならともかくカナタ相手なら絶対に協力はしないだろう。あれはそういう男だ。

 それもそうですね、とゼンは納得したように頷く。

 

「だとすると、一体誰が?」

「光月に恨みを持つ者か、あるいは本当に私を罠にかけるためだけにやったのか。動機としてはその辺りだろう」

 

 ワノ国では交易するくらいで余計な怨恨は買っていないはずだが、光月関連が原因ならカナタは罪を擦り付けられただけという事になる。

 どちらにしても事の顛末はおでんに伝えなければならない。

 電伝虫を持ってくるように部下に言い、その間にある程度の治療を終える。本来なら安静にしていろと言わねばならないところだが、通話するくらいならと女医も許可を出したのだ。

 手早く持ってきた電伝虫を受け取ってロジャーへつなぐ。

 数コールの後、快活な声が響いた。

 

『こちらロジャー! 誰だ?』

「カナタだ。おでんはいるか?」

『おう、久しぶりだな! おでんとなると、伝言の件か! ちょっと待ってろ!』

 

 バタバタと音がして静かになり、数分後にまたバタバタと足音が聞こえてきた。

 

『おれだ! 悪ィな、伝言頼んじまって!』

「本当に悪いと思っているか疑問だがな……それより、お前に伝えねばならないことがある」

『あん?』

「スキヤキ殿が亡くなった」

『……そうか。父の体はやはり悪かっ──』

 

 おでんがロジャーの船に乗って出ていくときも、既に体調が芳しくないと聞いていた。あれから二年が経った今、亡くなっていても変ではない。

 そう自分を納得させようとしていたところで、カナタから爆弾が放り込まれた。

 

「暗殺だ」

『──…………何だと?』

 

 数秒固まり、電伝虫を握りつぶさんばかりに強く握って問い返した。

 

「暗殺された。それも私がワノ国に滞在している間にな……おかげで私は将軍暗殺の下手人扱いだ」

『暗殺されただと? お前がやったのか?』

「私な訳があるかダメ男。ロジャーにとって〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を読める協力者がお前なら、私にとって同じ立場にいるのはスキヤキ殿だぞ。殺す理由がない」

『それもそうだ……だがちょっと待て、そうなると一体誰が』

「わからない。相手は随分用意周到に準備していたようだ」

 

 困惑した様子のおでんの声が聞こえる。

 恐らくおでんの家臣三人も近くにいるのか、時折声が混じって聞こえてきていた。

 

「私から言えるのは一つだけだ──二年経って、本来今ワノ国に居たのはお前だったはずだ。今回の罠はお前を陥れるものだった可能性が高い」

『おれを? だが……おれを狙って、一体どうしようってんだ?』

「将軍の血筋だ。お前が親殺しをしたともなれば、今後将軍の地位になど付けるはずもない。地位を狙ったものかもしれないな」

 

 あくまで想像でしかないが、人間の欲望が刺激されるのは金か異性か地位辺りだ。

 ワノ国だろうと他の国だろうとそれは変わらない。

 おでんは考え込んだように黙る。カナタは伝えるべきことは伝えたと判断し、最後に言うだけ言っておこうと考え。

 

「帰るなら気を付けることだ。今帰ればワノ国の混乱は小さくなるだろうが──」

『……いや、まだ答えが出てねェ。まだ、帰るわけにはいかねェんだ……!』

「……だろうな。お前ならそう言うと思っていた」

 

 これで帰ると言い出すならカナタに伝言を頼むまでもなくワノ国に帰っている。

 ため息を吐いて肩をすくめ、「話は以上だ」と告げた。

 

「また何かあったら連絡する。ワノ国に関しては入れなくなったが、もしスキヤキ殿を暗殺した犯人が分かったら連絡しろ」

『ああ。お前も無関係じゃねェからな』

 

 それだけ言い交したのちに通話を切った。

 伝えるべきことは伝えた。おでんの伝言に関しては康イエを通して錦えもんたちに伝わっているはずなので問題はないだろう。

 目下の問題はひとまず終わった。〝白ひげ〟と事を構えるとは思わなかったが、あれもいずれ倒すべき敵と考えれば今回の戦闘も無駄ではない。

 彼我の距離が測れたと考えれば十分だろう。

 

「……ともあれ、仕事はひとまず終わりだ。私は少し寝る。進路は〝ハチノス〟へ向けておけ」

「わかった。ゆっくり休め」

 

 グロリオーサが頷いてゼンと共に部屋を出ていき、カナタはベッドに横になりながら考え事をする。

 ワノ国への伝言は終わり、今後はしばらく〝ロムニス帝国〟との取引に集中することになるだろう。

 シキ、リンリンに加えてニューゲート……倒すべき相手が増えたが、やることは変わらない。

 数時間前まで得物をぶつけ合っていた相手の戦い方を反芻させながら、カナタはゆっくり意識を沈めていった。

 

 

        ☆

 

 

 二年の月日が経った。

 〝ロムニス帝国〟との取引も順調に大きくなり、黄昏の海賊団の規模もさらに拡大している時。

 カナタの下にレイリーから連絡があった。

 

 ──曰く、ロジャーが病に倒れたと。

 




大地震が頻発しても必死にゼンを追いかける錦えもんたち。途中で過半数が脱落してそう。

今章はロジャーが海賊王になるまで続くのでちょっと長めです。
たまにちょこちょこ年代飛びますがご了承ください。

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