超次元ゲイムネプテューヌ Origins Relay 作:シモツキ
一言で言うならば、それは影の巨人。ウチ等とは比べ物にならない位に大きく、全身が黒い霧の様なもので覆われた、正体の分からない存在。
その顔に浮かぶのは、刃で斬り裂いたような赤い目と口。縦に長い目は悪意に満ちて、口は下品にぐにゃりと歪む。
「…何、あれ……」
呆然とした声で呟いたのはルナ。…気持ちは分かる。ウチだって、何が何だか分からない。
「…ワンガルーが変化した…とか、じゃ…ないよな…?」
「だとしたら、原型を留めてないにも程があるね…でも、こいつって…ディールちゃん、アイ……」
「そうッスね…こいつからは、そこはかとなくシェアの……」
「……茜さん…?」
正体は分からないながらも、友好的そうな雰囲気はゼロ。それもあってウチ等が警戒する中、怪訝さと心配の混じったような声を上げたのはディール。そして、ディールに名前を呼ばれた茜は……目を見開いていた。
「……どういう、事…?」
「…何か、分かったのかい…?」
「…違う、逆…全然分からないの…私が意識を向ければ、私の意思関係無しにどんどん対象の事が分かる筈なのに…表面的な事しか、私の頭に流れ込んでこない……」
いつも(って程長い付き合いじゃないッスけど)の茜とはかけ離れた表情と声音が表すのは、激しい動揺。これまで大概の物は看破してきた茜のその発言に、ウチ等の警戒心は更に高まる。さっぱり意味が分からないッスけど、少なくとも和やかにやれる試練じゃない事だけは明白ッスね…まずは様子を見て、そこから……
「……ヒ、ヒヒッ…ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!」
『……──っ!?』
「ヒヒヒヒヒヒヒヒ……グヒィッ!」
『な……ッ!』
……奴は、突如笑い出した。半円の様に歪んだ口元を更に歪めて、嘲笑うような笑い声を部屋の中に響かせる。
異質で、不快で、ゾッとする笑い声。その声にウチ等が唖然とする中…奴は、獣の様に飛びかかってきた。
「ヒヒッ、ヒヒィッ!」
「……っ!皆、大丈夫!?」
「無事ですイリゼ様!…ですが、この威力……」
直進ではなく山なりに飛んできた事もあって、ウチ等は全員が回避成功。けれど着地と同時に振るわれた両腕によって床が抉れ、それを見たウチ等に戦慄が走る。…これは、不味いッスね……。
「一旦距離を取るッス!試練かどうかは分からないッスけど、もう状況は待ったなしッスよ!」
「う、うん!でも、こいつ速い…ッ!」
全員に指示を出しつつ、ウチもバックステップで後退。対する奴はゆっくりと振り返った後、ウチ等全員を見回し視線をルナへ。
獲物を見付けたとばかりににやつく奴と、ルナの視線が交錯。次の瞬間奴は再び飛びかかろうとし……その側面から、燃え盛る炎が襲いかかった。
「カイトくん…!?」
「奴が何者かは知りませんが、襲ってきたって事は敵でしょう?それに、距離を取るってなら…その時間を、俺が稼ぐ…ッ!」
「早計だカイトくんッ!敵の力が未知数の段階で、その攻撃は……!」
始点であるカイトの大剣から広がる炎は奴を包み、強引にその場へ押し留める。
奴が止まった姿を見て、カイトは更に一閃。重ねるように配られた炎によって奴の姿は見えなくなり、カイトは小さく笑みを浮かべる。
確かにそれはカイトらしい、豪快にして迷いのない一撃。……けれど、カイトが笑みを浮かべた次の瞬間、奴は炎を跳ね除け現れた。…完全に、突進姿勢を取った状態で。
「んな……ッ!?」
「ヒヒヒッ、ヒィッ!」
奴が自身へと迫る中、カイトは反応が遅れていた。それは、炎によって動きが見えなくなっていたが故の結果。ワイトが声を上げた、範囲攻撃の大きな欠点。
模擬戦での動きから考えるに、カイトは攻撃に比べると防御はまだまだ甘いらしい。そんなカイトが、奴相手に完全に出遅れてしまえば、攻撃を諸に受けてしまう可能性が高い。……けど…それを許すウチ等じゃ、ねぇよ…ッ!
「……ッ!イリゼッ!ディールッ!」
「うんッ!」
「分かってます…ッ!」
危ない。…直感的にそう感じた時点で、ウチ等女神三人は女神化をして床を蹴っていた。最も近い距離にいたイリゼがカイトの腕を掴む事で寸前で退避させ、追おうとした奴の足元にディールが氷杭を射出。そして止まった奴へ……ウチが蹴りを叩き込む…ッ!
