気を付けて行ってこいよ、なんて親方の激励に元気良く手を振り返し、フィーはスクライアの移動都市を後にした。
次元探査の開始から四週間。予定よりも時間は掛かったが、ついに探査機の一つが『時の庭園』らしき構造物を発見したのだ。
デメキング号の操縦席に腰を下ろし、フィーは一つ息を吐く。
「結局、ゆーのんは帰ってこなかったし」
最年少で発掘隊のリーダーに抜擢された少年を思い浮かべる。
……ま、予定は予定でしかないもんね
次に会えるのは何時になるかわからない。けれど自分にはやるべきことがあるのだ。奇跡のような可能性を掴み取って、母への手掛かりを掴んだのだから。
思わず操縦桿を握りしめる手に力が入った。
「さってと、ネギ」
『ああ、フィー』
「『行こう!!』」
不安と期待を胸に抱き、赤毛の少女は一路、母の下へと舵を取った。
☆
第九十七管理外世界・地球。
魔法の存在しない世界。その街、海鳴市の一画に結界が張られていた。夜の帳を包み込むその中には、二人の少女が佇んでいた。
「この間は自己紹介が出来なかったけど……わたし、なのは。高町なのは。私立聖祥大附属小学校、三年生!」
そう言い放ったのは、栗色の髪を頭の両脇で愛らしく結わえ、白いバリアジャケットを身に纏う十歳ほどの幼い少女。
「……」
必死に自分の想いを伝えようとするなのはの対面には、黒衣に身を包み無言を貫く同世代の少女の姿。金の長髪をツインテールにまとめ、紅い瞳に憂いを帯びた彼女は、金色の魔力光が迸る大鎌をまるで死に神の如く構える。
白と黒。二人の少女は合図もなく、唐突に動き出した。
☆
手持ち無沙汰なフィーは、もそもそとチョコ味のブロック栄養剤を口に運んでいた。目的地までの操縦は、既にマニュアルからオートへ切り替えている。特にすることがなかった。
精神世界で相棒のネギと鍛錬するのも暇を潰す一つの手だが、生憎とそんな気分でもない。
もそもそ。
「……」
もそもそもそ。
「…………」
もそもそもそもそ。
「っだぁぁぁあああああああーっっっ」
なんて奇声と共に突然、赤毛の少女は頭を抱えて悶え始めた。
『どうしたんだい、フィー? グリンピース入りのオムライスを知らずに食べちゃったような顔をして』
「だって……だって、ついに此処まで来ちゃったんだよ!? 悩んでもしょうがないのはわかるけど……ぁああ~っ」
今度は腕を組んで貧乏揺すりを始めた。
フィーの内心を表すように、頭のアホ毛があっちへふさふさ、こっちへへにょへにょ、忙しなく動き回る。
思考が空回りを続けていた。
……どうしようどうしようどうしよう
どうしようもない。何故なら進むためには母と、プレシア・テスタロッサと対面し、どんな状況かを見極めなければならないから。
待ちに待った瞬間が眼前まで迫った今、曖昧だった不安が急に輪郭を整えだしたのだ。
と、その時。
「『っ!?』」
ズシン、と船体が大きく揺れた。
「って、ぇぇえ~!? わたしの貧乏揺すりに船が耐えられなかったのっ!?」
『そんなわけないでしょ! 対次元震障壁、全力展開!! 急いでっ』
「うぇぇえええ!?」
半ばパニックになりながらも、ネギの言葉にフィーは船を守る防護シールドを出力最大で展開した。直後、デメキング号のあちこちから発せられる警報。『危険』の文字がドアップで操縦席の画面に表示されている。
「なになに、なんなの!? きゃっ」
『くっ!? 空間の歪みが来るよ! 衝撃に備えて!』
ガクンッ、と一際大きく船が揺れたかと思えば、視界が回転を始めた。否、デメキング号自体が激しく揺さぶられているのだ。船内の至る所から煙や火花が噴き出すが、フィーにはどうしようもない。
「うっそだ!? なになになにがおきたってのよ!?」
『あーも~、なんだかな』
次元空間に開いた孔。その先に見えるのは、何処かの街の夜景。美しいそれを眺める余裕などあるはずもなく、少女を乗せたデメキング号は洗濯機の中の衣類が如く乱回転しながら墜ちていくのだった。
☆
「フェイトちゃん、大丈夫かな……」
すっかり暗くなってしまった帰り道で、少女はそう呟いた。彼女の名前は高町なのは。平凡な小学三年生を自称している女の子だが、今はフェレットに変身しているユーノ・スクライアからすれば、彼女は平凡どころかその対極を疾走する天才だった。
魔法が漫画や小説、アニメのような空想の中にしか存在しないこの管理外世界にあって、魔力を持っている時点で普通ではない。しかもその魔力がエリート揃いの管理局員でも全体の五%未満しかいないAAAランク級なのだから、もはや乾いた笑いしか出てこない。
