ほぼ原作通りにいくかと思いきや…
オルクス大迷宮の89層。
淡い緑色の光だけが頼りの薄暗い地下迷宮に、激しい剣戟と爆音が響いていた。
苛烈と表現すべき程激しく、姿が見えない遠方においても迷宮の壁が振動する程である。銀色の剣線が虚空に美しい曲線を無数に描き、炎弾や炎槍、風刃や水のレーザーが弾幕のごとく飛び交い、強靭な肉体どうしがぶつかる生々しい衝撃音や仲間への怒号、気合の声が本来静寂で満たされているはずの空間を戦場へと変えていた。
その中で一つ異質な者がいた。装備していたのはファンタジーな世界には不釣り合いな機械的な武器。
背中に背負われたバックパックからはサブアームが伸びており、その先には小型のブラスターとミサイルポッドが装備されており、そこから魔力弾が放たれる。
また、装備は状況によって他の装備へと換装しており、ある時は銃火器、ある時は接近戦用の刃物やドリルで魔物と応戦している。
このバックパックの名はフォールディングアーム。ハウリア族が実用化したMSGの一つである。
後衛として雫達前衛の援護を行う南風野朱音はフォールディングアームを背負い、両手にはダブル・マシンガンを装備して自身に足りない攻撃力をカバーしていた…というか勇者パーティーの中でもその火力はトップクラスかもしれない。
天之河達は戦闘の終了と共に油断なく周囲を索敵しつつ互いの健闘を讃え合う。
「ふぅ、次で90層か……この階層の魔物も難なく倒せるようになったし……迷宮での実戦訓練ももう直ぐ終わりだな」
「だからって、気を抜いちゃダメよ。この先にどんな魔物やトラップがあるかわかったものじゃないんだから」
「雫は心配しすぎってぇもんだろ?俺等ぁ、今まで誰も到達したことのない階層で余裕持って戦えてんだぜ?何が来たって蹴散らしてやんよ!それこそ魔人族が来てもな!」
天之河の呟きに雫は注意するが、脳筋たる坂上は豪快に笑いながらそんな事を言い、天之河と坂上は拳を付き合わせて不敵な笑みを浮かべ合った。
「はぁ…全く貴方達は…そう言うのが油断している状態なんですよ」
と口を挟んだのは朱音だ。己の本分…"治癒師"として、先程の戦闘で怪我をした人達を治癒し、それを終えた所だ。
因みに迷宮での実戦訓練兼攻略に参加している十五名の中には治癒師を天職に持つ女の子がもう一人いるので、治療は二人で手分けして行っている。
「俺達が油断している?何を言っているんだい南風野?」
と無駄にイケメンな天之河は困惑と共に朱音に問う。
「良いですか?ヴェルさん―鋼鉄の戦女神は南雲君や白崎さんを始め私達よりも少ない人数で迷宮を攻略した後、他の迷宮を攻略したりウルの町で万単位の魔物をあっという間に倒したんですよ。
それに比べたら…いや比べるべきではないかも知れませんが、私達はまだまだです。
それにウルの町を襲った魔物の大群をけしかけたのだって魔人族らしいですよ。魔人族側がその気になれば私達など目でもないかもしれません。だからこそ戦いの場では油断大敵です」
と正論を吐く朱音。
「その鋼鉄の戦女神さんから武器を貰ってからお前の方こそ調子に乗るようになったんじゃないのか?南風野」
坂上は朱音にそう言うが
「私は調子に乗ってないです。ただ意見を言っただけです」
と朱音は返す。
「おい、雫も何か言ってやれよ」
「龍太郎、朱音の言う通りよ。彼女の言っている事は正しいわ」
と雫は返す。
朱音がMSGを手にしてから、今まで黙っている事が多かった彼女はこの様に自分の意見を言うようになった。
彼女は理解しているのだ―ヴェル達に比べれば自分達など弱いという事を。
だからこそ雫と共に紅刃からの戦闘訓練を受け、ほぼ独学でマルチタスク処理を獲得、各種センサーとAIによる自動操作が可能なフォールディングアームも基本的には自分の意思で操作するマニュアルモードにしている。
すべては生き延びて家族…特に妹である南風野朱莉の元へ帰るという目的を果たす為である。
因みに当初は(雫もだが)ヴェル達から託されたMSGを所持・使用している事に天之河から
「皆支給された武器を使っているのに自分そんな武器を使っているなんて卑怯だ」
と言われたが
