第九十七管理外世界にほど近い次元空間にその要塞じみた建造物……『時の庭園』はあった。禍々しさと静謐さが同居したそこに、一人の女性の声が響く。
「貴女には失望したわよ、フェイト」
苛立たしそうにそう零す母親の姿に、金髪の少女フェイトは顔を俯かせた。
……また、母さんを悲しませた
自分は言われた古代遺物を集め切れてもいないのに、何を期待していたのだろう。
床には、箱ごと踏みつぶされたケーキ。
「早く行きなさい。私にはどうしてもジュエルシードが必要なの」
「母さ……っ」
少女の言葉は乾いた炸裂音に掻き消される。
足元に拳大の穴が穿たれていた。
「……早く、行きなさい」
怒気を宿した最終警告に、フェイトは歯を食いしばってゆっくりと背を向け、広間から歩み去った。
悔しかった。悲しかった。自分の無力を噛み締めることしか出来ない。母親を笑顔にすることすら出来ない、自分の無力を……
母さん。
最後にそう呟いて、フェイトは時の庭園から転移するのだった。
☆
寮の一室で、アリシアとリニスは遊び疲れて居眠りするように目を閉じていた。
ソファーで横になるアリシア。その足元で前足を伸ばすような姿勢でうつ伏せるリニス。脇には先行した医療スタッフが酸素マスクを手に無言で俯いている。
大型魔力駆動炉の暴走。
プレシアがもっと強く上層部へ安全措置の改善を訴えていれば。退職させられようと、賠償金を支払うことになろうと、暴走する前に緊急停止に踏み切っていれば、或いは防げたかも知れない悲劇。
目の前の光景が理解出来ない。いや、現実を受け入れたくない。
それでも、残酷な世界はプレシアへ現実逃避を許さない。まるで奈落の底へ落ちるような絶望が全身を満たす。
力の入らないふらつく足取りで歩み寄ると、テーブルの上にスケッチブックが画材と共に投げ出されているのに気付いた。プレシアがどれだけ頼んでも見せてくれなかった、アリシアの大事にしていたスケッチブック。
呆然としたまま、それを手に取る。
ケーキやクッキー、飼い猫のリニス、色々なものが子供らしい拙い絵で描かれていた。けれど、ページの大部分を埋めるのは一人の女性の絵。
「………………っ」
おかあさん、と脇に書かれた、優しく微笑む自分の姿。
鼻の奥が痛い。視界が滲む。声にならない声が喉をつく。
壊れてしまった大切なもの。あの日の誓いが脳裏を掠め、プレシアは心の奥で何かが壊れる音を耳にした。
……そうだ
強く、強く、折れてしまいそうな心を奮い立たせるように、震える腕で目を覚まさない娘を抱き締める。
悲嘆に暮れて、どうする。慟哭すれば、無かったことに出来るとでも?
それは、娘の死を認めることではないのか。それは、諦めることではないのか。
……私は、諦めない
だからこれが最初で最後だと。新たな誓いを胸に、プレシアは小さく、永遠に思えるほど永く、嗚咽を漏らし続けた。
☆
去っていく金髪の少女を尻目に、一つの人影が広間に足を踏み入れた。
男物の学生服に身を包む、フェイトそっくりの顔付きをした少女だった。煩悩を断じ尽くしたかの如く、肩口まで伸びるその髪は白。静粛と理性の入り交じる眼光は鋭く、灰燼の色を湛えている。
制服のポケットへ片手を入れたまま、白髪の少女はプレシアの腰掛ける豪奢な椅子まで歩み寄る。
ふいに、プレシアが呟いた。
「……妹が欲しい。そう、言ってたわ」
立ち止まる。
「……誰がだい?」
「その肉体のオリジナルが……よ。……ぁあ、貴女にはアリシアの記憶が欠落していたわね」
「……僕自身の記憶もだけどね」
そう言って、人形のように白く透き通る自分の手のひらを白髪の少女、サーティは一瞥した。
「ふふ。貴女の肉体は半分ほど……人から外れて、まるで……魔法生命体のよう、だわ。精神と肉体の関、係性について、暇があれば……調べてみた……」
言葉が途切れる。
「プレシア?」
どうした、と言い掛けてサーティは絶句した。突然、俯いたプレシアが、身体を震わせて指が食い込むほど強く胸を押さえたのだ。
身体をくの字に曲げ、荒い呼吸を繰り返す。懐から錠剤の入った小瓶を取り出し、幾錠もこぼしながら飲み込む。
「!!」
椅子から倒れそうになったプレシアをサーティは支えた。無言で治癒魔法を掛けようとして、首が横に振られる。
「必要…………ない、わ」