「テメェの笑い方は……気持ち悪ぃんだよッ!」
飛び出しと突進、その両方を乗せた右脚での蹴り。気分的には不快感も思いっ切り加算した蹴撃。…だがそれは、片腕の前腕で防がれる。
「ち……ッ!」
蹴り抜けないと感じた時点で、ウチは反動を利用し一気に後退。別方向からはディールの次弾、それに壁をぶっ壊した時と同じ装備を纏った茜の斬撃が飛んで奴をその場に押し留める。…癪だが…カイトを下がらせる事は成功したんだ、今は深追いするべきじゃねぇな…。
「…悪い…ワイトさんの言う通り、俺の判断ミスだった……」
「完全にその通りだな。…でも反省は後にしろ、今はそんな事に時間割いてる場合じゃねぇ」
「あ、あぁ…そうだな、反省で手を鈍らせるような事はしねぇ」
「……アイ」
氷塊、斬撃、電撃、銃弾。四方からの攻撃が奴を襲う中、ウチはカイトを退避させたイリゼから目配せを受ける。
それに対してウチは首肯。イリゼから受け取った提案を実行すべく、再び床を蹴って奴へと飛翔。
「奴とまともに戦うのは不味い以上、暫く正面戦闘は私達女神が引き受けるよッ!皆は援護しつつ奴の動きを観察してッ!」
「なら、私も……ッ!」
「茜は観察に集中しやがれッ!分かんないったって、この中じゃ一番見極める事に長けてんだからよッ!」
ウチとイリゼは緩い弧を描きながら接近し、脚と長剣で同時攻撃…と見せかけて、そのまま交差して奴の後ろへ。床へと足を押し付けて無理矢理ブレーキをかけ、反転しつつディールの前へと並び立つ。
「ディールちゃん、出来ればディールちゃんにも援護をしてほしいところだけど…」
「四人に援護と観察へ専念してもらう為に、前に出てほしい…ですよね?…分かりました、でも奴相手にわたしが出来るのは、せいぜい中衛か瞬間的な近接格闘位です」
「後衛に前で同じ動きをされたらウチ等が形無しだっての。…いきなり出てきてにたにた笑う不愉快な巨人もどきなんざ、バラしてワンガルーに送り返してやるだけだ」
ゆっくりと振り向いた奴は、一瞬笑みが消え…すぐに元の顔に戻る。それがまた腹に立つ。
軽く床を爪先で叩くウチに、長剣を両手で握り直すイリゼに、杖を振って奴を睨むディール。一応名目としては、相手の実力や能力を測る為の威力偵察って感じだが…そりゃあくまで最低限のノルマ。力に飲まれたレイ姉さんみたいに不愉快な奴相手に、遠慮する事は……って、なんでここでレイ姉さんが出てきたんだろうな。…まぁいい、重要なのは奴のにやけ顔をぶっ潰す事だ…ッ!
「…遅れるなよ?イリゼ」
「勿論。私もあの笑いは、不愉快に思ってたからね」
「なら…行くぞッ!」
息を合わせ、逆三角形の陣形を組んで三度目の飛翔。今度は真っ直ぐに、真正面から突撃する。さっきは止められたが、これまでにもウチより力のある奴はいて、そういう奴にだって勝ってきたんだ。パワーで負けてる?はっ、上等じゃねーか。だったらそれ以外の要素で、蹴りでも何でも叩き込んで────
『…………え?』
──その瞬間、奴の目前にまで迫った瞬間、不意に、突然に……女神化が解けた。前触れもなく、理由も分からずに。そして、それを認識した次の瞬間には……目の前に、音を上げて振るわれた奴の腕があった。
『──ッッ!!?』
ウチもイリゼもディールも、三人纏めて屠られる。一瞬痛みすら分からない程の衝撃が走り、凄まじい勢いで吹き飛ばされて視界が歪み……壁に、叩き付けられた。
「が、はッ……!」
次なる衝撃と、一瞬遅れて襲いかかる激痛。衝撃と壁にプレスされ、跳ね返った衝撃にも襲われ、衝撃が衝撃を押し留める事で身体が押し潰されそうになる。……が、身体より先に壁が崩壊し、砕けた破片が突き刺さる。なのにまだ衝撃が残る。破片が食い込み、背中が熱く、より激しく痛み、そして……身体の内側から聞こえたべきりという鈍い音と共に、ウチの意識は闇の中へと沈んでいった。
