『んっん~、実に興味深いデータが採れたよ。一〇〇式君、上がってくれたまえ』
『は、はい』
通信モジュールを通じて聞こえた西博士の声で、一〇〇式は訓練を切り上げました。今日、一〇〇式はなんと軍の戦略研究所の施設を用いて訓練しています。内容は基本的な戦闘プログラムでしたが、相手は軍用戦術人形の実機だったり、軍用多脚式戦車だったりしました。
もちろん、普通に戦ったら絶対勝てないので千鳥ちゃんの力を使いました。というより、それが目的の訓練だったのでしょう。
ちなみに、超加速を使いましたが一〇〇式の身体は全然ぴんぴんしています。この訓練用に軍の装甲外骨格を貸して貰えたからです。強靭な装甲外骨格があれば、超加速の反動にも耐えることができるのです。
徹甲弾すら通さないほどの耐弾性に加え、手榴弾の爆発にさえびくともしない耐衝撃性を兼ね備える、騎士の鎧のような外観の外骨格は、物凄く軽く、関節部の装甲が細分化されているので全然動きを妨げず、むしろパワーアシスト機能やローラーダッシュやエアロモーターが搭載されていることから、着けている方が素早く動けるほどです。しかも、エアコン機能まであります。これ、譲って貰えないものなのでしょうか? 戦場が凄く快適かつ安全になるのですが…
一〇〇式は名残惜しく思いながら外骨格を脱いで返却し、西博士の待つ研究室に帰りました。
「お帰り、一〇〇式君。訓練、ご苦労だったね」
「博士。そのだらしなく伸びた鼻の下を隠すことを提言します」
一〇〇式を迎えてくれたのは、眼鏡をかけた痩せすぎずの男の人と、なんだか小学生ぐらいにしか見えない女の子でした。前者は西博士。後者は軍用戦術人形レーヴァティンモデルの一体です。
西博士は指揮官の軍時代の同期で、戦略研究所の兵器開発部の部長をやっているそうです。今回は彼の要請で、この施設にやってきました。多分、新型ナノマシンを用いた軍用人形の参考にしようということなのでしょう。
一〇〇式はあんまり気は進みませんでしたが、指揮官のお願いを聞くことにしました。
千鳥ちゃんはこの国の政府の人のせいで人生を狂わされてしまいました。跳ね者は処分された、と指揮官は言いますが、軍もまた一応この国の政府の内です。彼らに千鳥ちゃんのデータを渡すのは、彼女の遺志を汚すことになるのではないのか。そう考えていました。
「んっん~、それは仕方のないことだ。一〇〇式君は素晴らしく可愛らしいのだからね」
「あ、ありがとうございます」
嬉しそうに言う西博士に、一〇〇式は少しだけ笑ってお礼を言いました。なんだか指揮官みたいです。実際、彼は重度の人形愛好家で、特に一〇〇式とG41ちゃんのことが大好きみたいです。なんでも、私やG41ちゃんの出ているPVは全部集めているみたいですし、写真集は自分用、保存用、布教用×2とか買ってるみたいです。
「博士。彼女に失礼な真似をすると、少佐に怒られるので止めていただくよう進言します」
傍らに立つ護衛用と思しきレーヴァティンちゃんが、表情も変えずに淡々とした口調で言います。ただ、どこか呆れたように聞こえるのは一〇〇式の気のせいではないと思います。
この国の軍用戦術人形は情報を均一化することで個体差をほとんどなくしています。とはいえ、個性を完全に排除できるわけではなく、ある程度人間性は残されているらしいです。
ちなみに、少佐とは指揮官のことです。軍人時代、彼は指揮する人形達にそう呼ばれていたらしいです。
それにしても、と一〇〇式はまじまじとレーヴァティンちゃんをみます。
栗色の髪をボブカットにした彼女は、とても可愛らしい少女に見えますが、それでも普段は外骨格とレーヴァティンパックを搭載しているので身体が小さいことを除けば勇ましい外見をしています。
ところが、今この部屋にいるレーヴァティンちゃんはダッフルコートとマフラー、それに横に縦笛の付いた赤いランドセルを背負っています。挙句に、コートにはG41ちゃんのようなミミのついたフードや、TMPちゃんのような尻尾まで付いています。これは一体何を目的にした装備なのでしょうか?
