―side:Vernyi―
サルゼは野次馬を散らして騒ぎを収拾しつつ私達をミュウの母親の元へ案内している。職務に忠実な人物だな
道中、ミュウを知っているであろう者達が声を掛けたそうにしていた。
しかし、いちいち相手をしていればミュウの母親の元へ何時までたっても辿り着けそうにないから、私は視線で制止する。
「ヴェル様、ヴェル様、お家に帰るの。ママが待ってるの!ママに会いたいの」
「そうだな…早く会いに行こうか」
ミュウは私の手を懸命に引っ張り急かす。
無理もない…彼女にとって久し振りの我が家と母親だ。
これまでも私達が構うので普段は笑っていたが、夜の寝る時などにやはり母親が恋しくなるのか甘えん坊になる事もあった。
ミュウの案内に従って彼女の家に向かう道中、香織が顔を寄せて小声で訊ねてきた。
「ヴェル、あの時の兵士さんとの話って…」
「ひとまず命に関わるようなものじゃないらしいが、怪我が酷いのと精神的に相当参っているらしい。精神の方はミュウがいれば問題ないだろうから、怪我の方は詳しく見てやってくれ」
「うん。任せて」
そんな会話をしていると、通りの先で騒ぎが聞こえだした。若い女の声と、数人の男女の声だ。
「レミア、落ち着くんだ!その足じゃ無理だ!」
「そうだよ、レミアちゃん。ミュウちゃんならちゃんと連れてくるから!」
「嫌よ!ミュウが帰ってきたのなら、私が迎えに行ってあげないと!」
家を飛び出そうとしているレミアという女性…おそらく彼女がミュウの母親だろうが、彼女を数人の男女が抑えているという状況だろうか。
そのレミアと呼ばれた女性の必死な声を聞いたミュウは顔を輝かせ、玄関口で倒れ込んでいる二十代半ば程の女性に向かって、精一杯大きな声で呼びかけながら駆け出した。
「ママァァァァァァ!」
「ッ!?ミュウ!?ミュウ!」
ミュウは勢いよく走り、玄関先で両足を揃えて投げ出し崩れ落ちている女性―母親であるレミアの胸元へ満面の笑顔で飛び込んだ。
本来ならそのまま母親に抱きしめられるという感動的な瞬間になるだろう。
だが、思い出して欲しい。私達は一般の冒険者のステータスと比べて規格外すぎる。
それにミュウは時間さえあればそんな私達の元で鍛練してきたし、魔物の肉も食べてそのステータスは私達とはじめて会った時よりも高くなっている。
そして、おそらく今のミュウは母親と再会出来た喜びで力の制御…というか自分のステータスが私達とはじめて会った時より高くなっている事を忘れているだろう。
さて、そんな状況で飛び込んだら…
「ごふぅっ!」
…そりゃ砲弾を受け止めるような物だから一般人だと吹っ飛ぶだろうな。
ミュウは母親の腹にクリーンヒットし、ミュウの母親…レミアは我が子を抱きしめた代わりに吹っ飛ばされた。
見たところ怪我はしていないが吐きそうになっているじゃないか…嬉しさの余りとはいえミュウには後で"お話"をしておかないと、な…
それはそうとレミアは娘が無事だった事と守れなかった事の両方からかポロポロと涙をこぼし、ミュウの頭を優しく撫でる。
「ミュウ…立派に…たくましくなって…ごめんなさい…貴女を守れなくて…」
「大丈夫なの。ママ、ミュウはここにいるの。だから、大丈夫なの」
「ミュウ…」
改めて抱き合う二人。
「ママ!足、どうしたの!怪我したの!?痛いの!?」
ミュウは肩越しにレミアの足の状態に気がついたらしい。
彼女のロングスカートから覗いている両足は、包帯でぐるぐる巻きにされていた。
これが、エリセンへ向かう道中にサルゼから聞いていたことだ。
海人族達があれ程殺気立っていたのはミュウを攫ったことに加え、母親であるレミアに歩けなくなる程の重傷を負わせたことも、理由の一つだった。
簡単に纏めるとこうだ。
・レミアははぐれたミュウを探している時に、海岸の近くで砂浜の足跡を消している怪しげな男達を発見、怪しみながらも娘を知らないか尋ねようと近付いたところ男はいきなり詠唱した
