一〇〇式日記   作:カール・ロビンソン

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26:私達の姿は似ている、と思います

「ご苦労様、M4に一〇〇式。それに天野指揮官も」

 

「俺が一番最後ってどういうことですか、ペルシカさん?」

 

 ここはこの国に移設された16Labのペルシカさんの研究施設。ソファーには一〇〇式とM4さん。それに指揮官が座っていました。ペルシカさんは一〇〇式達にコーヒーを淹れてくれたのです。

 

「ったく、これまでの貸しを返して貰うんですから、一杯だけとかケチなこと言わないでくださいよ?」

 

「大丈夫。豆は沢山仕入れているから、いくらでも淹れるわよ」

 

 不満顔でコーヒーを啜る指揮官に、ペルシカさんがコーヒーメーカーにポットを設置して言います。ペルシカさんは軽く言ってますが、この世界ではコーヒーはかなりの貴重品です。ご馳走になれるのは嬉しいです。

 

 でも…一〇〇式は実は苦いのが苦手です。なので、こんなこともあろうかとコーヒージャムを持参したのです。

 ライムの皮と果実を薄くスライスして、シリコンスチーマーで電子レンジで10分ほど加熱して、その後蜂蜜漬けにしたものです。ライムは伝統的に軍の敷地で栽培されており、指揮官の元上司であるこの辺一帯の司令がG41ちゃんにプレゼントしたものみたいです。お裾分けでもらった分をこのように加工して持ってきたのです。G41ちゃんも新しい料理が覚えられて喜んでいました。

 

 ジャムをスプーン一杯コーヒーに入れて混ぜ混ぜして、一口呑みます。うん、美味しいです。コーヒーの嫌みのない苦味の中に、柑橘系の風味と蜂蜜の甘さが混ざって、えもいわれぬ味わいになりました。

 

「美味しそうね、一〇〇式(モモ)。私にも頂戴?」

 

「どうぞ、M4さん」

 

 M4さんの申し出に、一〇〇式は瓶を手渡します。実はM4さんにもこれを使って貰いたくて、これ見が良しに取り出したのです。

 M4さんはスプーンに大盛りのジャムを乗せて、コーヒーに入れます。それを混ぜ混ぜして飲むと、穏やかな顔でため息を一つ吐きます。

 

「美味しい…もう、一〇〇式(モモ)ったら。こんなに美味しいものがあるなら教えてくれればいいのに」

 

「教えるつもりで持ってきたんですよ、M4さん」

 

 微笑みながらじゃれ合いのような会話を交わす一〇〇式とM4さん。一年前の事件当時はM4さんに余裕がなくてさほどお話もできませんでしたが、この国に来てからは急速に仲が良くなりました。もうすっかりお友達です。

 

「…意外ね、M4。そんなに一〇〇式と仲が良いなんて」

 

 コーヒーを継ぎ足しながら、ペルシカさんは意外そうに言います。まあ、確かに大陸でいたころはろくに話もできなかったですし。

 

「驚くほどの事じゃないわ、ペルシカ。…一〇〇式(モモ)はたった一人きりの、私と同じ境遇の人形なんだから…」

 

 M4さんの言葉に、ペルシカさんと指揮官が顔を上げました。二人の顔はあまり明るいものではないです。その心の中に何があるのか、一〇〇式には分かりません。M4さんも分からないでしょう。

 でも、一〇〇式はあまり今の境遇に不満は感じていません。人間だった時の記憶は一切ないですし、稀に夢で朧気に見るぐらいです。優しい指揮官やFALさんやG41ちゃんやM4さん達のような素敵な仲間達に囲まれて生活できるのですし。現金な話ですが、こんな生活今のご時世では上級国民の人でなくては得られないでしょうし、人形として生きることは嫌ではないです。M4さんは一年前の事件で大分苦しみましたが、今は今の自分を受け入れられているみたいです。まあ、それでもお互い捨てがたい情念はあるので、それについて二人でお話ししたりはしますが。

 

「…ねえ、天野指揮官。貴方の同期の戦略研究所の西博士だったわね? …彼、控えめに言ってクレイジーね」

 

「おや、ペルシカさんでもそう思いますか?」

 

「私、あそこまでぶっ飛んだことをしているつもりはないわよ」

 

 M4さんの言葉を聞いて、ペルシカさんと指揮官はワザとらしく西博士の方に話題を逸らしました。二人ともまだ一〇〇式達には何か思うことがあるみたいです。なので、一〇〇式もM4さんも何も言いませんでした。

 

 そして、二人で先日の戦闘について思い出します。一年前、大陸で現れたパラデウスという連中がこの国にまでやってきたのです。

 奴らの到来を聞いた時、一〇〇式の心は怒りで燃えました。奴らはあろうことか、指揮官を監禁して拷問まで加えたのです。絶対に許せません。

 M4さんも封印したはずのケースを持ち出して殲滅に向かいました。私達の心は同じです。奴らを許すまじ。互いに頷いて、私達はそれぞれAR小隊と一〇〇式隊を率いて戦場に出ました。敵の戦力は圧倒的でしたが、本気を出したM4さん達と、千鳥ちゃんの力の前に奴らは次々と薙ぎ倒されていきました。重装部隊のみんなも全力で一〇〇式達を支援してくれました。

