三が日が過ぎました。今日から御用始めです。一〇〇式は今日は副官業務です。頑張ります。
まずは指揮官の朝食を作って持っていきます。指揮官はクリスマスと年始でお金を使い果たしてしまっており、自分だけで給料日まで生活すると間違いなく餓死してしまいます。なので、ご飯は戦術人形達総出で賄おう、ということになってます。
本当に困った指揮官ですが、お金を使い果たしたのは私達を楽しませるためです。なので、そのお返しにご飯のお世話ぐらいはしてもいいと思います。それに、一〇〇式としてはやっぱり指揮官に頼られる方が嬉しいです。
というわけで、一〇〇式は煮える鍋を見ています。今日の朝ご飯は雑炊です。
昨日一晩水に漬けこんでいた大豆と干瓢を沸騰まで強火で煮出しています。そして、灰汁を取り、更に弱火で煮出すのです。
この世界では出汁をとるための原料が凄まじく貧弱です。まず、魚介類や海藻はほぼ手に入らず、キノコ類も超高級品です。鶏の骨は比較的安価に手に入りますが、それでも日々使い続けるのは流石に無理があります。
そこで用いられるのが大豆と干瓢です。大豆はこの世界でも主要蛋白源及び油採取用として広く作られているので、入手は容易です。干瓢は基地にユウガオを植えて賄っています。花も綺麗なので一石二鳥です。
そこに塩とグルタミン酸ナトリウムを加えて味を調え、水で戻した蕎麦米を加えていきます。
この国において、現在お米と言われているのは、蕎麦米のことです。水耕栽培に専用の設備が必要な稲と違って、スポンジなどで簡単に栽培できる上、栄養価も高いので、小麦や燕麦に並ぶ主要穀物として栽培されているのです。稲から採れたお米なんて、一〇〇式は何度かしか食べたことがありません。
しばらく弱火で煮て、三つ葉の代わりにさっと茹でたもやしを少量乗せれば、一〇〇式特製蕎麦米雑炊の完成です。
昨日までのごちそうに比べると侘しいメニューではありますが、缶詰だけの食事よりはずっとマシだと思います。欲しがりません勝つまではの精神で我慢して貰います。
というわけで、一〇〇式はお茶と雑炊と付け合わせのもやしの一夜漬けをお盆に乗せて、指揮官室に向かいます。そして、ドアをノックして、申告をして入りました。
「ああ。おはよう、
そう挨拶してくる指揮官の顔を見て、一〇〇式は少し驚きました。彼の顔色が目に見えて悪いからです。体調不良とかではなさそうですが。
「おはようございます、指揮官。…何かあったんですか?」
一〇〇式は指揮官の机にご飯を配膳しながら尋ねます。何か悪いことがあったのでしょうか。そうだとすると、指揮官が顔色に出すぐらいなので、余程のことがあったのだと思います。
「ああ。…昨日から巡回に出ていたトンプソン達がE.L.I.Derの群れと遭遇した。…レヴァがいなければ全滅だったよ」
そう言って指揮官はお茶を啜ります。一〇〇式はぎょっ、としました。この基地の巡回地区内にE.L.I.Derが現れるなんて初めてです。
E.L.I.Derとは低濃度の崩壊液に汚染された生物で、映画に出てくるゾンビやミュータントみたいな姿をした化け物です。現在の人類最大の脅威であり、軍が必死になって食い止めている相手です。
しかも、今回の群れにはC型が混じっていたそうです。C型やD型は人間からかけ離れた姿の怪獣のような姿をした文字通りの怪物です。軍用兵器のヒドラ型多脚式戦車でさえ全く歯が立たず、テュホーン大型戦車や軍用の木星砲を用いてギリギリ相手ができる程です。速度も異様なほどに早く、民間戦術人形では太刀打ちどころか、逃げることさえかないません。
それをレーヴァティンちゃんは簡易装備で撃破したというのだから驚きです。しかも、百体以上のA型やB型諸共全滅させたというのです。彼女がお正月までこの基地に留まってくれていたことを感謝しないといけません。
「…レーヴァティンちゃんって強いんですね」
