一〇〇式日記   作:カール・ロビンソン

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29:強敵と書いて「とも」と呼ぶ、らしいです

 ある日のことです。一〇〇式は不意に夜中に起きてしまいました。ちょっと、トイレに行きたくなってしまったのです。

 普通の戦術人形はそういうことはないですが、一〇〇式とM4さんはちょっと変わっていますので、そういうことがあるのです。

 

 というわけで、トイレを済ませた一〇〇式は部屋に戻ります。みんなよく寝てるので静かにしないといけません。

 

 ふと、目の前の廊下が揺らぎました。なんでしょう。ごしごしと目をこすってみますが、そこは普段と変わりありません。

 

 寝ぼけていたのかな、と思いましたが、念のため懐の短刀を取り出して周りを確認してみます。まあ、何でもないでしょうが、万一ということもあります。それに確認するだけならタダですし。

 

 ワンサード力学格子展開。周辺にある異物を確認します。

 すると、次の瞬間大型の生命反応が目の前にいることに気が付きました。ありえません。光学的には目の前に何も見えないのに…

 

 次の瞬間、一〇〇式の前に大きな獣が姿を現しました。まるで、近くの陰が隆起して姿を形どったかのようです。

 それはまるで黒い豹のようでした。綺麗、と思ってしまいました。でも、こんなところに黒豹がいるはずがありません。なんなのでしょう。

 

 黒豹は一〇〇式に構わずに歩いてきます。どうしたらいいのでしょう。一〇〇式は判断に困ります。黒豹には敵意は全くないように感じられるからです。

 

「あの…どうしたの…?」

 

 一〇〇式は間の抜けた言葉を口にします。阿保らしいとは自覚してますが、それ以上仕様がありません。こんなのが基地の中に現れると思ってませんし、どう対処したらいいか分からないのです。

 普通に考えれば指揮官や他のみんなに通達して射殺するべきです。正体不明の生物が基地に侵入していればそうするべきです。

 でも、この豹のような生き物からは敵意を感じません。銃を向けるべきなのでしょうか。判断に迷います。

 

 すると、豹のような生き物は一〇〇式に近づいて来て、頬をペロッと舐めました。くすぐったいです。でも、かなりざらざらした感触だったので、人間だったら皮が剥けていたでしょう。正しく豹そのものです。

 一〇〇式は困りました。この子は友好的なようです。でも、基地への侵入者であることは変わりありません。どう対処すればいいものか。

 

 しばらく、豹と見つめ合った後、一〇〇式は指揮官に連絡することにしました。指揮官はまだ起きていると思います。指揮官なら判断を間違えることはないでしょうし。

 

『指揮官、あの…侵入者を見つけたのですが…』

 

『ほう。どんな奴だ? 視覚を借りるぞ?』

 

『あ、はい』

 

 指揮官の言葉に一〇〇式は応じます。指揮官と視覚を共有し、目の前のものを見せるのです。豹は目の前で座って落ち着いています。その途中、欠伸をしたのでくすっと笑ってしまいました。何だか可愛いです。

 

『ほう…そいつは俺の客だな。指揮官室まで通せ』

 

『え!? でも…』

 

『構わん。…おい、聞こえてるだろ。俺はここにいる』

 

 指揮官がそういうと同時に豹が歩き始めました。指揮官室の方です。

 一〇〇式は困りました。豹が客と言われても… 

 止めた方がいいのかもしれませんが、指揮官の命令なので通さざるを得ません。でも、銃に千鳥ちゃんの小太刀を付けておきます。そして、いざとなれば超加速して指揮官を守れるようにナノマシンで身体を覆っておくのです。相手が何であれ、超加速すれば敵ではありません。

 

 やがて、指揮官室の前に着きました。すると、豹は肩口から触手を出して、ドアをノックしました。一〇〇式は驚きです。この子はただの豹ではありません。何者なのでしょう。

 

『律儀だな。とっとと入れよ』

 

 指揮官の声が聞こえました。通信モジュールを通じたものです。そんなの戦術人形以外に聞こえるはずない。そう思いました。

 ところが、豹は触手をドアノブに巻き付けてドアを開けました。一〇〇式はびっくりです。この子、もしかして通信の内容を把握しているのでしょうか。

 

 ドアを開けた次の瞬間、豹は視界から消えました。一瞬後に、キィン、という音が鳴ります。

 

「せっかちな奴だな。もう少し落ち着いたらどうだ?」

 

 指揮官の方を見ると、豹が爪の一撃で指揮官の首を狙っているところでした。さっきの音は指揮官が義手である右腕でそれを受けて止めた音です。人造皮膚が破れ、機械のフレームが見えています。

 