*
それは一瞬の出来事だった。人の域を超え、名の通り神速の機動でもって肉薄を仕掛けたお三方の姿が、激突の寸前で女神のそれから人のものに。
完全に身体が速度に乗っていたお三方に、刹那よりも短い時間で対応する術などなかった。常人であれば一撃で四肢が吹き飛ぶような巨人の殴打を諸に、それも自らトップスピードで突っ込む形となったお三方は吹き飛ばされ、ディール様は床に、アイ様イリゼ様は壁にそれぞれ打ち付けられる。ディール様の身体はそこからゴムボールの様に跳ねながら転がり、アイ様とイリゼ様の身体は壁へとめり込み……崩れ落ちるようにして倒れた女神様達は、そのまま動かなくなった。
「……う、ぁ…うぁぁああぁぁぁぁッ!!」
あり得ない、意味が分からない。そんな思いが支配する沈黙の中、叫びを上げたのはルナさん。彼女は絶叫しながら両手を広げ、その手に電撃を迸らせながら巨人へと突進する。
だが、それはいけない。それは不味い。……そう思った時には、既にその状況となっていた。
「お前ッ、よくもぉぉぉぉおおおおおおッッ!」
「グヒィィッ!?イィィ……ヒッヒィッ!」
「あああああああッ……──ぇ…?」
「……ッ!ルナちゃん…ッ!」
ここまで彼女が放っていたものとはスケールの違う電撃…いや、雷に喰らい付かれた巨人はその憎たらしい笑みが崩れ、呻きの様な声を上げる。だが、それも僅かな間の事。奴は雷を受けながらも押し返し、女神様をも一撃で屠ったその腕を振り上げる。
その時点でルナさんの状況は、先程のカイトくん以上に攻撃に対して後手。そこから回避など到底出来る筈もなく……寸前で茜さんが救出しなければ、どうなっていたかは想像に難くない。
「…茜……?」
「気持ちは分かるけど落ち着いてッ!死にたいの!?」
「……っ…それは…」
怒号で我に返った様子のルナさんを降ろし、茜さんは紅い光を灯す粒子を纏いながら急上昇。斬撃と粒子ビームを放ちながら、巨人の視線を引き付ける。
ここまでが、数秒にも満たない出来事。未だに状況は、到底信じられるようなものではない。
(ク、ソ……ッ!)
立ち尽くすルナさんの下へと走りながら、数発発砲。…が、予想通り巨人は拳銃弾を気にも留めない。十字砲火を仕掛けた時点で分かってはいたが……所詮はサブウェポンに過ぎない拳銃の射撃など、奴にとっては豆鉄砲も同然のようだった。
「ぐっ、うぅ……!」
「茜!テメェ……!」
紅色の攻撃を鬱陶しそうに振り払った巨人は、翼を展開し跳躍。攻撃を茜さんは粒子の壁で阻むも、はたき落とされ床へと落下。そこでカイトくんの振り抜いた大剣より炎弾が飛来するが、それも振り向きざまに撃ち落とされる。
「大丈夫かいルナさん…!」
「あ……は、はい…でも、私……」
「深呼吸をするんだ、そして少しでも落ち着けたのなら……」
「……ワイトさん…?」
「…何でも、ない……」
壁となるようにルナさんの前へと立った私は、喉元まで出かかった言葉を気力で飲み込む。
──戦ってくれ、でなければこのまま全員死ぬ。…私はそう言いかけた。軍人としても(恐らくは)一回り以上の歳上としても言語道断の発言を、危うく私はしかけていた。
だが仕方ないじゃないか、と言い訳をする自分もいる。強要云々はともかく、それ程に今は絶望的なのだからと。
「何だよこいつ…!一体何がどうなって……ぐぁ…ッ!」
「分からない、けど…このままじゃ……ッ!」
カイトくんと茜さんは挟撃で巨人に迫るも、巨人はにやついたまま弾き返す。戦闘の主導権は茜さんが縦横無尽に飛び回る事で維持しているものの、その表情は苦痛で歪んでおり、今の動きが長く続くとは思えない。
一方の巨人は未だ、笑みを浮かべたまま。……それはまるで、遊んでいるようだった。
(化け物め……ッ!)
