第8夜 江戸へ
今回アジア支部に侵入してきたアクマは、レベル3。私は初めて遭遇したんだけど、やっぱりあんまり戦えなかった。
「……ねぇフォーちゃん」
「なんだよ?」
封印の扉の間で、私は話しかける。フォーちゃんは戦闘により負った傷を回復させるため、人型になって出てくることもない。
「私、アレンにね……アクマに内蔵された魂を見せてもらったんだ」
「……そうか」
「人間みたいだなって思ったよ。そりゃあ、元が人間の魂なんだから、人間なんだろうけど……なんていうか、蘇らせて欲しいと願う程に愛されてるのに……愛されてたのに、それに気付けない部分が、人間らしいなって」
「…………」
否定も肯定もしないフォー。沈黙が支配する中、遠くから足音が反響してきた。訪れたのは、アレン。
「あ、ミュアもここにいたんですか」
「うん」
検査を終えたばかりらしく、ワイシャツ一枚とズボン、ブーツといったラフな格好をしていた。
「調子はどう? フォー」
「この内で休めばもとに戻るさ。ちょっと時間がかかるのが退屈だけどな。ここで変人エクソシストを見送ってやらぁ」
「ひどいな。僕のどこが変人ですか」
「はは……バーカ」
笑いを交えて軽口を叩き合う二人。こんな光景がまた見れるといいな……
「ウォーカー、お前さ……人間もアクマも好きなんて、大概奇天烈だぜ?」
「ははっ!」
珍しくアレンが声を上げて笑う。
「寝るぞ。疲れた……お前みたいな奴、とっとと戦場に行っちまえ」
「行ってくるよ」
アレンの滞在時間はごく僅か。すぐに方舟に乗らなくてはならないから。
「……お前も早く行けよ」
「うん……あの、フォーちゃん。ありがとね! 私、フォーちゃんのこと、大好き!」
「なっ……!? んだよそれ?」
「そのままの意味だよ!」
ウォンさんに作ってもらったワンショルダーのボディバッグに黒い箒を収め、背負う。これのおかげで、かさ張る箒の持ち歩きにも、苦じゃなくなった。
「〜〜、気ィつけろよ! ミュア!」
「はーい! いってきまーす!」
待っててね、まだ見ぬエクソシストの皆さん。今、そっちに向かうから……!
†
今、アジア支部内ではノアの方舟について調査をしているため、バタついている。私とアレンはまた新しくなった団服に身を包んで待ちぼうけ状態。
「アヴァンシア、これを耳に付けてくれ」
そう言って三角形のイヤリングを渡される。
「え、これ穴開けないといけないやつですか」
嫌そうな顔を浮かべたところに「耳朶にはめるタイプのものだ」と説明を付け加えられた。
ならいいや。聞くところによると、コウモリ型無線機では強度が足りないらしく、壊れて使いものにならないそうだ。あ、これ無線機なんだ。
«やあミュアちゃん、お久しぶりー!»
「その声はコムイ室長さん!? ご無沙汰してます!」
«オレもいるよー!»
«よォ、元気かー?»
ジョニーとリーバー班長さんの声も聞こえてくる。
「わぁ……なんか懐かしいなぁ……でも一週間ぐらいは経ってますもんね……」
«そうだねぇ。どうだい? シンクロ率、上がってる感じある?»
「そうですね……まぁまぁかな。そんなに回数は重ねられませんが、第二開放ができるようになったんで」
«凄いじゃないか。ふたり乗りも?»
「ええ、まあ……」
私が出来るようになったのなんて、そんな程度だ。こんな調子で、私ってば江戸に行った時に役に立てるのかな?
「アレンってばスゴかったんですよ。レベル3を瞬殺しちゃって」
私があのレベルに到達するのは、一体何年かかるんだか。
「もっと強くなりたいなぁ……」
再びため息を吐いた時、タイミング良くアレンに呼ばれた。
「ミュア! 方舟に乗り込みましょう!」
「あ、うん」
黒いオブジェの前に立った。自然と顔が険しくなる。
「……ミュア、もしかして怖い?」
「エッ!? い、いや、まさか!」
「でも震えが……」
「これ武者震いだし!」
«……ミュアちゃん、無理しないでね»
数日前にアレンに言われたのと全く同じ台詞である。
「え、あ、は、はは……大丈夫ですよ、はは……」
少し壊れ気味のホラーめいた笑い声をもらすミュア。
仕方がないので、アレンがミュアの手を引いて歩くことになった。
「……ヨロシクオネガイシマス」
「はい」
苦笑いで返事をしたアレン。いざゆかんとした時、あの仲良し三人組が飛び込んでくる。
「ままっ、まってウォーカーさん!」
蝋花がトランプを差し出し、それをアレンが嬉しそうに受け取る。
「ありがとう」
「きっ、気をつけて!」
「またなウォーカー! 頑張れよアヴァンシア!」
「うん!」
親指を立てて、サムズアップをしたアレンはひと足先に方舟に乗り込む。
「えーっと、
飛びっきりの笑顔で感謝の言葉を残し、黒い扉に飛び込んだ。
「ウォーカー、アヴァンシア。必ず……帰ってこいよ……!」
†
ノアの方舟の中は、一言で表すなら『楽園』だった。白いレンガの壁が眩しい。
ギリシャのエーゲ海に浮かんでいる、サントリーニ島を連想させる作りになっている。将来、ここに住めたらいいなって思うもん。
「わぁ、コムイさん見て! 鳥が飛んでる!」
«ごめん、見えないや»
コムイの返答をスルーし、今度は花壇に駆け寄る。
「あ、この花カワイイ! ノアの一族って、イカしたもん造るんだねェ」
ミュア・アヴァンシアは世界中のどこに居たって常にマイペースなのだ。
終いには、クルクルと楽しげにターンまでし始めた。
「怖がってたはずでは……?」とアレンは思ったが、怯える姿よりも笑顔が見れた方がこっちの心も軽くなる。
「……こんなに凄いことができるのに、どうして人を手にかけるんだろ。もっと良いことに、人のためになることをすれば……なんて。思ったら、ダメかな」
«…………»
「ミュア……」
「ごめん、変なこと言っちゃって。他の殺された人達の事を思えば、ノアの一族や千年伯爵の行いは、決して許されるものじゃないのに」
「……僕は「なぁーん!」
重苦しい雰囲気を破るように、ボディバッグからペルシャ猫が顔を覗かせた。
«…………そうだ、こういう時は楽しいことを考えよう»
「楽しいこと?」
え、なんでいきなり。
「楽しいコト?」
«例えばね……『みんなが帰ってきたら』
まずはおかえりと言って肩を叩くんだ。で、リナリーを思いっきり抱きしめる!»
