超次元ゲイムネプテューヌ Origins Relay   作:シモツキ

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第二十六話 始動!ルイースフィーラ

MGは元々、ラステイションで生まれた兵器。それ故に最もMG開発における蓄積が成されているのもラステイションであり、元来の堅実な技術体系もあって、基礎的な部分は抜きん出ていると言っても過言ではない。

その存在が知られるとすぐに、後を追う形で開発を始めたのはプラネテューヌ。守護女神戦争(ハード戦争)終結と各国の友好化を示す要素の一つとして、技術交換によってMGのノウハウを得たプラネテューヌは、ゲイムギョウ界一を誇る高い技術力と組み合わせる事により、可変MGを主力とする事に成功した。

先駆者であるラステイションと、独自性を加えながらも素早く追走したプラネテューヌが、MG開発における先進国。一方のリーンボックスとルウィーは、両国の情勢や考えがあって開発が遅れていたが、犯罪組織との戦いを受けて遂に本腰を入れる事となった。しかし、当然ながら科学技術においては前者二国に劣るリーンボックスとルウィーが、ただ後追いをするだけでは並び立つ事など出来る筈もなく……故に二国は、プラネテューヌとはまた違ったアプローチで独自の設計やシステムを搭載したMGを開発するのだった。

 

(まずは、お互い万全な状態での正面衝突…)

(最初の会敵で、どう動くか…ルウィーの守護女神として、じっくり見させてもらうわ)

 

リーンボックスのMGは背部と左右腰部に装備した大型ブースターらしきユニットの推力で空を猛進し、ルウィーのMGはスキー板の様にも見える追加装備で雪原を駆ける。その様子を別室のモニターで真剣に見つめるベールとブランは、心の中でほぼ同時に呟く。

この模擬戦はあくまで両国の親善試合という位置付けであり、両軍が経験を積む事を目的としている。しかし模擬戦と言えど戦いは戦いであり、勝敗は勝敗。実際に電脳上の戦場へ立つ軍人達は勿論、ベールとブランも自国の勝利を望んでいた。

 

「もう間もなく敵部隊が射程圏内に入る!全機、油断するなよ!」

『了解!』

 

先行部隊の隊長が発した言葉に答えるのは、同じく先行部隊の隊員達。彼等の駆る機体……リーンボックス国防軍の正式採用型複座MG、ルイースフィーラのモニターには既にルウィーのMGの姿が映っており、両腕部に装備された重粒子砲が届く距離まではもう目前。火器管制を担当するパイロットはトリガーに指をかけ、その瞬間を待ち構える。

彼等は皆、先制攻撃を仕掛けるのは自分達だと思っていた。それはルイースフィーラ…というかリーンボックスのMGは基本的に他国の物より一回り大きな全長を持つからであり、その分通常火器の射程もこちらの方が上回っているだろうという推測によるもの。だが、今正に射程圏内へ入るとなった瞬間駆け抜けたのは……二条の電撃。

 

「何……ッ!?」

「これは、まさか…魔法…!?」

 

駆け抜けた電撃は、ルイースフィーラ一機の右腕部重粒子砲を貫き破壊。予想外の攻撃にリーンボックスの先行部隊は全員が驚くも、各機散開し攻撃開始。反撃を受けたルウィー先行部隊もまた回避行動の為に展開し、双方の先行部隊が交戦を開始する。

 

「ぐっ…やっぱり魔法か……!」

「流石はルウィーの機体ってとこか…!」

 

魔法国家たるルウィーの機体に、魔法技術が使われている事はリーンボックス側も予想していた。しかし魔法そのものを放てるとまでは思っておらず、その結果発生したのが先程の先制奪取。

しかし魔法は強みであっても、魔法攻撃一つで戦況が決定的になる程リーンボックス部隊も柔ではない。

 

「……っ!中々の火力だな…!」

「伊達に大きい訳じゃないんですね…!」

 

開放型バレルのビーム砲二門に加えて、キラーマシンを彷彿とさせる胸部重粒子砲に、回転させたユニット先端から放つビーム機銃。出力も砲門数も目に見えてルウィー機を上回るルイースフィーラの砲撃は、ルウィー部隊を追い立て連続回避を余儀なくさせる。

そしてここからが真骨頂。そう言わんばかりに、先行部隊の隊長は指示を飛ばす。

 

