午前2時、夜遊びなう!   作:天馬要

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ミュア・アヴァンシア (16)
子どもの頃にアレン・ウォーカーとマナ・ウォーカーと面識あり。


第2夜 魔女っ娘エクソシスト、出撃!

 ──ばっしゃーんッ! 

 口から水が入り込んでくる。苦しい。息が出来ない。吐き出された二酸化炭素が、泡となって浮上していく。

 水を吸った着衣が重い。まるで鎖のようにまとわりついて川底に引きずり込む。

 

 必死になって手足をばたつかせながら、顔上げるも水面には届かない。太陽の光が反射しながら波が揺らめく様は、現実を忘れさせるほど幻想的で美しかったのを覚えている。

 

「マナ! 女の子が川に!」

「アレンはここにいなさい!」

 

 大きな水飛沫の後、誰かに掬い上げられたのが分かった。それから──

 ………………………………

 ………………

 ……………………ん…………

 自己主張の激しい消毒用エタノールの独特な匂いが、瞼を開けるよりも早く嗅覚を刺激した。次いで触覚。マットレスも布団もかなり触り心地がいい。

 

「……夢か……」

 

 白地に黒い線が網目状に重なった、マス目のような模様が視界いっぱいに映し出される。病院の天井にありがちなデザインである。

 もそっと上体を起こし、辺りを見回す。集団部屋のようだが、現在は私以外に人の姿はなく、ガランとしていた。

 

 上に羽織っていたニットのカーディガンは脱がされ、ブラウス一枚になっている。カーディガンはサイドテーブルの上にキチンと畳まれて置かれてあった。

 自分の左腕から細いチューブの管が点滴に伸びているのを見て、ぎょっとする。よく見たら、他にも腕とか足首に包帯を巻かれたり、こめかみにガーゼを当てられテープで止められたりしていた。

 

「……どこだ、ここ……」

 

 きゅう、と体が空腹を訴えてきた。うん、お腹が空いたな。

 

「……夢なんかじゃ、ないよね……全部」

 

 人々を殺して回ったあの怖い怪物も、私が空飛ぶほうきを手にしてやっつけたのも、本当にあったことだよね……?

 ……考え込んでいたって始まらない。

 とりあえず外に出てみようと、ベッドから下りてリノリウムの床に立つ。うん、ふらつかないし、大丈夫そう。

 

 スカートを整えてから、点滴スタンドの車輪をガラガラと転がし、細かい装飾が掘られた木製の扉を開ける。

 外には、大勢の人が往来していた。

 白衣に袖を通した、忙しなく早歩きをする人。かと思えば、コウモリに向かって話しかけている人なんかもいる。え? もしかしてここ精神病棟? 

 所在なさげに扉の前で突っ立ていたら、ここのナースさんらしいおばさんが小走りで駆け寄ってきた。

 

「目が覚めたのね! 良かったわ。具合はどうかしら? 何か食べられそう? いま食事を持ってくるわね」

「元気です。ちょうどお腹ペコペコだったんですよー。あの、ところでここって……?」

「ここは黒の教団よ」

「くろのきょーだん?」

 

 聞き慣れない名前に、首を傾げる。

 そんな私を安心させるためか、婦長さんはシワだらけの顔をほころばせ、「室長が食事の後で話してくれるわ」と言った。

 

 †

 

 運ばれてきたサンドイッチをぺろりと平らげた後、図ったかのようなタイミングでその人は病室を訪れた。

 

「初めまして。室長のコムイ・リーです。黒の教団へようこそ、ミュアちゃん」

「……は、はじめまして……」

 

 眼鏡をかけた知的な男性は、笑顔で手のひらを差し出してきた。少し緊張しながら、怖々と握手に応じる。

 

「そんなに緊張しなくてもいいよ。キミはね、学校の中庭で倒れていたんだ。ここに運ばれて来てから丸二日は眠ってたんだよ。アクマの毒の影響でね」

「ええッ! どうしよう、出席日数が……──って、アクマ……?」

 

 一体何の話をしているんだ。沸いた疑問を口走った時、コムイさんの顔が曇った。

 

「ミュアちゃん、よく聞いて。……もうキミは、以前の生活を送ることはできないんだ」

「……え?」

 

 それって、どういう……

 

「キミには、本日より黒の教団に入団し、エクソシストとして働いてもらいます」

 

 厳かな口調で、そう言った。わずかな緊張が室内に走る。

 

「……エクソシスト? えっとそれって、悪魔祓いする人ですよね……? え? 私が? なんで?!」

 

 眼鏡のフレームを指で押し上げ、室長さんは誘う。

 

「着いてきて。ちゃんと話をするから」

 

 そうして、病室を出て案内されたのは、逆ピラミッド型の不思議な形をした昇降機。それに乗って地下深くに降りていく。

 高度が下がるたびに、光が届かなくなって、闇の中に溶けていくようだった。

 

