超次元ゲイムネプテューヌ Origins Relay 作:シモツキ
現実世界において、人が逃げ続けるのは非常に困難だ。高度に情報化され、意識無意識関わらず人と関わってしまう、人と関わらざるを得ない『社会』が逃走において不利な以上、何らかの組織のサポートがなければ大概は早期に捕まってしまう。
だが裏を返せば、現代社会でなければ逃げる側に有利となる事も多い。そして何より、逃げる存在が人ではなく超常的な力を持つのであれば……多少の数の差など、それ単体では大して武器になりはしない。
「茜さん、君の能力で鋼スライヌの逃走経路の先読みは出来るかい?」
「技術的な意味でなら、出来ない事もない…かな」
「という事は、実際には難しいんだね」
「うん。読み切る前に逃げられるし、見えない相手を読むのは流石に私も……」
現在私達は、三手に分かれて再探索中。目的は更なる道具の収集で、通常手段での捕獲はほぼ不可能と判断した鋼スライヌの件は一旦保留。…因みに、彼女は対象の場所を探り当てるだけならこの広い部屋の中でも行えるらしい。……恐ろしい能力だ。
「…ワイトさんの方は、何か逃げるパターンに推測を立てられていたり?」
「いや、全くだね。人ならともかく、碌に目にする事自体がないモンスターの推測なんてお手上げさ」
肩を竦め、軽く頭を振って否定する。逃走経路の予想が出来れば少しずつ追い詰めていく事も可能だが、一体どんな手段を使えば鋼の生物という、存在自体が殆ど常識外のモンスターの心理を予想出来るというのだろうか。
「あー、やっぱりそっかぁ…うーん、こういう時こそえー君がいてくれたらなぁ……」
私の言葉に残念がるでも落胆するでもなく、両手を後ろで組んで歩く茜さん。さて、彼女がこれまでに何度か口にした『えー君』とは一体誰なのだろうか…というのはさておき、何とも彼女は掴み所がない人物だと思う。
言ってしまえば、彼女とアイ様は少し似ている。どちらも飄々とした、明るく陽気ながらも短絡的な思考はしない、子供っぽさと見た目以上の聡さを兼ね備えた人物というのが私の印象。時折聡い一面を見せるという意味ではネプテューヌ様とも近く、三者とも似通った体型をしているのだが、これは偶然なのか、それとも……
(…いや、偶然に決まっているだろうに…何を考えているんだ私は…)
ふと性格の事を考えていた筈が、何故か意味の分からない思考になってしまった。これはいけない。このままの思考をしていては、このご時世セクハラな上最悪不敬罪に処されかねない。
…と思っていると、茜さんが箱を発見。私も意識を切り替えて、そちらへ向かう。
「何か使えそうな物だったかい?」
「これは……うん、かなり使えそうかも」
そう言って振り向いた茜さんが抱えていたのは、黒く長大な銃器。突然銃器を持って振り返られた事で一瞬ひやりとするも、すぐに私は妙だと気付く。
「……随分と、大口径だね」
「これ、ネットランチャーみたいだよ?ほら」
「説明書…?」
大半の部分はライフル…それも狙撃銃の類いに酷似しているものの、銃口だけは不自然に大きく、明らかに携行火器のレベルを超えている。…が、ネットランチャーなら話は別。
受け取った紙へと目を通す私。だが、書いてあったのは『①トリガーを引く②ネットが出る③これで遠くからでも捕まえられるね!』…という三文のみ。使い方の説明としては、下の下もいいところである。
「……茜さん、ランチャーの方も貸してもらえるかな?」
「はいはーい、どーぞ」
「ふむ…スコープの倍率通りなら、射程距離は中々のもの…構造からして、二発目以降は射出した網を込め直す必要があるか……」
続けて私はランチャーを受け取り、暫く調査。説明の方は適当なメモ書きレベルだったが、ランチャー自体は期待が持てる。……遠距離から高速射出出来る捕縛装備、か…連射は出来ないとはいえ、確かにこれは使えるな…。
「…………」
「…あ、何か思い付いた感じ?」
「うっすらと、だけどね」
表情を見てピンときた様子の茜さんに私は首肯。まだ、はっきりとプランが出来た訳じゃない。…が、ここまでに歩いて得られた情報と手に入った道具、それに私の予想が正しければ……
「……皆と合流するとしようか。足場の悪いここじゃ、長時間探索するだけでも体力の消費が馬鹿にならないからね」