「どうせ出し惜しんだところで意味はない!各員、それぞれの判断で子機を展開せよ!」

 

接近するルウィー機を頭部機銃で牽制しながら、隊長機はユニットを前に向けつつ後退。そして次の瞬間、両腰の二基、それに背部一基の計三基が一斉に空へと飛翔する。

隊長機だけではない。状況を見てルイースフィーラ各機が一基…いや、一機から三機のユニットを放ち、放たれたユニットはそれぞれが攻撃を開始した。

 

『無人機…ッ!?』

 

瞬く間に互角の攻防はルウィー側の防戦一方に。空から撃ち込まれる機銃とミサイルを回避し、或いは右腕部に搭載された発生器からの魔力障壁で防ぐルウィー部隊に広がる、激しい動揺。

だがそれも当然の事だろう。二機以上放ったルイースフィーラが雪原に降りた事からも分かる通り、本体の戦力は落ちているが、数だけで言えばリーンボックス側は一気に倍以上の部隊となったのだから。

しかし、何もルウィー部隊は既に手札を全て使い切っている訳ではない。むしろ、まだ主力の一つたる手札を温存しており……それを今、解放する。

 

「空を完全に抑えられては押し切られるか……良いだろう。塞がれつつあるこの空…こじ開けるぞ!」

 

ターンで重粒子砲を避けたルウィーの隊長機は、真上に向けて両肩部の発生器より氷弾を発射。攻撃を避けるべく無人機が退避したその瞬間、隊長機は軽く膝を屈め、跳び……否、()()上がった。

 

「飛んだ!?そんな、あんな翼とスラスターだけで飛行を…!?」

 

垂直に空へと昇った隊長機の、右腕部魔力速射砲が周囲の無人機を散らしていく。開いた空には隊長同様次々とルウィー機が飛び上がり、砲で、槍で、剣で無人機とルイースフィーラに反撃開始。飛んだ事で一気に自由な機動が可能になったルウィー部隊は、再び戦いを五分五分の状態へと押し返す。

ルウィー機の脚部より噴射される推力は決してそれ単体で飛行を可能とするレベルではなく、一般機に至っては小型ウイングすらも装備していない。そんなルウィー機が何故飛べるのかといえば……それもやはり、ルウィーの得意分野たる魔法によるもの。

科学技術では他の三ヶ国に開きがある代わりに、一般化にまで到達している魔法技術。それを攻撃に、防御に、機動に活用しているのがルウィーのMG。圧縮した魔力を弾として、武器に付与させた魔力をより強固な刃として、魔力をエネルギーとする魔法として、ルウィーの代名詞を遺憾なく発揮しているのが……MG、レグファ。

 

「これはあくまで模擬戦、だが…ッ!」

「お互い負ける気はない、そういう事か…ッ!」

 

投げ放った突撃槍で無人機一機を撃墜したルウィーの隊長機が、推力全開でリーンボックスの隊長機へと突撃。腰椎部より引き抜いた魔力剣が振り下ろされる瞬間、リーンボックス隊長機の掌部から出力された重粒子収束剣が割って入り、ルイースフィーラとレグファは斬り結ぶ。

それぞれの持ち味を発揮し、激突する両軍。リーンボックスとルウィーの模擬戦は、早くも熱を帯び始めた。

 

 

 

 

「…この戦い、貴方達ならどう見る?」

 

所変わってモニタールーム。静かに激突へと視線を向けているラステイションの軍人達の背後から、不意にそんな声がかけられた。

 

「あぁ、ノワール様…そりゃ、どっちが勝ちそうかって事ですかね?」

「それでも良いし、両軍の評価でもいいわ。とにかく、同じMG乗りとしての意見を聞かせて頂戴」

「ははぁ、そういう事でしたら……リーンボックスはパワー、ルウィーは多彩さってところでしょう。防御面含め、正面から殴り合うならリーンボックスの方が有利そうですが、それをルウィーは幅のある動きや対応でさせてねぇって感じですし」

 

声の主たるノワールへ、真っ先に返答したのはシュゼット。殆どの軍人はノワールへと向き直り姿勢を正そうとしたが、ノワールはその必要はないと手で制する。

 