撃ちたくなる衝動を必死に堪え、頭を働かせる。撃ったところで何の意味もないのは明白であり、幸い…などとはとても言えないが、奴の注意はこちらに向いていない。
「……っ…!」
手始めに先程ここへと登ってきた階段から降りられないかと視線を回す。だが扉があった筈の場所には何もなく、次の階層…或いはここでの試練を達成する事で得られたかもしれない、出口へ繋がる扉もここにはない。つまりこの部屋は、完全な密室。一瞬壁の破壊が頭をよぎったが、そんな事をしている余裕もなければ、仮に出来たところでここはかなりの高層階。飛び降りようものなら死因が他殺から自殺になるだけの事。
「……イリゼ達は…生きて、ますよね…?」
「…それは……勿論、だよ…女神様が人の姿でも常識外にタフである事は、第四の試練で垣間見えただろう?」
「…です、よね…なら、戦わなきゃ…じゃなきゃ、皆が……!」
「ルナさん…!…くっ……!」
手にした剣をきゅっと握り、背後から駆けていく彼女を私は止められない。近衛連隊隊長などという御大層な肩書きがあろうと、アームズシェルがなければただの鍛えた人間でしかない自分が、あまりにも歯痒くて仕方がない。
だがそんな心境でも、頭は打開策を探していた。それもまた、自分の培ってきた経験の為せる技なのだが、だから何だという話。如何に思考が巡ろうと、打開策を導き出せなければ何の意味もない。
そもそも、打開出来る手段などあるのだろうか。退路はなく、敵は女神三人を一撃で屠る存在。増援など期待出来る筈もなく、自分には相手を傷付けられる武器すらない。そんな中で、この絶望的な状況を乗り切る手段など……
(……いや、ある…其の場凌ぎにしかならないのかもしれないが……確証はなくとも、可能性はある…!)
その瞬間、私は気付いた。いや、思い出した。この何もない部屋にあるかもしれない、唯一の仕掛けを。
周囲へ視線を走らせる。急いで、だが目を凝らしてそれを探す。そしてそこか、と思った瞬間、私は床に向けて発砲する。
「……ッ!違ったか…次……!」
狙い通りの場所へ着弾し、しかしただ弾かれるだけの弾丸。だが失敗という事実以外の一切を無視して、一発、また一発と床に銃弾を撃ち込んでいく。傍から見れば無意味な、それどころか錯乱したと思われかねない行為だが、私は続ける。二発三発四発と弾倉が空になるまでトリガーを引き、空になっても入れ替えて撃ち続ける。
「……!?落ち着いてワイトさん!何が見えてるのかは知らないけど、そんなものは幻覚だよ!」
私が恐怖でおかしくなったと思ったのか、茜さんが慌てた声を出す。…が、私は私にしか見えないものを撃っているのではない。私が撃っているのは、誰にも見えない、けれど確かにある筈のもの。その希望に手を伸ばすように…或いは縋るように撃ち続け……そして、これまで全て弾かれていた弾丸が、ある場所へと当たった瞬間床を貫いた。…いや、貫いたのではない。着弾の衝撃で……床が、開いたのだ。
「あった……ッ!三人共、退避だ!一度落とし穴の中へと退避する!カイトくんは炎で壁を!ルナさんと茜さんはそれぞれディール様とアイ様を!イリゼ様は私が運ぶ…ッ!」
言うか早いか私は床を蹴り、倒れたイリゼ様の下へと駆け寄る。その最中、ルナさんに対しては否定した死の可能性が一瞬頭をよぎったが、僅かにイリゼ様の胸元が上下しているのを見て一安心。…といきたいところだが、まだ安心には程遠い。
「…失礼します、イリゼ様」
カイトくんの炎によるものと思われる爆音が響く中、首の後ろと両膝の裏に腕を通して持ち上げる。そこから私は穴へと走り、直前で反転し三人を待った。
同様に女神様を抱えた二人と、火柱を幾つも噴射し壁を作るカイトくん。彼の奮戦が功を奏し、二人の退避が完了する。
「十分だカイトくん!君も早くッ!」
「……っ!間に、合え…ッ!」
私の声が届いた瞬間、巨人を阻む火柱が爆発。その爆風を大剣で受けたカイトくんはこちらへと勢い良く飛んできて、半ば転がり落ちるように穴の中へ。私もまたその後を追うように穴へと飛び込み……巨人の鉤爪が頭を掠める中、間一髪で落下した。
*
俺自身は思いもしなかった策でワイトさんが退路を開き、俺達は全員が安全地帯へと一旦離脱した。俺達にとってはそれなりの穴でも、奴にとっては小さ過ぎる穴だから、ここへと追ってくる事はない。けど、危機が去った訳じゃない事は、誰がどう見ても明らかなままだった。