「ふふん。これはだね、要人護衛用の簡易型レーヴァティンパックなのだよ」
一〇〇式の視線に気が付いた西博士が得意げに言います。なんでも、通常の装備ではあまりに物々しいので、街を歩いていても違和感がないような外見にしたとのことです。こんなでも先ほどの外骨格の60%程度の性能はあるらしく、いずれは、民間用の外部装備として売り出す予定らしいです。現在特許申請中だとか。
「ふふふふ、一〇〇式君用なら黒がいいかなぁ。ランドセルは赤が映えるかなぁ…」
西博士は一〇〇式を見ながら夢見心地で言います。なんだかよだれが垂れています。やばいです。本当に指揮官みたいです。まあ、セクハラされたりしているわけではないので害はないのですが…
「気味が悪いので帰ってきてください、博士」
レーヴァティンちゃんはランドセルから取り出した巨大なハリセンで、西博士の頭をひっぱたきます。すぱーん! いい音がしました。こうしたことにもレーヴァティンちゃんは慣れているみたいです。
「おお。そういえば、一〇〇式君。もう一つお願いしたいことがあるのだが、聞いてもらえないかな?」
現実に戻ってきた西博士は思い出したように言いました。なんでしょう? 一〇〇式にできることなら協力したいところですが。
「このレーヴァティンに料理を教えてくれないか?」
「…食料を必要としない我々にその知識は不要だと思うのですが?」
西博士の提案にレーヴァティンちゃんは疑問を呈します。この国の軍用戦術人形には生体パーツが用いられていないため、食料が必要なく、食べるための機能も搭載していないのです。なのに、どうして西博士はそんなことを一〇〇式に依頼したのでしょう。
「兵站任務というものも存在するのだ。それに天野の奴は料理ができる娘が好みらしいぞ」
「…仕方ありません。一〇〇式さん、ご教授願います」
西博士の言葉に、レーヴァティンちゃんはそう言って一〇〇式にお辞儀をして言います。一〇〇式は思わず微笑んでしまいました。彼女もまた指揮官のことが大好きなのです。
「はい。一〇〇式、要請を受諾します」
一〇〇式は快く西博士の要請を受諾しました。レーヴァティンちゃんに親近感が湧いたのです。立場こそ違えど、私達はあの指揮官を慕う戦術人形なのですから。
というわけで、一〇〇式はレーヴァティンちゃんと一緒に野外訓練場に行きました。野戦用の炊事装備を使って料理をするのです。炊事装備はかなり大きく、火力には問題なさそうです。高さも調整できるので、背の低いレーヴァティンちゃんでも使えます。食料も潤沢にあります。流石、軍の設備です。これなら理想の水団を作れそうです。
「じゃあ、レーヴァティンちゃんは玉ねぎをせん切りにして」
「はい」
一〇〇式とレーヴァティンちゃんは手分けして料理を進めていきます。ナイフの使い方なんかは問題なく、少しして見せればレーヴァティンちゃんはすぐに学習してくれます。流石、軍用戦術人形だけはあります。
まず人参とニンニクをみじん切りにして、玉ねぎをせん切りにします。そして、ベーコンを2cmの角切りにします。続いて、ボウルに小麦粉と少量の塩、そして水を加えてこねていきます。そして、耳たぶぐらいの固さの生地ができたら、直径3cmぐらいに千切って、楕円形に形を整えます。それらをたくさん作ったら下ごしらえは完成です。
そして、大型のコンロに集団給食用の超大型中華鍋にオリーブオイルを引いてまずニンニクを炒めます。続いて玉ねぎ、にんじんを炒めます。それらが十分に炒められたところで、大量のトマト水煮缶を鍋に投入して煮込んでいきます。そして、トマトが煮崩れたら水を加えて塩で味を調え、乾燥バジルを加えます。
その間に、レーヴァティンちゃんには隣のコンロで大きな鍋にお湯を沸かしてもらいます。そして、楕円形の水団を茹でていきます。それらが十分ゆだって、浮き上がって一分ほどしたら隣の大型のボウルに張っている冷水に取っていきます。
それをざるにとって水気を切ったのち、ベーコンと共に中華鍋に加えて加熱し、湧いてきたら、火を弱めて少しの間煮込みます。これで一〇〇式特製トマト水団の完成です。
ほんの少しだけ皿にとって味を見ます。トマトの酸味と甘さが水団に絡んで、とても美味しいです。これなら集団給食も可能ですし、作り方も簡単です。栄養価も高く、理想的な野戦食と言えると思います。
「なるほど。確かに理想的ですね。こんなものをすぐに考案できるなんて、一〇〇式さんは凄いですね」
レーヴァティンちゃんが感心して言います。とはいえ、これは普段から材料があればこういうものを作りたい、とイメージしているからできたことです。別に凄いことではないです。とはいえ、レーヴァティンちゃんに褒めて貰えたのは嬉しいですが。
「でも、私は自分で作った料理の味が分かりません…」
レーヴァティンちゃんが淡々と、でも寂しそうに言います。彼女は物を食べる機能がないので味が分からないのです。それは悲しいことだ、と思えました。
「レーヴァティンちゃん。通信回線を開いて」
「? はい」
一〇〇式の言葉に、レーヴァティンちゃんは不思議そうな様子で、でも言うことを聞いて通信回線を開いてくれます。
一〇〇式は小太刀を懐から取り出しました。千鳥ちゃん。力を貸して。
ナノマシンを制御し、半径1mに量子通信フィールドを形成。これで一〇〇式とレーヴァティンちゃんの感覚が共有されたはずです。
一〇〇式は水団を椀に取り、じっくりと味わって食べます。レーヴァティンちゃんから驚きの感情が伝わってきます。きっと、彼女は初めて味というものを経験したのでしょう。一〇〇式はなんだか嬉しいです。
「これが味…とても心地のいいものです…」
レーヴァティンちゃんは感慨深そうにそう言ってくれました。彼女に少しだけでもいいことを伝えられたのは嬉しいことだ、と思いました。
私達は確かに戦うために作られた機械人形です。でも、そんな私達にも心はあります。戦いの日々の中でささやかな喜びや楽しみを感じて、それを生き甲斐にする。そんなことが許されてもいいと思います。
「おっ! 本当に一〇〇式ちゃんとレヴァが料理しているぞ!」
「マジか! 軍民のアイドルのコラボかよ!?」
ふと、声が聞こえました。若い軍人さん達のようです。西博士が手配したのかもしれません。訓練で作るのだから、せっかくだし皆に振る舞う方がいいです。
レーヴァティンちゃんと一〇〇式は頷き合って、軍人さん達に配膳していきました。みんな美味しそうに食べてくれて、私達を可愛いって口々に褒めてくれました。そんなみんなが喜ぶ様子を、一〇〇式とレーヴァティンちゃんは温かな気持ちで見つめて、料理を勧めていったのでした。