リリネギカルま! 改訂版   作:藍上 尾

1 / 57
EpisodeⅠ 英雄神話
プロローグ


 

 

 

 誰もが、戦った。

 

 世界のため、平和のため、家族のため、愛する人のため、あるいは自分自身のために。壊れゆく世界で命を繋ぐため、誰も彼もが必死だった。

 

 他人を押しのけ、自分たちが生きる場所を確保するために。

 

 誰もが、誰かを殺した。

 

 己の道理を説く者が居て、言い訳などせず殺す者が居た。正義という大義名分を叫ぶ者が居れば、正義など無いと自虐の笑みを浮かべる者も居た。唯一絶対の正義など本当は何処にもないと、誰もが心の底では悟っていて、けれども生きるためには立ちはだかる者を殺すしかなかった。

 

 父の背を追い、遂には世界を背負おうとした者。造物主の道具としてその意志を継ぎ、救われぬ無辜の民を楽園へと導かんとした者。互いの信念を拳に乗せたぶつかり合いは、しかし予想を大きく上回る魔力枯渇速度によって打ち切られた。塵が如く世界を掻き消す魔力の嵐。黄昏の姫御子による世界修復は、滅びの侵攻を遅らせるのみに止まった。

 

 残された限りある時間の中で、旧世界への脱出を企てるメガロメセンブリア元老院。移民計画実験を最終段階へと進めるヘラス帝国。そして復活を遂げる造物主、始まりの魔法使い。

 

 魔法世界十二億の民と地球に住む現実世界七十億の民。地球側に十二億もの難民を受け入れる余裕などない。

 

 人類史上最大規模の、互いの生存を賭けた大戦は始まるべくして始まってしまった。

 

 

 

 

 

 

 空が、焼けていた。

 

 家屋が、倒壊していた。

 

 木々が、薙ぎ倒されていた。

 

 人が燃え、撃たれ、潰れていた。

 

 多くの血が流れ、響き渡る嘆きの声はとどまることを知らない。

 

 そんなこの世に具現した地獄で、ローブを羽織った赤毛の少年は一人、歯を軋ませた。

 

 夜明け前に始まった戦いは、アジア魔法連合の勝利に終わった。未だに魔法の存在を理解しきれぬ地球連合は、個人でイージス艦を凌駕する戦力を有する先鋭部隊を前に、有効な対処を編み出せていない。その結果生じた物は、戦闘と呼ぶことすらはばかられる、一方的な虐殺だった。

 

 人でなしと、魔法協会上層部を罵るのは簡単だ。しかし、赤毛の少年は無責任にそんなことが言えるほど、子供ではなかった。資源には限りがある。魔法は決して万能ではない。十億人以上の難民を受け入れられる国などないのだ。

 

 結局は何も出来ない。他に何も出来ないから、敵を倒すのだ。

 

 ひどくやり切れない気分がした。

 

「……?」

 

 思考に埋もれ、戦場の外れまで歩いたところで、微かな気配を感じた。コンクリートの壁の影に微かな息遣いを聞き取り、赤毛の少年は足音を殺して近寄る。

 

 油断なく、無数の弾痕が穿たれひび割れた壁の向こうを覗き込み、目を見張った。

 

 薄汚れた布を自らの血で真っ赤に染めた、自分よりも小さな少年が一人、コンクリートの壁にもたれるようにして座り込んでいた。

 

 息を殺して歩み寄り、治癒魔法を掛けようとして、その手を止める。少年の腹部には大きな穴が穿たれていて、重要な内臓が焼け焦げていることが分かってしまったから。

 

 焼け焦げた傷から、とめどなく血が溢れて地面を赤く染めている。自分の力量では手の施しようがない。

 

 気配に気付いたのか少年はうっすらと目を開け、助けてとか細い声で呟いた。その言葉に、赤毛の少年はゆっくりと首を横に振る。すると、背後で転がるほつれた人形を指差した。

 

 とってほしいんだね、と呟いて背を向ける。

 

 すぐさまギャリ、と硬質な音が響いた。常時展開している魔法障壁が、飛来した銃弾を弾いたのだ。

 

「……」

 

 ゆっくりと振り向けば、襤褸の中から取り出したサイレンサー付きの拳銃を手に、既に少年は事切れていた。

 

「……ちがう」

 

 こんなものが、自分の目指した未来だというのか。こんなものが、幼き日から志した、父の立っていた場所だというのか。

 

 血が滲むほど拳を握り締め、首を振るう。

 

 赤毛の少年は自らの無力を嘆き、それでも立ち上がろうと決めた。

 

 ただ奇跡を信じて待つのではなく、ただ不条理な現実を受け入れるのではなく、わずかな勇気……本当の魔法を胸に抱き、世界を変えんが為に一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 そして、永い年月が流れた。

 

 

 

 

 空から伸びた巨大な腕が、街を潰す。

 

 もはや兵士も市民も関係ない。全ての者が叫び、逃げまどい、為す術無く蹂躙されていく。

 

「僕は……」

 

 そんな光景を眼前に立ち尽くす赤毛の男、ネギ・スプリングフィールドはそう呟いた。

 

 その後に言葉が続かない。

 

 何故こんな紛争地帯に王族級の魔族が? 自分を狙った? どうすればよかった? 何が出来た?

