一〇〇式日記   作:カール・ロビンソン

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9:私達だってたまには仕返しをしてもいいと思います

 月の頭の週の最終日がやってきました。一〇〇式は台所へと歩いていきます。指揮官にご飯を作ってあげるためです。

 この時期、指揮官は概ねお金を使い果たし、ご飯が凄まじく貧しいことになります。酷い時には一日水と塩水と砂糖水しか飲んでない、という時もあります。

 指揮官がお金に困っているのは借金のせいで給料の半額が天引きされている、というのもありますが、それ以上に金銭の管理がだらしないのも問題です。FALさんの言うには、軍時代は仕事一筋で自身のお金には無頓着だったから、だそうです。

 困った指揮官です。一〇〇式はため息をつきながらも、つい微笑んでしまいます。指揮官が考えなしにお金を使うのは概ね私達を喜ばせるためだからです。それにだらしない面がないと、一〇〇式としてはお世話できないので寂しい、というのもありますし。

 

 ふと、台所に着くと先客の姿がありました。あれは先週着隊したばかりの戦術人形、USAS-12ちゃんです。

 彼女は昨日早々と副官に任命されました。ヴィーフリちゃんもそうでしたが、着隊早々副官、というのはかなり珍しいケースです。余程指揮官の好みだったのかもしれません。

 …本当に困った指揮官です。ちょっと、腹が立ちました。

 

「あ、一〇〇式さん」

 

 USAS-12ちゃんが一〇〇式に気が付いて声をかけてきました。彼女に副官業務を教えたのは一〇〇式です。なので、すっかり仲良しです。

 

「どうしたの? USAS-12ちゃん」

 

「指揮官があまりにもひもじそうなので…カップ麺というものがあるかどうか探しに来たのですが…」

 

 USAS-12ちゃんの言葉を聞いて、一〇〇式はくすっと笑ってしまいました。私と同じ考えだったからです。きっと、彼女が副官をしていた時、指揮官は砂糖水だけ飲んで頑張っていたのでしょう。

 

「もー、バカにしないでください」

 

「バカになんてしてないよ。じゃあ、一緒に餃子でも作ろうか?」

 

「ぎょ、ギョウザですか!? …もっ、もちろん知ってますよ! こういうの得意なんですから!!」

 

 一〇〇式の言葉に、USAS-12ちゃんは取り繕ったように言って、すぐに通信モジュールを開いてライブラリーにアクセスしました。ギョウザのレシピはすぐにダウンロードできたようです。

 

「じゃあ、まずは皮から作ろうか」

 

「はい。では、始めましょう!」

 

 というわけで、二人はボウルに小麦粉と塩水を入れます。そして、それをこねていきます。そうしていく内に、粉だった小麦粉は塊になっていき、やがて皮の生地になります。

 

「そういえば一〇〇式さん。指揮官ってばひどいんですよ! 私をからかってばかりで!」

 

 生地を捏ねながら、USAS-12ちゃんが話しかけてきます。内容は案の定指揮官への文句です。指揮官は戦術人形をからかったり、セクハラを働いたりするのでよく文句を言われます。最も本気で指揮官を嫌っている戦術人形は居らず、USAS-12ちゃんもそんな感じだったので一〇〇式は安心して彼女の愚痴に付き合います。

 

「軍時代のことを聞いたら、最初の訓練はハワイアンの砂浜で寝転がって、ブルーハワイを飲むことだったって…そんな訓練あるはずないですよ!」

 

「…え~と、それは多分本当だと思う…」

 

 USAS-12ちゃんの言葉を聞いて、一〇〇式は視線を少し逸らしながら言います。一〇〇式もその話を聞いた時は、からかわれている、と思ったのです。でも、FALさんの曰く本当のことらしいです。

 

 軍の情報員は行動を偽装するために敢えて任務に全然関係ないことをしつつ、仕事を進めるという訓練を受けるのだそうです。指揮官は浜辺で寝そべって、ブルーハワイを飲むふりをしながらINFにダイブして、反政府企業を一つ潰したのだそうです。

