大海賊時代が始まる4年前の出来事
レイリーから連絡を受ける事数日。
〝ハチノス〟の港に寄港したロジャーはすぐさま病室に放り込まれ、スクラの診察を受けていた。
随分急な話だったが、一刻を争う可能性もゼロではない。ロジャー海賊団の船医も診察に参加して意見のすり合わせを行いつつ病気の解明を急いでいた。
「しかし、あの男が病に倒れるとは……どこかで病気を貰って来たのか?」
「わからない。いきなりの事だったのでな……」
「感染症なら数日一緒に乗っていたお前たちも感染している可能性がある。ひとまずスクラの診察待ちだが、大人しくしているよう伝えてくれ」
「ああ。だが悪いな、この辺りで頼れそうなのは君くらいのものだったのでね」
「気にするな。私もお前たちには恩がある」
ロジャーたちの乗る〝オーロ・ジャクソン号〟はそれなりに大きな船だが、やはり島に拠点を構えるカナタ達とは違って医療器材や薬の数にも限度がある。
様々な設備を用意しているカナタたちを頼るのは、ある意味で当然の選択と言えた。
ところで、とレイリーは気になっていたことを訊ねようと視線を港の方へ向ける。
「随分荒れているようだが、襲撃にでもあったのか?」
「三つの海賊団が同盟を結んで私を潰しに来たらしい。少しくらい骨があればと思っていたが、港で壊滅したらしくてな。拍子抜けもいいところだ」
「その割には港が壊れているが……」
「ああ……あれはフェイユンがな……」
スクアード、アーテファ、ラルゴの三人の億超え海賊がカナタを倒すためだけに同盟を組み、船団を揃えて〝ハチノス〟に襲撃をかけてきた。
だが、港で釣りをしていたフェイユンにあっという間に壊滅させられて海賊同盟は崩壊。アーテファ、ラルゴは死亡を確認したが、スクアードは命からがら逃げだしたと聞いている。
港が半壊する被害にあったが、ほぼフェイユンが暴れたせいなのでため息を零すことしか出来ない。
それなりの規模だったのでフェイユンが対応しなければ部下たちに被害が出ていた可能性がある以上、怒るわけにもいかないのだ。
カナタとしては挑む気骨はあれども実力がなかった三人に落胆するばかりだが。
「修復はそのうちやる予定だ。職人もそれなりにいるからな」
「君のところも随分規模が大きくなったものだ……悪いとは思うが、頼らせてもらうよ」
「困ったときはお互い様だ」
疲れた顔のレイリーを見送り、カナタはスクラの診察を待ちながら書類作業をこなすこと数時間。
スクラの部下が診察が終わったことを伝えに来たので、書類作業を切り上げてスクラのところに向かう。
レイリーとギャバンも呼ばれたのか、二人揃って難しい顔で医務室に現れた。
三人でスクラのところに行き、中に入るとロジャーが医務室のベッドで寝ていた。ロジャー海賊団の船医もカルテを見て難しい顔をしている。
「む、来たか」
「ロジャーの容体はどうだ?」
「安定している。ひとまずすぐにどうこうなるという病気ではない」
スクラの言葉にレイリーとギャバンはホッとした顔をする。
だが、カナタは難しい顔をしたままだ。
「すぐには、か。長期的に見ると厄介なのか?」
「色々検査した結果、悪性の腫瘍が見つかった。転移したものも多い……投薬で痛みを抑えることも出来るし、手術すればある程度は取り除くことも出来るが、完治は難しいな」
今の時代の医療技術では治せない──いわゆる〝不治の病〟と呼ばれるものだ。
有効な治療方法も確立されておらず、スクラとしても手探りで治療を行う他に無い。
「感染する病気ではないのが救いだな。もし感染病だったならロジャー海賊団全員を隔離するしかないところだった」
「ゾッとしねェ話だな……」
顔色悪く話すギャバンに対し、レイリーは覚悟を決めた顔でスクラに尋ねた。
「……ロジャーは、どれくらい持つ?」
「……まだ未知と言っていい病気だ。まだ断言は出来ないが……今のまま行けば、持って二、三年と言ったところだろう」