「大元帥」と呼ばれる方々に謁見した後、コムイさんから聖戦に関する詳細を聞いた。呼び戻された死者の魂を魔導式ボディに閉じ込めることで、殺人行為を繰り返すアクマ。それを操る千年伯爵の話、それらに唯一対抗できる「神の結晶(イノセンス)」という不思議な力を持った物質と、その適合者について……

 

「ミュアちゃん、キミはそのイノセンスの適合者なんだ」

「私が……ってことは、あの箒、イノセンスなんですか?」

「そう。実際にアクマを破壊できたのだろう?」

 

 思い返す。あの空飛ぶほうきが列車砲みたく斜めに傾き、光線が放たれた事を。自然と顔が俯き加減になり、視線は足元の金網フェンスに下がった。

 

「……できました。魔法陣から光が出てきて、それがあの怪物を……アクマを貫いたんです」

 

 知らず知らずのうちに、祈りを捧げるよう両手を胸の前で重ねる。

 

「そうか……。いま、エクソシストは9名。キミは十人目になる。僕らと一緒に、戦ってくれるかい?」

「………………」

 

 緊張からだろう。握った手に、じっとりと汗が滲み出てきた。

 ──十歳になる年、私は一度だけ馬鹿な真似をしたことがある。

 復活祭に合わせて、家の大掃除を手伝っていた時、ふと思い立って手に持っていた箒に跨って、助走をつけてジャンプしたのだ。飛びたいと、願って。

 

 そんな大層な願い事が、ただの掃除用具によって叶えられるはずもなく。私は無様に川にダイブした。溺れかけていたところに通りかかった、アレンとマナさんに助けられたんだっけ……

 ずっと幼少期から抱いていた、箒に乗って空を飛びたいという願望。それが、思わぬ形で叶ったのだ。

 

「わ、私は……その、人としてまだまだ未熟ですし、エクソシストのお仕事も上手くできるか分かんないですけど……」

 

 組んでいた手をほどいて、伏せていた顔を上げる。コムイさんの視線を真っ向から受けて、こちらも見つめ返した。瞳に、強い光が灯されている。

 

「ミュア・アヴァンシア。精一杯、務めさせていただきます」

 

 深く首を垂れる少女に、コムイ・リーは少しばかり目を見開いて驚きの表情を浮かべた。

 

「……光をもって、闇を祓う──闇祓いの魔女か」

「へ?」

 

 反射的に顔を上げる。

 

「ヘブラスカの預言にね、そう出てきたんだ」

「ヘブラスカ……さん?」

「私の……ことだ」

 

 暗闇からぬうっと姿を現したのは、大きな人。それも、単純な巨人というわけではなくて人の形をした、不思議な存在というか……でも、なんとなく女の人っぽい。

 

「永遠に女性的なるもの……」

「“ファウスト”かい?」

「はい。それかグレートマザーかな。なんだか、神様みたいだなと思って」

「神では……ない。私も……エクソシストだ」

 

 コムイさん曰く、世界の終焉について記されたキューブの適合者だそうで。

 

「そーなんだ」

 

 納得した私に、再びコムイさんが意味深な言葉を口にする。

 

「“永遠に女性的なるものが、我らを引き昇らせる”──グレートヒェンは、むしろミュアちゃんの方かもしれないよ」

「え?」

 

 コムイさんは、ゲーテの戯曲「ファウスト」のヒロインを、何故か私に例えた。その意図が読めなくて、首を三十度ほど傾ける。

 

「私が?」

「意識を取り戻す前にイノセンスとのシンクロ率とか調べたんだけど、その時にヘブラスカが預言をしたんだ。この世の光となる闇祓いの魔女ってね。それがキミだ」

「私が……闇を祓う、魔女……」

 

 グレートヒェンは、戯曲の中で第一部で亡くなった。だけどその魂は天上に往き、最後は祈りによってファウストの魂を救済したんだっけ。

 

「なんてこったい。千年伯爵が、私のファウストになるんですかね?」

 

 ちょっと困り顔で茶化す。だってファウストとグレートヒェンは、恋人同士なんだよ? ラスボスと恋仲になぞられるのはちょっとなぁ。

 

「そうかも知れない」

【悲報】冗談のつもりだったのに肯定された。

 

「だけど……“時の破壊者”と言われたアレン・ウォーカー君がいるしね」

 

「……え?」

 

 いま……アレン・ウォーカーって言っ──

 

「というわけでね、魔女のイメージを壊さずに対アクマ武器も、大幅変更なしでほうき型になりましたー!」

 

 はい拍手~♪ パチパチパチ~。

 と、コムイさんは手を叩いた後、間髪入れず操作してエレベーターを急上昇させた。ちょッ、危なっ! 振り落される! 