「しかし……」
「すぐに、治まる、から……」
言葉通り、彼女は十数秒程で回復した。何事もなかったようにサーティの腕から立ち上がる。
「プレシア、キミは」
「流石ね。少し身体に触れただけだというのに……」
「……」
白髪の少女は、プレシアの行動に納得がいかなかった。その身体の状態を知り、余計に。
「……いいのかい? 彼女がキミの娘の妹のようなものなら、どうしてもっと優しくしてやらない」
つい先程の一件を思い返す。
お土産として持ってきたらしいケーキを踏みつぶし、足元に魔力弾を撃ち込んでロストロギアを催促したのだ。
「あれでは……キミは嫌われるばかりだよ」
「それでいいのよ」
微かに笑みを浮かべるプレシア。
「全てが上手くいったとしても、私は広域指名手配の犯罪者になるわ。……あの子の人生はあの子自身に託す。はじめから捨て駒だったと見なされれば、管理局でそう悪い待遇は受けないでしょう」
「……」
……なんと、不器用な
サーティは内心で呟く。
「それに、あの子には悪いけれど、アリシアの命の方が遥かに大切なのよ。それこそ何億何兆の命と天秤に掛けても、ね」
しかし、だからこそサーティは思ったのかも知れない。
「私は必ずアリシアを……」
彼女になら手を貸してもかまわない、と。
☆
『……じゃあ戦ろうか、ネギ君』
『 』
目の前に佇む白髪の少年、フェイト。冷静な頭脳と膨大な魔力を持つ造物主の人形、地のアーウェルンクスシリーズ。完全なる世界《コズモ・エンテレケイア》の幹部にして、自分の宿敵……
……あぁ、夢か
繰り広げられる死闘を眺め、ネギは思う。
世界を救えるはずだった戦い。後一歩で救えなかった戦い。
……もう過去のことか
まるで自分に未練があるようで、苦笑する。今更こんな夢を見るなんて、やり直しを願う駄々っ子のようでないか、と。自分は精一杯に戦場を駆け抜け、その後も世界中を巡って少しでも多く無辜の民を救おうと命を削った。最期の最期には大切な人と誓った約束を思い出して、満足して光に呑まれた。
確かに、ハッピーエンドとは言い難いかも知れないが、最悪とは言えない筈だ。
もう一度、苦笑する。
思えばこの戦いを境に、自分は本当の意味で世界の残酷さを思い知ったのだろう。
景色がぼやける。相棒が目を覚ますようだ。
ふいと思った。死ぬと思った自分はこうして存在している。ならば、前の世界で消滅した筈の彼は……
☆
四月二十七日、早朝。
高町なのはが姉の美由希の鍛錬を道場で見学している頃、ようやくフィーはデメキング号の着水した近くの街、海鳴市へと到着していた。
「う~……あ~……のど、かわいたよ~」
『頑張れ、フィー。さっき見た看板が正しければ、もう少しで公園だ。水道があるはずだよ』
ネギの声に励まされながら、ふらふらと赤毛の少女はアスファルトの道を行く。ちらほらと出勤するスーツ姿の会社員や、自転車をこぐ学生の姿が伺え始める。そんな中を行くピンクジャージの少女は、早朝のジョギングでヘトヘトになってしまった幼い子供に見えなくも……ないかも知れない。
『……にしても、最悪。な~んで次元震なんか起きるわけ? 船は修理に時間が掛かりそうだし……』
『いや、でもあの高度から海面に叩きつけられて、自己修復出来る程度なんだから奇跡だと思うよ? 浸水も貨物室だけで済んだし』
『だーっ!! それが大問題なんだよっ! 食料はほとんど海の藻屑だし……』
買い溜めしていた食料たちを思い、フィーは盛大にため息を吐き出した。
そうこうするうちに、小さな公園が見えてくる。鉄棒や滑り台、ブランコが立ち並ぶそこには、人っ子一人居ない。
「蛇口発見! みずをだせぃーっ」
砂漠でオアシスを見つけた遭難者の如く、少女は蛇口を捻って水を飲み始めた。
決してお金がないわけではないのだ。遺跡発掘による遺物の売買や、フリーの魔導師による組合組織の依頼報酬なんかで、むしろ懐には余裕もある。だが、
「まさか、お金が使えないなんて……」
オモチャはお金としてつかえないんだよ、なんて言われてフィーはファーストフード店で門前払いを受けたのだ。残念ながら次元世界で広く取り扱われているミッドドル通貨は、管理外世界では単なるゴミでしかなかったのだ。
水道で喉の渇きを潤して一息ついたフィーは、真上からさんさんと照らす太陽を忌々しそうに睨むとお腹を切なげに抑えた。
