午前2時、夜遊びなう!   作:天馬要

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新人研修編
第1夜 目覚めた魔女


 どうしてこうなった。

 ミュア・アヴァンシアは、もうもうと舞い上がる土煙の中で、呆然と立ち尽くしていた。熱に浮かされた時のような、妙にふわふわとした心地がする。足がふらつく。それになんだか体もだるい。

 どうにも回転の鈍い頭で整理をし終えるよりも先に、夜風に流され砂埃のカーテンが左右に引かれる。視界が開かれると、信じ難い光景が目に飛び込んできた。

 

 聖堂の壁に入った大きなひび。なぎ倒された十字架。激しい破壊の後が見て取れる。散らばったステンドグラスの破片が、月明かりに照らされて悲しげに煌めいた。

 辺り一帯には、大男が握り拳を大地に振り下ろしたのでは? とすら思える大きな穴があちこちに広がっている。中には花壇をまるごと潰したものもあった。散った花から千切れたであろう、一片の花びらが目の端を横切っていく。

 

 散らしてしまった花々に胸を痛める少女の前に転がっているのは、割れた卵──と、形容できる物体。だがそのサイズは、人ひとりの背丈を優位に超える巨大なもの。岩肌のようにゴツゴツした体表からは、幾つもの大砲が突き出ている。なんておぞましい姿だろうか。真ん中から真っ二つに割れて地面に倒れ伏す姿から、既に事切れていることだけが分かった。

 

 続いて、今度は自らの背後に視線を奔らせた。その赤茶けた瞳は、闇の中で揺れている。

 この怯えよう。明らかに尋常ではない。少女が見下ろす先にあったのは──なんてことない、地に横たわる一本の箒であった。

 もうすぐ卒業する3年生が、お世話になったお礼にと学校に寄贈された数ある中のひとつ。未使用品で真新しいだけあって、繊維を束ねた毛束をまとめる紐もほつれてきていないし、大きな筆状の穂だって一本一本直毛で綺麗だ。

 

 この箒は、少女がつい先程、備品室で見つけた単なる掃除用具に過ぎないもの。そのはずなのに、どうして、いきなりあんなことを──

 草木も眠る午前2時を過ぎた頃、斜めに傾いた月だけが、事の顛末を知っていた。

 ほんの夜遊びだったはずが、わずか一夜にして彼女の人生は劇的に変わってしまったのだ……

 きっかけは、些細な出来事。図書室から貸し出された本を、うっかり延滞してしまったことだった。

 

 †

 

 南向きの教室から入ってくる夕陽。窓辺で落ちていく陽光を浴びながら、本を開く。エドガー・アラン・ポー作「モルグ街の殺人事件」だ。

 その一番最初のページに挟まれた手製の栞──シロツメクサの花指輪──を眺めていた。幼い頃に出会った、ある男の子からもらったものだ。現在は押し花にし栞として長年愛用している。

 

 押し花は、お世辞にも上手いとは言い難い全体的にグニャグニャとした文字の羅列が並んだメッセージカードの切れ端を土台としてラミネートフィルムに入れられている。

 

Allen Walker

 

「元気かなあ……アレン君」

 

 栗色の髪の、可愛らしく大人しい男の子だった。でも根暗というわけではないようで、割と人懐っこい。慣れると笑顔も見せてくれたし。それもまたキュートで──

 初恋かと問われたら、イエスと言える。

 物思いにふけっていると、廊下を走る足音が聞こえてきた。徐々に近づいてくる。ガラリと引き戸が開いて、人影が教室に飛び込んできた。

 

「お待たせ! はあ、疲れた~」

 

 そりゃあ校舎の端っこにある聖堂から全力疾走してきたら、誰だって疲れるでしょ。

 友人の名前は、シャノン・リンフォード。ここの女学校にほど近い仕立て屋の娘だ。学校が近いって、それだけでステータスだよね。

 

「お疲れ様。シスター・メヌリスの言いつけ通り、聖堂ピカピカにして来た?」

「隅々までね……チョー疲れたよ」

 

 肩を落としてトボトボ歩いてくる。

 

「だから止めたのに。夜の学校に忍び込むなんてやめとけって」

「だってー」

 

 そう。実はこの馬鹿、昨晩学校に忍び込んで肝試しをしていたらしいのだ。それも一人で。しかし、ちょうど校内を見回っていたシスターに見つかって大目玉を食らい、罰として放課後に聖堂の掃除を言い渡され、現在に至る訳だ。

 

「これに懲りたら、もうやめてよね」

 

