ヒエヒエの実を食べた少女の話   作:泰邦

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章の途中ですが、主人公が出てこないので今回は幕間です(適当)


幕間 海軍/クロ

 海軍本部、大将センゴクの部屋にて。

 いつものように煎餅片手に遊びに来ていたガープを怒鳴りつけていると、ベルクが報告を上げに部屋を訪れた。

 

「おうベルク! 元気にやっとるか?」

 

 部屋の主であるセンゴクよりも先に、煎餅を齧っていたガープが片手を上げて声をかける。

 

「これはガープ中将。当方はいつでも万全であることを心がけております」

「なんだ、相変わらず固い奴だな。お前も中将になったんだから立場は同じだぞ?」

「いえ、それでも当方はガープ中将を敬意を払うべき相手と考えていますので」

 

 ひとまず仕事の報告書だけ上げに来たのだろう。服にはやや血が滲んでおり、海軍の若手の中でも取り分け高い実力を持つ彼には珍しく疲弊していた。

 ベルクがここまでなるほどの実力者となると、流石に数が限られるが……ガープはバリバリと煎餅を齧りながら「誰と戦った?」と質問を投げかける。

 

「〝黄昏の海賊団〟です。〝魔女〟を相手にサカズキが先走りまして……ボルサリーノも加勢したのですが、あの二人では相手にならず」

「ぶわっはっはっはっは!! 海軍の次期大将候補も、流石の〝魔女〟相手ではボロ負けか!!」

「笑い事か! 全く……お前の怪我はあの二人を庇ってのものか」

「はい。加えて、最近懸賞金が六億を超えた〝六合大槍〟、並びに四億を超えた〝巨影〟の姿もあり、撤退するのが精一杯でした」

 

 構わん、とセンゴクは報告書を受け取る。

 黄昏の海賊団の勢力はここ数年で急激に拡大している。海軍としてはあまり見過ごせる状況ではないが、カナタ自身は海賊の中でも比較的穏健派に属する。

 恐怖政治と略奪ばかりの〝金獅子〟や、裏の世界の帝王たちと協定を結んだ〝ビッグマム〟に比べればまだマシと言えるだろう。

 ……あくまでもまだマシな部類であって、世界政府と海軍にとって最悪の敵であることに変わりないのだが。

 

「ここ最近は〝竜爪〟の姿を見ませんが、やはり仲違いしたとの見方でいいのでしょうか?」

「さてな……どうなんだ、ガープ」

「おれが知るか」

 

 時折連絡を取っていることを知っているセンゴクはガープに話を振るが、当のガープはさして興味もなさそうに茶を啜っている。

 お茶を催促するとベルクがそそくさとお茶を入れ始め、センゴクに「部下だろう。休ませてやるくらいの器量は無いのか」と呆れられていた。

 

「当方は慣れていますので」

「だそうだ。まァ構わんだろ、まだ元気がありそうだしな」

「カナタは以前おれと戦った時も相当な実力だった。今の奴の実力など、考えるだけで頭が痛いな……サカズキとボルサリーノはどうしている?」

「重傷を負いましたので医務室に搬送させました」

 

 サカズキは溶岩の能力者、ボルサリーノは光の能力者であり、共に〝自然系(ロギア)〟に属するが……氷の能力者であるカナタを相手に一方的にやられたらしく、帰投するなり医務室に搬送されていた。

 負傷者もそれなりの数に上るが、不思議なことに死人は出ていない。

 死人が出てもおかしくない戦いではあったが……基本的には実力のある少将や中将が幹部を抑えられたのが大きいだろう。

 偶発的な戦闘にしては上手く行ったと言える。

 

「あの女も最近は大きな事件こそ起こしていないが……拡大する勢力と実力を付けている幹部のことを考えれば、懸賞金を見直すべきかもしれんな……」

「これ以上懸賞金を上げたところで大きく変わりはせんと思うがな」

 

 現状の懸賞金でさえ記録的な高さなのだ。ここまで来ると海賊同士の潰し合いも期待しにくい。

 〝金獅子〟、〝ビッグマム〟の二人とは時折衝突しているようだが、大規模な戦闘には至っていない。正面からぶつかると被害が大きいと踏んでの事だろう。

 天竜人にせっつかれることも多いが、海軍としても正面からぶつかるとかなりの被害を覚悟しなければならない。そこまで踏み切れないのが現状だ。

 