「戦いに卑怯も何もありません。生き延びる為に強い武器を使うのは当然の事です」
と朱音は正論を返しているし、雫も朱音の意見に賛成している。天之河は他にも
「皆にもその武器を渡すべきじゃないのか」
とも言っていたが
「これはヴェルさんが私を信頼して託した物で、そもそもMSGはヴェルさんが許可した者にしか使えないようプロテクトがかかっているから無理です」
と朱音は答えている。正確にはヴェルや管理者権限を保有している者(レッカーズのメンバーなど)が許可した者でなければ使用は不可能となっている。
幸利がヴェルに立ち向かった際にMSGを使えたのも管理者権限を有していたハジメが許可したからである。
天之河や坂上への意見を言った後、朱音は思い詰めた表情を浮かべていた。
生きて妹と再会する為に強くならなければという一種の強迫観念によるものだ。
そんな彼女を見かねたある小さなムードメーカーが動いた。
「アカネル~!鈴を癒して~!ぬっとりねっとりと癒して~」
「ちょ、鈴!どこ触ってるの!っていうか、鈴は怪我してないよね!」
結界師たる谷口鈴は朱音にとって雫と並んで心を許している人物である。
日本にいた頃は妹やその幼馴染み(朱音はミクと呼んでいる)以外の人物とは交遊がない…ある意味ではボッチだった朱音だったが、雫と紅刃の鍛練を目撃し、雫と友達になってからは谷口とも交遊を持つようになった。
朱音は当初は鬱陶しく思った事もあったが、今では彼女の存在が癒しになっているらしい。
現に他人に対しては少々堅苦しい口調になる彼女が、谷口に対しては雫と同様に本来の口調で会話しているのだ。
因みに一方の谷口も朱音の趣味に興味を持つようになり、沼に入りつつある…のかもしれない。
「してるよぉ!鈴のガラスのハートが傷ついてるよぉ!だから甘やかして!具体的には、アカネルのそのおっぱおで!」
「いや、駄目だから!お、おっぱ…駄目って言ってるよね!あっ、こら!やんっ!雫!助けて!」
「ハァハァ、ええのんか?ここがええのんか!」
谷口はただのおっさんと化し、人様にはお見せできない表情を浮かべながら朱音の胸を揉んではまさぐる
「お嬢ちゃん、中々に敏かッへぶ!?」
「…はぁ、いい加減にしなさい、鈴。男子共が立てなくなってるでしょが…
そんな谷口は雫から脳天チョップを食らって撃沈した。
ついでに谷口と朱音の百合百合しい光景を見て一部男子達も勃起したようだ。
「あ、ありがとう、雫。恥ずかしかった」
「もう大丈夫よ。変態は私が退治したから」
雫は朱音を優しく撫でながらこっそり顔色を覗う。
朱音は困っていつつも何処か楽しげな表情で中村に介抱される谷口を見つめている。
強迫観念から思い詰めた顔をしていた朱音だったが、一時的にでも気分が紛れたようだ。
雫は内心で流石クラスのムードメイカーたる谷口に感心していた。
雫は朱音にしか聞こえないように声をかける。
「"表の階層"もあと10層よ。頑張りましょう、朱音」
「うん、雫」
この中でオルクス大迷宮には"奈落の底"とも称される100階層目より下の階層が存在しているのを知っているのは雫と朱音、あとは70層で待機しているメルド団長のみだ。
70層からのみ起動できる30層と70層をつなぐ転移魔法陣が発見され、深層への行き来が楽になったのだが、いくらヴェルの手によって強化された武器や非常時用の"ある物"を持とうとも流石にメルド団長達でも75層より下の階層は能力的に限界だった。
65層を越えたあたりで、光輝達に付き合える団員はメルドを含めて僅か数人で、70層あたりからは、非常時用の"ある物"を使わない限り彼等は既に光輝達の足を引っ張るようになっていたのだ。
メルド団長もそのことを自覚しており、迷宮でのノウハウは既に教えきっていたこともあってか自分達は転移陣の周囲で安全地帯の確保に努める事にし、後は非常時用の"ある物"を使いこなせるようにイメージトレーニングをしているのだ。
故にこの場にいるのは雫、朱音、天之河、坂上、谷口、中村の他、永山重吾を含める5人と檜山達4人の15人である。
因みに今の雫と朱音のステータスはこんな感じである。
『八重樫雫 17歳 女 レベル:75
天職:剣士
筋力:810(?????)