「ワイトさん、三人は……!」
「…応急処置はしたよ。けど……」
「…ワイト、さん……?」
「…今あるもので出来た事なんて、焼け石に水…ううん、お湯をかけた程度…そう、だよね…?」
問いかけに口籠ったワイトさんの代わりに、壁代わりの格子にもたれかかった茜が答える。それを聞いたルナか再び視線をワイトさんに向けると、ワイトさんは力無く頷いた。
三人共、酷い怪我だった。服が何ヶ所も赤く染まっていて、顔色も悪い。それでもまだ身体の前面は良い方で…背中側は、正直目を向けたくない。
「…茜こそ、大丈夫か…?」
「私はだいじょーぶ、カイトくんも大怪我はなさそうだね…」
「そりゃ、茜が注意を引き付けてくれてたからな…」
そうは言いつつも、茜だって顔色は良くない…というか、重傷がないだけで三人に次いで怪我をしている。
茜は、俺やルナが狙われる事が少しでも減るよう、明らかに無理して戦っていた。例えるなら、短距離走のペースで長距離走をするような、そんな無理を。
(くそ…俺にもっと力があったら……)
悔しかった。炎が殆ど通用せず、近接戦はそもそもさせてもらえない程の実力差が。そのせいで、茜に大きな負担をかけてしまった事が。
けど状況は、霧に包まれた巨人は、俺に悔しがる時間すら殆どくれない。
「へ……?…天井が、揺れてる…?」
「…あいつが、床をぶっ壊そうとしてるのか…?」
「でも、ここまでって結構厚いですよね…?なら、貫通させるなんて相当な時間が……」
不意に上から聞こえてきた、何かを打ち付ける音。その理由について俺とルナが話す中……ぱらり、と天井の欠片が一つ落ちた。それは砂粒の様に小さい、普段なら気にもしないような欠片で……だが俺は理解してしまった。あいつの目的は、床の貫通なんかじゃなくて…床を、俺達からすれば天井を崩す事によって、俺達を押し潰す事なんだって。
『…………』
多分ルナも、ワイトさんも茜もそれに気付いたんだろう。誰も何も言わなく…言えなくなってしまった。
諦めるつもりなんかない。攻撃が通用しなかったからって、それだけで俺は諦めたりしない。…でも、どうしたら…いいんだ……?
「……何をやってるんだ、私は…ッ!」
……そんな思いが俺の中を渦巻く中、小さな…本当に小さな声が聞こえた。…それは、ワイトさんの声。その表情は歪んでいて、拳は硬く握り締められている。
俺には、その理由が分かった。ワイトさんは、これまで俺達の事を気にかけてくれた。そんなワイトさんだからこそ、女神の三人が重傷を負い、茜は傷だらけ、俺もルナも消耗してるって状況の中、一人ほぼ無事な自分が許せないんだ。
でもワイトさんだって、一人隠れてた訳じゃない。俺達がひたすら戦う中、考えて考えてここに逃げ込む案を編み出してくれたから、俺達はまだ生きている。ワイトさんは、自分を責める必要なんて一切ないんだ。だから俺は、その思いを伝えようと声を発しかけて……
「……大丈夫ですよ、ワイトさん…私達、生きてますから…」
『……!』
──その時、イリゼが意識を取り戻した。いや、イリゼだけじゃない。アイもディールも、咳き込みながらも順に意識を取り戻す。
「ぜーちゃん、ディールちゃん、シノちゃん…良かった、目が覚めて……」
「は、は…心配、かけたみたい…ッスね……」
「けほっ、けほっ…皆さんも、怪我…してるじゃ、ないですか…見せて下さい…すぐに、治癒を……」
「な、何言ってるのディール!回復魔法使えるならまず自分にだよ!」
「…そうだよ、ディールちゃん…怪我したまま全員に治癒するんじゃ…時間も負担も、増えちゃうでしょ…?」
三人が目を覚ました事で、やっと少し安心した俺達。自分の事よりまず俺達の治癒をしようとしたディールをルナとイリゼが説得し、ディールは自分への回復を始める。…良かった…一先ずこれで、三人がこの怪我で死ぬって事はなさそうだ……。
「…それで、今…どうなってるんスか…?」
「…ここは、落とし穴の中だ。ワイトさんの指示で、何とかここに逃げ込んで、暫くは大丈夫だと思うが……」
「……ワイト、奴を倒す策は…思い付いてたり、するッスか…?」
「それは……」
「…正直に、答えてほしいッス…」
苦しげな顔のまま、アイはワイトさんに訊く。最初その質問にワイトさんは躊躇っていたが、アイに見つめられてゆっくりと首を横に振った。
