一〇〇式日記   作:カール・ロビンソン

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17:甘いということは悪いことではないと思います

 基地から少し離れたゴーストタウンを、一〇〇式隊を乗せた軽トラが走って行きます。運転席にはFive-sevenさんが、助手席にはこの一〇〇式が座っています。他の3人は補給物資と一緒に荷台です。一応幌は着けていますが、あまり乗り心地はよくはないでしょう。

 

 G41隊とM590隊は既にヘリでトンプソンさん達のところに急行しています。なのに、一〇〇式隊だけ軽トラで遅れていくのには理由があります。

 

 指揮官の話では、鉄血が今回現れたE.L.I.Derに関する情報を鉄血が持っているとのことで、それを受け取ってから現地に赴くように、とのことでした。

 鉄血の機械人形は悪環境に強く、放射能汚染等やごく低濃度の崩壊液汚染にも耐えることができる質実剛健な構造になっているため、人類が未調査の汚染地域でも活動しているのです。今回もそういうところで何かを見つけたのでしょう。

 なお、悪環境に対する適応性は、実に軍戦術人形の方が更に高いのですが、彼らには人類の保全という仕事があるため、成果があるかどうかも分からない調査活動に用いることはほとんどできないのだそうです。

 

 指定されたポイントに辿り着くと、そこにはいくらかの鉄血の機械人形とそれに守られるように立っている小柄な人影がありました。あの姿は間違いなくジャッジさんです。

 

 ジャッジさんの近くに軽トラを停めて、一〇〇式だけが車を降ります。他のみんなはいざという時にすぐ逃走できるように車から降りません。

 流石にみんな緊張の面持ちでした。特に感覚の鋭いFive-sevenさんはすっかり囲まれていることを感じ取っているようです。普通に考えれば死地です。

 でも、指揮官から話はついている、と言われています。なので、一〇〇式はあまり緊張せずに歩みを進めています。指揮官を信じているのです。

 

「一〇〇式か。久しいな」

 

「お久しぶりです、ジャッジさん。…今日は戦闘はなしでお願いします」

 

 ジャッジさんの言葉に、一〇〇式はおずおずと申し出ます。

 ジャッジさんとは数ヶ月前に交戦しました。あの時は千鳥ちゃんの力で両足を破壊して勝利しましたが、ああいうのはもう勘弁して欲しいです。一〇〇式だって、好んでボロボロにはなりたくないのです。

 

「さて、手短に用を済ませよう。ここにE.L.I.Derのコロニーがある」

 

 そう言って、ジャッジさんは小さな金属片を一〇〇式に投げて寄越しました。記録用のチップのようです。どうやらこれにE.L.I.Derのコロニーの情報が記録されているのでしょう。

 

「核の爆心地の一つらしい。クレーター中に無数のE.L.I.Derが蠢いていた」

 

「そんなところにどうして…」

 

「知らん。だが、どうも大戦後に住み着いていた連中もいたようだ。粗末だが比較的新しい住居が確認されているからな」

 

 ジャッジさんの言葉に、一〇〇式は首を傾げました。そんなところに人が住んでいたとはどういうことなのでしょう。核の爆心地なんて、概ね高濃度の放射能汚染地域のはずです。そんなところに人が住む、などありえないことだと思うのです。

 それにE.L.I.Derはあくまでも崩壊液による汚染で発生するものです。放射能汚染でも人は変異することは確認され、フェラル・グールと呼ばれる知能をなくした変異体も確認されているようです。でも、E.L.I.Derとは全く別物であり、今回現れたものとどういう関りがあるのか分かりません。

 

「それを調べるのはお前達と軍の仕事だろう。…さて、わたしは誠実さを持ってお前の指揮官の要求に応えた。次はお前の番だ」

 

 ジャッジさんの言葉に、一〇〇式は困惑しました。取引を行うことを指揮官からは聞いていないからです。当然、取引の材料なども持たされていません。

 

「はい。…でも、私の方から提供できるもの等は持ち合わせが…」

 

「心配するな。大勢に関してわたしは関与していない。ただ、ここまでの足労に対して、わたし個人が要求しているのみだ。さしたる事ではない」

 

 一〇〇式の言葉に、ジャッジさんは正直にそう話してくれます。それ自体はありがたいのですが、一〇〇式はやはり少し困惑しました。

 SOPMODちゃんやROさん達に聞いた印象では、ジャッジさんはかなり高慢で他者を見下す性格といった感じでした。ところが、今彼女はあくまで誠実に一〇〇式に接してくれています。これはどういうことなのでしょう。

 

「料理というものを作って欲しい。わたしもいい加減、生体パーツの維持に栄養剤を飲むだけでは飽き飽きなのでな」

 

 なるほど、と一〇〇式は少し笑ってしまいました。そういえば、デストロイヤーちゃんもクリスマスパーティのご馳走に目を輝かせていました。やはり、鉄血の機械人形も美味しいものが恋しいのかもしれません。

 丁度、飯盒やポケットストーブや燃料も持ってきています。持ってきた食料の中にも使えそうなものが多数あります。

 

「分かりました。少し待っててくださいね」

 

 一〇〇式は快諾して、軽トラの方に行きます。そして、荷台からいくつかの食料とフードプロセッサーと携帯電源を取り出しました。RFBちゃんやZasさん、それにTMPちゃんが心配そうに見ていますが大丈夫、と笑いかけると安心してくれました。

 

 持ってきた食材はトマト缶とパイン缶、それにコンビーフ缶と玉ねぎ、それにオートミールとカレー粉とスパイスが少々というところです。これでカレーリゾットを作っていきたいと思います。

 

「カレーというものか…」

 

 ジャッジさんが不興気に表情を歪めます。彼女はどうもカレーというものを知っているようです。もしかして、カレーが嫌いなのでしょうか?