・レミアはこの事から彼らはミュウがいなくなったことに関与していると確信、ミュウを取り返そうと足跡の続いている方向へ走り出そうとした
・しかしもう一人の男に殴りつけられ転倒、追い打ちを掛けるように炎弾が放たれ足に被弾、レミアはそのまま衝撃で吹き飛ばされ海へと落ちた
・痛みと衝撃で気を失い、気が付けば帰りの遅いレミア達を捜索しに来た自警団の人達に助けられた。
・一命は取り留めたが、時間が経っていたこともあり、レミアの足は神経をやられていて、もう歩くことも今までのように泳ぐことも出来ない状態に
・レミアは娘を探しに行こうとしたが、そんな足では捜索など出来るはずもなく、自警団と王国に任せるしかなかった
「ヴェル様!ママの足が!」
「えっ、ミュウ?ヴェル様って?」
「ヴェル様!」
「待ってろ、今行く。香織、着いてきて欲しい」
「うん、わかった」
私は香織を引き連れてミュウとレミアの元へ行く。
「あらら…」
彼女が驚くのも無理はない。ミュウに"ヴェル様"と呼ばれて現れたのは10代後半くらいに見えるであろう銀髪の女だったのだからな。
「ヴェル様、ママが…」
「大丈夫だ、ミュウ。ちゃんと治るから、泣きそうな顔するな」
「はいなの…」
私は泣きそうな表情で振り返るミュウの頭を優しく撫でながら、レミアに視線を向けた。彼女はポカンとした表情で私を見つめている。
私は香織に視線を移す。
「こんな所では落ち着いて診察も出来ない。香織、家の中でやるぞ」
私の言葉に香織が頷いた後、私は再び視線をレミアに移す。
「すまないが、ちょっと失礼する」
「え?あらら?」
私はレミアをお姫様抱っこすると、ミュウの先導を受けながらレミアを家の中に運び入れるのだった。
私はミュウとレミアの家の中に入り、リビングのソファーにレミアをそっと下ろした。
「香織、頼む」
「うん、ちょっと見てみるね。レミアさん、足に触れますね。痛かったら言って下さい」
「は、はい?えっと、どういう状況なのかしら?」
レミアが困惑している中、香織は診察を行い、結果を私に伝える。
「うん、足の神経が傷つけているけど、回復魔法できちんと治癒できるよ」
「そうか、良かった」
「ただ、回復魔法だけだとちょっと時間がかかるかも。擬似神水を使っていい?」
「構わない」
私の言葉を聞いた香織はレミアの方を向く。
「デリケートな場所なので、後遺症なく治療する事が出来ますよ」
「あらあら、まあまあ。もう、歩けないと思っていましたのに…何とお礼を言えばいいか…」
「ふふ、いいんですよ。ミュウちゃんのお母さんなんですから」
「えっと、そういえば、皆さんは、ミュウとはどのような…?」
香織が回復魔法と擬似神水を使ってレミアの足を治療している間、私達は事の経緯―フューレンでのミュウとの出会いと騒動、私達の元で鍛えた事などや私達が何者かなどについて映像を見せながら話した。
レミアは香織に治療されながら、その場で深々と頭を下げ、涙ながらに何度も何度もお礼を繰り返した。
「本当に、何とお礼を言えばいいか…娘とこうして再会できたのは、全て皆さんのおかげです。このご恩は一生かけてもお返しします。私に出来ることでしたら、どんなことでも…」
「私は放っておけなかったから救出し、貴女の元へ送り届けたに過ぎない。
貴女が立派な親なのはミュウを見ていてわかる。そんな子が大切な人との再会を望んでいるのなら叶えてあげたいだけだ。私は、それが出来なかったからな…」
「えっ…?」
「いや、何でもない。とにかく、再会を望んでいたから私達は手助けをした、それだけだ。だから気にしないで良い」
そうこうしているうちに、香織の治療も終わると、レミアは自分の家を使って欲しいと言った。
「どうかせめて、これくらいはさせて下さい。幸い、家はゆとりがありますから、皆さん全員…だとちょっと窮屈かもしれませんが部屋も空いています。エリセンに滞在中はどうか遠慮なく。それに、その方がミュウも喜びますね」
