ヴァルキリーロンド   作:衛置竜人

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第12話『長老会議にて』

―side:Vernyi―

 

 

私達は濃霧の中を虎の亜人ギルの先導で進んでいた。

私達レッカーズとハウリア族、そしてアルフレリックを中心に周囲を亜人達で固めて既に一時間ほど歩いていると、突如、霧が晴れた場所に出た。

「まるで霧のトンネルのような一本道だね」

「そうだな香織。それによく見れば、道の端に誘導灯のように青い光を放つ拳大の結晶が地面に半分埋められている。おそらくそこを境界線に霧の侵入を防いでいるんだろうな」

「あれは、フェアドレン水晶というものだ。あれの周囲には、何故か霧や魔物が寄り付かない。フェアベルゲンも近辺の集落も、この水晶で囲んでいる。まぁ、魔物の方は"比較的"という程度だが」

「ハラショー。確かに四六時中霧の中じゃあ気も滅入るだろう。住んでる場所くらい霧は晴らしたいのも分かる」

 

そうやって話しながら進んでいる内に、視線の先に巨大な門が見えてきた。太い樹と樹が絡み合ったアーチが作られ、其処に木製の10メートルはある両開きの扉が鎮座している。

高さは30メートルはあろうかと思われる天然の樹で作られた防壁だ。

まさしく亜人の国、というべきだな。

 

そして、門の中は直径数十メートル級の巨大な樹が乱立し、所々ランプの明かりが樹の幹に空いた穴から溢れていた。おそらく住居に窓だな。

 

絡み合っている樹の枝は人が優に数十人規模で渡れる位の太さで、空中回廊を形成している。

 

蔓などを使ったエレベーターのような物や樹と樹の間を縫う様に設置された木製の巨大な空中水路まであるみたいだな。樹の高さはどれもビル20階相当か。

「ハラショー、これは大したものだな。自然と見事に調和している」

故郷を褒められたのが嬉しいのか、亜人達はふんっとそっぽを向きながらもケモミミや尻尾を勢いよくふりふりしている。

 

フェアベルゲンの住人達は好奇と忌避、あるいは困惑と憎悪といった様々な視線を向けている。

しかし、一方でレムリアやシエラもまた彼らに警戒心や憎しみを抱いているようだった。

 

私はある部屋でアルフレリックと向かい合って話をしていた。内容は、私達がオスカー・オルクスに聞いた〝解放者〟のことや神代魔法のこと、自分が異世界の人間であり七大迷宮を攻略すれば故郷へ帰るための神代魔法が手に入るかもしれないこと等だ。

 

 

アルフレリックは、この世界の神の話を聞いても顔色を変えたりはしなかった。

「そこまで驚いてはいないみたいだな」

「この世界は亜人族に優しくはない、今更だ。神が狂っていようがいまいが、亜人族の現状は変わらない」

「聖教教会の権威もないこの場所では信仰心もないようだな。あるとすれば自然への感謝の念、か」

「その通りだ。さて、話を変えるが、フェアベルゲンの長老の座に就いた者に伝えられる掟がある。それは、この樹海の地に七大迷宮を示す紋章を持つ者が現れたらそれがどのような者であれ敵対しないこと、そして、その者を気に入ったのなら望む場所に連れて行くことというものだ。

その昔、"ハルツィナ樹海"の大迷宮の創始者リューティリス・ハルツィナが、自分が"解放者"という存在である事と、仲間の名前と共に我らが先祖に伝えた。そしてそれをこの国ができる前から延々と伝えてきた」

おそらく最初の敵対せずというのは、大迷宮の試練を越えた者の実力が途轍もないことを知っているからこその忠告なのだろう。

そして、オルクスの指輪の紋章にアルフレリックが反応したのは、大樹の根元に七つの紋章が刻まれた石碑があり、その内の一つと同じだったかららしい。

「それで、私達は資格を持っているというわけか…」

私の言葉にアルフレリックは頷き、私達が話を詰めようとした時だった。

私達は最上階で会談をし、その下階にはハジメ達が待機している。

その下階が何か争っているみたいだった。

 

声を聞くに他の亜人達とレムリア、シエラが口論しているみたいだが…

 

 

―side out―

 

 

―side:Hajime―

 

 

フェアベルゲンに来てからレムリアとシエラの様子がおかしかった。

ピリピリしているというか…怒っているというか…

 

もしかしたら、アデプトテレイターになる前に何かあったのかな?

