一〇〇式日記   作:カール・ロビンソン

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27:いつかやってくる未来のために

 最近、暑い日が続きます。麦わら帽子を被った一〇〇式は、草を抜きながら汗をぬぐいます。水筒の麦茶が美味しいです。指揮官やFALさんは一〇〇式が熱中症にかからないように心配して、庭仕事を作業用の第一世代人形に任せるべきだ、と言っていますが、この庭には愛着があるのでできれば自分自身の手で世話したいのです。

 

 それに、と一〇〇式は立ち上がって周りを見渡します。花壇ではヒマワリの花が満開です。一面金色の花で埋め尽くされた中庭はまるで別世界のようにも思います。G41ちゃんも喜んでくれましたし、一生懸命世話をした甲斐があったと思います。…頭の片隅で、これだけ生えたらいっぱい油が採れそうとか考えているのは内緒です。

 

 一通り雑草の処理が終わったので休憩しよう、と池の近くにある東屋の方に歩いてきました。ちなみに、刈った雑草は広げたブルーシートの上に乗せて乾燥させています。しっかり乾燥させて、焚火台で燃やして、その灰を畑に撒けばいい肥料になります。雑草も無駄遣いしてはいけません。もったいないの精神です。

 

 東屋で涼んでいると、二人の人形がやってきました。89式さんと64式さんです。89式さんが楽しそうに64式さんの手を引いて、それにつれられて物凄くうんざりした顔の64式さんが連行されている、という構図でした。

 

「あ、一〇〇式先輩!」

 

「…助けてください、一〇〇式先輩」

 

 一〇〇式を見つけて二人は東屋にやってきます。対照的な二人の態度が面白くて、少しだけ笑ってしまいました。

 ちなみに、二人は一〇〇式を先輩と呼びます。この隊での経歴と元となった銃の関係性とでそう呼ぶみたいです。そう呼ばれると、なんだか少しだけ特異な気持ちになります。えへへ。

 

「どうしたの、二人とも?」

 

「はい! お米の神様に五穀豊穣を祈願しに来たんです!」

 

「…そんなこと、一人でやってよね…」

 

 一〇〇式の問いに、89式さんは元気よく答え、それに64式さんが文句を言います。確かに池の真ん中には小さな祠が置いています。指揮官と一〇〇式が中庭の作物がよく育つように、と祈願して作ったものです。ちなみに、中にはG41ちゃんに似た小さな人形が入っています。指揮官の曰く、ウカノミタマノカミという豊穣の神様の像らしいのですが。

 

「大体、あのプラントの管轄、結局グリフィンじゃなくなったんでしょ? お米が届く保証あるの?」

 

「だ、大丈夫だよ、64式自! 私、指揮官とG41さんを信じるもん!」

 

 懐疑的に尋ねる64式さんに89式さんが答えます。そういえば、つい最近の事件でG41隊が植物プラントを発見した、と聞きました。その件に関しては、G41ちゃんから詳細を聞いています。

 紆余曲折あって、プラントの復旧には成功したものの結局グリフィンとしては施設の維持に手間と費用が掛かり過ぎるらしいので、最終的に別の企業がプラントを買収したそうです。

 その企業は指揮官と強いつながりがあるらしく、お米が収穫出来たらいの一番にうちに送ってくれる、という算段がついているらしいです。まあ、指揮官がそう言うのであれば、まず間違いないでしょう。…鬼悪魔のような指揮官を裏切る人なんているとは思えないですし。

 

「あ、そうだ! そういえば、先輩にお願いがあるんでした!」

 

 89式さんが胸の前で手を打って言います。お願いとは何でしょう?

 

「実は、お米に凄く合うおかずのことをG41さんに聞いたんですが、それを作るのには先輩の糠漬けが必要らしいんです!」

 

 89式さんの言葉を聞いて、一〇〇式は合点がいきました。お米を美味しく食べるためのおかずには漬物がうってつけです。G41ちゃんもザウアークラウトやピクルスは作っていますが、お米に合わせるなら糠漬けの方が適当です。そして、この基地で糠床を持っているのは一〇〇式しかいないのです。

 

「うん、いいよ」

 

 一〇〇式は快く了承して頷きます。後輩と親友のG41ちゃんのためであれば、惜しむことなどありません。ぬか床を手入れして、また漬ければいいだけですし。

 

「わーい! やったよ、64式自!」

 

「はいはい。流石、一〇〇式先輩。FALが天使だのなんだの言うだけありますよね」

 

 64式さんの手を握ってぶんぶん振りながら喜ぶ89式さんに、64式さんが苦笑して言います。64式さんはFALさんと親しいので色々一〇〇式の事も聞いているのでしょうが、どんな説明をしているのでしょう。天使って一体…

 

 そう言えば、G41ちゃんは糠漬けを使って料理するみたいです。糠漬けはそのまま食べてもご飯のお供としては非常に美味しいと思うのですが、どう料理して更に美味しくするのでしょうか。少々興味が湧きました。

 

『G41ちゃん、今大丈夫?』

 

