最近、一〇〇式隊が解散となり、一〇〇式は隊長の立場を外れ、もっぱら後方任務に就くこととなりました。
指揮官の話では、一〇〇式は隊長として十分経験を積んだので、今後は後方任務に就いて戦い以外のことを覚えて欲しい、とのことです。後は、戦略研究所に通うことが多くなりそうなので、基地に留めておきたい、ということもあるようです。
もしかすると、例の計画が大詰めを迎えているのかもしれません。正直、諸手を挙げて千鳥ちゃん量産計画に賛同はできないですが、世界の平和のためには仕方ないのかもしれません。なので、一〇〇式も指揮官を信じてお手伝いしていきたいと思います。
というわけで、今日も後方任務を終えて帰ってきました。報告書を提出して、カリーナさんに物資を渡して、任務完了です。成果が少ないかな、と思ったので謝ったら、とんでもない。大成功よ! と喜んで貰えました。嬉しいです。
ご機嫌な気分で鼻歌を歌いながら宿舎の廊下を歩いていると、前から誰かが歩いてくるのを確認しました。あれは新しく入って来たSaiga-12さんです。
彼女は真っすぐ一〇〇式の方へ歩いてきます。なんだか嬉しそうな表情を察するに、一〇〇式を探していたのかもしれません。
「こんにちは、Saigaさん」
「こんにちは、一〇〇式さん! ハグしてもいいですか!?」
「え? あ、はい…」
一〇〇式が答えるや否や、Saigaさんは一〇〇式をぎゅっとハグします。なんでも、彼女の祖国の挨拶なのだそうで…同郷のヴィーフリちゃんはそんなことしなかったはずですが…
「嗚呼…一〇〇式さん、可愛い…いい匂い…」
Saigaさんが恍惚とした表情で言います。確かに、任務を終えてシャワーを浴びたばかりなので、石鹸の匂いがするのかもしれないですが。ちなみに、一〇〇式は石鹸派です。身体を洗うのも石鹸ですし、シャンプーも石鹸系の物を使っています。もしかすると、Saigaさんは石鹸の匂いが好きなのかもしれません。
「…………あのー…Saigaさん…そろそろ…」
5分ほどハグされてた一〇〇式が言います。別にハグが嫌なわけではないですが、流石にあまり長いと気恥ずかしくなってしまいます。それに、彼女は何か用があったのではないのでしょうか?
「はっ!? す、すみません、一〇〇式さん、つい…」
そう言ってSaigaさんは慌てて一〇〇式を離してくれます。なんだか、顔が少し赤いのは気のせいなのでしょうか?
「あの…何か御用ですか?」
「あ、はい! 実は一〇〇式さんに相談がありまして…」
なんと、Saigaさんは一〇〇式に相談があるそうです。新しい娘の相談とあっては、断れません。一〇〇式もFALさんと並ぶ、この基地の最古参の戦術人形なのですから。それに人に頼られるのはなんだか嬉しいです。えへへ。
「はい。一〇〇式でよろしければ…」
「ありがとうございます、一〇〇式さん! では、早速…ワタシの部屋に…」
「? 近いですし、娯楽室でいいのでは?」
「…あ、はい」
一〇〇式が言うと、Saigaさんは凄く残念そうな様子で頷きました。どうしたのでしょう? 今の娯楽室は多分誰も使ってないので、気兼ねすることはないですし、それにここから宿舎はちょっと距離があるのでそう申し出たのですが。
早速娯楽室にやってきた一〇〇式とSaigaさんは、冷蔵庫からコーラを取り出してそれを一口飲んでからお話しします。彼女の悩みを解決できるか。ちょっとドキドキです。…いざとなったら、指揮官かFALさんにもアドバイスを貰います。
「それで相談とは何でしょう」
「はい。実はラーメンを作ってみたいのですが…」
「ラーメン、ですか」
Saigaさんの相談は何と料理に関することでした。それならば、一〇〇式の得意分野です。見事解決できる自信があります。
でも、何故ラーメンなのでしょう。…そういえば、叛逆ラーメンとかいう妙な噂が一時期流れたこともありました。あの二人も彼女の同郷です。…あの国の人たちはラーメンが好きなのでしょうか?