 

「…えーと、それ訓練なんですか?」

 

「うん…そうなんだって…」

 

 USAS-12ちゃんが眉根を寄せつつ、非常に疑わし気な様子で尋ねてきますが、指揮官の曰くあそこじゃ企業の一つや二つ潰すなんてのは、訓練がてらやるようなことだそうです。とんでもない話だと思いますが、指揮官がその手のことで嘘を言うとは思えないので、本当だと思います。…つくづく、この国の軍の情報部というところは恐ろしいところだと思います。

 

 生地ができたところでそれを冷蔵庫に入れてしばらく寝かせます。

 その間、USAS-12ちゃんと更に話をしていました。

 

「そういえば、USAS-12ちゃんはセクハラをされなかった?」

 

「せ、セクハラですか!?」

 

 一〇〇式の言葉に、USAS-12ちゃんは顔を赤くして言いました。…やっぱりセクハラされていたみたいです。

 

「お胸やお尻を撫でられたり…人間が好意を示す時の方法だって言われて…」

 

 USAS-12ちゃんの言葉を聞いて、一〇〇式は呆れて言葉を失いました。指揮官の言うことは嘘ではありません。嘘ではありませんが…

 

「…それ、セクハラだから」

 

「えええええ!? そ、そうだったんですね! も、もちろん知ってましたよ! 許せません、指揮官!」

 

 一〇〇式の言葉に、USAS-12ちゃんはやはり取り繕うように言って、拳を握り締めて怒りを露にします。一〇〇式も少々頭にきました。これは指揮官にお仕置きするしかありません。

 お仕置きの方法ですが、いい手を思いつきました。指揮官に危害を加えることなく仕返しするのです。たまにはこういうことも許されてもいいと思います。

 

 ニヤニヤする一〇〇式は不思議そうな顔をしているUSAS-12ちゃんを尻目に生地を取り出します。本来なら一晩ぐらい寝かせたほうがおいしいですが、一時間程度でも作れなくはありません。

 

 次に机の上にラップを引いて、その上に薄く小麦粉を撒きます。そして、小さく千切った生地を乗せて、麺棒で伸ばしていきます。しばらくすると、沢山の皮ができました

 

「次に餡を作ろう」

 

「はい!」

 

 次に餡を作ります。まず、キャベツと玉ねぎをみじん切りにし、ニンニクをすり下ろします。そして、ボウルに鶏の挽肉とそれらを入れて、更に胡麻油を大匙一杯に味覇を小さじ一杯にオイスターソースを少量入れて、よく混ぜます。

 

 それらがよく混ざったところで、いよいよ餃子を作っていきます。皮の端にぐるりと水をつけ、餡を真ん中に盛って、半分に折ってひだをつけていきます。それを繰り返して、5つずつの餃子を作りました。

 

「あとは焼くだけですね!」

 

「ううん。焼かずに水餃子にするの」

 

「え!? でも、マニュアルだと確か…」

 

「大丈夫。別のマニュアルの料理と組み合わせるだけだから」

 

 そう言って、一〇〇式は鍋に水と鶏がらスープの素を入れて火にかけます。そして、お湯が沸く間に溶き卵と水溶き片栗粉をそれぞれ別の容器に作っておきます。

 お湯が沸騰してきたらそこに餃子を投入します。そして、火が通るまでグラグラ煮ます。そうすると、だんだんと皮に透明感が出てきます。

 皮が薄ら透き通ったところで、箸でかき混ぜてのの字に渦を作ります。そこに水溶き片栗粉と卵液を加えていきます。卵液はかき混ぜながら3回に分けてちょろちょろと入れていきます。

 そして、ふんわりと卵が浮いたら火を止めます。そして、最後に胡麻油と塩コショウで味を調えたら、一〇〇式特製、親子スープ餃子の完成です!