 しかも、レーヴァティンちゃんがフル装備かつ乙型戦術人形の小隊を引き連れて駆けつけてくれました。敵中枢に飛び込んだレーヴァティンちゃんは、百体近い戦車や敵歩行兵器を圧倒的な力でねじ伏せ、全て破壊しつくしました。

 そして、敵の本拠地であるシェルターにグングニールという大砲を撃ち込んで完全に崩壊させたのです。

 

「西の野郎、あんなもんの使用許可を出しやがって…誰が派手なトンネル工事やれっつったんだか…」

 

 指揮官は苦笑しながらコーヒーを啜ります。実際、後でドローンを用いて現場を確認したところ、大地に大きな穴がぽっかり開いていたそうです。

 指揮官の話によると、グングニールとは可変速式重金属粒子ビーム砲であるらしく、本来なら地下核シェルターや要塞なんかを地形ごと吹き飛ばすために使う兵器だそうです。

 呆れたことに、西博士はそれをレーヴァティンちゃん用の外付け装備として開発したのだそうです。なんでも、レーヴァティンちゃんが千鳥ちゃんに一方的にやられたのが物凄く悔しかったからむしゃくしゃして作った、だそうで……西博士、いくら何でもやり過ぎです…

 

「…まさか、あんなものを私に取り付ける、とか言わないわよね、ペルシカ?」

 

 M4さんがペルシカさんに嫌そうな様子で言って、コーヒーを啜ります。正直、あのケースですら民間の戦術人形としては過剰な装備なのに、あんなもん付けられたら流石に困ります。重いでしょうし…あの大砲、レーヴァティンちゃんの身長より大きかったような…

 

「え? M4、ああいうのが欲しいの? だったら、もっと凄いのがあるけど…ねえ、天野指揮官!?」

 

「…絶対に協力しないですよ、俺は」

 

 M4さんの言葉に、目を輝かせて指揮官に詰め寄るペルシカさん。それに実に嫌そうな表情で答えてコーヒーを飲む指揮官。その姿に、M4さんと一〇〇式は閉口します。そんなこと誰も頼んでないのですが…

 

「とりあえず、今回の改修はM4の電脳内のナノマシンを新型に差し替えて、簡易制御OSを組み込むぐらいだ」

 

「正直、今回のはM4の命を守る意味合いが強いわね。従来のナノマシンと比べて、桁違いに脳の保護能力が高いから」

 

 指揮官とペルシカさんが今回一〇〇式達が16Labに来た理由を説明します。そう。M4さんは16Labに改修を受けに来たのです。

 M4さんや一〇〇式、それに指揮官は人間の脳を改造した電脳を持っています。人工脳漿内部に満たされたナノマシンで思考支援を行い、CPU化することによって戦術人形と同等以上の演算能力を発揮しているのです。

 一〇〇式は千鳥ちゃんに助けて貰った時に、指揮官は戦略研究所でメンテナンスを受けた際に電脳内のナノマシンを新型に更新していました。それで悪影響がなく、むしろメリットが非常に大きいのでこの度M4さんも同様の処置を受けることになったのです。

 

「…あの娘が私を守ってくれるのか…複雑な気分ね」

 

 M4さんは目を閉じて、ため息を一つ吐きました。あの事件の最終盤でM4さんは千鳥ちゃんと言葉を交わしました。そして、迷う千鳥ちゃんの背中を押してあげたそうです。

 

「…残念ね。あの娘とはきっと、いい友達になれたのに…」

 

「M4さん…」

 

 M4さんの言葉に、一〇〇式は思わず懐の小太刀を握り締めてしまいます。悲しい運命に翻弄されて、この世を去った千鳥ちゃん。私達と同じ、もう一人の人間から人形になった存在。生きてさえいればきっと、友達になれたのに…もっと何とかできなかったのか。後悔が一〇〇式の胸を苛みます。

 

「…だから、俺達はあいつの分まで生きて、あいつが寂しくないように騒ぐんだ。そうだろ、一〇〇式(モモ)?」

 

「指揮官…」

 

 そう言って、一〇〇式の肩を抱く指揮官の顔はなんだか、悲しそうでした。静かに泣いている、そんな風に見えました。

 そういえば、指揮官も過去に軍人として多くの戦場に駆り出され、多くの戦友を失ったとFALさんから聞きました。その時のことを思い出しているのかもしれません。

 

 

「いくら後悔しても、失ったものは戻ってこない。俺達はあいつらの事を胸に刻んで、前に進んで行くしかできないのさ」

 

 指揮官の言葉に一〇〇式とM4さんは顔を合わせ、そして頷きます。

 この世界では誰もが多かれ少なかれ悲しい思いを胸に生きています。それだけ多くの物がこの世から失われたのです。

 それでも、私達は立ち上がって、前に進んで行くのです。過去の悲しみを乗り越えて、未来へ進んで行く。人は昔からそうして生きてきたのだと思います。一〇〇式もまたそうやって生きていくのだ、と思います。

 

 一〇〇式とM4さんはお互いに顔を見合わせます。お互い、迷いのない笑顔でした。指揮官の信じる未来への道を共に歩む同志の姿がそこにはありました。

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