「実はUSASに本物のラーメンを食べて貰いたくて…」
Saigaさんの言葉に、一〇〇式は納得しました。Saigaさんは同じSG型人形のUSAS-12ちゃんと仲が良く、よく部屋に招待してはカップ麺をご馳走しているそうです。なるほど。それならばたまにはカップ麺ではなく、本物のラーメンを食べて貰いたいと思うのも納得です。
しかし、ラーメン作りはこの世界では非常に難しいです。
まず第一に、質の良い小麦粉を手に入れるのが困難だからです。
普段一〇〇式達が使ってる小麦粉は、その成分の大半が燕麦等の粉で、それにグルテンを添加するなどの処置をして、小麦粉っぽくしたものです。ギョウザやお好み焼き等なら誤魔化せますが、麺料理、特にラーメンやうどんなどでは風味に大きな影響が出ます。
ならば、スープで誤魔化すしかないのですが、そっちも第二の問題点である出汁を採る材料の貧弱さがネックになります。特に魚介系のなさは致命的ですし、肉類もかなり高価で、一〇〇式達戦術人形の立場ではそうそう手に入りません。
「…どうでしょうか? やはり、難しいですか…?」
Saigaさんが少し心配そうに尋ねてきます。多分、彼女もレシピの検索はしたのでしょうが、それらはこの世界の食糧事情で再現するのは困難です。それで一〇〇式のところに相談に来たのでしょう。
「大丈夫です。何とかして見せます!」
一〇〇式は胸を張ってそう答えます。レシピ通りにやって再現できないなら、工夫をすればいいだけの事です。足らぬ足らぬは工夫が足らぬ、の精神です。
というわけで、一〇〇式達は早速台所にやって来ました。Saigaさんはエプロンを付けて、更にビニールの手袋とマスクもしています。そういえば彼女はとっても綺麗好きなのです。汚れたりするのが嫌なのでしょう。といっても、今回の調理ではそんなに汚れを気にする場面はないと思いますが。
まず、冷凍庫から氷の詰まったパッドを取り出します。これは、一〇〇式が拵えたスープストックです。スープを作って冷凍しておくことで、すぐ料理に使えるようにしているのです。ちなみに、スープの内容は、ブロッコリーと玉ねぎやニンニク等の香味野菜を煮出して作ったものです。典雅ですが香ばしい味わいの出汁になっています。
氷をボウルに入れて自然解凍させている内に、別のボウルに強力粉と薄力粉を五分五分で入れて、そこに塩とベーキングパウダーを混ぜた水を入れて、麺の生地を作っていきます。
生地を捏ねて、冷ご飯ぐらいの固さになったらビニール袋に入れて、床に置きそれを足で踏んでいきます。踏み込むことで、より強い力で麺を捏ねることができます。こうすることで、生地の粉っぽさを解消し、麺に強い腰を与えるのです。
ふと、見ると何やらSaigaさんが夢見心地な表情で、一〇〇式を見ています。何だか、一〇〇式の脚を見ているみたいですが…どうしたのでしょう?
「…白ストッキングもいいけど、桜柄の黒ストッキング…最高…」
なるほど。Saigaさんがぼそっと言った言葉に、一〇〇式は納得しました。確かに、桜柄のストッキングは珍しいですし、一〇〇式自身もお気に入りです。Saigaさんも気に入ったのなら、今度一つプレゼントしてあげてもいいかもしれません。
踏み込みを何度か繰り返して20分ほど冷蔵庫で寝かせて、生地が出来たら、それを麺棒で伸ばしてパスタマシーンにかけて麺にしていきます。やや細めにしたのはスープと絡みやすくするためです。これは麺の風味が今ひとつであるために、それをごまかすための処置です。
次にタレの作成です。用意するのは醤油とみりん風調味料。それにM16さんから貰ったジャックダニエルと砂糖を一つまみです。それらを適量混ぜてタレの作成は終わりです。
「あの、一〇〇式さん…それって、ラーメン何ですか…?」
Saigaさんが首を傾げて尋ねてきます。正直その通りです。これはほとんどすき焼きのタレです。
「はい。これは徳島風ラーメンなんです」
一〇〇式はそう答えます。この国の徳島という地方で作られたラーメンは、まるですき焼きのような甘辛いスープで作られたラーメンだったと聞きます。動物系や魚介系の材料がない中で、満足度の高いラーメンを作るには徳島ラーメンを再現するのが一番だ、と判断したのです。