 

 今となっては全てが手遅れ。無意味な問いが頭の中をぐるぐると廻っていた。

 

 ……どうせこんなものだ

 

 心の奥にくすぶる闇が囁いた。

 

 そんなこと、嫌になるほどネギは分かり切っていた。世界は優しくない。平穏は驚くほどあっさりと崩れてしまう。どれほど大切なものでも、壊れるときは残酷なまでに容易に壊れる。一人の人間がどれだけ努力したところで、なにも変わらない。

 

 世界は、悲劇に満ちていた。

 

 ……結局、自分にはなにも変えられないのだろうか。けれど、

 

 これは、ひどすぎる。

 

「は、はは……」

 

 何処からか笑い声が聞こえる。その笑いが自分の口から発せられているのだと、少し遅れてネギは気付いた。

 

「……は、はは……ハハハハ」

 

 笑わなければ、狂ってしまいそうだった。

 

 ふいに、巨大な隕石を思わせる拳がネギ目掛けて振り下ろされる。

 

 全身を貫く殺意に反応し、反射的に断罪の剣《エンシス・エクセクエンス》を腕に纏わせて一閃。

 

 魔王の腕が切り裂かれ、地面を揺るがす轟音と共にネギの背後へ落下した。

 

 百メートルを超える巨躯。よくあるファンタジーゲームの最後の敵にそっくりなその姿に、かつての仲間、自分を支え、励ましてくれた少女なら必ずツッコミを入れるのだろうなと思い、ネギは凄絶な笑みを口に浮かべる。

 

 ……杖よ《メア・ウィルガ》

 

 あれは、倒すべき敵だ。

 

 背後に杖を浮遊させ、魔族の王目掛けて飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 かつて、戦争があった。

 

 大きな、大きな戦争があった。

 

 後の歴史家が『新旧世界大戦』と名付けたこの戦争は、核兵器や超大規模戦略魔法が使用され、罪のない多くの命を消し去りながら、五年もの期間に渡り継続された。一説ではその間、総人口の五分の一の人命が失われたとされている。

 

 泥沼の様相を呈した戦争は、黄昏の姫御子を人柱とした地球異界への世界創造によってその翌年、終結を迎えたのだった。

 

 『あの戦争から二十年・上』 著・朝倉和美/二〇三一年/上巻・冒頭

 

 

 

 

 

 

「グォオオオオオオオッ!!!」

 

 天を揺るがす咆哮と同時に、魔族の王は幾百幾千のドス黒い魔力で編まれた巨鎗を、飛翔して接近するネギへと放つ。流星の如く尾を引き霞む速度で迫る弾幕に、ネギは無言で右手を突き出し、

 

 ……右腕解放・魔法の射手・雷の千一矢《デクストラ・エーミッサ・サギタ・マギカ・コンウェルゲンティア・フルグラーリス》

 

 雷を宿した千の魔力矢を解放した。

 

 せめぎ合う鎗と矢。しかし貫通力の違いから、鎗が射手の弾幕を突き抜けてくる。音に倍する高速の軌道を冷静に見切り回避。頬の薄皮一枚先を抜けてゆくそれに目もくれず、ネギは虚空へと手を伸ばす。

 

 ……解放・固定《エーミッサ・スタグネット》千の雷《キーリプル・アストラぺー》

 

 解き放つは広範囲雷撃殲滅魔法。しかしネギはその魔法の奔流を魔王へ放つのではなく、球体状に集束。

 

 ……掌握《コンプレクシオー》

 

 握り潰すことで、自身の肉体へと取り込んだ。

 

 瞬間、身体が雷と化した。

 

 ……術式兵装・雷天大壮《プロ・アルマティオーネ》

 

「ッ!?」

 

 ネギの変化に気が付いたのか、魔王は八本……ネギに切り裂かれ七本となった腕を天へと掲げる。空間すらも軋ませる力の充溢。

 

 それぞれに膨大な魔力が集中した腕を振り下ろそうと、

 