「じゃ、空戦に関しては?どっちもうちのG型装備群と違って、戦闘中は基本ずっと飛び続けるってタイプじゃないみたいだけど」

「空戦は…難しいところですねぇ。リーンボックス機…えぇと、ルイースフィーラは無人機を装着する事で火力も機動力も上がるって言えば聞こえはいいですけど、本体の飛行能力を取れば多方向からの同時攻撃が、無人機としての運用を取れば飛行能力を始めとする本体性能がそれぞれ落ちる訳ですし。で、一方のレグファは……」

「揚力に頼る割合が少ない分、自由性は高いでしょう。しかし、自分はあまり魔法に詳しくありませんが……鉄の塊であるMGを飛ばしてるんです。脚部スラスターの分を差し引いても、燃費は決して良くないかと」

「…要するに、双方ただ飛んでる訳にはいかない機体…ってとこかしら?」

 

クラフティも参加した、双方への評価。それを纏めたノワールの言葉に二人が首肯すると、ノワールは微笑みと共に感謝を告げて元々いた席へと戻っていく。

その不意に、モニターの中で大きな変化が発生する。それまで白銀一色だった雪原が突如として消滅していき、代わりに青々とした草原が…再現されたリーンボックスの大地が広がっていく。交戦地点もその波に飲まれていくと、レグファは脚部のユニットをパージし戦闘続行。

これは、全員が認識している事。公平を期す為、一定時間毎に二種類の大地が切り替わるというシステムによるもの。故に両軍は二つの戦場の中で駆け、飛び、矛を交え合って……鎬を削る。

 

 

 

 

先行部隊同士の戦いは、概ね互角。しかし後続の本隊が合流し、双方大規模の戦力となった今……ルウィー側が、一歩優勢となっていた。

 

「ヴァイス隊βは一時後退、γは二手に分かれてβを追撃しようとする機体を挟撃せよ!無人機の撃破は本体の戦力低下にも直結する!無理にシールドのある本体を攻めず、まずは無人機を狙え!」

『はッ!』

 

機体性能もパイロットの技術も、両軍に大きな差はない。機体数に関しても同様だったが……ルウィー側には一機、群を抜いて卓越した動きを見せる機体があった。

 

「速い…ッ!これがあの、赤い流星…!?」

 

無人機全てを引き戻し、全砲門でもって迎撃をかけるルイースフィーラ。それを赤い流星…十式を駆るアズナ=ルブは巧みな操縦で軽やかに避け、ビームライフルを二連射。その光弾は咄嗟にルイースフィーラが展開した高エネルギーシールドによって阻まれるも、続けざまに十式はロケットランチャーを一発。それもルイースフィーラは防ごうとしたが……弾頭が着弾したのは、シールドではなくその足元。爆発により姿勢の崩れたルイースフィーラへ三発目の光弾が放たれ……胴体を撃ち抜かれたルイースフィーラは爆散した。

 

「如何に強固な盾があろうと、逸れてしまえば無いも同然さ」

 

敵機の敗因を呟くと、十式はスラスターを吹かして左へ跳躍。反撃をかけようとする二機のルイースフィーラとその無人機を翻弄しながら、アズナ=ルブは戦場を見回し指揮を続ける。

圧倒的な動きでリーンボックス側の注意を引き付け、その中でも次々とルイースフィーラを撃墜し、先代黄金の第三勢力(ゴールドサァド)の面目躍如とばかりに指揮で部隊としての戦闘能力も引き上げる。その実力が、そして『彼がいる』という事実そのものの影響力が、ルウィーの優勢を生み出した要因であり…それは、そう簡単に排除出来るものではない。

 

「中佐、一度補給を!その間は我々が保たせます!」

「いいや、その心配は不要だ。まだ補給が必要な程の状態ではない」

「分かっています!しかし万一に備え、余裕のある間に補給をしておいてほしいのです!」

「万一に備え、か……分かった、暫く任せるぞ!」

 

更に数機を撃墜したところで、アズナ=ルブに進言したのは本隊の隊長。MG部隊の総隊長を務める彼が了承し離脱を開始すると、それを見たリーンボックス部隊は即座に追撃しようとするも、ルウィー部隊は弾幕を張って追撃を阻止。

アズナ=ルブが離脱すれば、当然その分ルウィー部隊の戦力は低下する。しかし補給の為の離脱であると全員が知っている為士気の低下は殆どなく、むしろ「ここで戦線が瓦解するようでは、アズナ=ルブ頼りの軍であると女神や各国に思われてしまう」という思いから各々やる気を燃え上がらせる。