 

「またねヘブ君! さ、小難しい話はこれでお終い。締めとして、キミに対アクマ武器を渡すよ。出来立てほやほやのね」

 

 手すりに掴まり、必死こいて踏ん張る私にコムイさんはなんとも涼しげな顔で微笑みかけるのだった。

 

 †

 

 続いて案内されたのは、科学班フロア。科学班は、イノセンスを研究・解析したり、対アクマ武器を加工してくれたりするグループだ。実働部隊であるエクソシストと最も繋がりがあるといっても過言ではないそう。それ故に滅茶苦茶多忙で、床に倒れてたり机に突っ伏している人を何人も見かけた。

 

 科学班フロアは、部屋のあちこちで重なったプリントがタワーになっていた。今にも雪崩れ落ちてきそうだ。めしょ。やべ、書類踏んじゃった。……そっとしておこう。

 

「オレは科学班の班長、リーバー・ウェンハムだ。よろしく」

「ミュア・アヴァンシアです。よろしくお願いします」

 

 コミュニケーション能力がカンストした如何にも親しみやすそうな男性と挨拶を交わした。

 そして、リーバーさんが持って来てくれた黒い箒を受け取る。

 

「ほうき型対アクマ武器『魔女ノ箒(ワルプルギス)』だ。これ、元の状態からあんまりいじってないけど、ひとつオプションつけさせてもらったぞ」

「あ、この羽の飾りですか?」

 

 穂を束ねる紐の部分がリングになって頑丈に固定されており、そこから烏を模った羽が左右に伸びて、翼を広げていた。

 

「ただの飾り……じゃないですよね。ペダル?」

「ああ、つっても漕ぐんじゃなくてただの足置き台だけどな。スピード出しても踏ん張れるように」

「なるほど……どうもありがとうございます」

 

 ぺこりと頭を下げられ、リーバーは妙に照れ臭くなり、頭を掻く。

 

「どういたしまして」

「あ、あのっ」

 

 背後からかけられた声に、振り返る。白衣に袖を通した眼鏡の男の子がいた。何故か大きな箱と、とんがり帽子を抱えている。

 

「オレ、ジョニー・ギル。ジョニーって呼んで」

「は、はい! ミュアです。どうぞよろしくです、ジョニー。えっと、それ、何持ってるの?」

「これ? これはミュアの団服一式だよ。それから、こっちはおまけ。頭を保護するのと、魔女って言われたらやっぱりこれかなーって」

 

 ショートブーツ。カボチャパンツ。手を保護するためのオープンフィンガーグローブ。箱の中身は、私の戦闘服一式が揃えられていた。

 先っちょが折れ曲がった白いリボンが巻かれた黒のとんがり帽子。腰に大きな白いリボンと、フリル袖のついたフワッとしたスカートが可愛いロングコート。白と黒が基調になっている団服だ。

 

「かわいー!」

「だろー? 顔見た時、パッとデザインが浮かんでさ~」

「これジョニーが考えたの!? なにそれすご!」

 

 てか寝顔見られたのか。涎とか垂らしてなかったかな。大丈夫かな。

 …………でも、この流れって…………

 

「それではコムイさん、私はどこに飛べばいいですか?」

 

 ド直球で、任務の内容を訊ねた。

 コムイさんは、妙に狼狽えた瞬きを繰り返した後、

 

「……お見通しだったか」

 

 と、3人揃って罰の悪そうな表情をした。

 

「ええ、まあ」

 

 全体的に「巻き」な気がしたので。

 コムイさんは、パタパタと羽を動かすコウモリのおもちゃを取り出した。

 

「……これはキミ専用のゴーレム。通信機になってるんだ」

 

 おお、どんどん私専用が増えていきますな。

 瞼が開き、ぱちぱちと瞬きを繰り返す三日月型のゴーレム。それは私を主だと認識したらしく、飛行しながらまとわりつく。なんだか愛着が湧いてくるなぁ。

 

「行先は日本、江戸だ。ミュアちゃんの飛行速度で一日どれほど進めるか分からないけど……なるべく急いで。江戸までは単独だけど、到着した後はクロス部隊と合流して彼らと行動を共にしてくれ」

「分かりました。現場の指示に従います」

 

 メンバーのリストなどの情報が記された書類を渡される。

 

「……怖くないかい?」

 

 意外な問いかけに、少しばかり驚いた。が、すぐに笑顔を作る。

 

「怖くないって言ったら、嘘になります。でも、私、精一杯やるって決めましたから」

「……そっか。気を付けて行くんだよ」

 

 虚を突かれたコムイさんが漏らした声は、どこか自虐的に聞こえた。

 とんがり帽子を被り、支給された黒いトランクと団服一式を抱えて、沈んだ顔の三人に笑顔でお茶目な言葉を残す。

 

「さっきコムイさんが言ってたアレン君って、多分、私の──その、初恋の人だと思います。無事に帰ってきたら、その時は皆さん、恋のキューピットになってくださいね」

 

 ウインクをして、駆け足で指令室を出た。その後、指令室に3人の驚愕する声が響き渡ったのは、言うまでもない。

 さーて、初任務、張り切って行くよー!!




その後、ミュア氏は病室で着替えと旅支度を済ませた後、夜が明ける前にほうきに乗って飛び立ちましたとさ。
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