bye my life ー傷心者の血戦ー   作:夏川 木石

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知識の源泉。

「さて、お待ちかねの質問タイムだ」

 生真がソファーにドカリと座り込んだ。

 

 アジトとやらは、小さな事務所を思わせる部屋だった。日当たりが悪いせいか少し薄暗く、無骨な印象だったが、埃っぽさは全くなかった。

 窓際にソファーが置かれ、それと向かい合うようにデスクと椅子、ホワイトボードが配置されている。生真の周辺は雑多な物で溢れているが、どこか整然と並べられているようにも感じた。

 几帳面な人が片付けているのだろうか。

 俺はしばらく見回してから、立て掛けられていたパイプ椅子を広げて腰を下ろす。

 生真は誰かに電話をかけていた。

 

「ショージン、オレの協力者も加わっていいか? テレビ電話越しだけど」

「ああ、大丈夫。その人も俺たちと同じ?」

「おう、向こうの世界にいた人だ。ついでにトッキーもいるけど気にするな」

 後半部分は聞き間違いだと自分に言い聞かせながら、生真のスマホを覗き込む。

 

柊木(ひいらぎ) 善志乃(よしの)です。あの、大丈夫ですか……?」

「おお! これが十七歳のショージン!」

「……えー、はい、高城正人です。血まみれですけど、治してもらったのでもう大丈夫ですよ」

 画面には、ミディアムの黒髪がステキな女性が、険しい表情をして映っていた。ミリタリージャケットの間から覗かせたリアリスティックなライオンの黒いプリントTシャツが印象的である。俺の好みドストライクだ……。

 ついでにトッキーもいた、本当に。

 

「うわ、ショージンがヨッシーの胸ガン見してる」

「おい、生真。今から大事な話をするんだろ? トッキーをつまみ出さなくていいのか。あと、俺はライオンを見てただけです、不快に思われたならすみません、柊木さん」

 彼女は滅多なことを言い出す嫌いがあり、この場にそぐわない人物だろう。そもそも、この世界の人間をむやみに巻き込むべきじゃない。

 彼女の戯れ言で柊木さんに誤解されても困るしな。

「大丈夫だ。トッキーにはもう全部話してある」

「全部って、おい。こっちの事情に引きずり込むつもりか?」

「もし自分だったら、一人だけ蚊帳の外ってのは、納得できねーだろ? 下手に動かれるより、連携とった方がマシだ」

 生真の懸念は確かに理解できた。だが、何かが引っかかる。隠し通せるのがベストであるなら、それを試みて、やり遂げてしまうのが火原生真という男ではなかっただろうか。

 それとも、これが生真にとってのベストなのだろうか。

 

 未だ渋面を崩さない俺に、生真は不敵な笑みを浮かべて

「それに、守るもんが多いほどヒーローは強くなれるって言うだろ?」

 そう、付け加えた。

 柊木さんはぎこちなく微笑んでいた。

 

 ◯

 

「じゃあ早速聞きたいんだけど、咒骸(じゅがい)って何だ?」

 頭に流れ込んできた知識がどれだけ正しいのか、不安で仕方がなかった。

 

「まず前提として、心にも『咒素(じゅそ)』という、体で言う血液のようなものが流れてます。それが心の傷から吹き出して、瘡蓋(かさぶた)みたいになったのを『咒骸(じゅがい)』と呼んでるんです。防衛機制の一種とも言えますね」

「要は超能力だよ、ワクワクしてくるだろ?」

 

 柊木さんには非常に申し訳ないが、生真の説明の方が俺にはわかりやすい。心でどうこうする凄い力という認識で良さそうだ。

 おそらく、これが朱鷺坂の言っていたチート能力ってやつだろう。

 

「ノーヴィスってのは? なんかちょくちょく聞くけど」

「咒骸を持つ人たちの呼び名です。ちなみに、ノーヴィスは『事象内包型(セルフ)』と『武装顕現型(シフト)』という二つのタイプに分類されてます。トラウマの克服を図る際に、自己の変革を望むか、他人や環境の変化を望むか、という思考タイプとの関連が指摘されてます。興味深いですよね」

「まあ、そういうのは置いといて、だ。《セルフ》は咒骸が体内にあって、身体能力がスッゲー上がる。弱点は射程と索敵能力なんだが、足速いからあんま意味ない。《セルフ》同士じゃないとマトモな戦いにならないぞ、さっきのショージンみたいにな」

 

 なんだか色々研究が進んでいるらしい。

 柊木さんの細かい説明も面白そうではあるが、 俺としてはもっと、生真が話しているような実戦で役立つ情報が欲しい。

 