ギャバンとレイリーは愕然とした顔でスクラの言葉を反芻していた。
カナタは「事実か?」と問い詰め、スクラはカルテを見ながら「僕は患者に関して嘘を言うことはない」と断言する。
「長くても、あと三年……だと……?」
「おい、そりゃ本当なのか!?」
「お前たちのところの船医も同意見だ。それに、断言は出来ないと言っただろう。長期的な治療を受ければ多少は余命も延びるはずだ」
「そ、そうか……」
スクラの胸倉をつかんでいたギャバンも、一切物怖じせずに説明するスクラに気圧されたのか、「悪かった」と謝って手を放す。
白衣の襟元を直し、説明を続ける。
「少し長期的に様子を見る必要がある。しばらくロジャーは入院だ」
「……病気だからと言って、ロジャーが大人しくしていると思うか?」
「いやァ、無理じゃねェかな……」
痛みがあろうと調子が悪かろうと、大人しく病院のベッドの上で寝ているような男ではない。
だが、ここで無理をすればそれこそ寿命を縮めることになる。何が何でも縛り付けておかねばならなかった。
「いざとなれば両手両足に海楼石の錠を嵌めてでも縛り付けるしかあるまい。能力者でもないこの男には精々頑丈な手錠くらいの意味しか持たないが……」
およそ病人に対する扱いではないが、ロジャーほどの男を縛り付けようと思えばそれくらいはしなければならないだろう。
単なる手錠などすぐにでも壊されるのが目に見えている。
ひとまずスクラから説明を聞き終え、レイリーとギャバンは船へ戻ることになった。感染症でない以上は陸に上がっても問題はない。
それに、船員たちにもロジャーの病状を伝える必要があった。
詳しいことは明日決めるとして、今日は各々受け止める時間が必要だと判断した。
☆
一週間後。
ロジャーは元気に逃げ回っていた。
「いたぞ、追え! あの愚患者を抑えつけろ!!」
スクラの怒号が病棟中に響き渡る。
ロジャーは笑いながら追いかける医者を振り切り、病棟から脱出を図っていた。
「わはははは!! 大人しく寝てられるかってんだよォ!! おれは海に出て冒険するために生きてんだ!!!」
この元気さで本当に余命数年なのか? という疑問は誰しもが抱いているが、病気とは目に見えるものではない。
ある日突然倒れることもあるのが病だ。ロジャーは既に一度倒れているが、それくらいでは堪えないらしい。
呆れた強靭さだが、副船長であるレイリーとしては頭が痛い。
「ロジャー……お前、不治の病って言われているんだぞ。大人しくベッドで寝ている気は無いか?」
「ある訳ねェだろ! おれはおれのやりたいようにやって生きる! それで死ぬなら本望だ!!」
直後に「ゴフッ!」と吐血してひっくり返り、レイリーは半分キレながらロジャーを肩に担いで病室に連れ戻していた。
この一週間で二桁は脱走を図り、そのたびにカナタやレイリーに止められて病室に連れ戻されている。いい加減大人しくしてほしいものだが、ロジャーは聞き入れるつもりは無いらしい。
ロジャーの病室から医務室に移動し、スクラは疲れたように椅子に座り込んだ。
「このままでは治療も定期検査もままならない。何とかしろ!」
「と言われてもな……おれにもあの男を止めることは出来ん。何とか冒険を続けながら治療は出来ないのか?」
額に青筋を浮かべてブチ切れ気味のスクラはレイリーに怒鳴るが、レイリーもほとほと困った様子で肩をすくめるばかりだ。
冒険と治療を両立出来ればいいのだが、それが出来ていれば苦労はしない。スクラもある程度はどうにか出来るが、彼も黄昏の海賊団の医療部門トップ。迂闊に他の海賊団の船医として動くことも出来ない。
「定期的に僕のところに必要な薬を取りに来るなら、一時しのぎにはなるだろう。だがどのみち長くは持たないし、不測の事態が起きれば対応できる医術が無ければ即死もあり得る」