 

「ぐっ、突破出来ない…!」

「これも赤い流星のなせる技だって言うの…!?」

「それに引き替え、あいつは何をやってるんだ…!」

 

劣勢とまでは言わずとも、アズナ=ルブの離脱という好機を生かせずに歯嚙みするリーンボックス国防軍。せめて戻ってくるまでに少しでも敵機の数を…と彼等も奮闘するも、ルウィーが若干優勢の戦況は変わらない。そして……遠く離れた空中には、そんな戦況を眺める機体がいた。

 

「まだ動かないのか?」

「何だ、助力したくなったのか?」

「いいや、ただ訊いてみただけだ」

 

ルイースフィーラの姉妹機、或いは改造機らしきその機体の中に座するのは、あの日教会を訪れた二人。機体識別コードはリーンボックス国防軍のものであり、機体にも黒に加えて国色である緑が使われていたが……前線に合流する気配はない。

 

(赤い流星の力は概ね把握した。確かにあれは驚異だが、軍として動くのなら…問題はない)

 

戦場を静観し、モニターを流れていく情報に目を通し、コンソールに素早く指を走らせる。ただ観戦している訳ではないようだったが…ニルが奇妙な行動を取っているのは事実。そして、機体操縦を務める女性の方はと言えば……こちらは完全に、観戦状態だった。

 

「…果実は熟す瞬間まで待ってこそ。もう暫く、彼等には耐えてもらおう」

 

仮面の下で不敵な笑みを浮かべ、ニルはコンソールの操作を続ける。

激突している両軍は、遠く離れている上に何もしないその機体の事を認識すらもしていない。しかし、モニタールームでは、そんなニルと女性の乗る機体も何度か映し出されており……多くの者に、疑問と不可解さを抱かせていた。

 

「…全然動かないわね、あの機体…故障って訳じゃないんだろうけど……」

「うん…早期警戒機か、電子戦仕様の機体なのかな……でも、それにしてはそれ用の装備が見えないし……」

「そうき、けいかいき…?(きょとん)」

「でんしせん…?…オデットII世?」

「いやそれは宇宙海賊…ってあぁそっか、確かにその船は電子戦能力高かったわね…」

 

不可解さを抱いているのは、女神候補生達も同じ事。特にネプギアは装備から動かない理由を考えようとしているが、どうにも行き詰まっている様子。

だが、誰よりもその機体の…ニルの判断について深く考えているのは、他ならぬベール。

 

(彼の事ですし、間違いなく何らかの策があっての事。…しかし、モニターに映る情報だけでは何も分かりませんわね……)

 

彼女はニルを信用している。しかしそれは何度かの交流によって、「信用に値する人物」だと女神の感覚がそう伝えてきただけであり、友人や仲間のように相手の事を深く知り、多くの苦難を共に切り抜けてきた、『積み重ね』による信用ではない。

故に、彼に対する信用を一歩進め、また彼に対して懐疑的な軍人達からの信用も作り出そうと、ベールはこの模擬戦への参加を勧め、彼もその意図を察したように了解した。だからこそ、ベールは彼が活躍する事を望んでいたのだが……

 

「…いえ、わたくしが懐疑的になってはいけませんわね…まずはわたくし自身が、きちんと信じてあげなくては」

「…イリゼみたいな独り言ね」

「あ、わたくし言ってまして?……こほん。それにしても流石ですわね、彼は。貴女も優秀な人材を軍に引き入れたものですわ」

「わたしはちょっと話して、選択肢を一つ提示しただけ。彼がここにいるのは、他ならぬ彼自身の意思よ」

「…水を差すような事言って悪いんだけど、今の私引き合いに出す必要あった…?さも当然かのように、『思考の途中からいきなり声に出す』を私の代名詞みたいに言う必要あった……?」

 

視線はモニターへ送りながら、ベールとブランは言葉を交わす。その間にも戦闘は続くが、戦況に大きな変化はなし。その内に補給を終えた十式が前線へと戻り、再びその猛威を発揮し始めた事でルウィー側がもう一歩優勢に。リーンボックス側や戦闘地点からやや後退し、突破だけはさせないようにと持ち堪えるも、このまま戦いが続けばそれもいつかは突き破られる。