「当方としましては」

 

 ベルクは考え込むように顎に手を当て、慎重に発言する。

 

「彼女は勢力の拡大ばかりに注力しているように思えますが、それを為し得る財力がどこから来ているのか、ということが気になります」

「……確かに。奴もいくつかのシマを得て徴収しているようだが、それほど大した額ではないと聞いている」

 

 では、一体どこからお金が出てくるのか。

 何もないところから湧いて出るわけがない。どこかに必ず資金源がある。

 

「あの女は元々商人だ。何かしらの取引をしていることは把握しているが、金額まではわからない」

「……おれ達が思っている以上に資金を集めているかもしれんな」

 

 拡大する勢力にばかり目が行くが、幹部たちが活発に動いていることを考えるにやはり大きな取引で資金を得ていると考えるべきだ。

 どこか一つでも潰せれば、そこから芋づる式に取引を潰していくことも可能かもしれない。

 

「ふむ……〝魔女〟に関してはベルクに一任しよう。お前も次期大将候補として名前が挙がっている。この件を解決できればおれから推薦してもいい」

「過分なお言葉です。当方はまだ未熟ゆえ、大将の件はお引き受け出来ませんが……全力を尽くします」

 

 実力は十分だろうが、実績が少ない。もう少し経験を積んで実績を作れれば大将として問題なく着任できるとセンゴクは考えていた。

 今の海軍はロックス以降の強力な海賊に対抗するべく、大将の席に空白を作らないようにしている……ガープが大将になれば対応できることも増えるのだが、当人にその気はない。

 〝天竜人の直属になるから〟という嫌がる理由も理解出来ないことはないが、あれだけはっきり態度に表して消されないのもガープの凄いところではあった。

 話が一段落したところで、センゴクはベルクに淹れてもらったお茶を飲みながらおかきをばりばりと食べる。

 

「お前も帰投したばかりで疲れただろう。治療を受けて今日は上がっていいぞ」

「いいのですか?」

「新婚だろう。たまに帰ったときくらい顔を見せてやれ」

「お恥ずかしい限りですが……ありがとうございます」

 

 一礼して部屋を出て行ったベルクを見送り、ズズズとお茶を啜りながらガープが笑った。

 

「随分と優しいな。おれはあんまり顔を見せに帰った記憶もねェ!」

「だからお前の息子は()()()()()んじゃないだろうな……それはともかく、家族は大事にしてやるもんだ。ゼファーの件もあるしな」

「ああ……」

 

 ゼファーの妻子が襲撃され、亡くなったことでゼファーは海軍大将を降りる決断をした。マリンフォードには海兵の家族たちも住むため、通常は起こることではないが……運が悪かった、としか言いようがない。

 センゴクも数年前に拾った子供を海軍に入れて我が子のように思っている。

 その辺りのことは理解があった。

 

「まァここ最近はどこの海賊も大きな動きはない。一日二日休んだところですぐに何かが起きるという事も無いだろう」

 

 おかき片手にお茶を飲むセンゴクがそう言うと、バタバタと部屋の前がにわかに騒がしくなる。

 勢いよく扉が開けられ、センゴクの部下が一枚の紙を片手に持ったまま「緊急の入電です!」と話す。

 

「緊急? 何があった!」

「き、〝金獅子〟と〝残響〟が接触! ドレスローザ近海で二人が衝突したとの情報が!」

 

 センゴクとガープは二人同時にお茶を吹き出した。

 

 

        ☆

 

 

 新世界、とある島の食事処。

 治安はあまり良くないためか、ガラの悪い輩も多いこの場所で、数人の男たちが店主に対して恫喝をしていた。

 

「おれ達は〝黄昏の海賊団〟からこの島を任されてるんだぜ!? おれ達に逆らうってことは、あの〝魔女〟に逆らうってことだ! 意味わかってんのか!?」

 

 小太りの店主は額にあせをびっしょりとかきながら、視線を彷徨わせて助けを求める。

 だが、店にいる誰もが関わり合いになりたくないのか、視線を寄越すこともなく……そそくさと店を出る者もいた。

 銃や剣を持っている彼らは威嚇するように大声を上げ、店の中にいる客を追い出して店主に詰め寄っていた。

 