「させないよ」

 

「ガァッ……!!?」

 

 したところで、刹那の内に距離を詰めたネギがその眉間に拳を叩き込み、中断させた。

 

 互いの体躯差は子供と大人なんて言葉が陳腐になるほど。像と蟻の差に等しいウェイトの違いを物ともせず、ネギの拳は巨躯を確かに仰け反らせる。しかし、それだけだ。すぐさま腕による振り下ろしが襲う。

 

 大気が激震した。

 

 音速を遥かに凌駕した大質量の生み出す衝撃波が、天を裂き、地を砕く。

 

 完全に回避したはずのネギの額が割れ、鮮血が噴き出し頬を伝う。

 

 もはや人の道から外れたネギの肉体は、その程度の損傷をものともしない。映像を巻き戻すように傷が修復していく。

 

 鬼も逃げ出すような凄惨な笑みが、ネギの口元を歪める。

 

 ……魔杖雷鉾槍《ハレバルダ・フルゴーリス》

 

 自身の背後に浮遊させていた杖を握り、雷の魔力刃を纏わせる。

 

 そして、再び両雄の魔力が衝突した。

 

 

 

 

 

 

 ネギと魔王の戦いは周辺一帯を焦土へ変貌させながら、半日に渡り継続していた。

 

 ……僕はいったい何をしているのだろう

 

 そんな疑問がふいに脳裏を過ぎる。守るべき街は蹂躙され、生き残ったわずかな人々は、既に逃げた。

 

 ……それで?

 

 それだけだ。街は見る影もなく瓦礫と化し、多くの人命がまた失われた。

 

 ……こんな不条理な世界のために彼女は、アスナさんは

 

 とり止めもない思考の渦が回転を続ける合間にも、半ば条件反射的にネギは戦い続ける。巨大な腕を切り裂き、雷撃の槍を突き刺し、魔王の攻撃を回避して殴りつける。腕から生み出される衝撃波と魔力鎗による弾幕が、ネギの身体を赤く染める。

 

 どれだけ雷撃で焼かれ、切り裂かれても、すぐさま再生して反撃を繰り出してくる魔王。

 

 一進一退の攻防。永遠に続くかに見えた拮抗はしかし、無限には続かない。幾百幾千、或いは幾万かの回避行動の末に、ネギは魔力鎗の直撃をゆるし、その動きをコンマ数秒ながら止めてしまったのだ。

 

 魔王の拳が、空間を潰さんばかりに握りこまれる。

 

「グオオオオオオオオッ!!!」

 

「っつ!?」

 

 唸りを上げて迫る巨大な拳に、障壁を最大展開することで耐えようとするも、圧倒的な質量差に受け止めきれない。

 

 跳ね飛ばされる小石の如く、殴り飛ばされる。地の果てまで轟くような重低音を奏で、数キロにわたって地面を砕いたネギの身体は、瓦礫に埋もれるようにしてようやく止まった。

 

「ご……ふ……」

 

 揺らぐ視界。自ら転がり、地面へと衝撃を逃すことである程度のダメージは軽減出来たものの、魂魄にまで響く魔術的呪詛までは軽減しきれなかった。

 

 ……これは、不味いか

 

 呪詛に対抗する防壁を体内で組み上げつつ、思う。虚ろな瞳で彼方にそびえる魔王の巨躯を見上げる。額の傷から流れた鮮血が、涙のように頬を伝う。

 

 ふと、思った。

 

 ……なぜ、こんなに傷つきながら自分は戦っているのだろう

 

 戦う理由が思い出せなかった。

 

 偉大な魔法使い《マギステル・マギ》だから?

 

 ……本当に?

 

 もっと昔、誰かと何かを誓ったような。

 

「……?」

 

 頬を伝う血を誰かに拭われた。気づけば、倒れる自分を心配そうに見つめる誰かが居た。

 

「オ兄サン、大丈夫?」

 

 ここに来るまでに助けた何十人かの中に居た少女だった。

 

「君……は……」

 

 少女はネギに背を向けると、転がっていた細長い木片を剣に見立て、遥か彼方の魔王に向けて構えた。

 

「ダ、大丈夫! ワタシガオ兄サンヲ……」

 

 カタカタと膝を震わせ、少女がかすれた声で呟く。

 

 前を見据えたその姿が、誰かと重なった。

 

『ネギ……』

 

 頭の奥が、ズキリと痛んだ。

 

「……守ルカラ!!」

 

 少女が叫ぶ。

 

『ネギ、あんたは……』

 