最悪、後方で控える陸上艦や艦載のパンツァー隊の支援を受けられる位置まで下がらなくてはならないかもしれない。ルウィー側の勢いが増す程リーンボックス側にはその空気が立ち込め、モニタールームでもルウィーの勝利を予想する者が増えていく。

だがしかし、ルウィー国防軍の優勢は……誰一人として予想しなかった、想像すらも出来なかった方法により、覆される。

 

「右腕部被弾!一時撤退します!」

「凍り付いた…ッ!?くそっ、こんな魔法まで撃ち出せるのかよ…ッ!」

「隊長、ポイントCまで戦線を下げなくては反撃するにも戦力が……ッ!」

「…致し方ない、か……全機!被弾した機体を優先して後退を……」

「いいや、その必要はない!カウント10の後、二十秒以内に飛翔せよ!無人機が残っていない機体は全力で後退だ!」

『……!?』

 

不利を認め、後退の指示を出そうとした本隊の隊長。されどその声を阻み、高らかに言い切ったのは……遂に動きを見せた後方のニル。突如の指示、それもここまで何もしていなかったように見える彼の言葉に、当然ルイースフィーラのパイロット達には動揺が走るが、「ニルの事を信用してほしい。その結果がどうなろうと、責任は自分が持つ」…という言葉をベールから受けている隊長や陸上艦内の司令はその指示に従うよう言葉を発し、ニルからのカウントが終了するとルイースフィーラは飛び上がっていく。

 

「なんだ、急に次々と飛んで…!」

「気を付けろ!安易に追えは空から弾幕で蜂の巣にされるぞ!」

 

組織立った飛翔にルウィー側は何か策があるのかと思考を巡らせるが、周囲を見回してもおかしなものはなく、警戒しつつも動き回っての対空攻撃で空のルイースフィーラへ撃ち返す。

…と、その時起こる戦場の変化。通算五回目、草原から雪原に変わる変貌の波。それが戦闘地域にも及び、ルウィー側は慣れ親しんだ雪原での戦闘を始める……

 

 

──そう、誰もが思っていた。だが、変貌の波が到達した時……大地は、崩壊した。

 

『な……ッ!!?』

 

草原ではなく、雪原でもなく、現れたのは巨大な奈落。消えてしまった、あるべき大地。突如として足場を失ったルウィー側は次々と奈落へ落ちていき、ルウィー側はもとより、リーンボックス側も、モニタールームも異常事態に戦慄する。

 

「な、何だ!?何が起こったんだ!」

「シュミレーターの故障!?故障よね!?」

「ま、待って下さい!これは、何者かがシステムへの介入を……」

「事前情報なしの行為、申し訳ありません皆様。しかし、すぐにシステムは正常化するのでご心配には及びません」

「……!これは、まさか…ニル、貴方の仕業ですの…!?」

 

かなり深くまで落ちてしまった機体は、シミュレーションシステムの『外』に出てしまったのかふっと消滅。その前に何とか飛行が間に合った機体は奈落からの脱出を図るも、絶好のチャンスだと気付いたリーンボックス側が火力を集中。それなりに広いとはいえ限られた範囲内である奈落の中で回避し切る事は難しく、飛行した機体も一機、また一機と落ちていく。

あり得ない出来事に対し、モニタールームではシステムの異常や誤作動を問い質す声が飛ぶ。しかし、それをラステイション所属軍人の一人が否定し……このモニタールームに向けて、通信チャンネルが開かれた。

 

「戦場では、不測の事態が起こる事も少なくありません。そしてそのような状況においても、対応しなくては国を守り切る事など出来ない…そうでしょう?」

「…よもや、裏表でチェス盤をひっくり返すような事をしてくるとは……無茶苦茶な事を、致しますわね……」

 

ニルの言葉通り、数十秒もしない内に奈落は修復されていき、周辺同様雪原がその場に広がっていく。だが辛うじて奈落を抜けたレグファの内数機は発生した雪を諸に被ってしまい、動きが鈍ったところをまたしてもルイースフィーラが容赦なく射撃。そして大地が完全に戻った時……優劣は、完全に逆転していた。

 

「うわ、すっご…とんでもない事する人だね…最上級のぶっ壊すよ〜、を取得出来るんじゃないかな…」

「…やってくれたわね、ベール……」

「…言っておきますけど、わたくしの指示ではありませんわよ?…まぁ、責任は取りますけど……」

 

目を丸くするネプテューヌと、してやられた…という表情を浮かべるブラン。…と、そこに現れブランを呼ぶのは、ルウィーの国防軍人の一人。

 