 

「何やら甘そうだな…わたしの外見からそれを好むと判断したのか?」

 

 ジャッジさんの不興の理由が分かりました。彼女は外見が幼いことをかなり気にしているようで、そこを論われると激怒するのだそうです。そして、甘いカレーは子供の食べるものだ、と認識しているのでしょう。

 

「そう言う訳ではないですよ。甘いカレーは子供のための食べ物というわけではありませんし」

 

 一〇〇式はそう言って調理を開始します。このカレーはそもそもみんなのために作るものなので、必ずしも子供向けというものではありません。食べればきっと納得してもらえる。そんな自信がありました。

 

 ポケットストーブに固形燃料を二個置いて火を点けます。そして、飯盒に大豆油を垂らしてなじませ、乾燥ニンニクとショウガ、それにトウガラシを加えて、香りが立つまで炒めます。

 次にみじん切りにした玉ねぎとローリエを加えて、混ぜながら水分を飛ばすように炒めます。玉ねぎがあめ色になったら、飯盒の蓋に取っておきます。

 そして、飯盒を綺麗に拭いて、もう一度たっぷりの大豆油を入れて、そこにクミンシードを入れます。しばらくすると、油が煮えてくるとシードが踊るように動きます。

 その間に、パイン缶をシロップごとフードプロセッサーに入れてすり潰します。そして、コンビーフの缶詰を開け、それを解していきます。

 そして、シードが踊っている飯盒にコンビーフを入れて炒めます。そして、コンビーフに火が通ったら、すり潰したパイン缶とトマト缶を入れます。そして、トマトを潰すようにかき混ぜながらしばらく煮込みます。そして、十分に煮込んだらカレー粉とオートミールを投入し、カレー粉が馴染んでオートミールが煮えたら一〇〇式特製、甘口カレーリゾットの完成です。

 

 一〇〇式は早速シェラカップにカレーを取り分けて、スプーンを添えてジャッジさんに渡します。ジャッジさんはしばらくカレーと一〇〇式を見比べていましたが、ため息を一つ吐いてスプーンでカレーをすくって食べました。

 

「…ふむ、なるほど」

 

 ジャッジさんはカレーを咀嚼して、何度か頷いて言いました。

 

「上品甘さとスパイシーな刺激を両立している。確かにわたしを侮って作ったものではないみたいだな」

 

「よかった、気に入って貰えて」

 

 一生懸命食べるジャッジさんを見て、一〇〇式はニコニコです。カレーは大成功でした。

 パインを入れて甘くしたカレーもスパイスを加えることで、刺激を楽しむことができます。また、甘い味付けにも合うオートミールを用いることで、より甘さと刺激を両立しているのです。

 

「…わたしはお前には興味がある。復讐者(エリニョス)から力を受け継いだお前が何を成すのか、にな」

 

 食べながら言うジャッジさんの言葉に、一〇〇式は彼女の態度に得心が行きました。彼女は千鳥ちゃんのことを知っており、その力を高く評価していたのです。そして、それを受け継いだ一〇〇式にそれなりの敬意を払ってくれたのでしょう。

 

「だが、わたし達は本質的には敵同士だ。…馴れ合いは互いの利があるときのみだ」

 

 ジャッジさんは冷淡な口調でそう言います。前回の事件も今回のことも、互いに利益があるからこそ裏で手を組んでるだけに過ぎないのです。彼女らとグリフィンは、本質的には互いに争う敵同士なのです。

 

「はい。…でも、なるべくならあまり戦いたくはないです」

 

「…甘いな。まあ、そういう奴は嫌いじゃない」

 

 一〇〇式の言葉にふと笑って、ジャッジさんはそう言い、再びカレーを食し始めました。

 確かに一〇〇式は甘いのかもしれません。でも、彼女達にも心はあるのです。目的の相違から銃火を交えることは今後もあるでしょうが、それでも互いに破滅するような戦いはしたくないものです。そういう考えのグリフィンドールが一人ぐらいいても許される、と思います。

 

「まあ、せいぜい生き延びて、わたしを楽しませてくれ。…おかわり」

 

「はい!」

 

 一〇〇式は笑って、ジャッジさんからシェラカップを受け取って、カレーを注ぎます。厳格な彼女に、一〇〇式の甘さは少しは気に入って貰えた。そんな気がしました。


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