ろくでなしな執事の俺と、陽だまりのお嬢様   作:KOKIA NI

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第一話

――つまらない。

 

その言葉は音にもならず胸の中に浮かんだ。澄み渡る青空の下ため息を一つ吐く午後二時。頭上にはこれ以上にないくらいの快晴が広がっていた。恨めしげに群青を睨んで見ると、数羽の鳩が東から西へと飛んで行くところが見えた。

 

休日の昼下がりの公園はいつにも増して人が多い。俺が座っているベンチはちょうどジョギングコースの前に設置されているため、先程から多く人が走ったり、自転車に乗ったり、はたまたスケートボードで滑ったりで通り過ぎてた。その数はとても多い。数えるのが億劫なくらいだ。

 

何処からか子供達の笑い声が聞こえて来る。青い空に穏やかな気温、聞こえてくるのは楽しいそうな声と鳩のなく音。そう、世界は何とも平和である。

 

――つまらない。

 

右手に提げていたウイスキーの瓶のキャップを開け中身を一口。コンビニで買った一本の安物は樽の匂いも風味もなく、ただアルコールとしてだけの刺激を俺の舌に与えてくれる。

 

――あぁ、クソマジい。

 

再び瓶を口に運び一口。やはり何度飲んでも美味しくない。何だかんだ公園来てからずっと飲んでいたウイスキーの中身は既に半分近くになっていた。思えば随分と長くいるもんだ。

 

――これだけ飲めば、明日は二日酔い確定だな。

 

大分酔ってきているのかフワフワと頭の中が揺れていた。それはそうか、ウイスキーを半分も飲めば普通の人は出来上がる。それにしても、二日酔いねぇ……。自分で考えたことが可笑しくなり小さく笑みが零れた。

 

――普段なら二日酔いが怖くてこれ以上飲めないが……。今日は特別だな。

 

二日酔いに悩まなくていいのなら思いっきり飲める。なら思いきり飲むだけだ。不満があるとすれば上物の酒じゃないところだが、安物のウイスキーもこれはこれで悪くない。寧ろ安物と言う点が俺らしくていいかもしれない。

 

世界は平和で、空は快晴だが俺の心は一向に晴れない。俺にとっては世界の危機だろうが、天気が土砂降りだろうが関係ない。どんな状況でも俺の内心はただ一つ。

 

――人生とはつまらないものである。

 

『人に優劣はなく、命の価値は皆平等だ』

 

この言葉を聞いたのは誰からだっただろうか? 中学時代の恩師だった気もするし、小学校の時の何時ぞやの担任だった気もする。もしかすると数年前にぽっくりと逝った両親のどちらかだったかも知れない。いや、思い返せばその全員だった気もするし、その誰でもなかった気もする。

 

ただ、俺は間違いなく今までの人生の何処かで『人に優劣はなく、命の価値は皆平等だ』という言葉を聞いたことがある。勿論、俺に限らず似たような言い回しを誰しもが何処かで聞いた事があるはずだ。

 

さて、では『人に優劣はなく、命の価値は皆平等だ』という言葉についてだが、俺は別にその言葉を否定するつもりはない。多くの人がいう通り実際に俺もその通りだと思う。

 

しかし、俺の場合は人と比べるとその言葉の捉え方が少しばかり異なると思う。思うと言うのはこの考えを人に話す事もその機会もなかったからだ。

 

「つまらない」

 

今度ははっきりと音に出た。

 

『命の価値は平等だ』

 

この言葉は間違いない。

 

人に優劣はなく、命の価値は皆平等だ。

 

―――――そう、人の人生は皆等しく“無価値”だ。

 

俺の人生も君も人生も、そして何処かの誰かの人生も皆等しく価値はない。ただ最後の死を待つだけだ。0に何を掛けても0になるように人の命にそれ以上もそれ以下もない。人類史においてプラスだろうが、マイナスだろうが、個人で見れば最後は0になる。これがこの世の真理であるし、唯一の救いである。

 

少しだけ目を閉じて、再び瞼を上げて空を見上げる。雲ひとつない青い青い空が相変わらず爽快に広がっていた。

 

――死のうか……。

 

空を見上げながらふと思った。別に深い考えとかは何もなく、ふと死のうと頭の中に浮かんだ。

 

そうだ。人の人生が無価値なら、生きることに意味がないのなら、いつ死んでも何も問題はない。死ぬ理由を探す必要も生きる意味を見出す必要もない。

 

遅かれ早かれ人は死ぬのだ。今日と何十年後かの未来に何の違いがある? そこに違いはないはずだ。

 

今は昔華厳の滝に飛び込んだ青年がいた。彼曰く、人生とは不可解なものらしい。俺とは違うエリート学生の答えがそれなのだ。不可解な人生を終わらせることに何が問題があろうだろうか。ないに決まっている。

 

遺書なんて勿体ぶったものは要らない。もとより遺書を残すべきであろう家族は皆俺を置いて天国へと旅立っている。友人には残すべきかも知れないが、彼らのこれからの重荷になっては困る。やはり男は潔く逝くべきだ。立つ鳥後を濁さず。願わくば誰にもみつかることはなく死体ごとこの世から消え去りたい。タバコの煙の様に、あるいはドライアイスのように、溶けるように俺が生きた証を一切合切消し去りたい。漱石の考えた雲雀のように俺も霧と共に消え去るのが理想だ。そして生まれ変われるとすれば今度は木瓜にでもなりたいもんだ。