それから数十秒。また、沈黙が訪れた。俺はそこまで言わなかったが、三人もこのままいたらどうなるかを察したような表情をしている。俺には、三人が何を考えているか分からない。ただディールは回復に専念していて、イリゼとアイは天井を見つめていて…………
「…動けるッスか?イリゼ…」
「動けるよ…女神化は出来ないみたい、だけどね…」
「…じゃあ……やるッスよ…」
『な……ッ!?』
……ゆらりと二人は、起き上がった。まだ治癒なんてしていない、傷だらけの身体のまま。
「うぐっ…これ、冗談抜きであばらが二、三本いってる気がするッス…」
「私は、右腕が折れてないのが幸いかな…これならまだ、バスタードソードが触れる…痛た……」
「い、いや…あばらがとか痛たとか言ってる場合じゃねぇだろ!無茶すんなよ二人共!」
「そうですお二人共!その身体で戦うなど…!」
『…そうは、いかない(よ・ッス)……』
気持ちは分かる。このままじゃって思いは俺も持っている。だが俺もワイトさんも反射的に立ち上がろうとする二人を止めに入った。だってそうだろう。普通なら即入院、即手術しなきゃいけないような怪我をした二人が、どうすれば勝てるかも分からない相手と戦おうとしてるんだから。
だけど、二人はそれを否定した。否定して…強い強い意思の灯った瞳を、俺達に向ける。
「無茶も無謀も承知ッス。こんなの自殺行為だって言われても、仕方ないッス…。…でも、それでもウチは…ウチ等は行くッスよ。もっと酷い怪我をしていても、もっと相手が強くても…そんなの、関係ないッス……」
「……っ…どうして、そんな事…」
「…それが、女神の性だから…かな。皆傷付いていて、苦しんでいて、このままいたら今よりもっと辛い未来が待っている。…そんな時に、居ても立っても居られなくなるのが…不可能な事でも、皆を助けられる道を目指すのが…女神なんだよ。ましてや、ここにいるのは友達だもん。だったら尚更…じっとなんて、していられないよ…」
…その言葉に、止めに入った俺達は気圧された。俺達の方が体力も余裕もずっとあるのに、一瞬言葉を失ってしまう。
「…わたしには自分の事を優先させておいて、自分達は自分の事より皆さんの事ですか……」
「う…ごめんねディールちゃん…でも、私達は回復なんて出来ないから…皆を癒せるのは、ディールちゃんだけだから……」
「……なんて、冗談ですよ。…イリゼさん、アイさん。わたしは皆さんを、一秒でも早く回復させます。わたしにしか出来ない事に、全力を尽くします。だから……」
「…ディールの思いは、受け取ったッス。……任せるッスよ、皆の事は」
そこへディールがぼそりと呟いて、それから二人にも負けない意思を見せたディールと二人は頷き合う。三人は、一番あいつの脅威を分かっている筈なのに、こんな怪我をしたら恐怖で動けなくなってもおかしくないのに、戦おうとしてる。気持ちはもう、戦っている。
それが出来るのは、きっとそれだけ『皆を守りたい』って思いが強いからだ。三人の語った言葉は、きっと欠片も嘘なんてないんだ。本気で、全力で……この絶望的な状況を塗り変えようとしているんだ。
(……は、はは…あぁ…全く…本当に女神って奴は…格好良いなぁ…)
「…カイト君……?」
イリゼから不思議そうな目で見られる。理由は間違いなく、俺が笑みを浮かべたからだろう。
さっきまで俺は、諦めないとしつつもどうすればと思っていた。だが、三人にとって「どうすれば」なんてのは、どうでもいいんだ。どうにかしよう、どうにかするんだってのが、女神なんだ。…だったら…そんな姿を見せられたら……俺だって、このままじゃいられない。
「…じっとしていられないなんて言っても、今の段階でもうフラフラじゃないか二人共」
「それを言われると言い返せないッスね…でも……」
「…だから、俺が肩を貸すぜ。自分達はそんな身体で無理するんだから…俺がちょっと位無理したって、それを止めたりはしないよな?」
「…カイト……」
「……ふふっ、そういうの…ちょっと、格好良いね…」
そう言って俺はにっと笑う。すると二人は驚いたような顔をして…それから二人も、呆れ混じりの笑みを浮かべた。…呆れ混じり、か…まぁいいさ、俺だってちょっと二人の無茶には呆れてるしな。
「あー……もう、ズルいなぁカイト君は。そういう時、一番最初に『なら自分も』って言うのが格好良いのに…」
「そ、そんな事言われてもな…って、うん?…じゃあ、茜も……」
