一〇〇式日記   作:カール・ロビンソン

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20:人の戦い

 現時刻は2130i。一〇〇式は今台所にいます。

 本来ならもうすぐ消灯なので、歯磨きをして寝るところです。でも、一〇〇式はボウルに入れた水及び小麦粉と格闘中です。お汁粉を作っているところなのです。

 

 食べて貰いたい相手はカリーナさんです。今日、カリーナさんは徹夜でお仕事をするらしいので、お夜食に作ってあげているのです。

 カリーナさんは若いですが、この基地の後方幕僚で補給や管理のお仕事をしてくれています。一人で基地全体の用務をこなさないといけないのでかなり大変らしいですが、それでも慢性的な人員不足のグリフィンでは、他の基地も似たり寄ったりな状況であるらしく、指揮官がある程度手伝ってくれる分マシな方だ、と言います。

 今回の業務は普段の作戦報告資料とは違う、会議用の資料を纏めているのだそうです。本来ならとっくにできていないといけなかったものらしいですが、指揮官が出撃する事態になったため、普段より忙しかったカリーナさんはそれに手を付けることができなかったのだといいます。

 

 一〇〇式はそれらのことをお手伝いすることができません。なので、せめてお夜食ぐらいは用意して、カリーナさんの心を少しでも温かくしてあげたいです。なので、一〇〇式はまだ寝ないで一生懸命お料理しています。

 

 少量の甘味料を混ぜた水を少しずつ入れながらせっせと混ぜていると、次第にボウルの中の小麦粉から粉っぽさがなくなって纏まってきました。頃合いです。

 一〇〇式はコンロで沸かしていたお湯にスプーンで掬って入れて行きます。後は、それを茹でて浮いてきたら火を止めてザルに挙げて行きます。これでお餅は完成です。

 

 後はお汁粉の方です。

 まず冷蔵庫から取り出した常備してある大豆の水煮を取り出します。

 それをフードプロセッサーに入れて攪拌します。壁に付いた分も一緒にしながら、30秒ほどかけて滑らかにします。

 そして、フライパンにそれを移し、豆乳と甘味料を10gと塩を一つまみを加えて、弱めの中火にかけます。そして、じっくりと混ぜながら水分を飛ばしていきます。

 約五分後、煮詰まってきて軽くとろみが出てきました。そこで火を弱火にします。ここからは焦げ付きやすいので絶えずかき混ぜます。

 それから更に五分後、フライパンの中身は動かしたらへらの跡が残る程に水分がなくなってきました。

 そこに豆乳を加えて、全体をのばします。そして、あらかた均一になったら、マーガリンを加えてなじませます。

 そして、最後にそれを器によそって、小麦粉餅を入れて、上にきな粉を散らしたら一〇〇式特製ホワイトお汁粉の完成です。

 

 一〇〇式はそれと渋めのお茶をお盆に乗せて、データルームに行きました。中に入ると、カリーナさんが必死の形相で資料を纏めています。後ろから見たところ、まだスライド5枚程度しかできていないようです。そういえば、一昨日指揮官がこの前の事件についても報告書に加えるように、って言って分厚い資料を渡していました。あの時のカリーナさんの絶望的な顔は忘れられません。きっと、まだまだ完成までは遠いのだと思います。

 

「カリーナさん…少し休憩しませんか?」

 

 一〇〇式はカリーナさんに声をかけます。お汁粉の匂いを感じたカリーナさんは疲れた顔を綻ばせながら手を休めます。

 

「ありがとう~、一〇〇式(モモ)ちゃん」

 

 そう言うカリーナさんの前にあるキーボードを脇にどけて、お盆ごとお汁粉を置いてあげます。カリーナさんは両手を合わせ、いただきますをしてからお箸を手に取って、お汁粉を食し始めました。

 

「嗚呼…凄い優しい味…しみるぅ~…」

 

 カリーナさんは一口食べてしみじみとそう言いました。喜んで貰えてよかったです。

 大豆でできたお汁粉はとてもまろやかな風味で、本家のお汁粉よりも甘みが柔らかくて優しい味わいになります。決して代用品ではない味わいなのです。…欲を言えば、甘味料をザラメに変えて、マーガリンをバターに出来れば良かったのですが…

 

「美味しかったぁ。これで今夜も頑張れるわ」

 

 お汁粉を完食して、お茶を飲み終えたカリーナさんがキーボードを手元に戻して、再び端末及び膨大な資料と向かい合います。お盆を回収した一〇〇式はそのとんでもない量の資料に唖然とします。これ、本当に今晩で終わるのでしょうか…?