「そーだね。皆〜、ワイトさんが合流しようってー」
「あぁ、それなら茜さん。皆に幾つか頼み事をしてくれるかな?」
「……?うん、いいけど…」
通信機で連絡を取ってくれた茜さんを介して、各地へ散らばっている皆へと頼み事を伝達。勿論これも意味あっての事。もし私の中で組み上がりつつある策が全くの見当違いならば、無駄骨折りをさせてしまう事になるが……立案者が信じなければ、どんな策も始まらないものさ。
*
再集合地点としたのは、最初の集合を行った次の階層への扉前。そこに並べた道具を前に、私は改めて策を練っていた。
「ワイトさん、ドローンの配置終わりました〜」
「ありがとうございます、ルナさん(……やはり、安易に道具を増やすのは失敗に繋がる可能性が高いか…よし)」
背後からの声に応答し、策の組み直しを終了。私は振り返り、全員の姿を確認する。
「それに皆さんも、すみません。集合のついでならばまだしも、集合後にまで方々へ行かせてしまって…」
「気にする事はないッスよワイト。それに女神って、案外デスクワークより肉体労働の方が向いてそうな面子が多いッスから!」
「し、失礼な…っていうかそれ、自分を含めて言ってる…?」
「まさか。ウチは国の運営も得意ッスからね!」
「む…私だって策を巡らせる事は得意だからね?脅迫と利益をちらつかせる事で、敵の裏切りを誘発させた実績もあるし」
「なんで張り合ってるんですか二人は…(い、イリゼさんにそんな経験が……)」
模擬戦(というには部屋が凄まじい状態になっていたが)が中途半端な終わり方をしてしまったからか、瞳の奥に対抗心を燃やすお二人。…が、ディール様の指摘を受けてすぐ「あ、ごめん(ね・ッス)」と言った辺り、開始直後の言葉通りオンオフはきちんと分けられている様子。
「…えぇ、っと…それで、次はどうするんですか?あ、それと私達も大丈夫ですよ」
「次は、作戦説明だよ。少し長くなるけど…皆さん、聞いて頂けますか?」
この策は皆にそれなり以上の負担を強いる以上、一から説明した方がいい。そう考えて私が聞くと、全員が揃って頷いてくれる。
「では…まず私は、草木を焼き払い、隠れる場所を無くす事を考えました」
「それは…またごーかいだねぇ」
「はは…茜さんの指摘の通り、これは豪快過ぎて私達も巻き込まれる危険があります。それに、焼き払う中で目標を倒してしまい、倒した場合の復活がないのあれば…その時点で達成は不可能となり、最悪の状況に陥ります。ですからこれは廃案としました」
「確かに、リスクが大きいですね……」
「で、次の作戦を考えていた訳ですが…そこでふと、私は気付きました。これまでの試練は、全て協力や連携が達成の鍵となっていたと」
その気付きは、本当に偶々だった。だが第三や第四の試練は勿論の事、第五の試練も全員で行動するという選択をした結果達成に繋がり、第一の試練こと自己紹介も誰か一人でも参加を渋っていたら絶対に達成出来なかった。第二の試練だけは、単独でも達成出来るようだったが…私達が達成出来たのは、間違いなく私とアイ様がルナさんの引き起こした偶然を『第三者視点』として観測出来たからに他ならない。
「一体どんな意図かは分かりませんが…連携という共通点があった事は事実。それを元に罠を用意し、我々で追い込むという策を考えましたが……これを見つけた事で、今の策へと修正しました。固定型の罠より、使い手の意思で狙う地点を変えられるこちらの方が確実ですからね。…この中で、狙撃の心得がある方はおりますか?」
『…………』
「……分かりました。では、捕獲役は私が責任持って務めさせて頂きます」
そうして私は、策の具体的な流れを説明。これは有り体に言えば、倒木によって作り出した障害物と六人での包囲網により少しずつ狙撃地点へと目標を誘導し、ランチャーで捕縛するというもの。説明するだけならば非常に簡単な……しかし実のところ、かなりの難易度となる作戦。
容易でない理由は二つ。一つは、包囲網としては網の目が荒過ぎるが故に個々の負担が大きくなる事。そしてもう一つは……
「この作戦の要は、目標の逃走経路を冷静に判断し、適切且つ迅速な指示を出す指揮官役です。ですのでこの役を女神のお三方の内、何れか一人にして頂きたいと、私は考えています」