「そーだよ。…私だって、ぜーちゃんやシノちゃんが無理するのを黙って見送るなんて出来ない。それに…この命は元々、戦う為に与えられたもの。その私が、守ってもらう側…って訳にはいかないんだよね」
『…………』
「…あ、ごめんやっぱ今のなしで。今のは暗くなっちゃうし、どうせ死ぬならもう一度大好きな人の腕の中で…って、こっちも暗くなっちゃうか…はは…。…とにかく、私も戦うよ。私にはまだやりたい事もやらなきゃいけない事もあるし、私にとっても皆は…友達だもん」
表情がころころと変わり、それでも最後は真剣な…でも優しさも感じる顔になる茜。…ちょっと、軽く流せないワードが幾つかあったが…今はそれを気にしている場合じゃない。茜の言葉で大切なのは…茜も戦うって事と、茜の意思も強く燃えているって事だ。
「…なら、最低限の治癒はさせて下さい。いいですね?」
「あ、うん。それ位は従うよ。じゃ、四人で……」
「…ま、待って…私も戦う…戦うよ……っ!」
俺に、茜に続いてルナも声を上げた。手は震えていて、俺達より表情が硬くて…それでもルナも、声を上げた。
それに駄目だと返す人はいない。というより、俺や茜は勿論、女神の三人だって駄目だと言える立場にない。言えるのは……ワイトさん、ただ一人。
「…………」
拳をまた強く握り締めていたワイトさんは、黙っていた。静かに、微動だにせず……長い長い沈黙の末、ワイトさんはゆっくりと息を吐き出す。
「……勝ち目のない作戦に未来ある若者を送り出す事も、女神様に無謀な突撃をさせる事も、私はしたくありません。例えそうするしかなくとも、私は曖昧な可能性に賭けるだけの度量はありません」
「……何も間違ってませんよ、ワイトさんは。私達がしようとしている事は、無謀以外の何物でもありませんから。…だからせめて、ディールちゃんのサポートを……」
「…ですが私の敬愛する女神様がここにいれば、迷わず戦うでしょう。そしてその女神様が戦うのであれば、私もまた戦います。……申し訳ありませんが、私の命は彼女のもの。アイ様にもイリゼ様にも、ディール様の為であろうとこの命を散らす事は出来ません」
はっきりと、しっかりと、ワイトさんはそう言った。言い切った。言い切って……でも、その言葉には…思いには、続きがあった。
「…ですから、私はなんと言われようとここでは死にません。死にませんし…軍人として女神様方も、歳上としてカイトくん達も死なせません。それが私の意思であり…覚悟です」
ぽふり、と柔らかい床に落ちる拳銃の弾倉。空いた場所へ、ワイトさんは新たな弾倉をセットする。…死なないし死なせないという言葉が、その行為が、ワイトさんも共に戦ってくれるという何よりの証明。
結局、全員が戦うと決めた。諦めない意思を貫いた。だからって、勝率が上がる訳じゃないが…勇気はぐっと湧いてくる。そうだ、誰も諦めちゃいないんだ。無理かもしれないけど、決まった訳じゃないんだ。だから、勝とうぜ皆。勝って、それで……
《……もー…皆ってば、凄過ぎるよ》
「……っ!?…ワンガルー……」
…不意に聞こえた、聞き覚えのある声。はっとして見上げると、そこには肩を竦めた…ように見えなくもない、人形の姿。
「…何しに来やがったんスか…嘲笑うつもりなら……」
《…ごめんね、皆。あれはわたしの…ううん、わたし達のミスだよ。あんなの試練でもなければ、わたし達の望んでいたものでもない。今更出てきて何言ってんだって思うかもしれないけど…それを謝らせて》
何がどうなったかは分からないが、俺達の中にはワンガルーに嵌められたんじゃって思いもあった。だから俺達は睨み付け…だがワンガルーは、謝罪した。とても形だけとは思えない、真剣な声で。
「わたし達のミス…?…それは一体どういう事だ、やはり貴様一人ではなかったんだな?いやそもそも、奴は……」
《待った待った、それが気になるのも分かるけど…このままじゃ不味いでしょ?こっちのミスな訳だし、あいつはわたしが消そうと思ったけど…そういう雰囲気じゃ、ないよね?だから代わりに…えいっ!》
ワイトさんの問い詰めを制止して、掛け声と共に手を振ったワンガルー。…その瞬間、傷が癒えた。軽傷だった俺やルナの怪我も、重傷のイリゼやアイの怪我も、全員の怪我が一瞬で。
それだけじゃない。怪我だけじゃなくて、体力も回復していて……いや、回復どころか体感で分かる。今の自分の身体が、最高レベルで好調な事に。
『これは……』
