北の山脈地帯の近辺に位置する湖畔の町"ウル"。
その町へ通ずる街道は平原のど真ん中に存在する。
まぁ、何度も踏みしめられることで自然と雑草が禿げて道となっただけのものなので舗装は当然されていないし、この世界の馬車にサスペンションなどという物はないので馬車の乗員は尻を痛める事になるだろう。
そんな街道を1台のセミトレーラートラックが爆走していた。赤い車体に銀色のライン…無論ヴェルのトランステクターたるオプティマスコンボイのビークルモードである。
オプティマスコンボイが牽引するトレーラーのコンテナはブルックの街で改良され、中がバスの様になっており、更にレッカーズのメンバー全員が乗ってもまだ中に余裕があるし一部の座席は必要に応じて増設したり逆に取り外したり出来る。
勿論、サスペンションやショックアブソーバーで衝撃も緩和されるし冷房や暖房も完備しているので中はいたって快適である。
現在、トレーラーにはハジメ、香織、レムリア、シエラ、ユエ、シア、素粒子コントロール装置で等身大になったゼルフィが搭乗している。
ユーリアはヴェルの隣にいたいからとオプティマスコンボイに搭乗している。
因みにトレーラーとオプティマスコンボイの助手席の双方に通信装置とモニター、カメラが設置してあるので任意で互いの様子を見れたり会話できたりする。
「このペースなら後一日ってところか…皆、ノンストップで行くから休める内に休んでおけ。
到着するのはおそらく日が沈む頃になるだろう。町で一泊して明朝から捜索を始める」
「そっか、時間が経てば経つほど、ウィル・クデタ一行の生存率が下がっていくからね」
ゼルフィの言葉にヴェルはそうだ、と返す。
「それにしては随分と積極的ね」
とレムリアは言う。
「生きているに越したことはない。生きて連れて帰った方が感じる恩はでかい。
これから先、国や教会との衝突は幾度もあるだろう。そんな時に盾は多いほうがいい」
「…なるほど。それにしてはヴェルもハジメも香織もユーリアも機嫌が良い」
「確かにユエさんの言う通りですね」
シアの言葉にトータス出身組は頷く。
「これから行くウルって町は湖畔の町で水源が豊からしい」
「そのせいか町の近郊は大陸一の稲作地帯なんだそうだよ」
とハジメと香織は答える。
「稲作?」
シエラの言葉にユーリアは答える。
「はい、稲作、つまりお米です。ハジメさんと香織さんの故郷、日本の主食です。まぁ、私はアメリカ人と日本人のハーフですしヴェルさんは日本人の血を引いたクウォーターですので、それぞれ日本にいたときはお米が主食だったんですけどね」
「こっち来てから一度も食べてないからな。同じものかどうかは分からないが、早く行って食べてみたいものだ」
一方、その湖畔の町ウルにて畑山愛子は町の表通りをトボトボと歩きながら宿へ戻っていた。
「はぁ、今日も手掛かりはなしですか…清水君、一体どこに行ってしまったんですか…」
「愛子、あまり気を落とすな。まだ、何も分かっていないんだ。無事という可能性もある。お前が信じなくてどうするんだ」
「そうですよ、愛ちゃん先生。清水君の部屋だって荒らされた様子はなかったんです。
自分で何処かに行った可能性だって高いんですよ?悪い方にばかり考えないでください」
元気のない愛子に、そう声をかけたのは愛子専属護衛隊の隊長であるデビッドと生徒の一人である園部優花だ。
周りには他にも騎士達と生徒達がおり、彼等も口々に愛子を気遣うような言葉をかける。
清水幸利という生徒が失踪してから約2週間、愛子達は、農地改善という任務をやりつつ清水の行方を追っていたが、未だになんの手掛かりも掴めていなかった。
清水の部屋が荒らされていなかったこと、清水自身が"闇術師"という闇系魔法に特別才能を持つ天職を所持しており、他の系統魔法についても高い適性を持っていたことから、連れ去られたというよりは自発的な失踪と多くの者が考えていた。
清水は大人しいインドアタイプの人間で社交性もあまり高くなく、クラスメイトとも特別親しい友人はいなかった。
それ故に愛ちゃん護衛隊に参加したことも驚かれたのだ。
なので親衛隊の生徒は清水の安否よりもそれを憂いて日に日に元気がなくなっていく愛子の方が心配であり、それは護衛隊の騎士達も同じだった。
皆を不安にさせているどころか気遣わせている事に気付いた愛子は、一度深呼吸するとペシッと両手で頬を叩き気持ちを立て直した。