「ウチ等に、ッスか…?」
少し驚いたようなアイ様の反応に、真正面から首肯。もし指揮をするならば、人の上に立つべく生まれた女神が最適と考えて間違いないというのが私の考え…というか、提案。
…が、お三方は顔を見合わせ…その後、あまり浮かない様子で口を開く。
「…あの、すみません…指揮はわたし、殆ど経験がなくて……」
「指揮となるとウチも、ッスね…期待に添えず申し訳ないッス…」
「い、いえ…では、イリゼ様は…」
「私は…はい、それなりに経験はありますし、出来るかどうかで言えば出来ます」
「ならば……」
「…でも、ここでの指揮なら…ワイトさんの方が適任じゃないですか?」
返ってきたのは、予想外の言葉。確かに私も指揮官を務める身。だが……
「…私が、ですか?」
「はい。ワイトさんなら分かると思いますが…私達女神の本分は、組織全体、或いは組織単位での指揮と運用です。戦略レベルの指揮なら勿論引き受けますが……」
「…小規模の部隊運用ならば、という事ですか…確かにそれもそうですね……」
言われてみればその通り。最前線で一部隊を預かる隊長と司令部で全体に指示を出す司令官とでは、行う指揮の性質が違う。そして国の長である女神は間違いなく後者であり……イリゼ様の発言は、筋が通っている。
「…分かりました。他の皆さんも、私で宜しいですか?」
「私はOKだよ。指揮なんて私、全然分かんないし」
「えっと、茜に同じく…です」
「任せますよ、ワイトさん」
女神のお三方のみならず、カイトくん達も揃って首肯。どうやら、私の指揮で動く事に不満を持つ者は誰一人いないらしい。……ふっ、これはまた、随分と信頼されたものだ。
(…が、期待されたのなら、それに答えるのが軍人であり歳上の務め。…やってみせようじゃないか)
そうして私は指揮する上で必要となる説明を行い、行動開始。予め調査しておいた狙撃ポイントへと移動し、ランチャーを置いたところで地図を開く。
地図上で、動くマーカーは七つ。その内六つは指定した地点へと移動する皆で……
「……ディール様、物音に気を付けて下さい。目標が近いです」
「わたしも地図と目視の両方で確認しています…追いますか……?」
「いえ、そのままでお願いします。不確定要素は極力増やしたくありません」
──残り一つは、目標である鋼スライヌ。偶然と執念の結果、三手に分かれるよりも前に何とか発信機を付ける事が出来たのも、この作戦を実行に移せた大きな要因。
「…………」
功を焦れば全てが台無し。それこそターゲットの出現を待つ狙撃手の様に目標の行動を待ち続け……狙っていた地点へと移動した瞬間、私は低いトーンで声を発する。
「…作戦開始です、皆さん。まずは頼むよ、カイトくん…!」
「了解…!」
カイトくんからの返答が聞こえた数秒後、彼のいる場所からは遠く離れた狙撃ポイントからでも分かる程の火柱が上がる。そして次の瞬間、それまでとは別格の速度で動き出す鋼スライヌ。
「まずは予定通り…アイ様、指定した地点に先回りを」
「がってんッス!」
「……よし…ルナさん、癇癪玉投擲後、十一時の方向へ走ってくれ…!」
「十一時…はい……!」
目標の逃走方向と速度に合わせ、続く指示を飛ばしていく。単純な先回りは勿論、時には遠隔攻撃、時には音や衝撃を発生させられる道具を用いて、目標をこちらの望む方向へと逃走させる。
(…直接的な捕縛や攻撃の意思がなくとも、鋼スライヌ自身が驚けばそれだけで逃走する…厄介だが、その分単純でいい)
初めは向こうに認識されただけで、追跡不可能な速度で逃げられるのかと思ったが、それが逆に活きている。単なる玩具が、その性質のおかげで役に立つ。こうなると、見なかった事にしたアレも、もしかしたら何かの……いや、流石にそれはないな…。
「……ごほん」
「……?ワイトさん、どうかしました?」
「いえ、どうでもいい思考を振り払っただけです…イリゼ様、七割程度の速度でお願いします」
「ここでは体力温存、ですね…!」
驚かせ、追い掛け、先回りし、誘導する。一度のミスでも瓦解しかねない策ながら、ここまでの流れは非常に順調。
だがそれは、こちらが万全の状態且つ、相手にもまだ余裕のある状態……即ち、想定していた通りに事が進む段階だったからこそのもの。本当に難しいのは…その先の段階。
