今日は指揮官室で副官業務です。頑張って淹れたほうじ茶を出した後、いつものようにソファーに座って待機します。
指揮官はIFN(=インター・フェイス・ネットワーク)上で仕事をします。一〇〇式達戦術人形はほとんどなにも手伝えません。せいぜい、電話番と書類の受け取りぐらいです。一応、戦術人形用のマトリックスを構築してもらえば私達もお手伝いできるのですが、正直指揮官に比べるとあまりにも効率が悪いので、普段そういうことは指揮官から止められています。
なので、今日は編み物をします。最近FALさんが寒いって言っているので、毛糸のセーターを作ってあげるのです。もう完成間近です。FALさんは喜んでくれるでしょうか。喜んで貰えたら嬉しいです。
ふと、指揮官と目が合います。指揮官の意識はほとんどIFNに向かっていて、目はこの世界のものでないかのように遠いです。でも、指揮官は微笑んでくれました。一〇〇式も微笑みます。指揮官、仕事頑張ってください。
しばらくして、指揮官がガクッと項垂れました。肩を落として、手もだらんとしています。
一〇〇式は編み物を放り出して、慌てて指揮官に駆け寄ります。指揮官に何かあったのでしょうか!?
「指揮官! しっかりしてください!」
一〇〇式は指揮官の肩を揺すります。電子世界には恐ろしい防衛プログラムが仕掛けられていることもあり、それに引っかかると脳を焼き切られて死ぬこともあるそうです。もし、指揮官がいなくなってしまったら… そんな想像をして、一〇〇式は泣きそうになってしまいました。
その瞬間、不意にお尻に妙な感触を覚えました。
「ひゃあ!」
一〇〇式は素っ頓狂な声をあげてしまいました。指揮官が一〇〇式のお尻を撫でたのです!
「…ああ、
そう言って、指揮官が顔を上げました。その目は現実の世界のもので、なんだか嬉しそうです。
「…指揮官、ここにいるのは大切な任務のためでしょう? だから…いい加減にしてください」
一〇〇式はお尻を両手で押さえながら、指揮官をジト目で見て言います。指揮官は一〇〇式のお尻を撫でるのが大好きです。指揮官のセクハラにはいつも悩まされています。
「すまんな。緊急離脱して意識がはっきりしなかった。
指揮官はしれっとそう言います。話によると、IFN上で追跡にあった場合緊急離脱で振り切ることがあるらしいですが、失敗するとIFN上に意識が取り残されて帰って来られなくなるそうです。そして、指揮官はこの世界との繋がりを確かめるために、一〇〇式達にセクハラをすることがあるのだ、とFALさんも言ってました。
「…うぬぅ」
なので、一〇〇式は顔を赤く染めて、そう呻いてみました。なんだかんだで指揮官が無事で、どんな形であるにせよ指揮官の役に立てているのは嬉しいからです。
「…一度ゴーストになって、IFNを漂ってみたらいいんじゃない?」
入り口を見ると、赤毛をポニーテールにまとめた戦術人形こと、FALさんが立っていました。肩を見ると、乗っているイタチ型のTペットが指揮官に中指を立てて猛抗議しています。セクハラを働いた指揮官に怒っているのです。
「なんだ? やきもちか、FAL?」
「寝言は死んでから言ってちょうだい」
そして、指揮官とFALさんは定番のやり取りを交わします。FALさん、死んだら寝言とか言えないと思うんですが…
「もう、そんなことしてる暇があるなら、もっとマシな食料を調達してよ?」
そう言って、FALさんが指揮官に手にしていた缶詰を投げてよこします。見てみると、それは鶏頭の水煮でした。動物の餌の定番です。
そう言えば、今日の朝指揮官の調達した食料が届いたって聞きました。それはもしかして…
「…おい、FAL。もしかして…」
「ええ。中身全部これ。確認済み」
「…野郎。ふざけやがって…」
FALさんの言葉に指揮官が低い声で言います。間違いありません、猛烈に怒っています。一〇〇式は天井を仰ぎました。なんてことをしたんでしょうか…
「指揮官、どうするの?」
「一応、言い訳は聞いてやる。なめたことぬかしやがったら強制接収だ。FAL、臨時部隊を編成しておけ。人選はお前に一任する」
「了解」
指揮官とFALさんが邪悪な笑みを浮かべて言います。恐ろしいことになりそうです。もはや、完全にやくざです。
「
そう言って、指揮官は再びIFNデッキを立ち上げました。こういう時、指揮官はFALさん以外の戦術人形を側に寄せようとしません。一〇〇式は人死にが出ないことを祈りながら、部屋から出ようとしました。
そこで、ふと疑問が湧きました。一〇〇式は退出する前にそれを尋ねます。
「指揮官…貰ってきた缶詰はどうするんですか?」
「破棄するか、動物保護団体に寄贈するか、というところだな。うちで保護した動物に食わせるにしても量が多すぎる」