「皆さん、心配かけてごめんなさい。そうですよね。悩んでばかりいても解決しません、清水君は優秀な魔法使いです。
きっと大丈夫、今は無事を信じて出来ることをしましょう。取り敢えずは、本日の晩御飯です!お腹いっぱい食べて、明日に備えましょう!」
愛子達は宿泊先でウルの町で一番の高級宿である"水妖精の宿"へと到着した。
この宿の一階部分はレストランになっており、ウルの町の名物である米料理が数多く揃えられている。
そして落ち着いた店内の中、全員が一番奥の専用となりつつあるVIP席に座り、その日の夕食に舌鼓を打っていた。
「ああ、相変わらず美味しいぃ~異世界に来てカレーが食べれるとは思わなかったよ」
「まぁ、見た目はシチューなんだけどな……いや、ホワイトカレーってあったけ?」
「いや、それよりも天丼だろ?このタレとか絶品だぞ?日本負けてんじゃない?」
「それは、玉井君がちゃんとした天丼食べたことないからでしょ?ホカ弁の天丼と比べちゃだめだよ」
「いや、チャーハンモドキ一択で。これやめられないよ」
このウルの町で食べられている料理は見た目や微妙な味の違いはありつつも料理の発想自体は地球…特に日本のものと似通っている。
米を筆頭にウルティア湖という湖では魚が、山脈地帯からは山菜や香辛料を得る事ができる。
美味しい料理で一時の幸せを噛み締めている愛子達の元に六十代くらいの口ひげが見事な男性―この宿ののオーナーであるフォス・セルオが近寄ってきた。
「皆様、本日のお食事はいかがですか?何かございましたら、どうぞ、遠慮なくお申し付けください」
「いえ、今日もとてもおいしいですよ。毎日、癒されてます」
愛子が代表してニッコリ笑いながら答える。
「それはようございました」
とフォスは微笑んだ後、その表情を申し訳なさそうに曇らせた。
「実は、大変申し訳ないのですが…香辛料を使った料理は今日限りとなります」
「それって、もうこのニルシッシルを食べれないってことですか」
ニルシッシルとはこの世界にてカレーに該当する料理であり、園部はカレー好きであるが故にショックを受けていた。
「はい、申し訳ございません。何分、材料が切れまして…いつもならこのような事がないように在庫を確保しているのですが…ここ一ヶ月ほど北山脈が不穏ということで採取に行くものが激減しております。
つい先日も、調査に来た高ランク冒険者の一行が行方不明となりまして、ますます採取に行く者がいなくなりました。当店にも次にいつ入荷するかわかりかねる状況なのです」
「あの…不穏っていうのは具体的には?」
「何でも魔物の群れを見たとか…北山脈は山を越えなければ比較的安全な場所です。
山を一つ越えるごとに強力な魔物がいるようですが、わざわざ山を越えてまでこちらには来ません。ですが、何人かの者がいるはずのない山向こうの魔物の群れを見たのだとか」
「それは、心配ですね…」
「しかし、その異変ももしかするともう直ぐ収まるかもしれませんよ」
「どういうことですか?」
「実は、今日のちょうど日の入り位に新規のお客様が宿泊にいらしたのですが、何でも先の冒険者方の捜索のため北山脈へ行かれるらしいのです。
フューレンのギルド支部長様の指名依頼らしく、相当な実力者のようですね。何でもそのパーティーの一人が単独でベヒモスを討伐したという噂があるそうですよ。その方は確か…鋼鉄の戦女神と呼ばれているそうです。
もしかしたら、異変の原因も突き止めてくれるやもしれません」
デビッド達護衛の騎士が一様に感心半分興味半分の声を上げる一方、園部達親衛隊の面々はその人物に心当たりしかなかった。
単独でベヒモスを討伐した鋼鉄の戦女神と呼ばれて人物など自分達も知るあの人物しかいない。
ハジメを殺そうとした檜山を殺そうとして、更に天之河に真っ向から反発した存在。
「おや、噂をすれば。彼等ですよ。騎士様、彼等は明朝にはここを出るそうなので、もしお話になるのでしたら、今のうちがよろしいかと」
「そうか、わかった。しかし、随分と若い声だ。"金"に、こんな若い者がいたか?」
一方のデビッド達騎士は有名な"金"ランクの冒険者達を脳内でリストアップしたが、彼らの声はそのどれにも該当しなかった。
因みに愛子達の席は三方を壁に囲まれ、店全体を見渡せる場所で一応、カーテンを引くことで個室にすることもできる一番奥にある席である。