「はは……」
あ、アレンから苦笑が漏れた。
«アレンくんにはご飯をたくさん食べさせてあげなきゃね。ラビはその辺で寝ちゃうだろうから、毛布をかけてあげないと»
ラビ……ブックマンJrって資料には書かれてたっけ。
«大人組はワインで乾杯したいね。そうそう、ミュアちゃんとクロウリーの歓迎会をしないと!»
「え」
「あ、それはいいアイディアですね」
思わぬ提案に隣にいる人が真っ先に賛成する。
«ドンチャン騒いで、眠ってしまえたら最高だね……»
開催されたパーティーの席で、私はいつの間にか疲れて隅っこでサマンサを湯たんぽ代わりにして寝てしまうのだろう。
«そして、少し遅れて神田くんが仏頂面で入ってくるんだ»
「神田さん……神田ユウさんですか? わぁ、私、挨拶する人いっぱいいるなぁ……」
「神田はとっても無愛想な奴ですよ」
あからさまに不機嫌そうな顔になるアレン。一体ふたりの間に何があったんだ。
ティキ・ミックというノアが寄越した黒い蝶を追いかけていくと……あるひとつの扉の前でクルクルと旋回し始めた。
「……ここ?」
「でしょうね、十中八九……。コムイさん、江戸に繋がってると思しき扉にたどり着きました」
«慎重にね。恐らく、ここから先は通信できなくなる。気をつけるんだよ、二人とも»
「「はい」」
顔を見合せ、せーので扉を押し開けた。
†
「リナリィ──!!」
聞こえてきた男性の叫び声と、何か大きな力の気配。
仲間の危険を察知したアレンがイノセンスを発動させ、すぐさま飛び出して行った。私も後に続く。
その先にいたのは……
「……え?」
「こんばんは、伯爵」
「こんばんワ❤︎ またお会いしましたネ︎❤︎︎」
ずんぐりむっくりしたコメディーチックな格好の紳士。あの人って……
「あ、あわてんぼうのサンタさ──うわっ!」
べしょっ。
扉を抜けた先は虚空で、当然足場も無く、イノセンスを発動していなかった私は重力に引っ張られて地面とキッスしてしまった。
「痛〜……鼻も胸も潰れた……もともとないけど」
そんなひとり漫才を繰り広げているうちに、アレンと千年伯爵は激突していた。
何度目かのインパクトの後、衝撃で派手に砂埃が舞って、視界が遮られる。
「わひゃあ!」
ま、前が見えない!
両腕で目を庇う。立ち篭める土煙の中で、背後から誰かに囁かれた。
「
「──ッ!?」
後ろを振り向くも、人の影など見当たらない。でも、今のって、やっぱり──
千年伯爵と私の繋がりが、少しずつ見えてきたような気がする。
でも、私は絶対に貴方の娘ではないと思いますけどね。
土煙が晴れると、大きな六角柱のクリスタルのような結晶と、アレン、それから見慣れない男の子ふたりがいた。三人で辺りを見回している。
「どうなってんだ……どこにもノアがいねェ……?」
そしたら、突然アレンと黒髪ロングの男の子が言い争いをおっ始める。
「逃げられたのは神田がノロマだからでしょう」
「おい、今何つった。つかテメェあとからノコノコ現れて何言ってんだよノロモヤシ」
眼帯をした男の子が見かねて止めようとするも……
「お、落ち着くさ二人とも。ここ一応感動の再会……」
「「うるせェ刈るぞ」」
だいぶ不憫な扱いを受けていた。
(……はは〜ん……なるほどね)
だいたい読めたぞ、彼らの人間関係。得意気に三人組に対して言い放つ。
「つまり、アレンとユウさんがケンカップルで、ラビさんが親友兼保護者のポジションなんだ!」
どうよ、この名推理! と胸を張ってドヤ顔をしたミュアに、彼ら三人は珍しく声をハモらせて、
「「「ちげぇよ」」」
と、反射的にマジレスしたとな。