「…ホワイトハート様。どうやら、今の事態はリーンボックス側によるもののようですが…システムへの干渉など、ルール違反も同然の行為。…抗議致しますか?」

「……いいえ、抗議は控えて頂戴」

「…何故、でしょうか」

「確かに今のは、ルール違反も同然よ。けれどここでどう対応するかによって、ルウィーへの見方が変わるわ。ここで誰もが予想しなかった策を糾弾し、それを反則とするのと、動じる事なく置かれた状況下から逆転のし返しを図るのとじゃ、どっちがルウィーの風格に繋がると思う?」

「……ルール違反で勝利を得ても、我々のプラスにはならない。一方このまま続ければ、勝った場合は勿論の事、負けても世間からは『ルール違反があったんだから仕方ない』と肯定的な評価を得る事が出来る…そういう事ですか」

 

我が意を得たり、と首肯するブランに軍人も頷き返し、踵を返して自身の席へ。されど座り直したブランは、内心でどうしたものかと思案を巡らせる。軍人が言った通り、負けたところで言い訳は十分に立つ状態なのだが……やはり女神としては、国の威信をかけて戦っている彼等に勝ってほしいのである。

 

(…わたしに何か、出来る事はないのかしら……)

 

攻防を見つつも、ブランは考え続ける。最も強力なのは自身の参戦だが、それこそルール違反且つルウィー国防軍の評価低下は免れない。というかそもそも女神は手を出さない、国防軍のみで戦うというのがこの模擬戦のコンセプトであり、介入してしまえば全てが台無しになってしまうというもの。それ故に、ブランは本当の戦いならば出来る事も今は出来ず……暫く時間が経った時、不意にブランの仕事用端末が振動した。

 

「…ガナッシュ……?」

 

液晶を見ると、連絡を掛けてきたのはガナッシュ。席を立ちつつ連絡に出ると、彼の少し疲れたような声が聞こえてくる。

 

「ホワイトハート様、今模擬戦はどうなっていますでしょうか…?」

「…少々…いや、かなり予想外の策を打たれて、今はうちが劣勢になってるわ。…それで、どうしたの?」

「劣勢、ですか…。…では、丁度良い…というのは些か相応しくないのかもしれませんが、朗報があります。空戦ユニットはまだ調整中ですが……例の機体の、実戦用改修が完了しました」

「……!…じゃあ……」

「はい、データの更新さえすれば…いけます」

 

疲れと共に、その声から感じるのは技術者としての興奮の感情。そんな彼にブランは小さく笑みを浮かべつつ……ガナッシュの提案に、許可を出す。

その選択が、その判断が一体何を引き起こすか。…それはすぐに、判明する事となる。

 

 

 

 

「ははははは!如何に最新鋭であろうと、如何に魔法技術をふんだんに使っていようと、所詮は一兵器。地形そのものが想定外の変化をすれば、こんなものさ」

「全く…よくもまぁ、堂々とここまで卑怯な策を打てるものだな」

「卑怯?戦場に罠を仕掛け、時には地形を破壊する事で自軍の勝利に繋げるのは、古来からある戦略の一つに過ぎないが?」

「…その太々しさ、いっそ立派なものだ」

「お前が言うなお前が。…さて、一気に詰めるぞ」

 

場面と時間は戻って戦場。自身の講じた策が見事に成功した事へ満足すると、ニルは指示。それを受けて彼の乗る機体も漸く動き始め、参戦すべくスラスターを吹かす。

彼はここまで、ずっと電脳空間の情報取得と処理をしていた。どのようなシステムで、どのような命令を受け、内部的にはどう変化して環境を変えているのかを。そして十分にそれを把握したニルは、変化の瞬間にシステムへの介入を仕掛け……大地の一部を崩壊させた。これは彼の乗る機体……ガラティーンの性能を前提にしたものだが、同時に彼自身の飛び抜けた頭脳や技能もなければ行えなかった、彼ならではの策。

しかしまだルウィー部隊は全滅しておらず、また戦闘艦も健在。だからこそ彼は、立て直される前に決着を付ける事を図る。

 

「グリューン隊α、δは敵艦攻撃へ向かえ!βはその援護及び露払い!ヴェルデ隊と残りの機体は生き残った敵を逃がすな!臆する事はない、敵はまだ混乱しているぞ!」

「混乱してるのはこっちもだっての…!けど……」

「いいわ、乗ってあげようじゃない…!」

 