体力:1000(?????)
耐性:580(?????)
敏捷:2000(?????)
魔力:684(?????)
魔耐:684(?????)
技能:剣術[+斬撃速度上昇][+抜刀速度上昇]・縮地[+重縮地][+震脚][+無拍子]・先読・気配感知・隠業[+幻撃]・言語理解・戦女神の祝福・可変外装』
『南風野朱音 17歳 女 レベル:75
天職:治癒師
筋力:420
体力:690
耐性:540
敏捷:570
魔力:1480
魔耐:1480
技能:回復魔法[+効果上昇][+回復速度上昇][+イメージ補強力上昇][+浸透看破][+状態異常回復効果上昇][+消費魔力減少][+魔力効率上昇][+連続発動][+複数同時発動]・光属性適性[+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+連続発動][+複数同時発動]・高速魔力回復・言語理解・戦女神の祝福』
戦女神の祝福はヴェルからの信頼を得た証でもある。
朱音の能力は香織と比べたら劣るかもしれないが、彼方はヴェルのパーティーにいるのに加え魔物の肉を食べているので、もし同じ条件ならステータスも同じ位になっていたかもしれない。
その後、天之河の号令によって一行は9割方探索を終え後は現在通っているルートを残すのみとなった89層の探索を再開する。
一行は出発してから十分程で階段を発見、トラップの有無を確かめながら慎重に薄暗い螺旋階段を降りていき90層へと到達。
一行はマッピングしつつ油断せず警戒しながら探索を開始するが、あまりにも順調すぎる事とある状況に怪訝そうな表情を浮かべつつ高さ10メートル以上はありそうな大きな広間に出たのだが、不可解さが頂点に達して表情を困惑に歪ませた。
「…どうなってる?…何で、これだけ探索しているのに唯の一体も魔物に遭遇しないんだ?
思わず天之河は疑問の声を漏らす。その疑問に一行も…あの雫や朱音も同調しつつ足を止めたのだ。
探索は細かい道を省けば半分近く済んでしまっているのだが、これまでは強力な魔物がいた事もあってワンフロアを半分ほど探索するのに平均2日はかかっていたのだが、一行が90層を探索を開始してからまだ3時間ほどしか経っていないのに、魔物と遭遇していない事もあってこれ程までに進んでいるのだ。
彼等の感知系スキルや魔法を用いても魔物が一切索敵にかからず、気配すらないという異常事態なのだ。
「…光輝。一度、戻らない?何だか嫌な予感がするわ。メルド団長達なら、こういう事態も何か知っているかもしれないし」
雫は警戒心を強めながら天之河にそう提案し、天之河も嫌な予感を感じていたのもあって雫の提案に乗るべきかと考えていた一方、一行の何人かが辺りを観察していたのだが、何かを見つけたようで声を上げた。
「これ…血…だよな?」
「薄暗いし壁の色と同化してるから分かりづらいけど…あちこち付いているよ」
「おいおい…これ…結構な量なんじゃ…」
表情を青ざめさせる一行の中から永山が進み出て、血と思しき液体に指を這わせる。そして、指に付着した血をすり合わせたり、臭いを嗅いだりして詳しく確認した。
「天之河…八重樫の提案に従った方がいい…これは魔物の血だ。それも真新しい」
「そりゃあ、魔物の血があるってことは、この辺りの魔物は全て殺されたって事だろうし、それだけ強力な魔物がいるって事だろうけど…いずれにしろ倒さなきゃ前に進めないだろ?」
「天之河…魔物は、何もこの部屋だけに出るわけではないだろう」
