数日経っても、アレンの左腕は復活することなく。
今日も朝早くから、フォーちゃんと私とローテーションしながらやり合っている。
そこに、科学班の新入り三人組がやってきた。
「どうっすか、ウォーカー」
また来たんか、君ら。
「まだ。もうさ、いっその事アクマと戦闘させてみればいいのに。案外あっさり取り戻せるかもよ?」
「な、何言ってるんですか! そんな危ないこと、ウォーカーさんにさせられません!」
「そりゃリスクは承知だけども」
飄々と受け答えた。
しかし、知らないうちに増えていた恋のライバルは執拗に噛み付いてくる。
「アヴァンシアさんは、ウォーカーさんの幼なじみなんでしょう? 彼を何だと思ってるんですか!」
「エクソシスト」
ものの一秒で論破する。
「え……」
「エクソシストでしょ、アレンは。でも、多分、アレンが望んでいるのは──」
気が付けば、切りかかろうとしたフォーちゃんの足が止まっていた。
「──!?」
見れば、アレンの左眼の呪いが発動している。
«フォー? 急に動きを止めてどうしたのだ?»
羽ばたくコウモリの無線機から、様子を伺っていたバクさんの声が発せられる。
「ウォーカーの目が突然……」
«え?»
間の悪いことに隣にいる三人組も、バッチリ目撃しちゃってる。
「お、おい。シィフ、見たか今の!?」
「み、見た……」
蝋花に至っては言葉を失っていた。
«ウォーカー? 目がどうかしたのか?»
「遠くのアクマに反応してるんだ……」
遠くにいるアクマ……それは、おそらく──日本、江戸の──
しまった。こんなの、さらにアレンを焦られるだけだ。
呪い……か。呪いが効くのなら、祈りだって届いたって良いのに。
†
その後、フォーちゃんがアレンに激昂した。やる気が見られないとかそんな理由だった気がする。
私はその間、司令室にバクさんに「試しにアクマと接触させてみたらと」提案しに来ていた。全力で却下されたけど。
«テメェみたいなモヤシ、一ッ生発動なんか出来るか!!!»
今度はアレンがブチ切れて、がーとかぎゃーとか、言葉ですらない言語を絶叫する。人ってガチギレするとああなるのか……
«わかんないんだよっ! 全然分からないっ! ちくしょう……っ、ちくしょ……僕はいつまでこんな所で……っ»
「仲間を想うあまり、ひどく焦っておいでですな」
お茶を淹れながら、ウォンさんが外への散歩を提案するも、アレンの命が狙われているため、それも出来ない。
「しかもノアは『エクソシスト』や『イノセンス』とは関係なく『アレン・ウォーカー 』という存在を消そうとしていた……『とある人物の関係者』として」
「とある人物?」
「ウォーカーに聞いてもわからないと言っていた」
とある人物って──誰?
「ともかく、ウォーカーの身を守るためにも武器が復活するまで彼を出すことはできん。支部(ここ)なら安全なのだ。ひいじじの守り神が結界で入口を封じているここならばな──」
机で腕を組んでいたバクが徐ろに立ち上がる。
「そうだ、アヴァンシア。言われていた奇怪現象について調べてみたのだが、それらしいものはなかった」
「そう……ですか」
「アヴァンシア。ボクはキミの発言も気になっている。何故イノセンスかどうか疑うような事を?」
「失礼しましたー」
クルリと踵を返し、来た道を戻ろうとする。
「ちょっ、待ちたまえ! 分かった、話を変えよう。どうして特定の奇怪現象を知りたがったんだ? 何かあるのだろう?」
後ろを着いてきながら、バクさんは質問攻めしてくる。言うべきか、言わざるべきか。
「……うん?」
はたと気づくと、バクさんはもう後ろを追いかけてきてはおらず、廊下で立ち止まっていた。
「不味い……アヴァンシア、アクマが北地区に侵入してきた!」
「北地区って」
フォーちゃんの封印の扉の間の近くじゃあ……!