大地を崩壊させるという仰天ながらも絶大な効果を発揮した策により、『少なくとも策士としての実力はある』という評価を得たニルの言葉に従い、リーンボックス部隊は進軍と足止めを開始。

飛行能力がないながらも誰よりも早く奈落から脱出し、生き残った機体を取り纏めるアズナ=ルブは果敢に戦うも、大幅に戦力が低下した今は戦線維持が手一杯。ここを抜けられてしまえば多くの機体が艦への攻撃に向かってしまうという事もあり、艦への援護にも向かえない。

 

「ぐぅっ…司令!こちらから援護は出せない!何とかこれ以上の突破は阻止するが、向かった機体の対応はそちらで何とかしてくれ!」

「あぁ、だがこちらからの増援も期待するなよ…!」

 

言葉を交わす、アズナ=ルブと艦内の司令。その間にも対艦攻撃へ向かうルイースフィーラは進軍し、対して直掩をするべく残っていたレグファは迎撃に動く。だが先の策をまた使われるのではないか、今度は空中に穴が開くのではないかと警戒してしまって思うように動けず、露払いのβ隊に仕掛けられて攻撃部隊の突破を許してしまう。

そうして対艦部隊はモニターに映るルウィー艦を目視。艦の砲とパンツァー隊による濃密な対空砲火は壁となって侵攻を阻むが、これは撃墜されたところで死なない模擬戦。その点を活かし、無人機は勿論本体でも体当たりを仕掛ける事で強引に対空砲火を突破し、自爆同然の攻撃で一隻目を行動停止に陥らせる。

 

「ふっ……勝ったな」

 

一隻目攻略の時点で、残存する機体は半分を切っていた。しかしここまでに二隻目の砲やパンツァーも多少ながら潰しており、残りの機体で撃破出来る可能性は十分にある。仮に全て落とされたとしても、まだ第二攻撃隊を送るだけの戦力が自軍にはある。

だからこその、勝利への確信。前線に到着したガラティーンは両腰の無人機を展開し、戦闘に参加。放った無人機を操りながら、対艦攻撃を行う部隊の情報にも目を走らせながら、ニルは大きな笑みを浮かべる。

そして、一隻目同様の手段で強行突破を果たしたルイースフィーラの胸部重粒子砲が輝き、ニルがその笑みを深めた次の瞬間──今正に砲撃しようとしていたルイースフィーラのマーカーが、モニター上から消失する。

 

「…な、に……?」

「んな……ッ!?こ、この機体は…うわぁぁぁぁッ!」

「なんだ…何が起こっている!グリューン1、状況を報告せよ!」

「て…敵機です!今し方現れた機体が、凄まじい速度で攻撃を…うぐッ!」

「今し方現れた機体…?馬鹿な、そこは対空砲火が上がっているんだろう!?そんな場で、凄まじい速度での迎撃など出来る筈が……ッ!」

 

これまで冷静沈着を貫き続けたニルの、初めて見せた動揺の声。彼が通信をかける間にも味方を示すマーカーが消えていき、彼の言葉に応える声も消えていく。

そうして遂に、対艦攻撃に向かった部隊は残らず全滅。だが、攻撃目標であった二隻目の陸上艦は健在であり……その正面に降り立ったのは、騎士の如き外観を持つ、白と金のMGだった。




今回のパロディ解説

・始動!ルイースフィーラ
機動戦士ガンダムZZの各話タイトルの一つのパロディ。ルイースフィーラと言いつつも、同じリーンボックスでそれとは違う名前のMGが登場しましたね。

・オデットⅡ世、宇宙海賊
ミニスカ宇宙海賊に登場する船及び、その作品の中核となる組織の事。アニメ版の話ですが、電子戦の件はかなり印象に残っています。

・チェス盤をひっくり返す
うみねこのなく頃にの主人公、右代宮戦人の代名詞的な言葉の事。チェスに加えて、地形を崩すという行為……もう完全に元ネタの彼ですね、ニル。

・ぶっ壊すよ〜
原作シリーズの一つ、VⅡ(R)におけるキャラクターチャレンジの一つの事。障害物ではなく、地形をぶっ壊している訳ですし、最上級クラスなんじゃないかと思います。

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