 大げさにため息をつきながら、栞を取って読み終えたばかりの本を閉じる。目の前の不良生徒は、口角を上げてニンマリ。唇が三日月の形を作った。

 嫌な予感がする。

 

「ね! 今夜はミュアもいこーよ!」

 

 ほら来た。

 

「ヤダ」

 

 ぷいと顔を背ける。

 

「なんで~?」

「誰かさんみたいに罰を食らいたくないからでーす」

 

 それに、内申点に響きそうだし。てかこいつ、全然懲りてないじゃん。シスター、もっと手厚くお灸をすえて下さい。

 赤く染まる夕暮れ時の教室内で、しばしの押し問答が続けられる。

 

「行ーくーのー!」

「行かないってば」

 

 まともに取り合おうとしない私に、長い金髪をポニーテールに結わえた彼女は桜色の頬を膨らませた。ずいっと顔を近づけて、詰め寄ってくる。

 

「なんでよ! ミュアだってあの噂、興味あるくせに! オカルト好きだし!」

 

 噂。そう、現在、巷でとある噂話が大流行している。なんでも、夜の学校内でほうきが空を飛んでいるのを見たというのだ。目撃者は3年生の先輩で、一気に学校中に広まった。今んとこポルターガイスト説が最有力かな。

 

「まあ……興味がないって言ったら嘘になるけど。ってか、それ確かめに行ったの?」

 

 暇かよ。

 

「だって気になるじゃん!」

 

 とシャノン。特に悪びれる様子もなく言い放った。

 

「……とにかく、私は行かないから。ほら、帰ろう」

 

 鞄を片手に持った私に、諦めきれないシャノンは、むーっと木の実を頬張ったリスみたいな顔をする。しかし、すぐさま「閃いた!」というような目をした。

 

「ねえミュア、その本、図書室から貸し出されたヤツだよねぇ」

「……そうだけど」

 

 したり顔でほくそ笑む。

 

「教室戻ってくる時に寄ったんだけど、図書室、閉まってたよ」

 

 そう告げられた瞬間、太陽が沈み切り、地平線の彼方に消えた。教室に差し込んできていた陽の光が途切れ、たちまち暗闇に包まれる。

 

「…………は?」

「ほら、雨漏りしてたでしょ? 修理するのに、外部からの業者が入っててさ~。生徒は立ち入り禁止だって」

「…………」

 

 どうしよう。貸出期限を破った場合、一ヶ月間は本の貸し出しが禁止されてしまう。

 

「やっちゃったなぁ。お昼休みにさっさと返してくるんだった」

 

 頭を掻く私に、悪魔の囁きが揺さぶりをかけてくる。

 

「いいじゃん。夜に返しに行けば。あたし、付き合うよ?」

「……アンタは噂を確かめたいだけでしょ……」

 

 教室を出て階段を下りている間も、のってはいけない提案が湧き水のごとく次々と出されていく。

 

「明日は学校休みだし、今夜はあたしの家に泊まるってことにしといて、夜に抜け出して二人で学校に行くんだよ!」

「ええ~……」

 

 大丈夫か、その作戦。

 

「うちの親だって、まさか二日続けて家出るなんて思ってないだろうし」

「シスターだって、二日続けて忍び込むなんて思ってないだろうね」

「おっ、ミュア、ノッてきたじゃーん」

 

 部活動を終えたこの時刻、大多数の生徒が既に下校しているため、廊下は人気が無くがらんどうだった。二人分の足音だけがこだまする。

 窓の外は、とっくに暗くなっていた。

 ……空を飛ぶ、魔法の箒……か。

 そんなものがあったら、是非とも欲しいよ。

 昇降口を出たと同時に、引き結んでいた口を開いた。

 

「……今回だけだからね、シャノン」

 

 かくして、夜遊びの決行となった。

 

 †

 

 結論から言うと、校内への侵入と本の返却は拍子抜けするほど容易かった。

 というのも、隣にいるこの不良生徒、今週は図書室の掃除当番に割り当たっていた。窓の拭き掃除を申し出て、清掃のついでに一番奥の窓の鍵を内側から開けておいていたのだ。

 

「どうよ?」

 

 ドヤ顔で窓を開けて、中に入っていく。私もすぐ後に続いた。

 

「怪盗になれると思うよ」

「レディース! エーン! ジェントルメーン!」

「そこまで自信つけんな」

 

 ていうかデカい声出すな。シスターにバレちゃうでしょ! 