 

「あの~、カリーナさん…FALさんとか呼んできてお手伝いしましょうか…?」

 

 流石に可哀想になった一〇〇式はそう申し出ます。FALさんならきっと資料の作成をお手伝いできると思いますし、きっと一〇〇式がお願いすれば聞いてくれると思います。もちろん、一〇〇式もできることは何でもやろうと思います。

 

「ううん…申し出はありがたいんだけど…それやると、指揮官様に怒られるから…」

 

 カリーナさんは苦笑しながら一〇〇式の申し出を断ります。確かにそれをやると指揮官は怒ると思います。

 指揮官はいい加減そうに見えますが、職務の領分についてはきっちりしている人です。例えば、戦場の事は戦術人形である私達の領分です。なので、全体的な作戦は提示しますが、戦場の事について細々と指示したりはしません。

 まして、自分で戦場に出るようなことはしません。彼自身、甲型軍用戦術人形に準ずるぐらい強いのに、です。

 なぜなら、それをやると私達戦術人形の存在意義を奪ってしまうことになるから、と言います。

 確かに、基地全体の指揮統率、及び物資の調達等様々な業務をしてくれている指揮官が、戦場にまで出てきて敵を薙ぎ倒したりすると、自分達戦術人形は何のためにここにいるのか分からなくなります。なので、その考え自体はありがたい、と思っています。

 でも、それ故にカリーナさんを手伝うことも良しとしないでしょう。指揮官は戦闘や後方任務以外の業務に戦術人形が関わることを嫌うからです。FALさんは例外扱いされているような気もしますが、それでも非常事態でもないのに領分以外の仕事に関わるといい顔はしないでしょう。

 

 でも、このままではカリーナさんが可哀想ですし、仕事も終わりそうにありません。一〇〇式は指揮官に手伝う許可を貰いに行こうと思います。きっと、誠心誠意お願いすれば指揮官も頷いてくれる、と思います。

 

『カリーナ。そろそろ日付が変わるが、会議の資料はどうした?』

 

 そんなことを考えていると、通信モジュールを通じてデータルームに指揮官の声が響きました。

 

「し、指揮官様!? …ええと、明日の朝までには必ず…」

 

『…おい、会議は明日なんだぞ? 俺が見てない資料をそのまま持っていけ、って言うのか?』

 

 カリーナさんの言葉に、指揮官は呆れたように言います。

 確かに指揮官の言葉は正しいです。こういう資料は事前に指揮官に見せて、十分な校正をして初めて完成と言えます。明日の資料を今からまとめる、というのでは遅すぎます。

 でも、と思います。カリーナさんだって不測の事態があって大変だったのです。少しは大目に見てあげて欲しい、と思います。

 

「あの、指揮官。カリーナさんが可哀想ですから、叱責はそれぐらいで…」

 

一〇〇式(モモ)、そういう話じゃないんだ』

 

 カリーナさんを弁護する一〇〇式に、指揮官は優しく、でも断固とした声で言います。

 

『俺やカリーナ、それに整備班の連中も仕事には命を懸けて取り組むぐらいじゃないと駄目なんだ。だから、仕事には厳しい姿勢で臨むんだ。君達が戦場で命を懸けているのに応えるためにな』

 

 そう言う指揮官の声は決意に満ちていました。確かに指揮官はだらけていることもありますが、仕事は完璧にこなし、それ以外にも独自のルートで物資を調達したり、情報収集して様々な事件を解決したり、とその仕事ぶりは称賛に値する、と思います。

 みんな指揮官には色々言いながらも、それでも彼を尊敬し信頼して戦えるのは指揮官が一生懸命頑張ってくれていることを知っているからです。みんなが安心して戦えるように全力でバックアップしてくれることを信じているからです。だから、指揮官の言葉は正しい、と思います。

 

「でも…誰もがみんな指揮官みたいにできるわけじゃないんです…」

 

 一〇〇式は俯きながらそう言います。

 指揮官の言うことは正しいです。でも、誰もが指揮官みたいに何が起きても仕事を完璧にできるような人ばかりではありません。カリーナさんだって普通の女の子なんです。仕事が遅れて困っているなら、誰かが助けてあげるべきだ、と思います。

 

『その辺りは分かっているよ、一〇〇式(モモ)。…カリーナ、今から送るファイルを確認するんだ』

 

「…? は、はい」

 

 カリーナさんの端末にメールが届きました。送り主は指揮官です。本文には、次からは頑張れ、とだけ書かれていて、何やらファイルが添付されています。

 それを開いてみて、カリーナさんは驚きました。一〇〇式もびっくりです。

 それは明日の会議の資料でした。カリーナさんの反応を見るに、あの膨大な資料の内容が纏められたものなのでしょう。なんと、指揮官は業務をしながら、カリーナさんの仕事を一部肩代わりしてあげていたのでした。

 

「指揮官様…!」

 

『お前の作った部分を反映して、その後読み合わせと校正を行う。日をまたぐ前には終わらせるぞ』

 

「あ、ありがとうございます、指揮官様!!」

 

『気にするな。お前だって女の子だ。非常事態でもないのに徹夜はさせられん』

 

 指揮官の言葉に一〇〇式は微笑みました。普段指揮官はカリーナさんのことを割とぞんざいに扱っていますが、こういう時はちゃんとフォローしてくれるのです。

 

一〇〇式(モモ)、済まんが俺にも茶を淹れてくれ』

 

「はい、分かりました」

 

 指揮官の言葉に一〇〇式は笑顔で頷いて、希望に表情を輝かせるカリーナさんに一礼をして部屋を出ます。

 そういえば、指揮官は戦術人形として決して優秀ではない一〇〇式を大事にしてくれて、激励と叱咤を繰り返しながら第一部隊の隊長を任せてくれています。指揮官はみんなをしっかり見て、陰に日向に助けてくれるのです。こんなありがたいことはありません。

 頑張って美味しいお茶を淹れて、指揮官に喜んで貰おう。一〇〇式はそんな気持ちを胸に、弾むような足取りで再び台所に向かいました。


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