愛子は"豊穣の女神"としてどうしても目立つので普段からカーテンを閉めている。
「―"ヴェルさん"はどんな米料理が好きなんですか?」
「カレーも良いが寿司が好きだな。寿司屋に行ったらウニと貝類、海老系統、サーモン各種は絶対に食べる」
「じゃあ、"ハジメさん"や"香織さん"はどうなんですか?」
「僕は―」
ハジメと香織という名前に愛子は心臓思わず立ち上がった。そして閉めていたカーテンを引きちぎる勢いで開け放った。
「南雲君…!白崎さん…!」
「「あ、愛ちゃん先生!?」」
ハジメと香織は思わず声をハモらせる。
「心配してたんですよ…私達に何も言わず急にいなくなって…」
「す、すみません…」
「お久しぶりです、先生」
とハジメと香織は返答する。
一方、園部優花はヴェルの姿を目にしてこう呟いた。
「鋼鉄の戦女神…」
―side:Vernyi―
宿のレストランにて空いた席に座ろうとしたら奥にある部屋のカーテンが開かれた。
カーテンを開けたのは小柄な女性…確かハジメと香織が通っていた高校の社会科教師の畑山愛子といったか?
その奥にはハジメと香織のクラスメート数名の姿もあった。
まぁ、私から見れば赤の他人だし、ハジメや香織、雫のクラスメートを私は信用していない。
だって、連中はハジメがあの糞からイジメを受けていたのに見て見ぬふりをしていたからな。
「ヴェルさん、私達は夕飯を食べに来たんですからさっさと注文しませんか?ニルシッシルってカレーみたいな料理を食べてみたいです」
ユーリアの言う通りだな。
「皆、さっさと注文するぞ」
「じゃあ、僕はニルシッシルで」
「私もニルシッシルで」
「私もです」
「…3人が食べたがっているニルシッシル、気になる」
「私はそうね…魚の塩焼きが食べたいわね」
「私もレムリアと同じものが良いかな」
「う~ん、じゃあ、私もニルシッシルで!すみませ~ん!」
と私達は畑山教師と(ハジメと香織の)クラスメート達を放っておいて近くのテーブル席に座り、オーナーにそれぞれ食べたい料理を注文する。
しかし、畑山教師はまだ話が終わっていないと言わんばかりにテーブルに近寄るとテーブルをペシッと叩いた。
「南雲君、白崎さん!まだ話は終わっていませんよ。なに、物凄く自然に注文しているんですか。大体、銀髪の…えっと、風見ヴェールヌイさんでしたっけ?彼女は兎も角こちらの女性達はどちら様ですか」
「えっと、僕達の仲間です」
とハジメは返す。
「そろそろ良いか?我々は緊急の依頼で一日以上ノンストップで此処まで来てこれから食事だ。食事くらいじっくり食べさせてもらいたい」
と食事するというのに騒ぎたてる畑山教師に私は注意する。
「うっ…す、すみません…風見さん」
「しょうがない。騒がれては他の客に迷惑がかかるからその奥の席に移動するか」
私達はその奥の席…つまりVIP席に移動、運ばれてきた料理を食べながら畑山教師の質問にざっくりと答えた。
「何故二人を連れ出したんですか?」
「ハジメを殺そうとした連中=敵や勇者と一緒にいる気などない。それにハジメと香織は自らの意思で私と共に行くことを選んだ。
彼らがどうするかは彼らの自由だ」
「貴女は一体何者なんですか?」
「ハジメと香織、雫の友人だ。ついでに言うと私は学生ではない。高校はとっくの昔に卒業している。それ以上は此処で答える気はない」
と私が答えていると、私の態度が気に入らないのか騎士の一人が拳をテーブルに叩きつけながら大声を上げた。
「おい、お前!愛子が質問しているのだぞ!真面目に答えろ!」
「答えているじゃないか。それに食事中だ、行儀よくしろ」
その騎士はプライドが高いのか我慢ならないと顔を真っ赤にし、矛先を変えるかの様に視線をレムリア、シエラ、シアに向ける。
「ふん、行儀だと?その言葉、そっくりそのまま返してやる。薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、お前の方が礼儀がなってないな。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ?少しは人間らしくなるだろう」
今こいつ何と言った?別に私の事はどうとでも言えば言い。だが、仲間を…"家族"を愚弄するか?糞野郎が!