香織もユーリアもゼルフィもユエも心配そうに二人を見ていた。

そんな中、大勢の亜人達が僕達がいる部屋に入ってきた。

大柄な熊の亜人族や虎の亜人族に狐の亜人族、背中から羽を生やした亜人族、小さく毛むくじゃらのドワーフらしき亜人族が剣呑な眼差しで、ハウリア族を睨みつけていて、熊の亜人族の一人がシアを殴ろうとした。

カムさんがシアを庇う様に抱いた。しかし、熊の亜人族の拳はレムリアの手によって受け止められた。

亜人族達は皆驚いていた。

「まさか…レムエラとシエリアか…」

「その名前の亜人は誰かさん達が見捨てたせいで死にました」

「今の私達はシエラとレムリア。間違えないでよ」

「ま、待ってくれ済まなかった!あの時、全員死んだと思ったんだ!」

「そうだとしても遺体を探すくらいするとかの選択肢もあった筈!」

「私達は貴女達を許さない…あなた達が助けてくれたらパパとママが助かった可能性もあったのに!」

「しかし相手は未知の魔物だった!我々は大人数を生かすためにああするしかなかった!」

と二人が他の亜人達と口論していると上で会議をしていたヴェルとアルフレリックさんが降りてきた。

 

「アルフレリック…貴様、どういうつもりだ。なぜ人間を招き入れた?こいつら兎人族もだ。忌み子にこの地を踏ませるなど…返答によっては、長老会議にて貴様に処分を下すことになるぞ」

「なに、口伝に従ったまでだ。お前達も各種族の長老の座にあるのだ。事情は理解できるはずだが?」

「何が口伝だ!そんなもの眉唾物ではないか!フェアベルゲン建国以来一度も実行されたことなどないではないか!」

「だから、今回が最初になるのだろう。それだけのことだ。お前達も長老なら口伝には従え。それが掟だ。我ら長老の座にあるものが掟を軽視してどうする」

「なら、こんな人間族の小僧や小娘どもが資格者だとでも言うのか!敵対してはならない強者だと!」

「そうだ」

そう言えば、フェアベルゲンには、種族的に能力の高い幾つかの各種族を代表する者が長老となって長老会議という合議制の集会で国の方針などを決めると聞いたことがある。

裁判的な判断も長老衆が行うのだが、口伝に対する認識には差があるようだった。

 

アルフレリックさんは口伝を含む掟を重要視するタイプのようだ。

彼は森人族であり、シエラによると森人族は平均寿命が200年くらいと亜人族の中でも特に長命種で、今代の長老衆の中でもアルフレリックさんは最年長であるが故に価値観も違うのだろう。

「…ならば、今、この場で試してやろう!」

熊人族は亜人族の中でも特に耐久力と腕力に優れた種族らしく、その豪腕は、一撃で野太い樹をへし折る程と言われる。

しかし、相手が悪かった。

熊人族が喧嘩を売ったのはアデプトテレイターたるヴェルだ。

ヴェルは熊人族の拳を真正面から受け止める。

「これがお前の実力か?生憎だが私はこれまでの100年の間にお前より強い奴と戦って生き延びてきたのでな」

ヴェルは熊人族の腕をへし折り、投げ飛ばした。

「香織、悪いが治癒魔法を」

「分かったよ、ヴェル」

熊人族は香織の治癒魔法によって回復したが、ヴェルの"戦女神の威圧"を受けたからか怯えていた。

「お前らに問う。我々の敵か?」

 

その言葉に、頷けるものはいなかった。

 

 

―side out―

 

 

―side:Vernyi―

 

 

現在、当代の長老衆である虎人族のゼル、翼人族のマオ、狐人族のルア、土人族(所謂ドワーフ)のグゼ、そして森人族のアルフレリックが、私と向かい合って座っている。私の傍らにはハジメとカム、シアが座り、その後ろにユエや香織、ユーリア、レムリア、シエラ、そしてハウリア族の面々が固まって座っている。