もちろん、これと植物性の出汁だけではアミノ酸系の旨味が足りません。
そこで秘密兵器の登場です。一〇〇式は棚から小さな瓶を取り出します。それは自家製の豆鼓醤です。これをスープに加えることで、アミノ酸系の旨味を補い、更に胡麻油を散らしてコッテリ感を補うのです。
これでラーメン自体の構想は完成しました。後は、具材です。流石に具がネギともやしだけとかでは寂しすぎます。
そこで一〇〇式はボウルに卵を3こ割入れて、泡だて器でそれをかき混ぜていきます。そこに刻んだネギとカニカマ、味の素を加えます。それで中華風のオムレツを作り、それをラーメンに乗せることで天津麺風にするのです。すき焼きのような風味の徳島ラーメンととろとろのオムレツはとてもマッチすると思います。
というわけで、後は調理するだけです。
鍋で湯を沸かし、隣のコンロでスープを温めていきます。スープが一煮立ちしたら火を止め、タレの張ったどんぶりに注ぎます。
そして、麺を茹で始めると同時並行でオムレツをさっと作ります。オムレツは表面だけを固めるぐらいにして、木の葉型にしていきます。それを別の皿に避けたところで麺をザルに上げて湯切りをします。
それをスープに投入して、最後にオムレツを乗せて真ん中を切ってラーメンの上に広げれば、一〇〇式特製徳島風オムレツラーメンの完成です!
「どうぞ、Saigaさん」
「はい、頂きます」
出されたラーメンをSaigaさんはお箸を手にして、まず一口啜りました。
「これは…美味しいですね…」
Saigaさんが目を見開いて感嘆の言葉を言います。よかった、気に入って貰えて。
すき焼きのような甘辛い純植物性のスープやタレに、オムレツからこぼれた卵が絡み合い、それと麺が合わさることでまろやかなコクがあって、かつ典雅な味わいに仕上がったと思います。また、とても後を引く風味でもあり、Saigaさんもあれよあれよといううちに、ラーメンを食し、すぐにスープも飲み干して完食してしまいました。
「ご馳走様でした、一〇〇式さん。…こんなラーメンの作り方があったなんて思いもしませんでした」
ラーメンを食べ終えたSaigaさんは感動したように言いました。これならきっと、USASちゃんも満足してくれると思います。これで二人が更に仲良くなれるといいな、と思います。
「ありがとうございます、一〇〇式さん。…それで、お礼に入浴剤を入れたお風呂とかいかがでしょう?」
「それはいいですね。是非ともお願いします」
Saigaさんの申し出に、一〇〇式は笑顔で応じます。一〇〇式はお風呂が大好きです。入浴剤入りなら言うことなしです。
「は、はい! そ、それでは背中を流しますから、一緒に入りましょう(じゅるっ)」
……じゅる?
「……あの、Saigaさん。今のは……」
「何でもありません! さあ、今からお風呂を準備しますのですぐにでも…」
「却下」
うきうきで一〇〇式の肩を抱いてお風呂場に行こうとするSaigaさんの目の前に、突然現れたFALさんが立ち塞がりました。
「ええと…FALさん?」
「浴槽の使用は不許可よ!
「ええ!? そんな、FAL! ワタシに疚しいことなんて…」
「じゃあ、私も一緒に入ってあげる。それなら、許可するけど?」
「ええええええええ… FALもですか…」
「何よ、その嫌そうな顔。やっぱり、疚しいことを企んでいるんじゃない!」
「ち、違うんです! ワタシはただ…」
その後も延々と言い合いを続けるFALさんとSaigaさんを一〇〇式は困惑しながら見ていました。
後に指揮官に聞いてみたところ、Saigaさんは可愛い女の子が大好きらしいです。まあ、流石に貞操云々はFALの考え過ぎだろう、と言いました。
まあ、実害がないのであれば別にどんな趣味を持っていてもいいとは思います。公共の害悪にならない限り、趣味は許容されるべきだ、と思うからです。Saigaさんとも今後も変わらず付き合っていきたいとは思います。
でもまあ、指揮官も含めて色んな趣味の人がいるんだなぁ、って心から思いました。まあ、一〇〇式もG41ちゃんとかは可愛い、と思いますが…