「ボクはウォーカーを助けに行ってくる。キミは避難をしろ!」
走り出したバクさんに食らいつくように足早になんとか着いていく。
「えッ!? なんでですか、今戦えるエクソシストは私だけですよ!」
「だからこそだ! エクソシストは我々の希望なんだ。一人たりとも失うわけにはいかない!」
「ッ……」
バクさんに叱りつけられ、追いかける足を止めざるを得ない。
「ウォーカーを救出次第、北地区を封鎖する」
そう言い残し、皆が逃げるのとは反対方向に走り去って行った。
「……私は、一体、なんのために戦うんだろ……」
仲間を守るため?
それともアクマを救済するため?
まだはっきりとは分からない。でも、
「ここで立ち止まってちゃダメだよ、私……!」
ぐっと握り拳を作った時、ガラカランッ!
黒い箒が足元に降ってきた。
「え……なんで」
部屋に置いておいたはずなのに。
「にゃあーん!」
スピーカーの上から、サマンサが鳴き声を発する。まるで、『行け!』とでも言っているみたいに。
「……ありがとね!」
箒を手にし、即座にイノセンスを発動。箒に乗って飛び上がると、北地区に向かうべく第二開放をした。
「行くよ、ワルプルギス! 第二開放──
ぐにゃりと空間がねじ曲げられるような感覚の後、ミュアの姿が掻き消えて、封印の扉の間に出現する。瞬間移動が成功したのだ。
そこから北地区の中心部へと飛ばした。体にかかる重力が辛い。
「アレンは……きっと来る……」
だって彼は、アクマを望んでいるのだから。
「大丈夫……」
第二開放だって出来た。シンクロ率の上昇も手応えとして感じてる。
両手に握る箒が、どことなくうずうずしているように思えた。どんだけ狩りしたいんだ、この子は。
「……分かったよ。暴れていいけど、ちゃんと私の言うこと聞いてよね? 頼りにしてるんだからさ」
衝突音に誘われてそちらに向かうと、中央の広間で巨大な鎧を着込んだ男と、アレンの姿に変化したフォーちゃんが戦っていた。
右足と右腕を欠損している。目を瞑りたくなるのを我慢して、
「──ッ!」
アクマに体当たりをしつつ、フォーちゃんを抱き抱えて、超光速航法で距離を取る。ヒットアンドアウェイだ。
「フォーちゃん……!」
「なんだ、来ちまったのかよ……バクの奴、目ェ離すなって言っといたのに。お前みたいな奴は、何するか読めねぇから……」
「もういいよ、大丈夫だよ。こんなヤツ、すぐに振り切って」
台詞の途中で、アクマが糸を飛ばしてくる。再び次元を跳躍して回避した。
ポタ、と額から流れ落ちた汗が手の甲に一雫。
「はぁ、はぁ……っ」
たった3回の瞬間移動で、すでに体力の限界に来ていた。あと一度、跳べるかどうかといったところだ。
でも、もうしない方がいいかもしれない。結び目の転移を失敗すれば、その時は、
(宇宙の裏側の世界を彷徨うことになる……!)
このイノセンスの力があれば、宇宙にだって行けるかもしれない。でも、そんな空間に出たら、私の身体は耐えられるはずもない。
結び目の経由は、宇宙空間の経由。次元の跳躍はパワーを消費する。
スタミナが切れれば、防壁を作るのもビーム砲も撃てなくなる!
「……あぁ、お前、もしかして伯爵様が言っていた奴だろ?」
「え……」
「違うか? ミュア・アヴァンシア。いや、千年伯爵令嬢サマ?」
硬質な兜の奥で蠢く瞳が射抜いた。
「何それ……どういう……」
そう言えば、前にモスクワで遭遇した蛇女のアクマも「お喜びになる」とか言ってたけど……
「私は千年伯爵なんて知らないし、会ったこともない!」
「ククク……どうだかなあ!」
びゅっ!
