基地は朝から大騒ぎです。基地の外に大規模なデモ隊が押し寄せているからです。
デモ隊の規模は一〇〇式が見たこともないほどでした。いつもの人権団体とかのはほんの数十名ほどですが、今回のは明らかに千人単位のものです。基地の入り口の前は人の波が押し寄せている状態です。こんなデモ見たことないです。
一〇〇式は指揮官室のモニターでハラハラしながら状況を見守っています。入り口にはバリケードが築かれ、対応にはFALさんFiv-sevenさん。それにトンプソンさんやM16さんが当たっていますが、激昂した人々を宥めるのは難しいみたいです。
人々はバリケードを乗り越えようとしていますが、FALさん達はそれらを必死で押しとどめています。銃を構えたりはしていません。指揮官の曰く、そういうことをこの手の団体にすると、後でマスコミ相手に捏造されて伝えられるので細心の注意を払わねばならないのだそうです。
『指揮官、応援を要請するわ。私達だけじゃ対応は無理よ』
『分かった。PA-15隊とM590隊を送るから、それまでどうにかお茶を濁してくれ』
『了解』
必死でバリケードを押さえ、乗り越えようとする人々を押しとどめるFALさんの要請に指揮官が応じます。確かに、FALさん達だともう限界だと思います。PA-15隊とM590隊の派遣も妥当だと思います。
「…ご主人様、G41隊が応援に行きます。後、威嚇射撃の許可もお願いします」
隣にいるG41ちゃんが氷のように冷たい口調で言いました。デモの様子を見ているG41ちゃんはかなり怒っています。無理もありません。デモ隊が喚いている言葉には、指揮官に関する個人的な悪口も含まれているからです。
G41ちゃんとしては大好きな指揮官のいわれなき悪口は許し難いでしょうし、一〇〇式だって物申したいです。指揮官は確かに悪いことだってしていますが、私腹を肥やしたり、自身のために悪いことをしたりはしません、あくまでもこの世界をよくするために、もしくは一〇〇式達にご飯を食べされるためにダーティな手段を取らざるを得ないのです。
そもそも、この国の人が今生存しているのは、昔指揮官が命を懸けて頑張ってくれたからです。そのことは一般的には知られてないことですが、生と死の狭間で戦い抜いて、この国を守り抜いた指揮官が言われなき悪口雑言を浴びせられるのは、やるせない思いがします。
『こらこら、G41。物騒なことを言わないの』
『大丈夫です、FALさん。一発や二発なら誤射です』
『もう、駄目よ。G41ちゃんがそんな後ろ向きなことを言ったら悲しいじゃない』
完全に怒っているG41ちゃんをFALさんとFive-sevenさんが窘めます。二人は人々の悪意の中でも冷静です。M16さんやトンプソンさんもとても冷静に対応しています。凄いなぁ、と思います。一〇〇式だと人々の怒りや悪意に釣られてしまうかもしれません。流石、ベテランの先輩達です。
ですが、次の瞬間。ガツっと鈍い音がしました。FALさんの顔を見ると、額が切れて人工血液が流れています。デモ隊の誰かがFALさんに石をぶつけたのです!
一〇〇式の視界が怒りで一瞬真っ白になりました。思わず銃を手にして、部屋から駆け出しそうになります。G41ちゃんも同じように銃を手にしています。穏便に対処しているFALさんに暴力を振るうなんて、許せません!
『…基地総員に告ぐ』
しかし、そんな一〇〇式達の足は指揮官の指令によって止められました。背筋がぞくっとしました。指揮官の声は、まるで氷山から吹き降ろす風のように冷たいです。指揮官が完全に怒りました。デモ隊の人々は竜の逆鱗に触れたのです。怒りが一瞬で冷めた一〇〇式は天井を仰ぎました。彼らは何ということをしたのでしょう。
『人間の職員は総員作業を中断。耳栓とイヤマフを装着。一分でやれ。戦術人形は総員聴覚を遮断』
『…了解。指揮官、あんまり無茶はしないでよ?』
『心配するな、FAL。俺は冷静だ。証拠にあのゴミ共を掃討しろ、と言ってないだろ?』
『はいはい。そういうことにしておくわ』
指揮官の指令を了承するFALさんの声は苦笑交じりでしたが、どこか嬉しそうでした。FALさんは指揮官が怒っているのを嬉しく思っているのかもしれません。でも、指揮官が怒るのは当然だと思います。指揮官はFALさんのことを何より大切に思っているのです。それが傷つけられたのだから、怒らない方がおかしいです。
一分後、凄まじいことが起きました。カメラに映る人々が突然耳を押さえて悶絶し始めたのです。そして、誰もが我先にと逃げだしていきます。地面にうずくまる人々を助けようともせず、それを踏みつけるようにして逃げていきます。一〇〇式はそれを冷めた目で見ていました。見苦しい光景だなぁ、って。
なお、逃げ遅れた人々はFALさん達がバリケードを越えて、銃巴で頭を殴って気絶させていきます。そうでもしないと、救助できないからです。
今指揮官はガラスを爪でひっかく音を基地の外に超大音量で流しているのです。これらの音に人間は凄まじい不快感を覚え、長時間聞くことに耐えられません。下手をすれば精神が崩壊して発狂する危険があります。指揮官は人々の被害を考慮せずにそういうことをしたのです。指揮官の怒りがどれほどのものか伝わってきます。
でもまあ、今回は一〇〇式は全面的に指揮官に賛同します。彼らはこちらが抵抗しないのをかさに着て暴力行為を行っていましたし、何らかの手段を用いて追い払わなければならなかったのです。一応銃殺はしていないですし、何より一〇〇式だってFALさんを傷つけられて怒っているのです。ぷんぷん。
それに彼らは普段人権が云々言っているくせに、いざとなったら仲間さえ踏みつけて逃げていきました。自分の仲間さえ守れない人々が、他人の人権云々を語るなど烏滸がましいにもほどがあります。正直、あんな人々に同情の余地はありません。自業自得です。
でも、彼らもこれでは済ませないでしょう。マスコミなどを巻き込んでグリフィンの非難に出る可能性があります。指揮官はどうするのでしょうか?