「…っ! 攻撃します!」

 

 一〇〇式は銃を構えます。指揮官がピンチです。しかも、一〇〇式が警戒していたのにもかかわらず、反応さえできない速度で指揮官に飛び掛かりました。並の相手ではないです。千鳥ちゃんの力を使うことを前提で戦うしかありません。

 

「よせよせ。こいつはただの挨拶だ」

 

 そんな一〇〇式を、指揮官がからからと笑って止めます。後に聞いた話では、超加速しても一〇〇式では勝てない、とのことです。それはそんなレベルの化け物だったのです。一〇〇式が無理なくできる亜音速程度の加速ではどうにもならない相手なのです。

 

「よう、久し振りだな。良く突き止めたな? んで、御挨拶と言ったところか?」

 

 指揮官の言葉に、豹はうにゃあ、と軽く唸ります。まるで猫みたいです。何だかちょっと可愛いですし、相変わらず敵意は感じません。でも、油断はできないです。一〇〇式は警戒を続けます。いざとなったら、身体がバラバラになる覚悟で亜光速戦闘すれば指揮官を助けられるでしょうし。千鳥ちゃんお願い。一〇〇式に力を貸して。

 

「ハハッ…! 笑いに来たってか。…人間は複雑なんだよ、お前らと一緒にすんな」

 

 指揮官がそう言った次の瞬間、豹は指揮官の腕に食い込んだ爪を下ろし、一〇〇式の近くに戻ってきました。ついでなのかは知りませんが、一〇〇式の頬をペロって舐めます。くすぐったいです。一〇〇式の戦う意図を鎮めるためなのでしょうか? この豹はもしかして一〇〇式の心が読めるのでしょうか?

 

 次の瞬間、豹は首を動かして咥えたものを一〇〇式に投げつけてきます。思わず受け取った一〇〇式。それは後で確認すると、缶詰や乾燥食料の入った布袋でした。そんなものがどこから現れたのでしょう。一〇〇式には見当もつきません。

 

「差し入れのつもりかよ。…まあ、安心しろ。お前が出る頃には俺も戻るさ」

 

 指揮官の言葉に応じるように、豹は軽く唸ると、すぐに首を返しました。次の瞬間には見えなくなりました。指揮官の曰く光学迷彩だそうです。もはや、ただの獣ではないです。あれは一体何なんでしょうか。

 

「大丈夫ですか、指揮官?」

 

「ああ、あいつも心得たもんだ。腕がいかれるほど本気じゃなかったさ」

 

 一〇〇式の言葉に、指揮官は右腕に穿たれた傷を見て笑って言います。人造皮膚は修復しないとなぁ、って笑いながら。

 

一〇〇式(モモ)、昔のE.L.I.Derの大侵攻については話したな? …あいつはその首謀者さ」

 

「首謀者!?」

 

「ああ…人間以上の知性を有した変異種さ。分類としてはC型に属するがD型よりも遥かにヤバい奴だ。軍はあいつにクアールっていう個体名を付けている」

 

 指揮官の言葉に一〇〇式は件の戦いの記録を思い出しました。C型E.L.I.Derクアールについてです。

 クアールは電波を解読し、指揮を出している場所を狙い指揮部を狙い撃ちにしたと記録にはあります。光学迷彩で姿を見ることができず、銃弾よりも速い速度で敵に襲い掛かるらしいです。

 件の戦役で司令部はクアールのために早々に陥落。そのため、指揮が分断された人類側は各個撃破の憂き目に遭い、あと一歩で全滅まで持っていかれたそうです。

 

「あん時はプラズマジャベリン二本もぶち込んだのにな。全然びくともしねえんだよ。…あいつが退かなきゃ俺もこの国の人間も全滅してたよ」

 

 指揮官が腕の傷を懐かしそうに眺めて言います。指揮官はあいつと戦ったことがあるのです。奇跡の勝利だった、指揮官はそう以前の戦いを評して言います。それは、あの子が退いてくれたことを加味しての事かもしてません。

 

「…ま、あいつとしては何やってんだ、と言いに来たわけだ。決着をつけたいのかもしれんが、変な奴だなぁ」

 

 指揮官はからからと笑って言います。どうも、指揮官が軍を罷免されてグリフィンにいるのが分かったらしいと言います。そんな指揮官を確認に来たのかもしれません。でも、それならそれで好機のはずです。自身の計画を阻止した指揮官が軍にいない今こそが、人類を蹂躙する絶好の機会ではないでしょうか。もしかして、一度負けたことを根に持って指揮官ともう一度雌雄を決したいと思っているのでしょうか。意味が分かりません。

 

「綺麗に勝ちたかったんだろうよ。それをあいつは優先させたのさ」

 