「……っ…ディール様、走って下さい…!茜さんは速度そのままで進路を一時に変更を…!」
「行きます…!」
「一時…ちょっと右だね!」
初めは余裕を持って出来ていた誘導が、次第にシビアとなっていく。想定していた通りの指示より、その場その場で調整しつつ行う指示が増えていく。
余裕がなくなるという事は即ち、ミスが起こった際の修正が難しくなるという事。そうでなくとも、逃走に誘導が追い付かなくなってしまえば一巻の終わり。
「ワイト、そろそろウチも動くッスか?」
「まだです、アイ様はまだそこで待機して下さい…!カイトくん、少々予定変更だ。そこの坂は迂回してくれ…!」
「あ、はい…!」
「…このままで大丈夫?今のペースならいけそうだけど……」
「……えぇ、それも考えています…(…出来る事なら、やりたくはなかったが…多少は腹を括るしかない、か…)」
指示に合わせて手元のリモコンを操作し、ドローンを起動。これも単なる玩具ながら、目標を驚かせるには十分なだけの力を持つ。
そのドローンによってまた進路を変える目標を地図上で確認しながら、茜さんの問いかけも意識しながら、私は考えていた。このままのペースがどこまで続くか、目標地点への誘導は後どの位かかるか、そして…私は皆からどの程度信用され、また私も皆の事をどれ程理解出来ているかを。それを考え、見つめ直し……決心する。
「はぁ…はぁ…っ、と……!」
「だ、大丈夫ルナ?あまり無理はしないで……」
「…いいえルナさん、多少速度が落ちてしまっても構わない。だから…君は、指示通り走り続けるように」
「ふぁい…!」
「…え、ワイトさん……?」
息の荒くなり始めたルナさんを、通信機を介してイリゼ様が気遣う……が、それを私が被せる形で一蹴。当然イリゼ様には驚かれるも、私はそのまま指示を続行。
「カイトくん、炎を準備。但し走る速度は落とさないように、いけるね?」
「や、やれる限りはやってみます…!」
「あぁ、やってくれ。茜さんは能力で少しでも目標の情報を。これも……」
「走りながら、でしょ?うぅ、急にワイトさんが厳しくなった…!」
私の指示の性質が変わった事への戸惑いが、皆の声から伝わってくる。しかしそれも当然だろう。恐らく伝わってはいないだろうが、私は声音も『お願い』から『命令』寄りの発し方に変えているのだから。
そしてそれは、何も私と同じ人の三人にだけ向ける態度ではない。敬意を忘れるつもりなどないが…それでも今の指揮権は、私にある。
「…ディール様、種類は問いませんので指定した地点へ曲射攻撃を」
「…まさか、この距離を一発で…ですか……?」
「当然です、音にも反応する以上一発成功を狙うしかありません。イリゼ様、左前方に崖が見えますか?」
「へ?見えます、けど…」
「では、そこを駆け下りて下さい」
「了か……ここを!?えっ、ちょっ…これ普通の人だったら大怪我しますよ!?悪い転び方したら最悪死にますよ!?」
「大丈夫です、イリゼ様なら無傷で行ける筈です。アイ様は予定通り……いえ、十八秒ではなく十五秒で移動を完了して下さい」
「十八秒でもギリギリなのにッスか!?ひーっ、ワイトがスパルタになったッスー!」
「女神の皆様が弱音を吐いてどうするんですか。私は出来ると判断したから言っているのです、出来ると確信しているのです。さぁ!」
……一応言っておくが、私に目上の女性へ無理な事を強要させる趣味などはない。思い返せば教官として厳しい訓練を強いた事もあったが、あれも別に苦しめたくて厳しくした訳ではない。…というか、発破ではなく女神様達なら本当に出来ると思って私は言っている。
「皆さんの奮闘は、一挙手一投足全てが無駄ではありません。ですから皆さん、もし苦しいのなら……敢えて言いましょう、笑えと!」
『それ松岡さんの名言(では・じゃ)!?』
もう一つ言っておくが、私は熱血漢という訳でもない。ただ、状況に合わせて言葉を選んだだけなのだ。
「笑う余裕はないですけど……えぇはい、やってやりますよ…!」
「ワイトさんこれほんとに私なら大丈夫だと思って言いました!?あぁもう!わっはっはー!」
「ぜ、ぜーちゃん!?どうしたの壊れた!?」