 遥か彼方から飛来する魔力の鎗。絶対的な死を前に、少女は逃げずに木の棒を構える。震えながら、それでも恐怖に抗わんと己を奮い立たせて。

 

『……あんたが大切に思うもののために戦って』

 

 頭の奥で、光が走った。

 

 

 

 

 

 

『大切な……って、僕はいつもそのつもりですよ』

 

『ううん、違うわ。あんたはまわりばっかり気にしすぎ! 仲間のこととか、世界のこととか、そんなことばっかり考えてるでしょ』

 

『え……あ……』

 

『確かにそれも大事だけど……こんな戦争、わたしが終わらせるからさ。約束して。あんたは自分のために戦うって』

 

『……わかりました。でも、アスナさん、この戦争を止めるのは僕たちですよ! アスナさん一人が戦うわけじゃないんですからね』

 

『……そうね。それじゃ、約束だからねネギ!! ……バイバイ』

 

 これが、彼女との最期の会話だった。

 

 彼女は、最期まで笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 ネギは瞬時に少女の前へと移動した。

 

「ア……」

 

「ありがとう」

 

 目を見開く少女に穏やかな表情で呟き、遥か先の魔王目掛けて左手を突き出す。

 

 ……解放《エーミッタム》雷の暴風《ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス》

 

 暴風を纏った雷の砲撃が、鎗を蹴散らし魔王の腹部へ直撃した。魔王の巨躯が地鳴りと共に再び仰け反る。

 

 轟き渡る爆音。

 

 しかしその音の波が鼓膜を振動させるよりも前、瞬間移動に等しい雷の速度で、ネギは魔王の頭上へ移動していた。

 

「おおおおおっ!!!」

 

 ……解放《エーミッタム》

 

「!!!!!」

 

 僅かに遅れてネギの存在に気付いた魔王が目にしたものは、全長二十メートルにも達する、長大な雷の槍だった。

 

 ……雷神槍・巨神ころし《ディオス・ロンケーイ・ティタノクトノン》!

 

 ネギを追い詰めた、と僅かに生まれた魔王の隙。魂魄までも破壊する呪詛の拳を隠し持っていたように、こちらも切り札の一枚二枚、当然ながら残しているのだ。霞む速度で魔王の顔面へと突き進む巨槍。内包する膨大な雷撃によって、流星の如く眩い光の尾が虚空へ焼き付けられる。

 

「ガァアアアアアア!!?」

 

 生命の危機を感じたか、魔王は咆哮と共に大きく開いた口腔から、稲妻の槍を押し返さんと漆黒の吐息を吐き出した。両者とも、並みの魔法使いでは近寄るだけで蒸発しかねない超絶の力をぶつけ合わせる。だが、方や切り札の一枚、方やノータイムで放った苦し紛れのブレス。真っ向からの力と力の衝突は、

 

「あああああっ!!!」

 

 一瞬の拮抗の後、黒の敗北に終わった。

 

 漆黒のブレスを突き抜け、巨神ころしは魔王を串刺しにする。

 

「……外部からの攻撃には耐えられても、内部からならどうだ?」

 

「!」

 

 ……解放《エーミッテンス》雷神槍《・ディオス・ロンケーイ》

 

 千雷招来。

 

 瞬間、強靭にして強大な魔王の肉体を、その内側から滅ぼすように幾千の雷が解放された。目も開けていられぬ閃光と、落雷の何十倍もの轟音が大気を震えさせる。

 

 確かな手応え。確実に現界不可能なほどの損傷を魔王へ与えたことを、ネギは確信した。事実、百メートルを優に超えるその黒々とした肉体は罅割れ、ところどころ崩壊を始めていた。

 

 しかし、

 

「…………ク……ククカ、クカカカカカ」

 

「……?」

 

 もはや現界を維持することすら困難な筈の魔王から、轟くような言葉が発せられる。

 

「半魔ノ身デ我ヲ倒スカ? 凄マジイナ……」

 

 言葉を操ることに驚きはない。高位の魔物は相応の知能を有するのが常識だ。ましてや王族級の力を有するだろうこの敵が喋れない筈がない。だがしかし、急に言葉を発し始めた魔王に、ネギは何か不吉なものを感じた。

 

 零れ出る燐光。

 

 ……マズイ

 

 一瞬の後、予感は現実へ。

 

 ネギの明晰な頭脳がはじき出した絶望的予測。そんな様子を嘲笑うかのように、魔王は大気を震わせ嗤い出した。

 

「気付イタカ? 我ハ魔王。タダデハ消エヌ」

 