きゅ~、と腹の虫の鳴く。船に備蓄していた食料は軒並み海の藻屑と化してしまったので、もう半日は何も食べていない。
「ぅ……うぅ……」
『まあ管理外世界だし、少し考えればわかることだったね』
「何で気付かなかったのよ、ネギ!? 目の前に食べ物があるのに、我慢なんて~……」
あまり人影のない早朝の公園とは言え、虚空に向かって独りで喋りかける少女。念話を使うという選択肢が浮かばないほどの疲弊ぶりだ。
『うーん、何というか……僕がフィーに会う前に生きていた世界にそっくりでね。通貨のことまで気が回らなかったんだ』
「ふーん……もしかして、ここがネギの故郷なの?」
『…似たような場所はあるかも知れないけど、多分違うね。……僕の世界ではこっちで言う質量兵器と魔導の戦争があってね……色々あって終戦を迎えたんだけど、世界中に魔法の存在が認知されたんだ』
そんな話にフィーは周囲の街並みを見回すが、魔法のまの字も目に入らない。
「もしかしたらネギって、ゆーのんの言うところの並行世界移動したのかも。次元空間の世界一つ一つに宇宙があって、その宇宙の一つ一つに数え切れないくらい可能性の世界があるとか言ってたし。ま、詳しいことはわたしじゃわからないけど」
『そうかも知れないね。……ところでフィー』
「? なによ」
『お腹が空いてるところ悪いんだけど、少し運動しようか』
ネギの言葉に首を傾げるフィーだったが、背後から掛けられた声ですぐさま理解した。
「ちょっとキミ。親御さんはどうしたんだい?」
ここで、少しばかり状況をおさらいしてみよう。
場所は公園。一息入れる間に、時刻は昼時が近い頃。フィーの容姿は十歳未満の女の子。周囲に保護者の姿はなく、独り言をぶつぶつ呟いているように見える。
さて、ここから導き出される答えは?
『……おまわりさん!?』
『正解! このままだと補導されちゃうね』
「ぇ、え~と、お母さんは」
制服に身を包む警官の背後へ目線と指をさまよわせる。
けいかんA が うしろ を みた。
フィー は にげだした!
☆
「……ふう」
夕焼けの紅色に染まる木々。カラスの鳴き声が馬鹿にするように、頭上で木霊した。
きしきしと鎖の擦れる音を立て、少女はブランコを大きくこぐ。勢いに乗って飛び出し、着地。体操選手のようにポーズを決めたところで、フィーは大きくため息を吐いた。
海鳴臨海公園遊具広場。朝方に警察官との鬼ごっこを演じた少女は、辛くも逃げ切りそのまま街中を彷徨うものの、結局はもとの公園へと戻ってきたのだ。
森林に囲まれたこの場所には、つい先程までサッカーをしていた少年たちを最後に人影が途絶えていた。
少女の次元航行船デメキング号は、現在自己修復中。この世界から動くに動けない。せっかく母親との対面に向けて腹を括っていたフィーからすれば、肩透かしもいいところだ。
ぼうっと夕焼け空を眺めていると、ふいに相棒の声が頭に響いた。
『フィー……』
半年以上共にいるのだ。その言葉に不穏な気配を感じて、フィーは警戒レベルを高める。
『なんだか変な魔力を感じる』
首を傾げる。
この世界は管理外世界だ。しかも魔法の存在が認知されていない場所で、魔力を感じるなどあり得るのだろうか。仮にあるとするならば、それは自分たちのような違法な渡航者、という可能性が高い。
「気のせい……じゃないよね」
相棒の感覚は自分よりも鋭い。今までもその鋭さに幾度となく命拾いしてきた。
フィーは徐々に魔力を練り上げ、リンカーコアに熱を入れていく。
……ついてないな
原因不明の次元震に巻き込まれ、船は壊れて買い溜めした保存食料は海の藻屑、お腹は空くし、とどめに魔法のない筈の世界で魔力反応だ。
母親に会いに来ただけなのに、このコンボ技はいったい何なのだろう。自分は世界に嫌われているのだろうか。
嘆息が漏れる。
既に魔力反応はフィーにも感じ取れるほどに大きくなっている。
『ネギ、この魔力って』
『うん。人間の発するものじゃないね。なんだろう? ……次元干渉型のロストロギア? この世界に魔法技術はない筈だけど……どうやら、次元震の原因はこれみたいだね……ッ』
木々の根本から一条の光の柱が天へと上る。
青白い光と共に、爆発的に跳ね上がる魔力の猛り。
……青い、宝石?