「こ、壊れてない壊れてない!これは爆笑ぼっち塾の教えで……あ、なんかいけそうな気がしてきた!」
「た、逞しいねイリゼ…私も、笑ってみよう…かな…」
「余計疲れそうなので、止めた方がいいと思いますよルナさん…」
もし私が皆の力を見誤っていれば、もし皆にもっと頑張ろうと思ってもらえる程の信用を私が得られていなければ、ただ失敗する以上の被害を負う事になる鼓舞と強要。…だが、六人は六人とも驚き戸惑う事こそあれど、私の求めに応じ、全力を尽くしてくれた。その結果、策は茜さんの言う『今のペース』のまま続き……最後のルートへと、目標が入る。
「……!今ですッ!」
『了解…!』
ここまで指揮の為に見続けていた地図から目を離した瞬間、道を作るように炎と氷が森を切り裂く。既にランチャーのスコープへと視線を移した私には分からないが、その道の中では三人が狙撃ポイントへと追い立てている筈。
耳に聞こえるのは、把握能力を用いた茜さんのカウントダウン。私の目測よりも正確な、狙撃の瞬間を伝える指示。
「…………」
撃つ瞬間まで集中力を保たせ、その瞬間となったらトリガーを引くだけの、簡単な仕事。だがそこにかかるのは多大なプレッシャー。たった一発が作戦全体の成否を決める事もままある、狙撃手の背負う緊張感。
それに加えて、ここまで目標を追い詰めたのは部下でも同僚でもない。追い詰めたのは、私の指示を信じて奔走してくれた歳下の三人と、女神のお三方の努力の賜物。ならば、指示を出した指揮官として、その努力に報いるだけの『結果』を出さねば……
(…いや、仮に失敗しても、責められる事はないだろうな。……だからこそ、成功させる。頑張って良かったと、そう思わせて見せるさ…!)
カウントダウンが十を切る。下がっていく数字が鼓膜に響き、鼓動も早くなっていく。
…だが、同時に落ち着きもあった。やれるという自信もあった。緊張感と確信の混じった、ある種独特の心情の中、私は小さく息を吐く。
残りカウントは後三つ。神経を狙撃だけに集中させる。後二つ。失敗する事など頭から追い出し、成功のイメージだけを思い浮かべる。後一つ。…にやりと、口角を上げる。そして……
「──ゼロ」
トリガーを引くと同時に、私はそう呟いた。王手を指す棋士、或いはチェックメイトを宣言するチェスプレイヤーの様に発したその言葉に、深い意味などはない。
ランチャーより放たれたネットが、空中で展開。それは思い描いた通りの軌道で飛び、木々の間から飛び出した目標…鋼色の体色を持つスライヌの眼前で最大展開状態となって……狙い違わず、鋼スライヌを捕縛した。
「……ふぅ…」
目を見開きネットの中でもがく目標の姿をスコープで確認した私は、解けた緊張から溜め息を漏らす。
心地良い安堵、それに達成感が心身を包む。軍人の癖で無意識に地図へと目を向け、周辺警戒に移ってしまう私だが、見慣れぬマーカーなどは一つもない。
いつの間にか集まり、狙撃ポイントへと出る六つのマーカー。改めてスコープを覗き込むと、そこにいるのはこちらに向かって手を振る笑顔の六人。それはこの作戦が、完璧且つ最高の形で成功した事の何よりの証左。故にそんな六人の笑みを見た私の顔にも自然と小さな笑みが浮かび、私は頑張ってくれた皆へと言葉をかけるのだった。
「…作戦終了。皆さん、お疲れ様でし……」
『サー!お疲れ様でした、サー!』
「……!?」
……ぎょっとするような六人の反応が、ちょっとした意趣返しを兼ねた冗談であったと私が知るのは、それから数十秒程してからの事だった。
*
戦術的の様な、ごり押しの様な…いや、戦術的なごり押しによって捕らえた鋼スライヌを運び、私達はケースの中へと投入した。ここまで頑張って偽物だったら…と投入の瞬間不安になったけど、クイズで正解したかのような音が鳴った事でほっと一息。続けて閉じていた扉も開き、改めて達成を実感する。
「いやー、大変だった分そーかい感も一入、だね!」
「頑張った甲斐がある、ってもんッス。…それにしても、まさかあんながっつり命令されるとは思ってなかったッスねぇ」
「…すみません、皆さん……」
「い、いえ大丈夫ですよ…?…ちょっと、びくってしました…けど……」
「…………」
(あぁっ、ワイトさんがほんのりとショックを…!)
