ヴァルキリーロンド   作:衛置竜人

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第39話『過去の亡霊』

 

 

 

―side:Vernyi―

 

 

「さしずめ、過去の記録映像の再生といったところか」

私は試しに騎士を殴るが、私の拳は騎士をすり抜ける。

続いてハンドガンを装備して騎士を撃ってみるが、騎士は爆散した。

「幻覚ってわけでもないけど、現実というわけでもないようだね」

「ハジメさんの言う通りですね。実体のある攻撃は効かないけど、魔力を伴った攻撃は有効…」

「ユーリアの言う通りだな。全く、本当にどうなっているのだろうか…」

「それより連中も妾達に気付いているようじゃな」

ティオの言う通り、連中の視線は我々に向けられ、今にも襲いかからんとしている。

「レッカーズ、連中を殲滅するぞ」

私がそう言って皆が武装を展開した後、騎士達は一斉に襲いかかってきた。

「全ては神の御為にぃ!」

「エヒト様ぁ!万歳ぃ!」

「異教徒めぇ!我が神の為に死ねぇ!」

騎士達は血走った眼に、唾液を撒き散らしながら絶叫を上げる口元をしていた。

「まともに見れたものじゃないわね!」

「全くその通りですぅ!」

因みに騎士達は私達だけでなく別陣営と思わしき者達とも交戦しているのだが、私達が攻撃した場合と異なり、幻想同士だからか否かきっちり流血するようだ。

 

私達の周囲には誰の物とも知れない臓物や欠損した手足、あるいは頭部が撒き散らされており、騎士達はどいつもこいつも、"神のため"やら"異教徒"やら"神罰"やらといった言葉を連呼し、眼に狂気を宿して殺意を撒き散らしており、良い気分などしなかった。

「これ、ずっと見てると気が狂いそうになりますよね」

「ユーリアの言う通りじゃな。もしかしたら、この迷宮のコンセプトは"狂った神がもたらすものの悲惨さを知れ"…なのかもしれんの」

「確かにそんな気がするよ」

ティオとゼルフィが言う通りだ。

「レミア、ミュウ。お前達は大丈夫か?」

「今のところは大丈夫なの」

「私もです。ヴェルさんは?」

「こういう狂った連中…狂信者はこれまでにも散々見てきたからな。大丈夫だ」

そんな会話をしつつ移動していると、周囲の空間が歪み始め、私達の周囲の景色は海上に浮かぶ豪華客船の上へと変化した。

 

夜天に満月が輝き、豪華客船は光に溢れ甲板には様々な飾り付けと立食式の料理が所狭しと並び、多くの人々が豪華な料理を片手に楽しげに談笑をしていた。

「パーティー…よね?」

「ですねぇ。随分と煌びやかですぅ」

「…メルジーネのコンセプトは勘違い?」

レムリア、シア、ユエがそんな事を話していると、私達の背後の扉が開いて何名かの船員が現れ、休憩をとるためか少し離れたところで一服しながら談笑を始めた。

 

彼らの話によるとこの海上パーティーはどうやら終戦を祝う為のものらしい。長年続いていた戦争が和平条約の締結という形で終わらせることが出来たらしい。

そして甲板には人間族だけでなく、魔人族や亜人族も多くいて、種族の区別なく談笑をしていた。

「終戦のために奔走した者達の偉業というべきか。敵対していた者達があれだけ笑い合えるとはな」

「きっと、あそこに居るのは、その頑張った人達なんじゃないかな?皆が皆、直ぐに笑い合えるわけじゃないだろうし」

「ハジメの言葉もあり得るな」

しばらく眺めていると、甲板に用意されていた壇上に初老の男が登り、周囲に手を振り始め、それに気付いた人々は即座に会話を止めて彼に注目する。

 

初老の男の傍には側近らしき男と何故かフードをかぶった人物が控えているが…その人物は普通の人間族や魔人族、亜人族でない…まるで…

 

「テレイター…」

「その可能性は高いな」

ユーリアと私がそんな会話をしていると、初老の男は演説を始めた。

「諸君、平和を願い、そのために身命を賭して戦乱を駆け抜けた勇猛なる諸君、平和の使者達よ。今日、この場所で、一同に会す事が出来たことを誠に嬉しく思う。この長きに渡る戦争を、私の代で、しかも和平を結ぶという形で終わらせる事が出来たこと、そして、この夢のような光景を目に出来たこと……私の心は震えるばかりだ」

人々は彼の演説を身じろぎ一つせず聞き入る。

この初老の男は、人間族のとある国の王らしく、相当初期から和平のために裏で動いていたらしい。

「こうして和平条約を結び終え、一年経って思うのだ…実に、愚かだったと」

彼の言葉に、その場にいた人々は聞き間違いかと、隣にいる者同士で顔を見合わせる。

「そう、実に愚かだった。獣風情と杯を交わすことも、異教徒共と未来を語ることも…愚かの極みだった。わかるかね、諸君。そう、君達のことだ」

「い、一体、何を言っているのだ! アレイストよ!一体、どうしたと言うッがはっ!?」

国王アレイストの豹変に、一人の魔人族が動揺したような声音で前に進み出た。そして、アレイスト王に問い詰めようとしたが、その魔人族は人間族の男に刺された。

魔人族の男は本当に信じられないと言わんさわかりの表情を浮かべながら崩れ落ちた。

場が騒然とし、悲鳴が上がる中、アレイストは続ける

「さて、諸君、最初に言った通り、私は、諸君が一同に会してくれ本当に嬉しい。我が神から見放された悪しき種族ごときが国を作り、我ら人間と対等のつもりでいるという耐え難い状況も、創世神にして唯一神たる"エヒト様"に背を向け、下らぬ異教の神を崇める愚か者共を放置せねばならん苦痛も、今日この日に終わる!

