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「あなたって、とても優しいのね」
穏やかな春の日差しが、ベッドに横たわる彼女を照らす。
「どういう意味だ」
「分からないの?」
「……ああ。分からない。優しくしているつもりもない」
「でも、ずっと私の傍にいてくれる」
「君が望んだからだ。そして俺は、その望みにできる限り応える。そういうことしかしていない。……いや、それしかできないんだ」
「……そういうところ、なんだけどな」
だから分からない。俺は俺が出来ることしかしていない。それなのに、彼女は俺に優しさを見出した。その意味が真に理解できなかった。俺は彼女を救えなかったのに。
緑色の病衣に身を包んだ、二十代の半ばの女性。くすんだ藍色の瞳は、じっとこちらを見つめ続けている。そこに後悔はなかった。どうしてか、暖かな色が灯っていた。
まるで、俺を許しているような、優しい瞳をしていたことを憶えている。
「……私、これからどうなるんだろう?」
「分からない。今までもこれからも、俺のできることをする」
「助かるって言ってくれないんだ」
「助かるかもしれないし、助からないかもしれない。……俺は神ではない」
「……助からないかもしれないのに、私の面倒をしてくれるのはどうして?」
「それは……」
今こうして目の前に居る人が、どこか手の届かない遠くへと行ってしまうのが、とても悲しく思えるから。こうして生きて、話をして、笑ってくれる人と離れてしまうのを恐れているから。人が死んでしまうのが、何よりも怖く感じるから。
思いつく言葉は数あるけれど、本心は上手く言葉にできなかった。
「……やっぱり優しいんだよ、あなたは」
「君が言うのなら、そうなのだろう」
「それにとっても弱い。こっちが守ってあげたくなっちゃうくらいね」
それは体のことか。それとも、心のことか。
少なくとも、自分が強い人間だという自覚はなかった。
「でもね、強くなくてもいいんだよ」
「……そうなのか?」
それでは、何もできない。
「そうじゃないよ。力がないからこそ、心から守りたいものに気づけるんだ。全てを守れる力がないから、本当に大切なものを見つけることが出来る。それが全てにおいて正しい、っていうわけじゃないけど……だから、あなたはどこまでも優しくなれるんだと思う」
彼女と出会って二週間ほど。俺は、彼女のほんの一部しか知っていない。
けれど彼女は俺のことを俺以上に理解して、その上でそんな言葉を投げてくる。
十七年生きていて、初めてのことだった。
「ねえ」
「なんだ?」
「あなたにとって、一番大切なものってなあに?」
問いかけに、答えることはできなかった。俺はその答えを持っていなかった。
大切なもの――考えればいくらでも出てくるけれど、その中に一番はない。どれも全て大切に思えるし、守りたくも思えるし、なくてはならないとも思える。
傲慢なのだろうか。それとも貪欲か。全てを守りたいと、そう思えてしまう。
けれど、俺にそんな力などあるはずもなくて。
目の前の彼女を救うことすらも、今の俺にはできなかった。
「……今は、まだ……見えない」
「そっか」
歯切れの悪い言葉に、けれど彼女は笑ってくれる。
「なら、これから見つけてみようよ」
その言葉は、吹き抜けるそよ風と共に、窓の外へと抜けてゆく。
柔らかい風は、彼女の透き通るような髪を、優しく揺らした。
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