「両手の怪我は大したことなさそうだから、明日にはジュエルシードを探してるはずだよ」
ユーノがなのはと出会ってから、半月以上が経過していた。輸送中の事故によって、この世界にばらまかれた二十一個のロストロギア・ジュエルシード。責任を感じて一人、この世界へとやって来たユーノだったが、予想以上の暴走体の強さと、土地の魔力が肌に合わなかったせいもあり、封印に失敗してしまった。
なのはが自分の念話を聞き、助けに来てくれなかったら最悪死んでいたかも知れない。
予想していた期間を大幅に短縮して発掘を成功させたと言うのに、なんだってこんなことになってしまったのか。
「……」
搬送中に襲撃を受けたこともそうだが、ここ最近は予想外の連続には思わずため息を吐いてしまいそうだった。
一つは、もう一組のジュエルシード探索者、フェイト・テスタロッサとその使い魔アルフ。
おそらくはなのはと同レベルの膨大な魔力、そして電気の魔力変換資質を持つ空戦魔導師。こんな管理外世界の一つの街に高位魔導師が二人も揃うというのは、何の冗談か。
そして更にもう一つ、探索者が現れたことは千歩譲っていいとして、その顔が友人のフィーにそっくりなのはどういうことだ。最初に遭遇したときは、知らせを聞きつけたフィーが変装して追ってきたのかと、思わず目を疑ってしまった。まあ、身長はフェイトの方が少し高いし、髪の色も違う。極めつけに、性格が全く違ったため、すぐに別人だとわかったが……
……もしかして、前に名乗ってたフィー・T・N・スプリングフィールドの『T』って、『テスタロッサ』なのかな?
「うーん……」
家族のことを話したことがなかったため、あながち間違いとは言い切れない。ユーノはフィーが何処からやって来たのか知らないのだ。
……ま、僕自身も自分の両親の顔を知らないわけだし
友人の過去なんて些細なことだ。
何にしろ、これ以上ジュエルシードを奪われるのは不味い。先程の戦闘で発生した次元震。カタログスペックとしては頭に入れていたが、まさか本当にあれほどの次元干渉力が、あの小さな宝石に秘められていたなんて。
予測のつかない未来に、最年少で発掘隊のリーダーに抜擢された少年の頭脳が煙を上げ始める。
「……ふぅ」
なのはに気付かれないように、小さくユーノはため息を吐いた。
彼女は彼女で、どうもフェイトのことを敵として見れないようだ。ユーノとしても、友人と同じ紅い瞳が悲しい光を帯びているのは、気分の良いことではない。
……どうにかならないかな
天空に煌めいた一条の流星に、ユーノは願わずにいられなかった。
☆
一方、ユーノが願いを捧げた流星では、今まさに修羅場が展開されていた。
ぐるぐると目を回す赤毛のフィー。
「うぁぅぁうあ~?」
『僕たち、生きてるんだよね……?』
頭を振って操縦桿を握ったフィーは、端末に表示される警告の嵐に目を見開いた。
『警告 外部光学センサー機能不全』
『警告 左舷推進出力十二%』
『警告 右舷推進出力二十五%』
『警告 次元航行システム機能不全』
『警告 動力炉出力……
『警告 地表に衝……
『警告 ……
『警こ……
『け……
「だ~っ、うっさい!! けいこくけいこくわかってるってのっ!! 親方さんの自信作を舐めんじゃないわよっ!!!」
ガタガタ揺れる船内で、フィーは必死の形相で歯を剥き出し、機体を立て直そうとする。ネギに代われば飛行魔法で脱出するだけなら可能だ。フィー自身でも魔法で足場を作って逃げ出すことは出来るだろう。しかし、この船はフィー唯一の移動手段兼住処。諦めて脱出など論外だ。
『逆噴射フルスロットル! それと不可視モードを!』
「オッケー!! いっけぇぇぇええええええ!!!!!」
鳴動し、軋みを上げる機体。
眼前には、月の光を反射して煌めく水面。
通常の船ならば一溜まりもないだろう。しかし、この船はスクライアが誇る整備士、親方さんが血と汗と涙と浪漫を込めて造り上げた最高傑作。
その名も、デメキング!!
キングの名を冠するそれに不可能など……
「……ぁ、無理っぽ」
海面まで残り十数メートルで、思わずフィーは呟いた。
『大丈夫! この船は陸海空、宇宙に次元に、オールマイティーだから……』
無念。フィーとネギは暗い暗い海鳴沿岸の海の中へと沈んでいきましたとさ。
……完
「『いや、まだ生きてるからね!!?』」