全てを滅ぼす以外に平和などありえんのだ!

それ故に、各国の重鎮を一度に片付けられる今日この日が、私は、堪らなく嬉しいのだよ!

さぁ、神の忠実な下僕達よ!獣共と異教徒共に裁きの鉄槌を下せぇ!ああ、エヒト様!見ておられますかぁ!!」

 

 

 膝を付き天を仰いで哄笑を上げるアレイスト王。彼が合図すると同時に、パーティー会場である甲板を完全に包囲する形で船員に扮した兵士達が現れた。

 

 

 甲板は、前後を十階建ての建物と巨大なマストに挟まれる形で船の中央に備え付けられている。なので、テラスやマストの足場に陣取る兵士達から見れば、眼下に標的を見据えることなる。海の上で逃げ場もない以上、地の利は完全に兵士達側にあるのだ。それに気がついたのだろう。各国の重鎮達の表情は絶望一色に染まった。

 

 

 次の瞬間、遂に甲板目掛けて一斉に魔法が撃ち込まれた。下という不利な位置にいる乗客達は必死に応戦するものの……一方的な暴威に晒され抵抗虚しく次々と倒れていった。

 

 

 何とか、船内に逃げ込んだ者達もいるようだが、ほとんどの者達が息絶え、甲板は一瞬で血の海に様変わりした。ほんの数分前までの煌びやかさが嘘のようだ。海に飛び込んだ者もいるようだが、そこにも小舟に乗った船員が無数に控えており、やはり直ぐに殺されて海が鮮血に染まっていく。

その後の事を一言で言えば…地獄絵図といったところだろう。

乗客達は次々と殺されていき、あっという間に甲板は血の海と化した。

レミアはミュウにそんな光景を見せるわけにはいかないと言わんばかりにミュウの目を覆い隠す。

「これは酷いね…」

とハジメは呟く。

「一度タガが外れて狂信者となった者は何をしでかすかわからない…残虐な事も何の疑いもなく出来る…何処の世界も同じみたいだな」

と私はそう口にした。

 

その後も探索を続けたのだが…まるでお化け屋敷といった感じだろうか。

霧によって視界が遮られ、物理トラップとして私達目掛けて飛来物か飛んできたりする。

この迷宮を創設したメイル・メルジーネはとことん精神的に追い詰めるのが趣味なのだろうか…

"死にたくなかったのに"

"生きたかったのに"

といった複数の声も聞こえてくる。

「これは…亡霊達の声ですね」

「そうみたいね…」

とユーリアとレムリアは呟く。

"普通に一生を過ごしたかったのに"

「…そうだな。その気持ちは私にもよく分かる。私もそう思った事は幾度もあった」

と私は亡霊達に声をかける。

「私の同胞達の中にもそう思った者が多くいただろう」

私達の目の前には多くの"魂"の姿があった。その中には子供もいた。

「世の中、理不尽な事も多い…何でこんな目に遭うんだと思う事もある。だけど、悪い事ばかりではない。生きていれば良いこともある。

私も大切な人達からそれを教えられた。彼女達はもういない…皆死んだからな。だが、きっと何処かの世界で新たな人生を歩んでいるのだろう。

まぁ、お前達からしたら何様のつもりだと思うだろうな。

とにかくだ、これからどうするか…此処に留まって怨み嘆き続けるか、勇気を出して一歩踏み出して第二の人生を歩むのか…それはお前達次第だ」

私の言葉を聞いてくれたのか"魂"は私達に先へ行くようにと言わんばかりに道を開けた。

「あの霊達が道を開けるなんて…」

「凄いわね…"鋼鉄の戦女神"…」

とシアとレミアはそう言う。他の皆も驚いているようだ。私だって彼らが私の言葉を聞いてくれた事に驚いている。

「さて、先に行こうか」

 