 

しかし、そうはいかない。俺はタバコでもなければ、ドライアイスでもない、雲雀には程遠い存在だ。ならなるべく迷惑をかけずに死ぬ方法を探すしかあるまい。

 

――あぁ……あいつらにはどうするかな……。

 

二人の少女の顔が一瞬だけ脳裏に浮かんだ。きっと、昼下がりの陽気な天気がそうさせたのだろう。こんな俺の事を兄と呼び慕ってくれる姉妹だ。

 

――まぁ、いっか。どうせもう会うことはないのだし。

 

そうだ。別に思い悩むことなんてなかった。どうせ彼女たちは親族でもなんでもない。少し頭を働かせれば彼女たちに俺の死が知られる心配はないのだ。彼女達からすればある日、知り合いのおっさんが何処かに行った程度にしか思わないだろう。

 

なら、心残りなんて何もないじゃないか。それならば話は早い。

 

昔の人は言いました。『善は急げ』と。

 

――では行こうか。

 

「退屈でつまらない世界から去りに」

 

ベンチから立ち上がりながら呟いた言葉は、そのまま春のように飲まれ消え――

 

「――どーしたの? おにーさん。つまんない顔をして?」

 

不意に声を掛けられた。あまりに急な出来事だったため声にならない驚きが口から漏れる。

 

声の方角に目をやれば、いつの間にか俺の座っていたベンチの後ろに一人の少女が立っていた。癖のない艶のある金髪にくりくりとした大きくはっきりとした目。身長はそれほど高くない。どこか幼い印象を受ける少女だ。そんな少女が不思議そうな顔でこちらを覗き込んでいた。

 

「い、いや、少しばかり用事の時間になったのを思い出してね。それで今から向かおうと……」

 

「おにーさん、本当に?」

 

イマイチ俺の言葉を信用していないのか少女は首を傾げて俺を見る。穢れを知らない純粋な目。水晶のように濁りのない透き通った目が俺を射抜く。

 

「あぁ、本当さ」

 

「ふーん、おにーさんって用事の前に何時間も公園でお酒を飲む人なんだ……」

 

何も変わらない目で俺を見る少女。その濁りのない目で見られると全てが透けて見えてそうで、言葉に詰まった。

 

「いやぁ、お兄さんは少しばかり悪い大人でね。用事の前にお酒を飲んでしまうんだ」

 

後ろ頭を掻きながらあははと笑い言葉を濁す。

 

「ふーん、ねぇ、おにーさんは何でそんなつまらなそうな顔をしているの?」

 

「そんなにつまらなそうな顔をしているかな?」

 

俺の問いかけに彼女は大きく頷いた。

 

「えぇ、とっても!!」

 

――さて、厄介なことになったな。

 

内心でそう悪態をつく。決心も付いた、後は実行だけと言う所でこれだ。これが相手が良い大人ならほっといてくれと拒否できるのだが、相手はどう見ても中学生か高校生。これではどうにも対処に困る。それならば……

 

――適当に嘘をつくか。

 

そうこれが俺の大きなミスであり、俺の人生を変えた大きな一歩になるとはこの時は誰でも露にも思わなかっただろう。

 

「いや実は、仕事を首になってね。それに家も追い出されてしまったんだ。だから、こうして途方に暮れて公園で飲んでいたってわけさ」

 

そう相手が学生な無理難題を適当にでっち上げて諦めて貰えばいい。これなら普通の相手も気を使って何処かに行ってくれるだろう。しかし、俺は失念していた。相手が普通ではない可能性があるということを……。

 

「なーんだ! 今にも死にそうな顔をしていたと思ったらそんなこと!」

 

彼女はまるで世間話のようにそう言うと続けて爆弾をノーモーションで投下した。

 

「なら、簡単よ! お仕事がないなら!私の家で働けばいいわ! 住む場所も勿論私の家で!」

 

「――は?」

 

気づけば勝手に口からそんな言葉が出来ていた。この世に生まれて二十年、いままで一番心の中から出た、は? と言う言葉だ。俺が後何年生きていくのか分からないが、恐らく一生を顧みてもこれほど心の底から勝手に出た言葉はないだろう。何なら賭けてもいい。

 

「ほら、行くわよ、おにーさん! おにーさんはきっと長身でカッコいいから執事服も似合うわ! あぁ、そうだ。私の専属執事さんになって貰いましょう! ええ、それがいいわ!」

 

「ちょっとまってくれ――」

 

「なーんにも心配要らないわ! だって世界は幸せに満ち溢れている(ハローハッピーワールド)んですから!」

 

そう言ってぐいぐいと引っ張る少女に引っ張れる俺。そして俺の右手には飲みかけのウイスキー。

 

こうしてある春の晴れた日、この世の全てを諦めた青年は、この世の全てに夢をみ、世界は素晴らしいと本気で思っている少女と出会うのであった。

 

しかし、運命は依然としてこの二人を一堂のうちに会したるのみにして、その他には何事をも語らぬ。

 

 

 

 

 

 

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