因みにゼルフィはユーリアの前に座っている。

 

長老衆の表情は、アルフレリックを除いて緊張感で強ばっていた。戦闘力では一,二を争う程の手練だった熊の亜人…ジンという名前だったが、私が瞬殺したから無理もない。

因みにトラウマによるものからか戦士としては荒療治でもして精神を叩き直さない限り再起不能の様だ。

 

「さて、貴殿方は私達をどうしたい?私達は大樹の下へ行きたいだけで、邪魔しなければ敵対することもない。

亜人族としての意思を統一してくれないと、いざって時、何処までやっていいかわからないのは貴殿方にとっては不味いと思うのだが」

私の言葉に、身を強ばらせる長老衆。

「こちらの仲間を再起不能にしておいて、第一声がそれか…それで友好的になれるとでも?」

グゼが苦虫を噛み潰したような表情で呻くように呟いた。

「先に殺意を向けてきたのは其方側で、私は返り討ちにしただけだ。再起不能になったのはその者の自業自得ってやつだ」

「き、貴様!ジンはな!ジンは、いつも国のことを思って!」

「それが、初対面の相手を殺しにかかる理由になるとでも?」

「そ、それは!しかし!」

「勘違いするな。私が被害者で、あの者が加害者で私は正当防衛をしただけに過ぎない。長老は罪科の判断も下すのなら、そこのところを長老である貴殿がはき違えるな」

「グゼ、気持ちはわかるが、そのくらいにしておけ。彼女の言い分は正論だ」

アルフレリックの言葉に、立ち上がりかけたグゼは表情を歪めてドスンッと音を立てながら座り込み、黙り込んだ。

 

「確かに彼女、いや彼等は紋章の一つを所持しているし、彼女に関してはその実力の一端を示した。大迷宮を突破したと言うだけのことはあるね。僕は、彼を口伝の資格者と認めるよ」

狐人族の長老ルアはそう言い、他の長老達も同意を示した。

アルフレリックは改めて私にこう告げた。

「風見ヴェールヌイ。我らフェアベルゲンの長老衆は、お前さんを口伝の資格者として認める。故に、お前さんと敵対はしないというのが総意だ…可能な限り、末端の者にも手を出さないように伝える。…しかし…」

「絶対ではない、という事だな」

「ああ。知っての通り、亜人族は人間族をよく思っていない。正直、憎んでいるとも言える。血気盛んな者達は、長老会議の通達を無視する可能性を否定できない。特に、今回再起不能にされたジンの種族、熊人族の怒りは抑えきれない可能性が高い。アイツは人望があったからな…

だからお前さんを襲った者達を殺さないで欲しい」

「…殺意を向けてくる相手に手加減しろという事か」

「そうだ。お前さんの実力なら可能だろう?」

「彼が手練だというなら、可能か否かで言えば可能だ。貴殿の気持ちはわかるが、私も仲間が傷ついたり被害を受けるのは"二度と"御免だから、そういう状況になったら加減できるか分からない。どうしても同胞を死なせたくないなら死ぬ気で止めてやってほしい」

そこへゼルが口を挟んできた。

「ならば、我々は、大樹の下への案内を拒否させてもらう。口伝にも気に入らない相手を案内する必要はないとあるからな。

ハウリア族に案内してもらえるとは思わないことだ。そいつらは罪人。フェアベルゲンの掟に基づいて裁きを与える。何があって同道していたのか知らんが、ここでお別れだ。忌まわしき魔物の性質を持つ子とそれを匿った罪。フェアベルゲンを危険に晒したも同然なのだ。既に長老会議で処刑処分が下っている」

「貴殿は私の話を聞いてなかったのか?ハウリア族は案内を交換条件にして私達が護衛している。

ここでハウリア族を処刑するという事は私達と敵対するという事になるぞ」

「それならばお前の仲間の亜人二人に案内させればいいではないのか!?」

「それが出来ないからハウリア族に案内を依頼したという事だ。彼女達…レムリアとシエラは私やユーリアと同じアデプトテレイターという存在になった。本人達曰く"その影響"で他の亜人達の様に樹海を案内する事が出来なくなった。