 びしり、と一際大きな亀裂が巨躯に走り、中から破滅的な燐光がその光量を増していく。その姿はまるで今にも爆発しそうな爆弾。現界に必要な魔力を暴走させた魔王は、その肉体を巨大な爆弾へと変えつつあったのだ。

 

「……っ」

 

 嫌な汗が、全身から噴き出た。

 

 魔王の自爆。その威力、この周辺数十キロを吹き飛ばしてなお余りある。それの考えに至ったネギは、ひとつ大きく息を吸うと、

 

「……ふぅ」

 

 ゆっくりと吐き出した。

 

 自分一人なら逃げることは、出来る。しかしその場合、ネギに誓いを思い出させてくれた少女や、まだわずかに生き残るこの街の生存者たちは勿論のこと、範囲内にいる大勢の人々が死ぬことになるだろう。

 

 意外にも、ネギの結論はすぐに出た。逃げるなど論外。ならば……

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル ……契約により我に従え高殿の王。来れ、巨神を滅ぼす燃ゆる立つ雷霆。百重千重と重なりて走れよ稲妻……」

 

「ヌ……?」

 

「……正面から、受けて立つ」

 

 地面に降り立ったネギの周囲が、膨大な魔力の圧によって割れ、砕け散っていく。

 

 一瞬にも、永遠にも思える睨み合いの末、

 

「ク、クククカカカカッ! ヤッテミロ、小僧!!!」

 

「おおおおおおおおおおおおおおあぁああああああああああああっ!!!!!」

 

 魔王の自爆。

 

 ネギ渾身の広範囲雷撃殲滅魔法。

 

 両雄の超絶が大気を鳴動させた。

 

 半球状に広がる破壊の魔力。その侵攻を食い止めようと、幾千の雷撃が自爆を囲うようにせめぎ合う。

 

 怒涛の圧力がネギの全身を襲い、骨を軋ませる。吹き飛びそうになる意識を、喉が裂けんばかりの気合でもたせる。

 

「……っっっ!!!」

 

 魔力が削られていく。生来から膨大だった魔力容量に加え、闇の魔法《マギア・エレベア》の侵食によって人外の域に達したネギの魔力が、瞬く間に底をつき始める。

 

「…………っ!!!!!」

 

 一秒が一時間にも一日にも、気が遠くなるほど永く感じた。

 

 徐々に、破壊の魔力がその範囲を広げていく。

 

「         」

 

 

 いつの間にか、何もない場所に佇んでいた。

 

 透明な空、何も見通せぬ暗闇。

 

 ……もう、無理なのか

 

 そう諦めかけたとき、心の何処かがまだだ、と叫んだ。ここで諦めたら、彼女を、アスナさんを犠牲にした以前と何も変わらないと。

 

 だが、ネギがどれだけ気力を振り絞ろうとも、身体は鉛のように重く、動いてくれない。

 

 魔王の自爆はあまりにも強大だった。まるで大自然の猛威を相手に、一人で押し相撲をするようなものだ。不可能、そんな絶望が脳裏を過ぎる。

 

 霞んでいく視界。倒れようとする身体。

 

 それでもネギは諦めない。

 

 ……誓ったんだ

 

 大切なもののために、全力で戦うと。まだやれる。自分の限界はこんなところじゃない。

 

 そのとき、

 

「なん、だ?」

 

 突然、闇の空間にぼんやりと光る腕が現れた。優しい光を発するその腕は、ネギへと手を差し伸べる。

 

 何処か、懐かしい気配を感じた。

 

 ……アスナ、さん?

 

 倒れかける身体で手を取り、立ち上がる。

 

『大丈夫!』

 

 たった一言。そんな声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 目を開けば、破壊の魔力を自分の稲妻が押し返していた。白一色に染まる街。天を突き破るような轟音がネギの肌を叩く。

 

 ……あと、すこし

 

 全身から噴き出す鮮血など気にも留めず、命すら込めた渾身の力でネギは吼えた。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 

 半球状に広がろうとしていた破壊の魔力が、空へと方向を転換する。光の柱となり、雲海を吹き飛ばし、宇宙へと突き抜けていく。

 

 ……約束、守りましたよ

 

 遣り遂げた満足感をその胸に、ネギは光の奔流に呑まれた。

 

 最期の瞬間、彼は笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 ……以降、地球側にも魔法国側にも属さず、大戦の終結だけを目的に暗躍した組織・白き翼のリーダー、英雄ネギ・スプリングフィールドの足跡は途絶える。公式記録では、二〇二一年に死亡。

 

 彼は本当に消えてしまったのか、それとも、……

 

 『英雄の軌跡~ネギ・スプリングフィールド~』 著・綾瀬夕映/二〇三五年/一〇七頁

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。