 

「…マニュアルを二つ組み合わせるだけで、意外な料理になるものなんですね」

 

 USAS-12ちゃんが感心して言いました。一〇〇式のこうしたアレンジメニューは実は指揮官の作戦に通じている部分もあります。

 指揮官のやることなすことは一見突飛で型破りのように思う場合もありますが、実はセオリーを重視した手堅い行動や作戦がほとんどです。一〇〇式のアレンジメニューもほとんどがそうです。戦術人形は指揮官に似る、というのはあながち嘘ではないのかもしれません。

 

 でも、今回は一〇〇式はセオリーを無視したことを仕込んでいます。それが指揮官へのささやかな仕返しなのです。

 実は餃子の中に一つだけ、ラー油で味付けした辛いものがあります。もちろん、全体のバランスを崩さない程度のものですが、それでも結構な辛さにしています。文句を言われたら、サプライズのつもりでした、とさらっと言い逃れるつもりです。これで完璧です。

 

 というわけで、一〇〇式はUSAS-12ちゃんと一緒に指揮官室に行きました。机に突っ伏していた指揮官は料理の匂いを嗅いでがばっと起き上がりました。…指揮官、いじましいです。

 

「おお! 一〇〇式(モモ)、それにUSAS-12! 昼飯を持ってきてくれたのか!?」

 

「はい。でも、指揮官。空腹だからと言って、品の良さを失ってはいけませんよ」

 

「おお、そうだな。では、頂くよ?」

 

「はい、指揮官。ゆっくり召し上がってください」

 

 一〇〇式はそう言って、指揮官の前に料理の乗ったお盆を置きます。指揮官は両手を合わせていただきますをして、お箸を手に取り、下品にならない程度の速さで料理を平らげていきます。

 

「嗚呼…優しい風味だな…鶏肉の餃子と卵スープがマッチして…本当に美味しい…」

 

 指揮官がしみじみとスープ餃子を味わって言います。鳥のつくね汁のような優しい味わいに作ったつもりなので、指揮官の反応は予想通りでした。そして、そこに辛口の餃子が襲い掛かるのです。一〇〇式とUSAS-12ちゃんは指揮官が驚くのを今か今かと興味津々な様子で待っています。

 

「…うっ!」

 

 指揮官が突然呻きました。辛口餃子を食べたのです。やりました! 驚いてくれました! 作戦は成功です!

 

「…美味い!」

 

 ですが、指揮官の反応は一〇〇式達の予想とは大きく異なりました。

 

「うん、これはいいなぁ! 全部が辛いと風味が台無しだが…これはいいサプライズだったよ!」

 

 そう言って、指揮官は私達をとっても褒めてくれて、嬉しそうに餃子を更に食べて完食しました。

 

「いやぁ、美味かった。二人は俺の天使だな」

 

 指揮官からとっても褒めて貰って、二人は顔を見合わせて、やがて微笑み合いました。予想とは違いましたが、驚いてはくれましたし、それに大いに褒めて貰えたので嬉しいです。というわけで、私達は満足することにしました。

 

「はい、指揮官! 今後もワタシが最善のサポートをしますよ!」

 

「ああ、よろしくなUSAS-12! 一〇〇式(モモ)も引き続き頼むな?」

 

「はい、指揮官」

 

 こうして、一〇〇式達のささやかな仕返しは失敗に終わりました。でもまあ、指揮官が喜んでくれましたし、満足して貰えたので一〇〇式は嬉しい気持ちでいっぱいになりました。指揮官は困った人です。でも、やっぱり一〇〇式は指揮官が大好きで、彼が喜んでくれると嬉しいのでした。

 

 ですが、後日FALさんに聞いたところ指揮官は辛いものがあまり得意ではないらしく、きっとやせ我慢していたのではないか、と言いました。指揮官のことに一番詳しいFALさんが言うのだから、間違いないです。指揮官は一〇〇式達に仕返しに負けないように、と我慢して平静な様子を取り繕ってたのです。

 それを聞いた一〇〇式は思わず笑ってしまいました。指揮官はとっても子供っぽいです。でも、そんな指揮官がとても可愛く思えて、とっても大好きだ、と思ったのでした。


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