再度糸で攻撃をしかけてきたのを、跳躍せずに躱す。
「そこだァ!」
「!」
両手を組んだアクマが、頭上から薪割りみたいに拳を打ち下ろしてきた。
その瞬間、アクマの背にあの少年が飛び降りてくる。アレンだ。
攻撃の手が止んだ隙に、アクマから離れる。
アレンを払い除けたアクマは、肩に違和感を覚えて問う。
「…………何なんだい、お前?」
崩れた壁に降り立ったアレンは、堂々と言ってのけた。
「エクソシストです」
一触即発のムードの中、私の腕の中でフォーちゃんの変身の効果が切れて、アレンから通常の姿に戻る。
「ハハーン、そういうコトねェ」
フォーちゃんを囮にして逃げる。それが狙いだったのだろうけど、私もアレンもここにいる今、それは達成できなかったということ。
「ウォ……カ……」
「フォー、バクさんが泣いてたよ」
あぁ、なんか容易に想像できるな、それ。
彼の開眼した左眼には、アクマに閉じ込められた人間の魂が見えているのだろう。
「……アレン。私にも見せて」
「え……」
「興味本位で言ってるんじゃないの。光だけじゃなくて……ちゃんと、闇も見たいの」
そう懇願すれば、徐々にアクマの頭上にモヤモヤした存在が見えてくる。
段々と鮮明になっていき遂に全貌が明らかになる。輪郭が崩れていて、こちらを見つめる目玉以外は原型を留めていない。
──愛シテグレ……愛シテグレ……
「……ありがとう、アレン」
「いいえ……」
力なく首を振って、アレンはアクマに微笑んだ。
そしてダークマターの影響で身体を透けさせたまま、アレンはアクマと戦闘になる。
どうしよ、私、近接戦闘スタイルじゃないしな。
「フォー!」
瓦礫を押し退け、踏み越えて遂にバクさんまで来てしまった。
「バクさん、フォーちゃんを頼みます。私も戦いに行かないと」
「あ、あぁ……!」
フォーちゃんを預ければ、彼女の小柄な体を抱き締めた。
ホッとしたところで、アレンの体に変化が起こる。攻撃を避けた弾みで、足を起点に彼の全身にヒビが入ったのだ。
「!!」
まずい……!
「バカだね。そんな体で戦おうなんて」
一撃入れたアクマ。アレンを水に沈め、その体の分子構造を分解させて崩していく。
「させない……!」
「やめんか貴様ぁ──!!」
彗星と化しバクさんと同時に突進技で攻めるも、インパクト寸前で箒は受け止められてしまった。
「それはもう見飽きた」
投げ飛ばされ、宙に投げ出される。逆さまになった世界の中で、光が形作る奇跡を目にした。
「イノセンスよ……」
光の柱がバクさんとフォーちゃんを包み込んだかと思えば、それはたちまち、人の型を作る。
「左はアクマの為に 右はの為に
どちらも僕で どちらも大切……」
「何だ!?」
「まさかアレンのイノセンスが……!?」
バランスを建て直し、箒に乗ってその場に滞空する。
「だからお前に応えよう──
仮面を着けた人形のようなそれは、バクとフォーを貫いていたアクマの糸を断ち切った。
おそらく、あれがアレンのイノセンスなのだろう。『オペラ座の怪人』っぽいけど。
アクマが急接近し、二人に攻撃を試みるも、仮面のイノセンスがそれを許さない。それどころか、一瞬にしてアクマの肢体を引き千切る。
「あがぁああアあアア!」
断末魔の悲鳴を上げるアクマ。
圧倒的な速度とパワー、それに攻撃数。同じイノセンスなのに、桁違いだ。これが寄生型……!
仮面のイノセンスはバクさん達の元を離れると、水面に沈んでいたアレンに宿って、マントと仮面となって装備される。
「貴様ぁ……ああア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」
肢体をもがれたアクマは最後の悪足掻きをするべく突進するも……
「哀れなアクマの魂よ。安らかに眠れ」
完全復活どころかさらなる進化を遂げたアレンの敵ではない。左の巨大な鉤爪が、肩口から打ち下ろされ紙のようにアクマを斬り裂いた。
彼が手にした、その新しい力の名前は
『