「じゃあ俺は《シフト》ってやつか」

「おう、多分そうだと思うぜ。《シフト》の最大の強みは感覚の鋭敏さだな。索敵とか追跡はモチロン、危機感知能力なんかもスゲー上がる」

 どうも《セルフ》とは反対の性質らしい。正面切っての戦闘では圧倒的に不利なように感じるが、こそこそ隠れて動き回る予定の俺なら《シフト》の方が合っているはずだ。

「あと干渉力も高いな。咒骸の能力を相手に直接作用させるためには『匡鳴(きょうめい)』ってのが必要なんだが、その条件が弛かったり、効果が強力になったりする。身体能力はあんまし上がらねーから注意な」

 

「匡鳴?」

 流れ込んできた知識には無い言葉だった。

「匡鳴というのは、自分と相手で心を通わせることで、咒素を流し込むためのパイプラインを形成するテクニックです。例えば、火原君の『聖火たれ、始原の燈』(イノセント・ネイティビティ)は、傷つけたくない、傷つきたくないという双方の合意によって治癒の能力が働くんです」

 柊木さんが言っているのは、自分がやりたいと思ったことを、相手もやられたいと思っていなければならない、ということだろうか。あるいは、やったやられたとか。

 敵対している相手に決めるには、色々と準備が要るかもしれないな。

 

「しかもな、匡鳴を利用すれば『反傷(はんしょう)』──普段の安定した形態から、『対傷(ついしょう)』っていう自分にとって最強の形態に変化させられるんだぜ?」

 生真がニヤリと笑う。最強か、なんとも心くるぐられる響きだ。

「方法は簡単だ。自分のトラウマを告白すればいい。そうすれば、コイツにはこんな過去があるって匡鳴が成立して、トラウマの裏返しだった咒骸が、トラウマそのものに変化する」

「それって……」

 言葉に困った。

 確かに、トラウマは自分ですらどうにもできない最強の障害だ。それを相手に押しつけることが可能なら、一気に勝負を決めることだってできるだろう。

 しかし、トラウマが目の前に、形を伴って現れる──それはあまりにもおぞましく、惨たらしい。

「咒骸に別の能力を付与することは確かに可能です。ですがそれは、傷口をほじくり返して無理やり血を掻き出す行為と同じなんです。咒素の量が増えて出力は上がるでしょうけど、長時間の使用や頻繁な発動は控えた方がいいと思います」

 やはり、あまり誉められたものではなく、裏技的な戦法のようだ。

 

「まあ、咒骸とかの基本的なことに関してはこんなもんじゃねーかな」

 

 ◯

 

 生真の言葉で締めくくられたかに思えたが。

「ちなみにね、カバランとヨッシー見ればわかると思うけど、《セルフ》はめんどくさいバカが多いんだって。《シフト》はショージンみたいにカッコつけたがるアホが多いかなぁ」

 完全に暇してたトッキーが、無謀にもゴシップめいた情報で割り込んで来た。

「それ、俗説ですから。真に受けなくていいですよ、高城君」

 慣れた調子で柊木さんがあしらう。意外と仲が良いのだろうか。

 見た目もなんだか姉妹みたいだし。

 

「つか、それよりもっとあんだろ、重要なやつ」

 生真が強引に軌道修正を図った。コイツがこんな真面目に話し合おうとするなんて、なんだか珍しい。

「オイ、なにポケーっとしてやがる。オメーの今後のことだぞ」

「俺の今後?」

 なんだろうか。俺には別に今後の不安なぞ無いのだが。

「こっちの世界の高城正人は、十年前に死んでるんだよ。寝床とか、戸籍とか、保険証とか、どうするつもりだ?」

 ──そういえばそうだった。

 今後に不安だらけだったことを思い出す。

「寝床だったら、別にこのアジトで寝泊まりしてもいいけどよ。なんならオレの家に来るか?」

「あ、私も泊まる! 放課後みんなで一緒に行こうね」

 やたらテンションが高いトッキーが、俺たちの今後を決めてしまった。

 まあ、楽しそうだからいいか。

「ワリィ、トッキー。オレ今日学校休むわ。ショージンも行けねーしな」

「む。学校に行けなくても、勉強はするべきです。日中は図書館とかでちゃんと自習しなきゃダメですよ高城君。火原君は登校してください」

 正直かったるいが、柊木さんに嫌われたくないし、従った方が無難か。いやしかし、ああいう真面目な人は破天荒な人に惹かれやすいと、俺がフォローしている恋愛マスターがつぶやいていた。

 あれ、破天荒って、不真面目って意味だったっけ。

 

「そーいうヨッシーさんは早く就職してくださぁーい」

 生真が最高に舐め腐った声を上げた。

 

 ──あ、死んだなコイツ。

 

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