「やはり難しいか……」
「……僕と同じかそれ以上の医術を持つ人物には心当たりがある。どうしてもと言うならその人たちのところに行って、自分で船医として乗ってもらうように説得することだ」
スクラとしても、このまま医者の言うことを聞かない患者を置いておくつもりは無かった。
カナタの恩人でもあるし、多少の事ならと思っていたが流石に度が過ぎる。医者として病人を放り捨てることは出来るだけ避けたいこともあるので、信頼できる医者に任せるのが一番だと判断した。
レイリーはスクラの上げた医者の名前をメモし、どこにいるかを確認して「ロジャーと相談してくる」と言って部屋を出て行った。
「あの愚患者め……」とブツブツ言いながら電伝虫を取り出し、カナタへと連絡をし始めるスクラ。
数コールの後、いつもの調子で応答するカナタ。
『どうした。またロジャーが脱走したのか?』
「そっちは何とか解決した。だが、これ以上医者の言うことを聞かない患者をこの病棟には置いておけない。あの病気に対応できる医者を紹介するから自分で船医として乗ってもらうよう交渉しろと伝えた」
『そうか……お前と同じかそれ以上の医者となると、Dr.くれはか?』
「あの婆さんもそうだが、もう一人心当たりがある」
そもそも彼女はドラム王国から出る気はないだろう。海にも冒険にも欠片も興味が無い。
スクラの言う本命は〝双子岬〟にいるクロッカスの事だった。
『確かに彼も医者だったな。それほど腕がいいのか?』
「灯台守をやっている傍らで医者もしているが、少なくとも彼以上の医者を僕は知らない。あまり有名ではないが腕の立つ医者だ」
『そうなのか。ルンバー海賊団の一件を伝えて以来久しく会っていないが、話を聞くと様子を見に行きたくなるな』
「お前も今は好き勝手に動ける立場じゃないだろう。あと研究費を増額してくれ」
『それはジョルジュに言うことだ』
金庫番は相変わらずジョルジュなので、予算の増額を要求するならカナタよりもジョルジュに直談判した方がいい。
話は終わりかと思えば、スクラは「ロジャーは不治の病だが」と話を続ける。
「治せる可能性はゼロじゃない」
『……どういうことだ? 何か特殊な薬が必要なのか?』
「薬じゃない……噂ではあるが、とある悪魔の実を食べればあらゆる病気を治すことが出来るようになるという」
眉唾な噂ではあるが、悪魔の実の超常的な能力を一度でも目の当たりにすれば一笑に付すことも出来ない。
曰く〝オペオペの実〟──極まった最上の名医が使えば〝不老不死〟すら可能にするという。
『……可能性はゼロではない、か』
ロジャーの事だ。寿命を延ばすよりも寿命の限り好きなことをやって力尽きるほうを選ぶ可能性はある。
それでも、カナタとしては命を救われたことがある以上、選択肢を与えるくらいはした方がいいと考え。
『オペオペの実か……良いだろう。あらゆる手を尽くして探してみる。手に入ったらお前が食べろ』
「……能力者になるつもりは無かったが、良いだろう」
不老不死は特に必要ないが、より多くの病気を治療できるようになると考えればデメリット以上の価値がある。
能力者になることはないと思っていたが、こうなると食べる可能性は十分あるだろう。
『まぁ、手に入ればの話だ。気長に待つことだな』
「そうさせてもらおう」
それなりに長いこと旅をしているが、悪魔の実の情報というのは本当に限られる。偽の情報が混じっていることもあるし、本物が手に入る可能性は僅かと言っていいだろう。
闇のルートではたまに悪魔の実が流れてくることもあるが、本物かどうかは怪しいところだ。
時間をかけて探るほかに無い。
☆
ロジャー海賊団の船員たちは、ロジャーが不治の病を患ったと聞いて多かれ少なかれ動揺していた。
特に顕著に動揺したのが、最近〝鬼の跡目〟と呼ばれるようになった男──ダグラス・バレットだ。