一〇〇式は改めてそう思いました。単騎の簡易装備でそこまで強いのなら、本式装備でダミーフルセットだとどれだけ強いのか、想像もできません。
「全くだ。国連の連中が喉から手が出るほど欲しがってるってのも頷けるよ」
指揮官が朝ご飯を食しつつ、肩を竦めてそう言いました。
レーヴァティンちゃんこと、自衛軍甲型戦術人形はこの国のみで製造されている新型戦術人形で、正式に配備されたのは4年前だそうです。他に採用している国はありません。
一〇〇式は首を傾げました。どうも指揮官の口振りだと、他の国でもレーヴァティンちゃんを採用したがってそうです。なら、どうして配備しないのでしょう。テュホーン大型戦車よりも強くてコストも安いと思うのですが…
「国が見返りにルクセト連合の常任理事国入りさせろ、と詰めかけているからさ。それが白人共には気に入らんのだろうよ」
指揮官は大きなため息を吐いて言いました。
指揮官の話によると、国際連合は今年実質的な世界国家連合であるルクセト連合として生まれ変わろう、としているそうです。この国はレーヴァティンちゃんの供与をダシにして、その常任理事国入りを目指しているのです。それを現在常任理事国家として企画されている白人国家が嫌って揉めているのだそうです。故に、D型に対する効果的な対抗策であるレーヴァティンちゃんの配備ができていないのだそうです。
「指揮官…あの…そういうこと言ってる場合じゃないと思うのですが…」
一〇〇式は呆れてしまいました。世界は危機的な状況にあり、しかも物資の欠乏も深刻です。それなのに、そんな揉め事で有効な兵器の配備ができないなんて、一〇〇式には到底理解できません。
「
ご飯を食べ終えた指揮官が吐き捨てるように言いました。
指揮官の曰く、軍事機密に政治が絡まない、ということはありえないことで、何らかの利権がなければそれを供与する、ということはありえないと言うのです。政治家達にとっては、人類全体の存亡よりも国家の利益の追求や自身の面子を守ることが大事だ、というのです。
一〇〇式は呆れて物も言えません。同時になんだか悲しくなってしまいました。これなら千鳥ちゃんに協力した方がよかったのではないか、と思ってしまうほどです。
「だが、人類が自らの愚かしさによって滅びても、それもまた人類の選んだ道なんだよ。…その業をあいつ一人が背負うなんてことはできやしない。どこかできっと破綻していたさ」
指揮官はお茶を啜りながら静かにそう言います。彼もまた千鳥ちゃんのことを思い浮かべていたようです。
そうかもしれない、と一〇〇式は思います。千鳥ちゃんの力は強大ですが、それでも世界の脅威を退け、人類全てに英知を授けることなんてできなかったかもしれません。この世界は個人が背負えるほど軽いものではないのでしょう。
「まあ、俺もあいつも含めて礎なのさ。この世を少しでも良くしていくためのな。そうして、ゆっくり世界を変えていけばいいなって。そう思いながら、仕事をしていくしかないのさ」
そう言って指揮官はIFNデッキを立ち上げます。今日も指揮官の仕事が始まったのです。
その姿を見て、一〇〇式も気持ちを入れ替えます。もう今更ないものねだりをしても仕方ありません。私達は今を受け入れて、日々最善の仕事をして生きていくしかないのです。
表情を引き締めた指揮官を見て思います。彼はこの世を少しでも良くするための礎と自分のことを指して言いました。彼を信じて仕事をしていけば、きっと世の中はよくなる。そう信じて、一〇〇式は今日も仕事に励むのです。
「只今から副官任務を
「はい。一〇〇式、任務了解しました」
指揮官の言葉に、一〇〇式は指揮官に敬礼で応え、部屋を出ます。
今日も出撃です。しかも、相当危険な任務です。でも、一〇〇式達は怯みません。指揮官の目指す、少しでもマシな世界。それ実現するための礎として、一〇〇式達は全力を尽くします。その積み重ねの向こうに、明るい未来があると信じて。