『ふぇ? どうしたの、一〇〇式(モモ)ちゃん?』

 

 通信モジュールで連絡をとると、G41ちゃんはすぐに応じてくれました。

 

『糠漬けの件は聞いたけど…どう料理するの?』

 

『うん! 漬物のステーキにするの!』

 

 G41ちゃんの言葉を聞いて、一〇〇式は首を傾げました。漬物を使ってステーキを美味しくするのは考えたことがあるのですが、漬物そのものをステーキにするのは思いつきませんでした。どんな料理なんでしょう。

 

『よかったら作り方教えて?』

 

『うん! じゃあ、晩御飯の時に一緒に作ろー!』

 

『わーい! G41さんの料理大好き!』

 

『えっと…私もご一緒していい? …ちょっと気になるし』

 

 G41ちゃんの言葉に、89式さんが歓喜の声を上げ、64式さんも少し遠慮がちにそう言いました。一〇〇式も楽しみです。

 なお、G41ちゃんにその料理を教えたのは、指揮官の昔の上司の人で、何でもこの辺り一帯の軍を統括する作戦群の司令だそうです。…G41ちゃん、凄い人と知り合いになってるなぁ…

 

 というわけで、夕方になりました。

 G41ちゃんが焚火台とスキレットを持ってやって来ました。一〇〇式もサーバールームの糠床から白菜とニンジンの漬物を持ってきています。後、コケコとコッコから卵をいくつか貰ってきました。89式さんと64式さんも落ちている枝を集めてきてくれました。

 

「じゃあ、作るね」

 

 G41ちゃんがそう言って、焚火台の中に枝を組んで、更に乾燥した雑草を入れて火を点けます。火力は中火程度でいいので、燃料は少なめです。

 焚火台の五徳にスキレットを置いてマーガリンをたっぷりと投入します。そして、マーガリンがスキレットに馴染んだら、刻んだ漬物を投入して炒めていきます。

 ある程度漬物に焦げ目がついたら、そこに醤油をかけまわして、溶き卵を流し入れます。じゅう、という音がして醤油の焦げる匂いが立ち上ります。

 そこですかさずスキレットを上げて、隣に敷いていた濡れ布巾の上に置きます。こうすることで、スキレットの温度を下げ、余熱で卵が丁度良く半熟になるようにするのです。仕上げに刻んだネギを振りかければ、G41ちゃん特製漬物ステーキの完成です!

 

 というわけで、早速出来立てのそれを食します。めいめいに取り皿にとって、それを乾パンに乗せて食べるのです。

 

「美味しい!」

 

「うん! これなら美味しくない乾パンでも何枚も食べられるわ!」

 

 89式さんと64式さんが歓喜の声を上げます。一〇〇式もとても美味しいと思いました。

 漬物の酸っぱさと甘さとしゃきっとした食感、それに卵のまろやかな風味と、バター醤油の香ばしさが混然となってえもいわれぬ旨味のハーモニーを奏でています。それが乾パンの乏しい旨味を輝かせ、とても美味しいものに仕上げているのです。

 これならパンだけでなく、ご飯と合わせても最良のおかずになるでしょう。やってきたお米がその日に全滅しそうです。89式さんもこれならば大喜びでしょう。

 

「ふー、美味しい♪ お米の神様にお祈りした甲斐がありましたね」

 

「食べてるのはお米じゃないけどね」

 

「いいの! これでご飯を食べる日が更に楽しみになったんだから!」

 

 89式さんと64式さんが言葉を交わして、美味しそうに食べているのを一〇〇式とG41ちゃんはニコニコ顔で見守りました。後輩二人が幸せそうでとっても良かったです。

 一〇〇式は隣に座るG41ちゃんの笑顔を見ます。G41ちゃんの活躍は、確かにお米という形で89式さんの心に希望をもたらしたのです。G41ちゃんは今や常設第一部隊の隊長です。本当に凄いと思います。

 一方で一〇〇式は最近、戦場からは離れて指揮官とテストを繰り返しています。人類の希望をつなげるための仕事だ、と指揮官は言いますが。どうなんでしょう、ちょっとだけ不安になります。一〇〇式はG41ちゃんやFALさん、それに後輩二人に置いて行かれるのではないか、と。

 

「…一〇〇式(モモ)ちゃん、あ~ん♪」

 

 すると、G41ちゃんが乾パンに漬物ステーキを乗せて口元に持ってきてくれました。少し不安が表情に出ていたのかもしれません。

 

「うん。あ~ん…」

 

 一〇〇式はそれを食べます。美味しいです。そして、G41ちゃんの可愛い笑顔が嬉しいです。どこで何をどうしていようと、一〇〇式とG41ちゃん、それにみんなは指揮官の銃として世界を少しでも良くするために働いている仲間なのです。不安になる必要はないのかもしれません。

 

 暮れていく茜色の太陽。回りにはそれを見送る一〇〇式達とひまわりとトンボ達。ひぐらしの声が響く。そんな夏の日のひと時でした。


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