話を戻すが、ハウリア族を処刑するのならば…私達と敵対するという覚悟を決めろ」

私の言葉にアルフレリックはこう問う。

「本気かね?フェアベルゲンから案内を出すと言っても?」

「本気だ。案内と引き換えにハウリアを助ける」

「…約束か。それならもう果たしたと考えてもいいのではないか?峡谷の魔物からも、帝国兵からも守ったのだろう?なら、あとは報酬として案内を受けるだけだ。報酬を渡す者が変わるだけで問題なかろう」

「案内するまで身の安全を確保するのが交わした条件だ。

途中でいい条件が出てきたからって、ポイ捨てして鞍替えというのは…筋が通らないし愚行だ」

「ならば、お前さんの奴隷ということにでもしておこう。フェアベルゲンの掟では、樹海の外に出て帰ってこなかった者、奴隷として捕まったことが確定した者は、死んだものとして扱う。樹海の深い霧の中なら我らにも勝機はあるが、外では魔法を扱う者に勝機はほぼない。故に、無闇に後を追って被害が拡大せぬように死亡と見なして後追いを禁じているのだ。…既に死亡と見なしたものを処刑はできまい」

「アルフレリック!それでは!」

「ゼル。わかっているだろう。彼女が引かないことも、彼等のその力の大きさも。ハウリア族を処刑すれば、確実に敵対することになる。その場合、どれだけの犠牲が出るか…長老の一人として、そのような危険は断じて犯せん」

「しかし、それでは示しがつかん! 力に屈して、化物の子やそれに与するものを野放しにしたと噂が広まれば、長老会議の威信は地に落ちるぞ!」

「だが…」

「生憎だが私達もシアと同じように、魔力の直接操作ができるし、固有魔法も使える。

それに私やユーリア、レムリア、シエラは人間や亜人族よりも更に強力な身体能力と寿命なき身体を持つアデプトテレイターへとなっている。

貴殿方のいう化物に該当するが、口伝では〝それがどのような者であれ敵対するな〟ってあるんだろ?掟に従うなら、いずれにしろ貴殿方は化物を見逃さなくちゃならないんだ。シア一人見逃すくらい今更だと思う。

それに貴殿方は惜しい事をした、と私は思うがな」

「惜しい事だと?」

「亜人族は魔法が使えないが故に人間族や魔人族から不当な扱いを受けているんだったな。

そんな状況で産まれたシアを祝福(ギフト)を受けた神子として祭り上げたら、そんな状況を変えられる鍵になりえたんじゃないのかと私は思う。

そしてその力が将来産まれるであろう子に受け継がれたのなら、そして他の亜人達の中から魔法が使える亜人が生まれたのなら…もしかしたら人間族や魔人族と対等な存在にもなれたかもしれなかったのにな」

私の言葉に長老達は返す言葉もないのか沈黙した。

暫くの沈黙の後、長老達は顔を見合わせヒソヒソと話し始め、やがて結論が出たのか代表してアルフレリックが深々と溜息を吐きながら長老会議の決定を告げる。

「はぁ~、ハウリア族は忌み子シア・ハウリアを筆頭に、風見ヴェールヌイ率いるレッカーズの身内と見なす。そして、資格者風見ヴェールヌイ率いるレッカーズに対しては、敵対はしないが、フェアベルゲンや周辺の集落への立ち入りを禁ずる。以降、彼等に手を出した場合は全て自己責任とする……以上だ。何かあるか?」

私は特にない、と言って返した。

「そうか。ならば、早々に立ち去ってくれるか。ようやく現れた口伝の資格者を歓迎できないのは心苦しいが…」

「気に病む必要はない。相当無茶言ってるというのは理解している。むしろ理性的な判断で有難いと思っている」

 

ハウリア族は自分達の命が助かった事に喜びあっている。

 

さて、大樹に行けるようになるまで10日はかかる。

ハウリア族の事も何とかしないとだが…レムリアとシエラの事もどうにかしないと、な…

 

 

 

 

To be continue…

 


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