 

「って、何してんの?」

 

 受付のカウンターでゴソゴソと怪しげな動きをしている彼女に訊ねる。

 

「何って、貸し出し名簿を偽装してるんだよ」

 

 堂々と言って退けた。

 

「……マジか」

「おっ。ミュアの名前はっけーん。ほら、後はあたしに任せて早く本棚に返してきなよ」

「う、うん。頼んだ」

 

 こんな暗い中、よく名簿とか見つけられるよなあ。

 ミステリーのある本棚は、図書室の奥の方だ。左手側に進んでいき、エドガー・アラン・ポーのスペースに「モルグ街の殺人事件」を突っ込む。これでよし。

 カウンターに引き返すとシャノンもひと仕事終えており、親指を立てた。ひとまず胸をなでおろす。

 が、二人で微笑み合う間もなく衝撃がやってきた。

 ドゴォオオン!!! 

 

「「!?」」

 

 それは爆発音だった。ただごとではないと判断した二人の間に緊張が走る。

 次いで、バタバタと重なる複数の足音。図書室よりも聖堂よりもさらに奥まった場所にある、シスターや遠方から入学した学生たちの寄宿舎から走ってきているようだ。

 

 潜んでいたカウンターから飛び出し、隣接する聖堂に向いた窓から様子を伺う。大勢の人生徒とシスターが、寝間着のまま渡り廊下を走っているのが見えた。みんな、逃げるのに夢中で、顔を出しているこちらに気付いてないようだ。

 

「ど、どうしたんだろ……」

「……向こうの空が赤い。火事でも起こったのかも」

「か、火事!? なら、あたしたちも逃げないと──」

 

 シャノンのセリフがそれ以上続くことはなかった。聖堂の影から現れた、その物体に言葉を失ったからだ。

 球体の怪物。体中から大砲を放射状に生やして、空中に浮いている。

 伸びた大砲から発射された弾丸が、逃げ惑うシスターと生徒たちの背中を捕らえ、撃ち抜いた。廊下は直進だ。元々逃げ場なんてあるはずもない。

 撃たれた人達は身体に黒い☆が浮かび上がり、やがてその模様が全身に広がっていくと、消滅した。死んでしまったのだ。誰かの悲鳴が聞こえてきた。

 

「みゅ、ミュア……」

 

 震える手で私の袖を掴むシャノンの存在が、受け入れがたい現実に直面しても冷静にさせてくれた。

 

「……ここから逃げよう。あの怪物に見つからないように」

 

 頭を縦に振ったのを見て、すぐに侵入してきた窓に駆け寄って、脱出を試みる。ガクガクと笑う膝を懸命にこらえながら、シャノンは窓の縁にまたがった。

 ここからだったら、学校の敷地外まで5メートルもない。大丈夫、きっと助かる。

 

(シスター……他の生徒さん達。お花も供えられなくて、ごめんなさい)

 

 ストン。草むらの上に着地したシャノンがこちらに手を伸ばす。

 

「ミュアも早く!」

 

 うんと頷いた瞬間、すりガラスがはめ込まれた、木製の扉が吹っ飛んで来た。ガラスが砕けて、ガラス片が飛び散る。

 

「ひゃあッ!」

 

 とっさに両腕をクロスさせてガードするも、飛来してきたガラス片がナイフのように切り裂く。右腕に生じた切り傷からわずかに出血した。

 

「ミュア!」

「大丈夫……」

 

 それよりも、大変だ。図書室にあの怪物がやって来てしまった。

 

「……ォオオォオ……」

 

 しわだらけの老人の顔をして、低い唸り声を発する怪物。じりじりと間合いを詰めて、照準を私に狙い定める。そんな中、ふと前方の本棚の横に置いてある台車が目に入った。それは、手押しする側の面が、丁度よく扉が取っ払われた出入り口を向いていて──

 

「シャノン、逃げて」

 

 砲撃の直前に、フローリングの床を思い切り蹴った。それも前方の、怪物に自分から接近していく形で! 

 ──ガシャン! 

 台車に飛び乗るのと、図書室の壁が崩れたのはほとんど同時だった。スピードをつけて飛び乗られた台車は、前方に車輪を転がし、そのまま図書室から廊下に滑り出ていく。

 

「ォオォオォ……」

 

 すれ違い様に躱された怪物は、ぐるりとその場で半回転し咆哮を上げて追いかけてくる。どうやら動くものを追う習性があるようだ。

 

(さっき私が立ち止まってた時には、すぐに攻撃してこなかったし)

 

 イヤ、もしかしたらたまたまかもしれないけど。

 廊下を出ると、直ぐ様台車を乗り捨てた。そして、なるべくシャノンとは反対側の、体育館側に逃げる。

 撃ってきそうな時は、すぐさま曲がり角や階段を経由して方向転換し、とにかく被弾しないようにやり過ごした。しかしそれでも限界が訪れる。

 