眼前の光の柱の内部に少女が元凶を見いだすのとほとんど同時、大木の幹に宝石が埋もれ込むように消えた。そして、
「……はぁ?」
木が、バケモノと、化した。
あまりの空腹に幻覚でも見ているのかと目を擦るが、巨大な樹木のオバケは消えてくれない。
「なんだろ……なんかとっても頭が痛くなってきたんだけど」
『……僕もだよ。多分、異常な成長(?)を促す、とかそんな感じのマジックアイテムなんじゃないかな……きっと』
あまりにも常識外れな状況に零れそうになるため息を噛み殺し、フィーは拳を構えた。両手首のブレスレットに魔力を流し込み、デバイスを起動。瞬時に鈍色の手甲が装着される。
「さーてとっ、よくわかんないけどとりあえずブン殴って……?」
駆け出そうと地を蹴った瞬間、見覚えのあるフェレットが登場。
思わず、余所見をしてしまう。なんだかとても見覚えのある姿形だったのだ。
……なんでこんなところに居んのよ、ゆーのん
『あ、ユーノ君だね』
なんて呑気な相棒の声が、頭に良く響いた気がした。
☆
「え?」
自分は今、ひどく間抜けな顔をしているだろう、とユーノ・スクライアは思った。
それも仕方ない。
特徴的な赤毛にピンクのジャージ。数少ない同年代の友人、フィー・T・N・スプリングフィールドが、目の前に唐突に現れたのだから。
少女も驚いた様子でユーノを見つめ……足元の石に躓いて転んだ。
「へぴゅっ!?」
そんな気の抜ける残念な悲鳴に、ユーノはこれが現実なのだと悟る。
鼻を押さえて起き上がる赤毛の少女をぼうっと眺め、あわてて封時結界を施す。
……危ない危ない。もう少し遅かったら、被害が凄いことになるところだった
額に冷や汗を感じていると、背後から見知った気配。協力者のなのはだ。やはり、魔力を察知して駆けつけてくれた。
「ユーノ君! って、フェイトちゃん!? ……じゃない、の?」
やっぱり間違えたかと、どうにも回転の悪い頭で思う。
痛たた、と鼻頭を押さえて立ち上がったフィーの顔を眺めるユーノ。前々から思っていた通り、フィーとフェイト、二人の顔は一卵性の双子と言われれば信じてしまうほどにそっくりだった。
……って、それどころじゃない!
「なのは、この子は前から言ってた僕の友達だから、とにかく今はジュエルシードをお願い!!」
「う、うん?」
戸惑いながらも頷き、栗髪の少女は木の化け物に向かって飛んでいく。
頭を振るって脳味噌を再起動。ユーノはフィーへと振り返った。
「フェイト? ぅん~まさか……」
腕を組み、ぶつぶつ呟く少女へ話しかける。
「フィー、どうしてこの世界に居るのさ? 確か用事があるんじゃなかったっけ?」
「……」
「もしも~し。あの、フィーさ……ッッッ!!」
瞬間、前髪に隠された瞳が、ピカリと輝いたのをユーノは見逃さなかった。
「ゆーのんッ」
「ぬぉぉおおおおっ!!?」
全力で身体を反らす。霞む速度で繰り出された拳が、体毛を数本刈り取っていった。
「ちょっ!? あぶっ、危ないってばぁぁぁおお!?」
「この、この、この、この、この!! あんたでしょ!? なんかヘマしたんでしょ!? わたしのご飯を返しなさいよーっ! あんたを丸焼きにして喰ってやるから~っ!!!」
それは、小動物のなせる本能だったのだろうか。
剛速で迫る拳の雨をユーノは木の葉を思わせる動きで回避していった。
何気にこの世界に来て一番の命の危機。ジュエルシードの封印に失敗したときよりも、ダイレクト。逃れがたい死の奔流が降り注ぐ。
直撃コースの拳が、スローモーションで迫り来る。
……あ、死んだ
全身を襲う暴風。
一センチ手前でピタリと拳が寸止めされた。
「いや~ごめんごめん。フィーの暴走を止めるのに手間取っちゃったよ。ユーノ君、生きてるかい?」
……ありがとう、ネギ君。でも、もう少し早めに出て来て欲しかったな
☆
「なるほど、願いを叶える石ね~」
「うん。まああんな風にまともに願いを叶えてくれる訳じゃないんだけどね」
ユーノに大まかな事情を説明されたフィーは頭の後ろで手を組み、眼前で繰り広げられる二人の少女による化け物退治を観戦していた。