一〇〇式の問いに指揮官は答えます。この基地では人類の領域の外で保護した動物を一時的に預かったり、時々ペットとして飼うこともあるのですが、それにしても一トン近い缶詰では量がありすぎます。指揮官の言うことはもっともです。
でも、一〇〇式は思いました。鶏頭の缶詰をおいしく料理すれば、指揮官の怒りが収まって接収とかは思いとどまって貰えるかもしれない、と。
もちろん、指揮官をペテンにかけるような真似をした人は許せません。相応の罰は与えられるべきです。しかし、このままだと恐ろしいことが起きてしまう可能性が高いです。
なので、一〇〇式は拳を握り締めて指揮官に申し出ました。
「指揮官、あの缶詰をください」
「うん? そりゃまあ構わないが…」
「ありがとうございます。指揮官!」
というわけで、退出した一〇〇式は段ボール丸々一つ分の缶詰を抱えてキッチンに向かいました。何とかこれを、集団給食が可能な美味しい料理にしないといけません。
まず、一〇〇式は一缶開けて、中身を確認しました。煮汁と共に羽毛のない鶏の頭が転がり出ます。
それをお箸でつついたりしながら、一〇〇式は考えました。
物自体は良いようです。問題なのは少々生臭い点と見た目がグロい点、そして何よりも可食部位が少ないところです。
まず、見た目のグロさは我慢して貰いましょう。欲しがりません勝つまでは、の精神です。生臭い点も誤魔化しは効かせられると思います。
最大の難点の可食部位の少なさですが、これも解決する方法を思いつきました。要は占める面積の多い骨ごと食べられればいいだけの話です。
というわけで調理開始です。
一〇〇式が用意したのは圧力鍋です。その中に鶏頭を並べていきます。
そして、ハーブ(ローズマリーとローリエ)と水入れて、徹底的に蒸し上げます。こうすることで骨がグズグズに柔らかくなり食べられるようになります。そして、ハーブ蒸にすることで生臭さが解消されます。
3時間程蒸して、鍋から鶏頭を取り出して箸を通しました。脳天からサクッと通りました。
後は、ハーブ醤油、にんにく、玉ねぎ、ザラメ、調味料酒等を煮詰めて作った甘辛タレを絡めて完成です。
一〇〇式は早速指揮官室に出来上がった料理を持っていきました。
指揮官室には指揮官の他に、トンプソンさんとM16さんが臨時編成隊の面子だそうです。相手を恐喝する手順を詰めているのだそうです。他の人たちは、トラックの準備をしているみたいです。
「よう、お嬢。美味そうなものを持っているじゃないか」
「景気づけか? 気が利くな、
トンプソンさんとM16さんが一〇〇式の持っているお皿を覗き込んで言います。二人とも美味しいものが好きで、特にお酒に合う料理に目がありません。この料理が気に入れば、恐喝は思い止まってくれるかもしれません。
「おお、
指揮官が感心してくれました。よかったです。
「指揮官、どうぞ」
「ああ、いただくよ」
一〇〇式が渡したお箸で、指揮官は一つ摘まんで食べました。そして、咀嚼して飲み込んで言いました。
「うーん、美味い。骨があるとか感じられないし、まろやかな風味があるな」
指揮官が喜んでくれました。よかった、美味く料理できて。
続いて、トンプソンさんとM16さんにもお箸を渡しました。二人とも見た目を気にせずに食べてくれました。
「うお、美味い! 流石、お嬢だぜ!」
「ああ。こいつで一杯やりたい気分だ」
トンプソンさんもM16さんも喜んでくれました。よかったです。
3人は次々に食べてくれて、鶏頭はすぐになくなってしまいました。よかったです。これで指揮官の怒りが静まって、接収や恐喝はやめてくれるかもしれません。
「よし! お嬢の料理で活が入ったぜ!」
「いくぞ、指揮官! 目指すは倉庫一つだ!」
「おお! 気合入れていくぞ!」
「「おおー!」」
あう。なんだか妙な方向にスイッチが入ってしまいました。あの…そういうことではないんですが…
「あの…指揮官…」
「ありがとうな、
「お嬢、アガリを楽しみにしてろよ?」
「明日は宴会だ! 朝まで寝かせないぜ?」
こうして、意気揚々と三人は出かけてしまいました。あううう。せっかく用意したのに、全然逆効果じゃん…
翌日、指揮官達はほくほく顔で戻ってきました。トラックには食料がぎっしりです。それを見て、みんな大喜びでした。みんなが喜んでいるのを見るのは嬉しいです。嬉しいのですが…
部屋に帰ってテレビをつけるとニュースがやっていました。その内容はある有名な食料品メーカーの所有する倉庫群が何者かによって奪取されたとありました。
…指揮官、彼らだって生きているんです。だから、ほどほどにしてあげてください。