一〇〇式日記   作:カール・ロビンソン

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24:指揮官と歩む未来

 ある日のことです。ヘリアンさんが基地を尋ねてきました。なんでも、以前の仕事の後始末の相談だそうです。

 以前、謎の敵勢力と戦いましたが、その黒幕の一端である企業が残した施設をどうしようか、というものらしいです。指揮官は書類一式を既に準備していて、ほとんど指揮官が話して、ヘリアンさんはただ聞くだけ、みたいな状況です。…実際にはグリフィンには無断で事を進めているみたいでしたが…

 

 そんなヘリアンさんと指揮官に一〇〇式はお茶を出します。中庭で育てたカモミールのお茶は一〇〇式のお気に入りです。いい香りで、気分を落ち着けてくれます。

 

「ああ…一〇〇式のお茶は美味しいな。極東支部で出される茶よりも香り高い…」

 

「そりゃ一〇〇式(モモ)が丹精込めて育てた天然物のハーブですから。わざとらしいフレーバーの、人工物のお茶なんて比べ物にならないですよ」

 

 ヘリアンさんと指揮官が一〇〇式のお茶を褒めてくれます。指揮官が言いながら資料をたたんでいるので、早くもお話は終わったみたいです。流石指揮官、仕事が物凄く速いです。

 

「ところでヘリアンさん。また、プリンスホテルで合コンやったみたいですが、成果のほどはどうでした?」

 

「ぶっ!?」

 

 指揮官がニコニコとしながら言ったセリフに、ヘリアンさんは思わずお茶を吹き出しました。…指揮官、それ人がお茶を飲んでいるときに言う台詞ではないです。まあ、指揮官はワザと意地悪して言ったのでしょうが。

 

「な、な、な、な、なぜお前がそれを…!? …い、いや、何の話だ?」

 

「おや? この間プリンスホテルのノードを見てた時にヘリアンさんらしき人が写ってたんですが、人違いでしたか?」

 

 席から立ちかけたヘリアンさんが動揺を抑え込んで、必死にとぼけようとして言った言葉に、指揮官は肩を竦めながらとぼけた口調で言います。この人、鬼です。

 

「…ヘリアンさん、いい加減俺ぐらいで妥協しませんか? 安くしときますよ?」

 

 指揮官がごく気軽に言います。口説いてるつもりなんでしょうか? いくらなんでもそれは、と一〇〇式は思います。ロマンチズムの欠片もありません。まあ、指揮官は本気じゃないんでしょうけど。

 

「いや…勘弁してくれ……」

 

「つれませんねぇ」

 

 実に嫌そうに即答したヘリアンさんに、軽く肩を竦める指揮官。まあ、この二人が会った時の定番の会話です。

 でも、なんでしょう。一〇〇式は少しカチンと来ました。なんだか指揮官がディスられている気がするからです。

 

 指揮官は確かに人にセクハラを働きますし、お金の管理も日々の生活もだらしないですし、意地悪なことばかりしますし、悪いことばっかりしてますし、無茶苦茶口は悪いですし…………なんだか欠点だらけな人のように思えてきました…

 でも、指揮官は素敵な人です。いつもみんなのことを考えて、一生懸命仕事をしてくれます。それに物凄く有能で、大概の案件ならあっさりと片付けてくれます。包容力もあって、悩んでいる娘にも親身に相談に乗って、悩みを聞いてあげて、優しく解決に導いてくれます。この基地の人形全員が指揮官のことが大好きです。

 

 それなのに、なんだか嫌そうに勘弁してくれ、はないと思います。指揮官に失礼です。ぷんぷん。

 大体、指揮官はそもそもはこの国の軍の佐官クラスの軍人です。しかも、30代前半でその地位に到達した、生え抜きのエリートです。そして、グリフィンやこの国の危機を何度も救い、世界をも滅ぼしかねない最強の機械人形の千鳥ちゃんさえ止めたのです。この事実を公表すれば、英雄と呼ばれて仰ぎ見られても何の不思議もない存在なのです。グリフィンの重役であるヘリアンさんと比べても、格が落ちるとは考えられません。

 

「落ち着け、一〇〇式(モモ)。妙なことで怒るんじゃない」

 

 ふと、こちらを見ていた指揮官が苦笑しながら言います。表情に出ていたのでしょうか。指揮官はあっさり一〇〇式の心を読んで言いました。ちょっと恥ずかしいです。思わず顔を赤らめて俯いてしまいました。

 

「実に可愛いな、一〇〇式(モモ)は」

 

 指揮官はそんな一〇〇式を褒めて言います。可愛い、と言って貰えるのは嬉しいですが、なんだかちょっと恥ずかしいです。

 

「…そういえば、一〇〇式はグリフィンドール総選挙1位だったな?」

 

「あ、はい。そうみたいです…」

 

 ヘリアンさんの言葉に、一〇〇式はあいまいに頷きます。そういう話は聞くのですが、あんまり実感がないからです。一〇〇式は地味な人形ですし、性能もよろしくありません。CMとかに出ても、ほとんどほのぼのしたのばかりで、かっこいいのとは縁がないです。人気がある、と言われても、正直よく分からないです。