ロジャーに何度も敗北し、そのたびに勝利を目指して挑み続けてきた。バレットにとってロジャーは絶対的な存在なのだ。
その男が、病に倒れた。
バレットにとっては根幹から崩れ落ちるような衝撃を受けるのも止む無しだろう。
日が落ちてもなお、己の落ち着かない心を抑えつけるように一人鍛錬に勤しんでいたところ──見回りもかねて散歩していたカナタが見つけて近くに来ていた。
「……なんだ、テメェ」
「散歩中に見かけたから気になっただけだ、他意はない。それとも、鍛錬の相手が欲しいか?」
筋骨隆々のバレットと比較すれば、カナタは触れれば折れるかのような小柄だ。傍目には気性の荒い肉食動物に近付いている草食動物のようにすら思えるだろう。
カナタの返答が気に障ったのか、不意打ち気味に覇気を纏った拳を振るうバレット。
それを易々と片手で受け止め、「良い覇気だ」と評価するカナタ。
「だが練度はまだまだだな。噂は聞いているよ、ダグラス・バレット」
「……フン」
ロジャーの後継者として注目されている実力者だ。カナタとしても気にならないはずがない。
実際の実力はまだロジャーには程遠いが、レイリーには善戦するくらいだろうか。カナタよりも若いはずだが、驚異的な成長性という他に無い。
いずれカナタも追い抜かれるかもしれないが、今はまだカナタの方が強いと言える。
バレットは無言で拳を構え、カナタはそれに対するように拳を構えた。散歩していただけなので槍は持ち歩いていないのだ。
「言うだけの実力があるか見せてみろよ、〝魔女〟」
「青いな。相対する相手の実力くらい直感的に計って見せろ、〝鬼の跡目〟」
バリバリと二人の覇気が収束し──互いの拳が衝突して轟音を立てた。
一合目はカナタが押し勝ち、衝撃でビリビリと痺れる腕を庇いながらバレットは逆の腕で殴りかかる。
カナタはそれを容易く凌ぎ、勢いよく振り抜いた蹴りがバレットの腹部に直撃して吹き飛ばした。
「ぐっ──!!」
武装色を纏って何とか防いだが、衝撃までは殺せない。
吹き飛ばされつつも体勢を立て直し、両腕に覇気を纏って愚直にカナタへと殴りかかっていくバレット。
「ロジャーが不治の病と聞いてショックでも受けたか。この調子ではロジャーを超えるなどまだまだ先の話だな」
「お前に……何がわかる!」
躱し、弾き、受け止めるカナタ。バレットと違ってかなり余裕を持っており、対するバレットは焦りからか段々と単調になっていた。
ロジャーに迫るという実力に嘘はないが、そこに至るまでの壁は未だ分厚い。カナタにこれだけいいようにあしらわれているなら尚更だ。
今回は特に集中しきれていないこともある。本気でやればこの程度ではないだろうが、全力でやれば周りへの被害も大きい。
カナタも
「……あまり派手にやり過ぎると警備が飛んでくるか。この辺りにしておこう」
「……チッ」
互いに然したる傷もなく、スパーリングに近い形での戦闘を終えた。
覇気の使い方とは個々人によって異なる。口で言ってわかるものでもない以上、実際に戦って経験してこそ分かることの方が多い。
そういう意味では、バレットにとって不足は無かった。ロジャーに近しい実力者など早々おらず、ロジャー海賊団ではレイリーくらいのものだったからだ。
「おれはまだ、強くなれる」
「ああ、お前はまだ強くなれる。ロジャーのところが嫌になったら私のところに来てもいいぞ」
「……ふん」
バレットが自分に言い聞かせるようにつぶやいた言葉に、カナタは律義に反応した。
向上心のある者は嫌いではない。今後敵も増えていくことを考えれば味方にしたい相手でもある。
カナタの真意を知ってか知らずか、バレットは答えることなく船へと戻っていった。
備考:ダグラス・バレット 17歳
おでんとモモの助とか、他にもちょこちょこ出したいキャラは居たんですがとりあえず今回はバレット。
あんまり色々出しすぎると進まないのが困りどころです。