「金を出せと言ってるんだ。おれ達が守ってやってんだから、もう少し金額に色を付けるのが当然ってもんだろ?」

「だ、だが、うちの店は最近支払ったばかりで……」

「徴収する金額が変わったんだよ! あの程度の額で守ってもらおうなんて、虫が良すぎると思わねェのか!?」

「ひいっ!」

 

 誰一人いなくなった店の中で、ガタガタと震える店主。

 以前聞いた話と違う。〝黄昏の海賊団〟は規律を大事にする海賊団で、最初に契約を交わした額を払えば大丈夫という話は何だったのか。

 もう諦めて金を払ってしまおう──そう考えていると、店の扉が開く音がした。

 夜も更けているこの時間に来るとすれば酔っ払いか……どうせ大したことはないと男たちが入り口を見やれば、予想以上に小柄な少女が入ってきていた。

 背中には少女に不釣り合いな大鎌があったが、男たちは気にすることなくため息を吐いた。

 

「おいおい、ガキがこの店に何の用だ? 今大事な話をしてるところだ、とっとと出ていきな」

「話は聞きました。〝黄昏の海賊団〟の直属ではありませんね? 所属しているのはどこの海賊団ですか?」

「あァ?」

 

 訳の分からないことを言うガキだ、と。

 摘んで放り出せというリーダー格の男の言葉に従おうとしたその瞬間、少女に足を払われて体勢を崩し、そのまま床に叩きつけられる。

 

「見覚えのないマークですね……最近傘下に入った新入りですか?」

 

 服の背中にある髑髏のマークを確認し、少女は懐から手帳を取り出した。

 ペラペラとページをめくっていると、手帳の中に同じマークを見つけた。「やっぱり」と呟き、手帳を懐に戻す。

 

「規律を守れない海賊は傘下であろうと必要ありません。除名しますので、大人しく詰所まで連行されるか、無理やり連行されるか選んでください」

「何だと、このガキ……! ふざけやがって! 黙らせろ!!」

 

 次々と襲い来る男たちを簡単に沈め、少女──カイエは表に待機させていたクロの名前を呼ぶ。

 クロはティーチを伴って店に入り、「おー、随分派手にやったな」とケタケタ笑う。

 

「こいつらどうするんスか?」

「ん? まァうちの部下がいる詰所に連れて行って……船長を呼び出して問い詰める。反抗的ならこれよ」

 

 首をトントンと叩くクロ。まぁそれもそうかとティーチは納得し、どうやって連れて行くのかと問う。

 引きずって連れて行くには数が多い。面倒くさいから部下を呼ぼうと子電伝虫を取り出すクロ。

 その間にカイエは店主のところに行き、立たせて「怪我はありませんか?」と聞いていた。

 

「あ、ああ……あんたたちは……?」

「〝黄昏の海賊団〟です。傘下の海賊たちが迷惑を掛けました」

 

 ぺこりと謝るカイエに店主は目を白黒させ、部下たちに連絡を入れたクロが陽気に近づいてくる。

 上半身裸で見える場所全部に刺青が入っているので威圧感はあるが、クロ本人は全くそう言ったものを感じさせない雰囲気で「悪いな店主!」と笑っていた。

 

「これ、少ねェけど迷惑料だ。うちの部下が迷惑かけたからな」

「は、はァ……」

 

 札束を置かれて更に混乱する店主は、札束とクロを交互に見やってどうしたらいいのかとうろたえていた。

 

「じゃ、オレ達は用が済んだからこれで」

「あ、は、はい……ありがとうございました……」

 

 何が起こったのかを完全に理解する前に、クロたちはさっさと店を出て入れ替わりで入ってきた部下が恫喝していた男たちを引きずっていった。

 店主はしばらく放心状態だったらしい。

 

 

        ☆

 

 

「最近は急に傘下の海賊を増やしたからか、規律が行き届いてねェなァ」

「カナタさんもある程度は織り込み済みだと言っていましたが、こう毎日駆り出されると面倒ですね」

 

 クロとカイエは仕事終わりにジュースを飲みながら焼き鳥を買い食いしていた。

 夜も更け始めた時間だ。出店も多く、クロはあちらこちらに目を吸い寄せられている。

 

「……寄り道は駄目ですよ」

「わかってるって……ところでカイエ、オレはあの水水肉のから揚げってやつに興味があるんだが……」

「まっすぐ帰るって言ってるじゃないですか」

「ちょっとくらい遅くなったってわかりゃしねェって。なァティーチ」

「おれに言われても……」

 