と巨漢ながらも思慮深い永山は天之河に意見を告げる。
「今まで通って来た通路や部屋にも出現したはずだ。にもかかわらず、俺達が発見した痕跡はこの部屋が初めて。それはつまり…」
「…何者かが魔物を襲った痕跡を隠蔽したってことね?」
雫の言葉に永山が頷き、天之河もその言葉を受けて永山と同じように険しい表情で警戒レベルを最大に引き上げる。
「それだけ知恵の回る魔物がいるという可能性もあるけど、人であると考えたほうが自然ってことか…
そして、この部屋だけ痕跡があったのは、隠蔽が間に合わなかったか、あるいは…」
天之河の言葉に答えたのは一行の誰でもなかった。
「ここが終着点という事さ」
足音を響かせながら、広い空間の奥の闇からゆらりと現れたのは燃えるような赤い髪をし、耳は僅かに尖っていて肌は浅黒い妙齢の女。
「…魔人族…!」
そう、天之河の呟き通り、魔人族の女である。
更にその女の後ろから
「グゥルルルルゥ…」
という唸り声が聞こえてくる。
魔人族の女と一緒にいるという事は魔物かと一行は考えるが、露になったその姿に一行は驚愕するしかなかった。
その姿は白亜紀後期に生息していた獣脚類に所属する肉食恐竜にして地球で最も有名な恐竜であるティラノサウルスを彷彿とさせるのだが、その外見は魔物の様な生物的な外見ではなくま機械で構成されたロボ恐竜だ。
銀を基調に所々が黄金色をしているロボ恐竜のボディの各部は赤く発光している。
そしてそのロボ恐竜の傍らにはフルフェイスタイプのマスク…というよりはヘルメットで顔を隠した人物がいた。
背丈は朱音と同じ位で、体形から女性と推測できる。後頭部からはヘルメットで隠しきれなかった長く癖毛がある銀髪のツインテールが伸びている。
「金属細胞反応…確認」
「ほう、そうかい。じゃあ、そいつを頼めるかい?」
「本個体の目的…敵勢アデプトテレイターの排除。アデプトテレイターのエネルギー反応、確認できず。本個体が動く目的に該当せず」
「いいからやるんだよ!"操り人形"風情が!」
魔人族の女の指示を受けて仮面の少女は前に出る。
それに併せてロボ恐竜は巨大化し、倍以上のサイズとなる。
天之河達はあのロボ恐竜が何なのか、ある可能性に辿り着いた…実際に彼らも似たような現象を見ているのだ。
初めてのオルクス大迷宮での実戦訓練にてベヒモスが出現した際、自分達と同じく召喚された人物の一人がいきなり出してきたミニカーから巨大化した赤いトラック。それはその人物と一体化して巨人となった。
そして次の瞬間、天之河達の考えた可能性が当たりである事が証明された。
「―アデプタイズ、グリムヴァルカン、トランスフォーム」
仮面の少女はその言葉を告げるとロボ恐竜と一体化、ロボ恐竜は各部を変形させる。
展開と格納を繰り返した後、ロボ恐竜は"鋼鉄の巨人"へと姿を変えた。
雫や朱音は以前に紅刃からこう聞いた。
ヴェルがこのトータスに持ち込んだトランステクター用のENドライバーは9基、そしてそれらは雫が持つドリフトライドを始めとする9機のトランステクターに使われている。
トランステクター用以外のENドライバーなら未使用のもあるが、それらはヴェル達やハウリア族が管理している。
そして、基本的にトクスレイダー派閥の者が作ったトランステクターの動力炉にはENドライバーが使用されていない。
それを踏まえた上で雫はこう呟いた。
「…ヴェル以外の誰かが作ったトランステクター…!?」
雫の呟きに答えるかの様に鋼鉄の巨人―グリムヴァルカンは雄叫びを上げるのだった。
To be continue…