 馬鹿な奴だな、と指揮官は笑って言います。

 指揮官の曰く、彼は指揮部を潰してほとんど無抵抗な人間を蹂躙したかったのだろう、と言います。そして、それが適わなかったので退却したのだろう、と。何だか人間臭いクアールの反応を見るだにそれは間違ってない、と思います。

 そして、恐らくその綺麗な勝利を潰した指揮官を敵として狙っているのでしょう。このような形で襲撃したのも軍の指揮官として復帰させるためでしょう。自分が健在なのだから、お前も軍に戻って戦え、と。

 

「…指揮官はどうするんですか?」

 

「当分、あいつの期待には添えんよ。まだ借金残ってるし」

 

 指揮官は問うた一〇〇式の頭をなでなでして言います。指揮官は当分グリフィンを辞める気はないようです。一〇〇式はホッとしました。指揮官とお別れなんて、一〇〇式は嫌です。

 

「…あの子と戦うことになったら、指揮官はどうするんですか?」

 

「今度もお互い死ぬか生きるか…ゼロから始まる戦いになるだろうさ」

 

 一〇〇式の問いに指揮官は不敵に笑って言います。指揮官はグリフィンの指揮官のままあの子と戦うつもりなのかもしれません。それがゼロから戦いを始める指揮官の覚悟なのでしょう。正直、E.L.I.Derの大侵攻にまともに対抗するにはM4さんの力か、千鳥ちゃんの力に頼るしかないとは思いますが指揮官には何か考えがあるのでしょうか。

 

 でも、と思います。あの子は一〇〇式に敵意なんて向けてきませんでした。そのままでいてくれたら、戦う必要なんてないのに…一〇〇式は殺し合いなんて好きではないです。今回一〇〇式は意思の疎通はできなかったですが、指揮官はあの子の言うことを理解できたようです。それなら、話し合いで解決したいところですが…

 

「まあ、先のことは分からん。あいつが喧嘩を売ってくるとも限らんし。それに一〇〇式(モモ)の力で何とかできるかもしれんしな」

 

「私の力…ですか?」

 

「ああ。一〇〇式(モモ)の、千鳥から受け継いだ力にはそれぐらいの可能性がある」

 

 指揮官の言葉に一〇〇式は、胸を抱きます。そこに納められている千鳥ちゃんごと。

 最悪、亜光速戦闘まで視野に入れれば制圧することもできるはずです。一〇〇式のボディではボロボロになるでしょうが、それでもどんな敵でも倒せるはずです。千鳥ちゃんの力は、人類の希望の欠片。どんな敵にも負けることがない力なのです。

 

「…戦うことだけが千鳥の力じゃない。一〇〇式(モモ)が受け継いだ力にはもっと大きな意味があるんだよ」

 

 指揮官の言葉に、一〇〇式は背筋に寒気を覚えました。なんということでしょう。一〇〇式は千鳥ちゃんの力を戦うだけの力、と無意識に考えていたのです。人類の希望の欠片の力を、ただ戦うことに使うことを考えていたのです。

 

「…大丈夫だ、一〇〇式(モモ)。千鳥の力はお前の願いなんだ。それだけでいいんだよ」

 

 指揮官はそう言って一〇〇式を抱き締めてくれました。不安だった一〇〇式の心が落ち着きました。指揮官は一〇〇式の心を、そして千鳥ちゃんの力の意味を理解してくれています。こんな心強いことはないです。

 一〇〇式はまだ知識や経験が浅く、千鳥ちゃんの力も満足に運用できないです。でも、指揮官ならきっとそれを上手く扱う術を考え、それを教えてくれる、と思います。

 一〇〇式は千鳥ちゃんの力をもっと習っていきたいです。もっと、この世界に何があるのか学んでいきたいです。今日見たばかりの敵と相対しても正しく接していけるように、いざとなれば雌雄を決する力となるために、もっともっと自信の得た力を有効に使えるようにしたいです。それがきっと、指揮官の望みを叶える力になるでしょうから。

 

「さて、せっかくあいつが差し入れをくれたんだ。何か作ってくれ、一〇〇式(モモ)

 

「はい、指揮官!」

 

 指揮官の言葉に一〇〇式は、袋を持って台所に走りました。中にはコンビーフやパン、その他諸々缶詰、それにプロセスチーズや調味料などがあります。お夜食を作るにはうってつけです。

 クアールさん。貴方が何を考えているのかは、今の一〇〇式には理解できません。でも、贈り物には感謝します。いつか刃を交える際には正々堂々勝負しましょう。一〇〇式は未来の好敵手に心の中でそう言って、調理を始めました。できれば、戦わない方がいいな、と思いつつ。


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