 三度目の砲撃で、弾丸は足元の床に着弾した。そして破裂する。私の身体は馬車に跳ね飛ばされたような衝撃を受け、宙を舞う。そうして体育館に辿り着く一歩手前の、備品室に扉を破って突っ込んだ。何か弾力性の高い物の上に落ちた後、身を起こした。

 

「これ……予備のマットだ」

 

 体育館倉庫に入りきらない分を、ここに置いているらしい。

 そうか、これがクッションの役割を果たして、落下の衝撃を和らげてくれたのか。

 

「うう、それでも全身が痛いよ……」

 

 キョロキョロと見回すと、他には使用前の掃除用具らしいモップや箒なんかが置いてあった。そんな数あるうちの一本の箒に、何故か目を奪われる。隅っこにポツンと立てかけられているその箒が、何故か気になった。

 窓から月の光が伸びてきて、室内をぼうっと明るくさせる。月光に照らされたことで、ようやく違和感の正体が分かった。

 

(そうか、色だ。黒いんだ、あの箒だけ)

 

 黒竹箒、とかいうやつかな? 知らんけど。

 それにしても、持ち手の棒も穂も、墨で染めたように見事に黒い。まるで、

 

「闇夜から生み出されたみたい」

 

 ──いつの間にか、私はその箒を掴んでいた。それを皮切れに、淡い青色の光が箒から溢れ出す。その光は、月光にも打ち勝ち、備品室を満たすと、マットや他に収納されていた物が、無重力のように次々に床から浮いた。

 

「……毎晩飛んでいたのは、もしかして私を探してたの?」

 

 箒は、答えの代わりにグイっと私を引っ張って窓際に連れていく。

 

「そうか。飛べるんだもんね。助かった。これで逃げられる」

 

 呟いた時、脳裏に先程の生徒たちが殺される場面が再生された。

 

 ………………私、逃げていいのかな? 

 

 無防備な背中に、砲弾が浴びせられる。

 備品室全体に、雨霰と撃ち込まれる。集中砲火を受けて、備品室は完全に倒壊した。後に残ったのは、残骸と血溜まりの上に横たわる少女の亡骸だけ────

 

「とでも思った?」

 

 怪物に影がかかる。箒に乗った少女が、上空に浮遊していたのだ。

 

「すごいね、キミ。あんな高速移動ができるなんてさ」

 

 と、箒を撫で付けて称賛しながら笑みを浮かべる。

 あの狭い空間で、光すら超えそうな速度で一度たりとも被弾することなく全弾回避をするという離れ業をやってのけた。やるじゃないか、魔法の箒。それと私。

 

「決めた。私、アナタをお掃除してあげる」

 

 覚悟を口にした時、タイミング良く街の鐘が鳴った。ゴーン。1回。ゴォーン、2回。

 

「さぁ遊ぼう。午前2時、楽しい宴のはじまりだ」

 

 その後の事は、よく覚えていない。とにかく現実味がなくて、夢でも見ているようだった。

 飛び回った果てに、少女の頭上に陣取った箒の穂先から魔法陣が展開されて、お返しと言わんばかりに光のビームをぶっ放したのだ。一条の光は、怪物を仕留めて決着した。そうして冒頭に至る。

 

 ──ピシッ。ピシッ、ピシ。はっと気が付くと、得体の知れない物体の身体にさらに異変が起こっていた。中央に開けた風穴を起点にして、展開された砲身(バレル)の先にまで、全身に亀裂が走っていき、遂には崩壊する。まるで、砂遊びで作った城が打ち寄せる波によって崩されていくような、実にあっけない最後だった。

 

 人間の死も、案外このくらいあっさりした幕引きなのかもしれない。そんな悟りにも似た感想を抱いた直後、意識が暗転した。




箒って、海外だと魔女や魔法使いが空を飛ぶ道具として広く知られていますが、他にも西洋ヤドリギが雷除けになるとか興味深い伝承がありました。
日本だと古事記なんかで「玉箒」と記されていますね。ここでいう「玉」は人間の魂すなわち霊魂を指します。他にも、日本では箒に関する民間信仰が数多くあります。嫌な客に早く帰ってもらうおまじないで、玄関に箒を逆さに立てかけるといったもの、ご存知ありませんか? 「掃き出す」「払う」から来ているそうですよ。
ちなみに、本作でオリ主の対アクマ武器に箒を選んだのは、日本において「魂を掃き集める」「邪を払う」などの言い伝えがあったからです。ロマンを感じます。

ほうきに乗って空を飛びたいです。
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