「そうだな…お言葉に甘えさせて貰うとしよう」
という訳で私達はミュウとレミアの家に滞在する事になった。
大迷宮攻略や今後に向けて装備品のメンテナンスや新たな神代魔法に対する試行錯誤を行わなければならない…この辺りはハジメと協議しながらになるだろう。
その日の夜、私は皆が寝静まっている中、端末を操作して過去の記録映像を見ていた。
「何を見ているのですか?」
そう声をかけてきたのはレミアだった。
「ちょっと昔の映像をな。皆が寝静まった時にたまに見る」
「そうですか」
レミアはそう言うと私の隣に座る。
映像は現在ある人物と私が移っているところだった。
「風見さん、今と変わらないですね。どれくらい前の映像なのですか?」
「ヴェルで良い。今から100年ほど前の映像だ。先に言ってた通り私の様なアデプトテレイターは寿命がないし、外見も殆ど変化しない」
その後、暫くの沈黙の後、レミアはこう口を開いた。
「ヴェルさん、貴女と一緒にいるこの方は?」
レミアが指差したのは茶髪に短めのツインテールに紫色の瞳の"あの人"だ。
「彼女は"頼尽あかり"。私とほぼ同時期にアデプトテレイターとなった人物で私の同期にして戦友、そして大切な人だった存在だ」
「彼女は今…」
「死んださ…100年前の大規模な戦いで」
「ごめんなさい…悪い事を聞いてしまって」
「構わない」
私がそう返した時、彼女の最期の言葉が流れてきた。
『ヴェル…後は頼んだよ…愛し…てる…よ…』
「私達は互い惹かれ合って…あの戦いが終われば彼女に告白して本当の家族になろうって決めていた…彼女もそうするつもりだったらしい。
だが、結局彼女は戦死してしまった…あれから私の心にはどこかぽっかりと穴が開いてしまったような感覚がして…
今でもそれを引きずっている。アデプトテレイター化する直前の両親や母の胎内にいた子の死と同じ位にな。
だからこそ仲間が大切な人に会いたいというなら会わせてやりたいし、ハジメ達を元の世界に返してやりたいという訳だ。
私にはそれが出来ないからな…」
「ヴェルさん…」
「それで、私に何か用があったんじゃないですか?」
「はい、私はあの日…娘が連れ去られた日からずっと後悔してました…私にもっと力があれば、と。
そして、娘からヴェルさん達の話を聞いて思ったんです」
レミアは私に向き合うと頭を下げてこう言った。
「ヴェルさん、私を鍛えてください…そして、力を…今度こそ娘を守れる…娘の手を離さない力をどうか…エリセンに滞在している間だけでも構わないので!」
「…これはあくまでも私の思い込みかもしれないが、本当は旅に同行して鍛えて貰って強くなりたいんだろ?だが、せっかく再会したのにミュウの事を放って旅に出るなんて出来ない。だから、私達がエリセンに滞在している間だけでも、なんだろ?」
「それは…」
何も言い返せないレミア。
「全く…お前達は"親子"なのだな…似ている」
私はある方角を振り向いてそこにいた人物にこう告げる。
「なぁ、ミュウ。お前の母親はこう言っているが、お前はどうしたい?」
そう、その人物とはミュウの事だ。おそらく隣で寝ていた母親がいない事に気付いたから起きたのだろう。
「み、ミュウ!?話を聞いていたのかしら
!?」
レミアの言葉にミュウは頷くとこう告げる。
「あのね、ママ。ミュウはヴェル様やレッカーズのみんなと出会ってこう思ったの。今よりもっと強くなりたい、って。
ママに心配させないくらい…ううん、ママを守るれるくらいに強くなりたいの」
ミュウの言葉にレミアはミュウを抱きしめる。
暫くの間の後、私はこう訊ねる。
「決まったみたいだな」
「はい、ヴェルさん。私と娘のミュウをこれからも宜しくお願いします」
「あぁ、歓迎しよう。ようこそ、我らがレッカーズへ」
こうして海人族の親子が正式にレッカーズのメンバー入りを果たしたのだった。
To be continue…