 

「…どうすれば、そんなに人気が出るんだ?」

 

「さぁ…?」

 

 ヘリアンさんが妙に真剣な目で一〇〇式に尋ねてきますが、一〇〇式としては気の抜けた返事しかできません。一〇〇式だって、理由なんか分からないですし、そもそも本当に人気があるのかどうかも知らないからです。

 

「多分、家庭的な所じゃないですか? ヘリアンさん、いかにもビジネスウーマンって感じで固いですから、男が敬遠しちゃうんじゃないでしょうか?」

 

 指揮官の言葉に、一〇〇式はなるほど、と思います。

 指揮官の曰く、男性は概ね家庭的な娘が好きだ、と言います。なんでも、そういう娘の方が側にいて安心するかららしいです。それに、料理とか作ってくれるととても嬉しいらしいです。それなら、一〇〇式はとても得意です。家事や料理は大好きだからです。

 一方で、ヘリアンさんはあんまり家庭的な印象がありません。それで男の人が警戒して、敬遠してしまうのかもしれません。

 

「どうです? 一〇〇式(モモ)に料理とか習っては?」

 

「そうか! 男心を掴むには、まず胃袋からと聞いたこともある!」

 

 指揮官のなんだかテキトーな言葉に、ヘリアンさんはすっかりその気になってしまいます。まあ、確かに料理とかできる方がいいとは思いますが…

 

「一〇〇式、すまないが私にも、何か料理を教えてくれ」

 

「…あの、指揮官?」

 

「せっかくのヘリアンさんからの要請だ。教えて差し上げるんだ」

 

 ヘリアンさんの言葉に戸惑う一〇〇式に、指揮官は気軽に言います。もちろん、指揮官の命令であれば一〇〇式は従います。

 男性が好きそうで安心できる料理。一〇〇式は頭をひねります。

 男性が好き、というと肉料理ですが、この世界では肉はあまり手に入りません。鶏肉は比較的安いですが、それでも毎日の食卓に乗せられるほどの価格ではないです。そうでなくても、結婚生活はお金がかかるのです。倹約できる女性の方が結婚しやすいでしょう。欲しがりません勝つまでは、の精神です。

 というわけで、男性が安心できる優しい料理の方面で考えてみます。一〇〇式は指揮官の顔を見て思い出します。指揮官が特に喜んだ料理とは何だったでしょう?

 ふと、そこで一〇〇式は思いつきました。これならいけるかもしれません。一度閃いてしまえば、料理の完成図がすぐに頭に広がります。うん、できました!

 

 台所に行った一〇〇式とヘリアンさんはエプロンを付けて、料理をする態勢です。グリフィンの制服の上にエプロンを付けているヘリアンさんの姿がミスマッチでちょっと面白かったです。

 

「では、お酒の後に丁度いいメニューを教えますね?」

 

「なるほど。確かに男は酒を飲む機会が多いからな」

 

 一〇〇式の言葉に、ヘリアンさんは頷きます。

 この国の上級市民の男性は、付き合いでお酒を飲む機会が多いのです。酒で弱った身体に沁みるような優しい料理を出してあげると、男性は喜ぶでしょう。

 

 というわけで、冷蔵庫から材料を取り出して、早速料理開始です。

 まずは出汁を取る必要があります。これから作る料理は濃厚な出汁がないと美味しくありません。しかし、この世界では出汁を取るための材料が貧弱です。海が壊滅状態なので、昆布も鰹節も使えません。

 そこで使うのがこれです。冷凍されたブロッコリーを茹でていきます。

 

「ブロッコリーで出汁なんてとれるものなのか?」

 

「はい」

 

 ヘリアンさんが仰天して言うのに、一〇〇式は微笑んで言います。

 意外なことですが、ブロッコリーにはグルタミン酸ナトリウムがたっぷり含まれていて、それを茹でることで旨味のある出汁を摂ることができるのです。そして、ブロッコリーは栽培が比較的容易で栄養価も高いため、野菜工場で積極的に栽培されています。上級市民の人なら簡単に手に入りますし、冷凍保存もできるので常にストックできます。出し殻のブロッコリーは温野菜として付け合わせにもできます。

 

 ブロッコリーを茹でている間に他の材料も用意します。まず豆腐を1cm程度の賽の目型に、ニンジンを更に細かい角切りにしていきます。そして、鱒の切り身をスライスして刺身にします。

 

 ブロッコリーをある程度に出したところで、味見をします。うん。いい出汁が取れています。後は、ブロッコリーを取り出して、ザルに上げて水分を切ります。後で小皿にとって、マヨネーズをかければ美味しい副菜になるでしょう。

 

 そして、濃い口醤油と塩と酒で味を調えていきます。濃い口醤油は旨味成分が強いので味の補強になります。

 更にそこに切った具材を投入します。そして、それらが煮えてきたら、そこにオートミールを投入します。本当はお米がいいのですが、あれは今のご時世肉よりも貴重な代物なので、上級市民の人でもそう簡単に手に入れられません。オートミールはその代用ですが、お粥にするのならそこまで違和感なく食べられます。

 そして、その間にお皿の底に軽く塩を振った鱒の刺身を敷いていきます。そして、そこに煮えた粥を注げば、一〇〇式特製、うずめ粥の完成です!