"魂"が開けた道を進んでいった末に辿り着いたのは淡い光に照らされ中央に四本の巨大な支柱に支えられている神殿のような建造物がある空間だった。

神殿の支柱の間に壁はなく、吹き抜けになっていて、中央の祭壇らしき場所には精緻で複雑な魔法陣が描かれていた。

神殿は周囲を海水で満たされているが、海面に浮かぶ通路が四方に伸びていて、その先端は円形になっている足場があり、そこに魔法陣が描かれていた。

私達は魔法陣の内の一つからこの空間に飛ばされてきたのだ。

「…ここは…あれは魔法陣?」

「まさか、攻略したのかな?」

と香織とハジメは発言する

「えっと、何か問題あるんですか?」

とレミアはハジメに訊ねる。

「まさかもうクリアとは思わなくて…」

「…他の迷宮に比べると少し簡単だった気がする」

「最後にあのクリオネモドキくらい出てくると思ったんですけど…」

とハジメ、ユエ、シアは答える。

「いや、最初の海底洞窟だって普通は潜水艇なんて持ってないんから、クリアするまでずっと沢山の魔力を消費し続ける羽目になるし、普通なら下手したら溺死しちゃうよ」

そう答えたのはゼルフィだ。

「ゼルフィの言う通りだ。クリオネ型は強敵だったし、物理攻撃が効かない亡霊達の大軍には魔力頼りになるだろう」

「確かにそう言われればそうじゃな」

「それにこの世界の人なら信仰心が強いだろうし…あんな狂気を見せられたら精神的にキツいと思いますよ

ユーリアの言う通りだな。

私達が祭壇へと足を踏み入れると他の迷宮と同じく脳内を精査され、記憶が読み取られたのだが、今回はそれに加えて他の者が経験したことも一緒に見させられるようだ。

それはつまり、ミュウには見せたくなかった光景を結果的に彼女にも見せる事になる。

「ミュウ…」

レミアは心配そうにミュウを抱き締める。

「ママ、ミュウは大丈夫なの」

とミュウは逆にレミアを抱き締めた。

記憶の読み取りが終わり、私達は攻略者と認められたようで新たな神代魔法が脳内に刻み込まれていった。

「ここでこの魔法か…」

と私は思わず呟いた。

「大陸の端と端じゃない!」

レムリアが悪態をつく。

メルジーネ海底遺跡の神代魔法…それは"再生魔法"だった。

ハルツィナ樹海の大樹の下にあった石版の文言に先へ進むには"再生の力"が必要だと書かれていた。

つまり東の果てにある大迷宮を攻略するには、まず西の果てにまで行かなければならなかったということだ。

「これ、最初にハルツィナ樹海に訪れた人にとっては途轍もなく面倒だよね」

「私達にはトランステクターとかがあるから良いけど、普通の人はそうにもいかないもんね」

ハジメや香織の言う通り…トランステクター等がなかったらどれだけ時間がかかった事か…

そんな事を考えていると、魔法陣の輝きが薄くなっていき、床から小さめの祭壇らしき立方体がせり出してきた。

祭壇は淡く輝き、その光は形をとり人型となった。

その人物…解放者の一人たるメイル・メルジーネはその外見から海人族もしくはその祖先の様だ。

彼女はオスカーと同じく、自己紹介した後に解放者の真実を語り、最後にこう言葉を紡いだ。

「…どうか、神に縋らないで。頼らないで。与えられる事に慣れないで。掴み取る為に足掻いて。己の意志で決めて、己の足で前へ進んで。どんな難題でも、答えは常に貴方の中にある。貴方の中にしかない。神が魅せる甘い答えに惑わされないで。自由な意志のもとにこそ、幸福はある。貴方に、幸福の雨が降り注ぐことを祈っています」

メイル・メルジーネはそう締め括ると再び淡い光となって霧散し、彼女が座っていた場所には小さな魔法陣が浮き出て輝き、その光が収まった後、メルジーネの紋章が掘られたコインが置かれていた。

「これでハルツィナ樹海の大樹に挑戦できるな」

と私が証たるコインを取ったその時だった。

神殿が鳴動を始め、周囲の海水がいきなり水位を上げ始めた。

「強制排出か…総員、急いでトレーラーに乗り込め!」

「これ、乱暴すぎるよ!」

「ライセン大迷宮みたいなのは、もういやですよぉ~」

「水責めとは…やりおるのぉ」

「感心している場合じゃないですよティオさん!」

と香織、シア、ティオ、ハジメはそう言う。

私は宝物庫から潜水艦モードのトレーラーを出し、皆はトレーラーに乗り込む。水が入らないよう結界を張っているので水が流れ込む事はない。

私達全員がトレーラーに乗り込んだ直後、周囲は水没し、更に天井部分がグリューエン大火山のショートカットと同じように開くと猛烈な勢いで海水が流れ込む。

私達を乗せたトレーラーはその縦穴に流れ込んで、下から噴水に押し出されるように、猛烈な勢いで上方へと吹き飛ばされた。

「これがメルジーネ海底遺跡のショートカット!?」

「滅茶苦茶乱暴な強制ショートカットだよ!」

「意外に、過激な人なのかもしれないですね」

「…それはあり得る」

とレムリア、シエラ、ユーリア、ユエはそう感想を述べる。

道中、行き止まりにぶつかる寸前になりかけたが、天井がスライドして開き、私達は遺跡の外の広大な海中へと放り出された。

「何とか出れたが…」

トレーラーの両サイドから触手が伸びてきて、私は咄嗟にトレーラーに搭載した魚雷を発射する。

「どうやらこれで終わりとはいかなそうだな」

私達を襲ったのはあのクリオネ型の魔物だった。

 

 

 

 

To be continue…

 

 

 

 


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