ちらちらと視線を移しながら発したディールちゃんの言葉に、ワイトさんの表情がうっすらと歪む。咄嗟に私はフォローしようかと思ったけど……止めた。多分このタイミングで私がフォローしても、傷口に塩を塗る結果になりそうだから。
…と思っていたところで、ワンガルーが登場。その顔は、ワイトさんとは対照的ににっこにこだった。
《今日も皆お疲れ様!…って、ここにはそもそも昼夜がないのに今日も何もなかったか!いやぁうっかりうっかり!》
「…元気良いなぁワンガルー。何かいい事でもあったのか?」
《あったよー、だって皆の頑張りは毎回見ていて気持ちが良いんだもん。皆だって、今はやな気分じゃないでしょ?》
「…それは、まぁ……」
ワンガルーの文言は、言い方によっては不愉快な皮肉にも聞こえそうなものだけど…その声音に一切不快さは感じない。その声は、本当に私達の頑張りを喜んでくれているようで……だから意味が分からない。ワンガルーの、真意が今も読めないから。
そんなワンガルーの言葉にルナが反応し、私達も一応は首肯。やな気分かと訊かれれば…それは勿論、やな気分じゃない。
《でも、調子に乗っちゃ駄目だよ?ここまでも油断はしてなかったと思うけど、次は特に油断しちゃ駄目》
「…次の試練は、これまで以上に難しいって事ッスか?」
《そうだよ。だって……次が、最後の試練だからね》
『え……?』
一頻りにこにこしていた後、さっと真面目な顔に変わるワンガルー。その変化に私達も「次は何かあるのか…」と予想を始めたけど……返ってきたのは、その予想以上の答えだった。……最後の、試練?…って、事は……
「…それを、達成したら……」
《……帰れるよ。皆の、帰るべき場所に》
次なる答えに、私達の全員が生唾を飲み込む。ワンガルーの声音に、様子に嘘や冗談を言っている様子はない。…だからきっと、それは真実。次の試練が……本当に、最後の試練だって事。
「…え、と……」
「……まずは、休息を取りましょう。ここまで来たのです、もう焦る事はありません」
なんて言おう…そんな様子で茜が一度口を開き、続けてワイトさんが冷静に判断。
それはそうだ、ここで焦っても意味ないし、難しいなら尚更ゆっくり休んだ方がいい。そう思った私達は頷いて、十分な食事、休憩、それに睡眠を取る。
そうして心身共に十全な状態となった私達は……次の階層へと、足を踏み入れた。
『…………』
《…良い表情だね、皆。準備は万全、かな?》
最初からいたワンガルーの言葉に、無言の形で私達は肯定。体力も、意思も、それに互いを信じる気持ちも……私達は、全部抜かりなく持ってきている。
これから始まるのは、最後の試練。……そう、思っていた。その、筈だった。
《…それじゃあ、第七の…最後の試練を発表するよ。最後の試練は…………え?》
『……?』
《え、ちょっ、ちょっと…何やってるの!?っていうか何する気!?わたしそんなの聞いてな──》
さぁ説明を…というところで、突然ワンガルーは驚いた顔に。初めは空気を和ませようとしてるのかと思ったけど…何か違う。明らかに違う。
私達が訳も分からず見つめる中、あたふたとしながら誰かと話すワンガルー。そのワンガルーが、聞いてないと言いかけて……突然、消えた。これまでの消失とは違う、映像の途切れたTVの様に、電源の切れた機械の様に、消滅する。
(……何が、起こってるの…?)
疑問は困惑に、そして呆然に。私達は、渦巻く思いに立ち尽くし…………そして、『それ』が現れた。突如発生した、空間ごと開いたような裂け目から──黒い霧に包まれた、巨大な…されど正体不明の存在が。
今回のパロディ解説
・「〜〜苦しいのなら〜〜笑えと!」、松岡さん
元プロテニス選手、松岡修造さんの事及び、彼の名台詞の一つのパロディ。ワイトは面子に合わせてこの発言を選んだのでしょう。決してそういうキャラではありません。
・爆笑ぼっち塾
ひとりぼっちの○○生活の主人公、一里ぼっちの開講した(?)塾の事。わっはっはー、もその中でのネタですね。…イリゼはそこの塾生ではありません、多分。
・「…元気良いなぁ〜〜何かいい事でもあったのか?」
化物語シリーズの登場キャラ、忍野メメの代名詞的な台詞の一つのパロディ。七人を勝手に連れてきた癖に頑張りを喜ぶワンガルーの目的は…ネタバレなので言えません。