 

「なるほど。確かに酒を飲んだ後は、消化に良い炭水化物が欲しくなるものだな…」

 

「はい」

 

 感心して言うヘリアンさんに、一〇〇式は微笑みながら言います。指揮官にこの料理を作ってあげた時のことを思い出したのです。

 あの日、指揮官はグリフィンの幹部の宴会に出て、物凄くお酒を飲んで帰ってきました。FALさんに担がれた指揮官が〆に何か食べたい、というのでこれを作ってあげたのです。指揮官はとっても喜んでくれて、もう俺絶対一〇〇式(モモ)と誓約するって言ってくれたのです。とても嬉しかったので、今でもよくそのことを覚えています。

 

 そして、指揮官も交えて早速試食です。一〇〇式が口にすると、濃厚でかつ優しいお粥の味が沁みました。うん。上手にできたと思います。

 

「これは美味しい…優しくて濃厚で…こんなものは料亭でもレストランでも食べたことがないな…」

 

「これが家庭の味って奴ですよ、ヘリアンさん。この優しさは外食では出せない味です」

 

 ヘリアンさんが目を丸くして言うのに、指揮官はとても誇らしそうに言います。一〇〇式の料理を誇ってくれているのでしょう。とても嬉しいです。

 出汁の利いたお粥はそれだけでもお酒の〆に十分ですが、そこに豆腐とニンジン、更に底に敷かれた半煮えの鱒の刺身が合わさって、濃厚で食べ応えがある割に優しい味に仕上がったと思います。お酒の〆のほか、夜食や風邪をひいたときなどにも丁度いい食べ物だと思います。

 

 その後、ヘリアンさんは一〇〇式にお礼を言って、基地を後にしました。これで勝てる。そんなことをぼそっと呟いて。

 

「ヘリアンさん…うまくいくでしょうか…?」

 

「さあな。答えは神のみぞ知る、というところだろう」

 

 指揮官室に戻った一〇〇式が指揮官に尋ねると、彼は書類を流し読みしながら軽くそう答えました。確かにそれはそうなのですが…指揮官の反応は完全に他人事です。やはり、ヘリアンさんに対する態度は本心ではないのでしょう。

 

「…指揮官は…いつか誰かと結婚するんですか?」

 

 一〇〇式は恐る恐るそう言いました。指揮官は人間です。そして、人間である以上、結婚して家庭を築いて子供を作りたい、と思うのは当然のことだと思います。同時に心の中に一抹の寂しさを覚えます。一〇〇式は戦術人形です。人間じゃありません。誓約はできても結婚はできないのです。…そう考えると、何だか悲しいです。指揮官と一〇〇式の間にはやはり壁があるのです。

 

「…そんな先のことは分からんさ。俺にはその前にやらないといけないことが腐るほどある」

 

 指揮官はそう言って肩を竦めました。そして、遠い目をします。恋愛とか結婚とかそういうのは遠い昔に置き去りにした。そう言いたげな様子でした。

 指揮官は以前言いました。自分は礎なのだ、と。

 もしかすると、指揮官は人としての幸せとかを既に投げ打つつもりなのかもしれません。この世の中をマシにする。その目的のために全てを費やすつもりなのかもしれません。

 それはとても悲しいことだと思います。指揮官がなぜそうまでするのか。一〇〇式にはわかりません。でも、たった一つだけ言えることがあります。

 

「指揮官…一〇〇式は、ずっと貴方の側にいますから」

 

 そう。一〇〇式はずっと指揮官と一緒です。指揮官が人としての幸せを捨ててでも、この世界のために生きるというなら、一〇〇式は側でずっといて指揮官のために働こう、と思うのです。

 ふと、ある童話を思い出しました。いつ呼んだのかは覚えていません。でも、一〇〇式はそれを思い出したのです。それは、星の王子様という題名だったと思います。

 王子様に仕えたツバメは最後に死んでしまいますが、その死に様は満足だったと思います。一〇〇式もそうでありたい、と思います。それが千鳥ちゃんの力を受け継いだ、一〇〇式の宿命だ、と思うからです。

 

「ああ。…一緒に生きよう、一〇〇式(モモ)

 

 そう言って、指揮官は一〇〇式を抱き締めてくれました。一〇〇式は何も言わず、指揮官に身体を預けました。指揮官のぬくもりが感じられて、何だか心強い、と思いました。

 指揮官が何を考えて、何を求めているのかは一〇〇式には分かりません。でも、一〇〇式は彼に寄り添って生きていこうと思います。それがきっと千鳥ちゃんの望む道だと思うから。千鳥ちゃんから受け継いだ、人類の希望の欠片を背負う一〇〇式の行く道だと思うから。

 一〇〇式は信じた道を歩んでいきます。重責と困憊と運命に負けじ、と。

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