 話を振られたティーチも困っていた。クロは上司だが、ティーチはカイエ共々クロの監視役でもある。下手にうろうろされると困るのは二人の方だ。

 普通は子供二人の面倒を見るのが大人の役割のはずだが、完全に立場が逆である。

 

「カナタも連日オレ達を駆り出してんだから、多少はご褒美があってもいいと思わねェ? ちょっと美味いモン食べに行こうぜ?」

「それは……まぁ……」

 

 急激に拡大する勢力は海軍などに危機感を抱かせる一方で、内部では規律の統制に負荷がかかっていた。

 何せ海賊だ。はみ出し者の粗暴な連中が集まったのが海賊だし、新世界まで来るような海賊は我が強い者たちも多い。

 基本的に来るもの拒まずのスタンスだが、内部の統制に無理が出るようなら多少は抑制するべきだと言う者もいる。

 カナタが判断することなのでクロはあまり難しく考えてはいないが、それはそれとして仕事が忙しいので何か美味しいものでも食べて気晴らししたいと思っていた。

 カイエも巻き添えにすれば報告されないだろうと考えて。

 

「カイエの姉御?」

「……わかってます。ちゃんと仕事します」

 

 年齢自体はティーチの方が上のはずだが、先に海賊団に入っていたカイエを先輩として呼ぶ辺り律義な男である。

 ティーチの言葉でクロの誘惑を振り切り、懐から取り出した子電伝虫らしきものの背中のボタンをカチッと一回押す。

 

「なんだそれ?」

「クロさんが余計なこと言ったり変なことしようとしたら押すようにと言われてる道具です」

「……もしかしてどっかに連絡入る奴?」

「詳しいことは知りませんが、受信機はあると聞いてます」

 

 ゴールデン電伝虫とシルバー電伝虫の機能に近いものを取り付けたらしく、受信機の方にボタンを押した回数がカウントされるらしい。

 つまり、これを押すたびにクロにペナルティが一つ付く。

 

「なんつーもん持ち歩いてんだよ!? 誰がそんなモン作ったんだ!?」

「カテリーナです」

「あのガキんちょ、おかしなものばっかり作りやがって!」

 

 てへっ、と舌を出すカテリーナの姿を幻視しつつ、クロはその子電伝虫を奪い取ろうとする。

 ティーチは止めた方がいいかと構えたが、カイエは軽く躱していてその必要すらなかった。

 元々は問題が起きた時に支部から〝ハチノス〟への緊急連絡手段として開発したものらしいが、カテリーナは時たまこういう道具を作るので重宝される一方でおかしなものを作る変人の気質もあった。

 クロとサミュエルは大抵おかしな道具の実験台にされている。

 

「なァ手伝ってくれよティーチ」

「いや、おれに言われても……」

 

 子供相手に本気になって奪い取ろうとするも、クロの身体能力ではカイエを捕まえられずに空振りするばかり。

 ティーチはカナタに監視を厳命されているので手伝うことも出来ず、手に持った焼き鳥を食べてクロが飽きるのを待っていた。

 追いかけまわすうちに諦めたのか、がっくりと肩を落として「大人しく帰るしかねェか」と呟く。

 

「なんでそんなに好奇心のままにフラフラ歩くんですか? あなたもカナタさんに迷惑を掛けたいわけじゃ無いんですよね?」

「そりゃあお前、気になるものがあったら気になった時に確かめるもんだろ。人生ってのは短いし、後悔しない生き方をするのがオレの信条だ」

「……よくわかりません」

「ヒヒヒ、だろうな。だが、未知のものを開拓するのが人間って奴の性さ。()()()()()()()()()()からな」

 

 ティーチはわかるか? と話を振られ、少し考えた様子を見せた後に「少しは」と答えた。

 

「そりゃあ将来有望だな。男なら荒野を行くもんだ」

「なんですか、それ」

 

 首を傾げるカイエの頭をガシガシと撫で、三人はまっすぐ詰所へ向かう。

 先日海軍と一戦交えて怪我人も出た。物資の補給も兼ねてこの島に寄ったが、明日には出発するだろう。

 今回の目的地は〝北の海(ノースブルー)〟だ。

 取引の拡大と、悪魔の実の情報を求めて──行ったことのない海へ向かうことに、クロは好奇心を疼かせていた。

 




備考
カイエ:9歳
ティーチ:12歳

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