女子制服を改造したような白いバリアジャケットを纏う、現地協力者の高町なのは。まだまだ粗は目立つものの、その動きはつい最近まで魔法を知らなかったとはとても思えない。
そして、
「フェイト・テスタロッサ……」
「そう。もう一組のジュエルシード探索者。フィーは何か知らない? すごく顔とか似てたから、初めて遭遇したときは見間違えちゃったよ」
「え? うーん、わかんない。次元世界には自分そっくりな人間が三人は居るって言うけど、本当に居るもんだね~」
適当に誤魔化しながらも、フィーの脳裏に思い出されるのは、初めて見た母の背中。
……プロジェクトF.A.T.E
研究施設で破棄されていた情報の中にあったその名前をフィーは記憶していた。
確信する。この事件、裏には母親が、プレシア・テスタロッサが必ず存在する、と。
上空で木の化け物と戦うなのは。そして自分に、いやアリシアにそっくりの金髪の少女を確認し、思わず少女は笑みを浮かべた。自分は、あの暗い研究所からここまで来れた、と実感を噛み締めて。
直後、
「ディバイン、」
なのはの持つ杖型デバイスの先端に展開された環状魔法陣に、まばゆく光る魔力球がチャージされ、膨れ上がる。
「サンダー、」
一方、フェイトも負けじと魔法陣を虚空へ展開。チャージされた雷球へ杖型デバイスを叩きつける。
直射砲撃。
一瞬で魔法の種類を看破したフィーは、強大な魔力の猛りに思わず目を見開く。
……おぉ、これは
地下闘技場やその後の遺跡発掘、フリーの魔導師としてのドタバタ騒ぎ。それなりに次元世界を巡ってきたフィーでも、なかなかお目にかかれない強い魔力だった。それはベルカの騎士、オーバーSランクのゼスト・グランガイツすらも彷彿させる程。
「バスターッ!」
「スマッシャーッ!」
白一色に漂泊される視界。
光の奔流に呑み込まれた木の化け物は、一溜まりもなく消滅。宙には浮遊するジュエルシードがぽつりと一つ取り残された。
「……なんつー馬鹿魔力。もしかして、AAAランク以上?」
「うん。そうみたいなんだ……僕も信じがたいけど」
なんてユーノと言葉を交わすうちにも、不穏な空気を醸し出す二人の少女。
……もしかして、あんな近くでおっぱじめる気!?
「ちょっ」
嫌な考えが思い浮かんだときには、既に二人は接近し、杖を振りかぶっている。さしものフィーでも、こんなタイミングでは割って入るなんて無理だ。
ユーノの話が正しければ、次元断層が発生しても不思議ではない。
イチかバチか瞬動で距離を詰めようとしたところで、ネギが呟いた。
『誰か来る』
「へ?」
一瞬遅れてフィーも気付いた。長距離転移魔法特有の、空間が歪む感覚だ。
球体状の空間の歪みが二人の間で発生し、黒一色の少年が間髪を入れず飛び出してきた。瞬時に状況を判断し、素早く繰り出された二本のデバイスを押さえ込んだ技量はかなりのものだ。
「ストップだ。ここでの戦闘行為は危険すぎる!」
全員の動きが驚きで硬直する間に、黒い少年はなのはとフェイトへ視線を向けつつ名乗った。
「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。詳しい事情を聞かせてもらおうか」
……面倒なことになってきた
本日何度目かのため息を吐いて、フィーは今後の行動について考えを巡らせるのだった。
☆
「この、子は……」
索敵魔法のサーチャーによって投影されるモニター越しに、赤毛の少女を凝視する。間違いなく、アリシアクローンの一体だ。未だアリシアの蘇生法へプレシアが辿り着いて居なかった頃、試行錯誤の中で手を着けたプロジェクトF.A.T.Eの遺児。
近くの小動物の言葉を拾い、名前を割り出す。
……フィー
すぐさま脳裏を過ぎったのは、『フィフティス』という魔力資質を有さない個体だった。髪の色は違う上にどういう訳か魔力を持っているが……
「そう……そう言うこと……」
止めに来たのだろうか。施設に残された資料を見つけているならば、そうなのだろう。
そして現れる黒い少年。
管理局に嗅ぎつけられるのは時間の問題だったが、些か早すぎる。
「……悪いわね、フィフティス。私は止まるわけにはいかないのよ」
そんな呟きは、暗い広間に溶けて消えた。