《見ての通り怪我を治して、コンディションも万全にしてあげたよ!勿論女神化の制限だって解除したし…なんとルナとワイトにはプレゼントまで用意したからね!…これで戦う準備は、ばっちりでしょ?》
「ワンガルー…お前……」
《…頑張って、皆。信じられないかもしれないけど……わたしは皆の、味方だから》
そう言って消えるワンガルー。今度は何かに消されたような感じじゃなく、これまで通りに自分から消える感じで。
なんというか…ほんとにワンガルーは変わらなかった。突然出てきて、言いたい事だけ言って、満足したら消える意味不明な奴。…だけど、これだけは言える。ワンガルーはこれまで悪戯をする事はあっても、悪意を向けるような事はなくて……確かに今、あいつは俺達に力を貸してくれたって。
「凄い、ほんとに治ってる…魔力も回復してる感じだし…」
「これまで敵だった奴が、絶体絶命のピンチに駆け付けるなんて、何だか熱い展開ッスねぇ。……さて…」
「…丁度こっちを、向いてるね」
立ち上がり、驚きながらも頬を緩ませるイリゼ達。三人の後に続いて穴の下へと移動し、見上げると……その先には、奴の赤い目があった。
「…撃ちますか?流石に目であれば、拳銃であろうと多少のダメージはあると思いますが…」
「いや、ここはウチ等に任せてほしいッス」
アイはワイトさんの動きを手で制止すると、小さく息を吐いて女神化。そして、燃えるように赤い髪を持つ女神ローズハートは、にやりと好戦的な笑みを浮かべる。
「さぁて、そんじゃ…さっきはよくも、やってくれたじゃねーかッ!」
「ギヒィッ!?ク、ヒ…ヒヒィ……ギィイィィィィッ!?」
笑ったと思った次の瞬間、アイは一直線に飛び上がって奴の顔面を蹴り込んだ。それに驚愕の声を上げる巨人だが、完全に吹き飛ぶ事はない。
…と俺が思う中、気付けばイリゼとディールも女神化し、飛び上がっていた。真っ白な髪と蒼の髪がたなびく中、二人の突き出した蹴りも命中。女神三人の怒りを込めた蹴りは奴の顔面へとねじ込まれ……ひっくり返るように、奴は吹き飛ぶ。
「よーし、行くよ皆ッ!」
『(おう・うん・えぇ)ッ!』
吹き飛ばした三人に続いて、再び鎧を纏った茜も飛翔。俺もワイトさんやルナの邪魔にならない程度の炎で加速しながら梯子を駆け上がり、奴との戦場へ舞い戻る。
飛び出した時、穴の近くには主人を待つように片膝を突いた巨大な鉄騎と、床に突き刺さる一本の綺麗な剣があった。恐らくこれが、ワンガルーの言っていたプレゼントだろう。…ロボットの方は興味を惹かれるが、今はそれも後にする。
「……さて、ここまでの身勝手な狼藉」
「きっちりと、後悔してもらいましょうか」
静かに、けれど堂々とした声で起き上がる巨人へと言い放つイリゼとディール。それぞれに武器を、得物を構えて並び立つ俺達七人。
相手は強い。もうどうしようもない位に強い。でも、不安はない。負ける気がしない。だって……ここには信頼出来る、仲間がいるんだからな。
俺は大剣を正面に構え、奴を見据える。さぁ……反撃、開始だ…ッ!
今回のパロディ解説
・「〜〜落ち着いて〜〜幻覚だよ!」、私が恐怖で〜〜声を出す
マクロスfrontierの登場キャラの一人、クラン・クランのノベライズ版における台詞及び地の文のパロディ。正直、これが分かる人はかなり少ない気がします。
・「……何をやっているんだ、私は…ッ!」
金八先生シリーズの一つ、金八先生ファイナルにおける金八先生(坂本金八)の台詞の一つのパロディ。気付いたらパロディっぽくなってただけで、狙ってはいませんでした。
・「〜〜あばらが二、三本いってる〜〜」
パロディ…というか、バトル物の作品で時々あるシーンの事。アドレナリンが出まくっているのなら、骨が複数本折れてもこんな反応が出来る…のかもしれませんね。
主に参加して下さった皆様へのお知らせですが、「カットされてたこのシーンを見てみたい」「○○と□□が△△の話題で盛り上がってる場面を読みたい」等のご要望があれば、極力コラボストーリー終了後番外編的に書こうかなと思います。勿論それ以外の皆様からのご要望も受け付けますので、何かあればお伝え下さい。
また、出来栄えはともかくイリゼのイラスト(SDver)を描いてみました。私のマイページ(画像一覧)又はOAの人物紹介に載せてありますので、興味がある方は見ても良いのではないかと思います。……但し、期待はしないで下さい。期待しないで見る事を約束して下さい。