「今、何と言ったんですか?お前の方が醜いですよ」
しかし、私が口にするより先にユーリアは立ち上がって騎士にそう言う。
「あぁ、何だこの小娘!?もう一度言ってやる!薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど礼儀がなっていないな!」
騎士がそう言った後、ユーリアは騎士の腹部を殴り、更に股間を蹴り上げる。
騎士は痛みに耐えながらも立ち上がろうとするが
「…アームズアップ」
ユーリアはMSGの一つであるハンドガンを両手に装備、殴り蹴った騎士と他の騎士達それぞれに銃口を向ける。
「…ヴェルさん、こいつら血祭りにして良いですよね…私の仲間、いいえ家族を侮辱したこの愚かな糞野郎共を」
ユーリアの気持ちもわかる…私だって同じことをしてただろう。私もハンドガンを出す準備をしていたからな。
「ユーリアさん、もう良いですよ、ありがとうございます」
とユーリアを宥めようとしたのはシアだ。しかし、シアもレムリアもシエラもその顔を曇らせていた。
「一々気にしてたらきりがないってわかってはいるけど…」
「…やっぱり人間には、この耳が…ううん私達亜人族は気持ち悪く見えるのかな」
「そんな事ありません!シアさんもレムリアもシエラもかわいいです!抱き締めたい程に!
だから…だから…そんなに自分を卑下しないでください…私も悲しくなります…!」
そう告げるユーリアの肩は震えていて、その声は今にも泣き出しそうだった。
香織はそんなユーリアを優しく抱いて頭を撫でて宥めている。
「…ユーリアの言う通り、シアのウサミミも…レムリアのイヌミミも…シエラの耳も可愛い…3人共、かわいい」
「ユエさん…そうでしょうか」
シアの言葉にユエは頷き、ハジメ、香織、ゼルフィ、そして私も頷く。
そして私は騎士達に殺気を放ちながら件の騎士に向き直ってこう告げる。
「自己紹介がまだだったな。私はレッカーズのリーダー、風見ヴェールヌイ。"鋼鉄の戦女神"と言えば分かるか?よくも私の"家族"を侮辱し泣かせてくれたな。
言っておくが、私はお前らなどに興味がないし関わりたいとも思わない。ここには仕事に来ただけで、終わればまた旅に出る。
そこでお別れで、互いに不干渉としよう。お前らがどこで何をしようと勝手だが、我々の邪魔だけはしないでほしい。
今みたいに敵意を持たれたり家族を侮辱・愚弄されると…つい殺しそうになる。今だって彼女…ユーリアが動かなかったら私が動いていたところだ。
それと私は長い間…お前らが想像するよりも長い間、何度も戦い続けて怪獣・人間問わず沢山殺してきた。敵と認識した相手には躊躇わず殺す」
私がそう言った後、騎士の一人が前に出てきた。
「鋼鉄の戦女神…風見ヴェールヌイさん、先程隊長が失礼しました。何分、我々は愛子さんの護衛を務めておりますから、愛子さんに関することになると少々神経が過敏になってしまうのです。どうか、お許し願いたい」
「貴殿の礼儀に免じ今回は不問としよう」
「そのアーティファクト……でしょうか。寡聞にして存じないのですが、いったい何処で手に入れたのでしょう?」
「これはハンドガン…私とハジメが作った武器だ。人など簡単に殺せる。生憎だが、お前らに渡す気はない」
「ですが、それがあればレベルの低い兵達も高い攻撃力を得ることができるでしょう。そうすれば、来る戦争でも多くの者を生かし、勝率も大幅に上がることでしょう。あなたが協力する事で、お友達や先生の助けにもなるのですよ? ならば…」
「なんと言われようと、協力するつもりはない。お前らを信用していないし、私が武器を渡すのは信用できる者のみだ。
そして私はハジメや香織の友人であって彼らとはなんの面識もない、赤の他人だ。それにハジメや香織のクラスメートは香織や雫といった例外を除いてイジメを受けていたハジメに対して見て見ぬふりをしていたみたいだからな、そんな連中を信用などできるか。
もし我々の持つ装備を奪おうというなら敵とみなす。その時は…戦争前に滅ぶ覚悟をしろ」
せっかくの食事の時間も台無しにされつつも私達は料理を完食し、宿泊する部屋へ向かうのだった。
To be continue…