「…ああ、おやっさん。若い奴に訓練をつけてやる。五人ぐらい貸してくれ。…ああ、そっちは任せた。恩に着る。…ああ、はいはい。そういうお説教はまた今度聞くよ。あ、飲むときはそっちのおごりな? じゃ」
そう思う間に指揮官は誰かと通信していたみたいです。この口調から察するに、間違いなく軍情報部、それもその長のところです。指揮官は彼らとその支援者を完全に潰すつもりです。近いうちに彼ら及びその支援者は、社会から抹殺されることでしょう。悪魔には絶対に関わるな。FALさんの言う、裏社会の鉄則の意味がよく分かります。
「さて、G41。美味い飯を作ってFAL達を労ってくれ。備蓄の使用も認める。後、G41も楽しんでくるんだぞ?」
「はい、ご主人様!」
指揮官が優しい口調でそう言い、G41ちゃんも明るく元気に答えます。ようやく、いつもの基地の雰囲気が戻ってきた。一〇〇式は部屋を出るG41ちゃんの後姿を見送ってそう思います。やっぱり、指揮官は優しい方がいいです。まあ、さっきの状況だと仕方ないですが。
「さて、
指揮官はIFNデッキを操作しながら言いました。指揮官は一〇〇式の胸に疑問が湧いたことに、気づいているのです。指揮官はいつも一〇〇式の事を分かってくれます。
「あの、指揮官。何だったんですか、さっきのデモは?」
一〇〇式はさっきの視界を埋め尽くすような人々の大群を思い出して言います。普段、人権団体の人とかがやるデモとは明らかに規模が違いますし、彼らの熱気と悪意も普段よりも上だったように思います。一〇〇式はそれが気味の悪いものに思いました。
「金で雇われた煽動屋とそれに釣られたおつむの足りない連中さ」
そんな一〇〇式の問いに、指揮官はさらりと答えました。
「普段デモに来ている人権団体の連中な。あいつらはまあ、パフォーマンスでやってるからお利口なのさ。組織の存在意義を示すためのパフォーマンスだから無茶はしない。それが分かってるからこっちも穏便に済ませているのさ」
指揮官の言葉を聞いて、一〇〇式は心のどこかが白けるのを感じました。彼らは自身の正義を信じて行動をしているのではないでしょうか? そう思っていたからこそ、迷惑と思っていてもどこか頑張って欲しい、と思っていたのに。
「今回のようなのは金で雇われた煽動屋が、日々の生活に不満がある奴らを焚きつけて、殴っても本気で怒られそうにない場所に怒りをぶつけに来たのさ。奴らには正義も何もない。金に目が眩んだ糞と、安全圏から人を殴って鬱憤を晴らしたい糞。それだけさ」
指揮官が吐き捨てるように言う言葉を聞いて、一〇〇式はなんだか悲しくなりました。ああいう運動は自らの正義のために行うのではないのでしょうか。指揮官の言い様だと、単なる我欲のための暴走のように聞こえます。人は本当にそんなことのためにあんなことをするのでしょうか。
「千鳥を思い出してみろ、
指揮官の言葉に、一〇〇式は亡き友である千鳥ちゃんを想います。彼女は誰にも頼らず世界を変えようと、悲しい人々を救済しようと頑張りました。やり方は間違っていたと思います。でも、薄っぺらい我欲のために正義を詐称する人々よりもよほど高貴だと思えてしまいます。
「…すまん、
ため息を一つ吐いた指揮官は、そう言ってINFデッキから頭につないだケーブルを外し、席を立ちます。そして、一〇〇式のところにやってきて、ぎゅって抱き締めてくれます。
「だがな、
「…はい、指揮官」
指揮官の言葉に、一〇〇式は抱っこされたまま、彼の胸に頭を埋めるように頷きました。現実は過酷で、人の心もまた理想とは程遠く、綺麗なものとは言えません。でも、指揮官はそれらを知っていながらも、人類に絶望したりはしていません。この世界には守るべき価値があり、良くしていく決意がある。そう思います。
今回の事、それに今までのことで一〇〇式の胸にも色々疑問が生まれています。でも、指揮官が信じるものを信じて、一〇〇式は前に進んで行こうと思います。いつかきっと、指揮官が答えを示して、人の心の光を見せてくれる、と信じているから。