人形の夢を見ることがある。
何処とも知れない暗闇の中を、数え切れない人形と一緒に漂う夢。
人形はどれも自分そっくりで、全てが動き出さないのが不思議な程、精巧に作り込まれている。
ただ、顔だけがない。
本来、顔があるべき場所は影になって、目も口も鼻も、見えない。
人形の一つが目の前までゆらゆら近付いてくる。胎児のように身体を丸め、一糸纏わぬ姿で、フェイトに迫ってくる。
両手で押し退けようとすると、人形は何の抵抗もなくバラバラに砕けた。
視界が赤く染まる。
笑い声が聞こえる。
いつの間にか、人形には顔がある。無機質な瞳がフェイトを眺め、裂けるほど歪に開いた唇からは、ケタケタと嗤い声がこぼれる。
驚いて、一歩後ずさる。すると、背中に冷たい感触。
振り返る。
自分そっくりの顔があった。
笑い。
嗤い。
わらい。
フェイトは走った。人形を押し退けながら、全身を赤く染めながら。遠くに見える母の背中へと。
叫ぶ。
口から声が出ない。
それでも叫ぶ。
母さんは気付いてくれない。
こっちに見向きもせず、見つめるのは大きなガラスの筒。目を凝らすと、中には自分そっくりの人形……
……人形?
あれは人形なのか。
身体が動かなくなって、人形のように闇に漂う。
そして、ようやく気付いた。
自分も人形だったことに……
『アリシア……私のかわいい、アリシア……』
フェイトに背を向け、プレシアはガラスの筒へと額を押しつける。僅かに聞き取れた言葉には、フェイトの名前は出て来ない。
身体が、闇へと溶けていく。
自分が消えていく。
そして、
「 っ」
そこで、目が覚めた。
☆
清潔感のある白塗りの通路に、三人分の足音が木霊する。
横幅が五メートルはある広い通路。そこを歩くのは二人の少女と一匹の小動物、そして執務官を名乗る黒い少年だ。
少年は迷いのない足取りでフィーたちが今居る場所、次元航行艦『アースラ』の内部を案内していく。
どことなく緊張感の満ちる雰囲気の中、フィーは周囲に聞き取られないように小さくため息を吐いた。
……捕まったらどうしよう
そんな心配が胸裏を渦巻く。
運が悪ければ半年前の件がばれて、逮捕もあり得るのだ。まさか広域指名手配されているとは思えないが、絶対に大丈夫とは口が裂けても言えない。ノリに任せて着いてきたのが悔やまれる。いや、だがあの流れで同行を拒否するのは余りにも不自然であったし、致し方ない事ではあったのだが……
「……むぅ」
突如現れた少年、クロノ・ハラオウンによって戦闘は中断。フェイトは使い魔アルフの援護と、なによりなのはが庇ったことで逃走に成功。事情を聞きたいという執務官の少年の言葉になのはとユーノが頷き、フィーもその流れでアースラへ転移し、今に至る。
……まあ、今更後悔しても、ね
ゆっくりと深呼吸を繰り返し、心を静める。最悪、犯罪歴がばれたとしても、荒業で切り抜ければいいことだ。フィーだけでは難しくとも、ネギなら不可能ではないと思う。この半年で比べ物にならないほど少女は力を高めてきた。それに、侵食が進むことになるが闇の魔法《マギア・エレベア》を用いれば、あの槍使いゼストが相手でも逃げられるだろう。アースラの戦力がそれ以上なら、
……そのとき考えればいいや
一応の考えをまとめ終えると、フィーは隣で落ち着かない様子でそわそわするなのはに気が付いた。周りをキョロキョロ見回しながら歩いている。
そう言えば、まだ自己紹介していなかったことに気付いて、声を掛けた。
「えっと、挨拶がまだだったよね。わたし、フィー。フィー・スクライアだよ。よろしくね」
しれっと、嘘を混ぜ込む。いやいや裏ルートで偽造した身分証に載ってる名前がそうなのだから、決して嘘なんかじゃない……なんて、誰に言い訳しているのか内心で苦笑して、握手を求める。
「ふぇ? あ、うん。わたし、なのは。高町なのは」
不安そうだった少女は手を握り返して嬉しそうに微笑んだ。
「あれ? でも、ユーノ君に聞いた話とお名前がちがうような……」
「あ、あれ? そうなの? えっと……」
……ゆーのんめ、邪魔立てするか
視線をさまよわせると、訝しそうにこちらを見つめるユーノの姿。
とりあえずウィンクで誤魔化すと、フェレットの姿でもわかるくらいに赤くなってそっぽを向いたから問題なし。
「……わたし、実はスクライアに拾われて……昔のことはあんまり覚えてないんだ」
「ぅえ、えっと、あのあの、その、……変なこと聞いてごめんね、フィーちゃん」
あえて地雷設定にすることで、今後の会話でも家族の話題を出しづらい流れにする巧みな話術。更に真実の中に一握りの嘘を混ぜることで、嘘の露見を防ぐ。まさに完璧、なんて内心で自画自賛してみるフィー。その企ては、一応は上手く行ったようだ。
「えっと……あ、そうだ。ここって何処なの?」
随分と今更ななのはの問い。どうやら転移してきたことが、いまいち理解出来てないようだ。少女の質問が耳に入ったのか、先を行く執務官の少年がこちらへ僅かに顔を向けた。
「僕たちの船、次元航行艦アースラの中だよ」
次元世界のことをなのはへ簡単に説明するクロノ。一通りの説明が終わったところでクロノがああ、と小さく頷いた。
「いつまでもその格好のままというのは窮屈だろう。バリアジャケットとデバイスは解除して大丈夫だよ」
「はい、それじゃあ……」
なのはの白いバリアジャケットと杖型のデバイスが桃色の光を帯びる。数秒と経たない内に、学校の女子制服に身を包むなのはと、赤いビー玉のような待機状態のデバイスがそこにあった。
フィーも手甲をブレスレット型の待機状態に戻す。バリアジャケットはピンクシャージの上に透明な障壁として纏っているため、解除しても外見に変化はない。
「君も、元の姿に戻っていいんじゃないか?」
クロノの言葉になのはが首を傾げたのをフィーは目敏く察知した。
……まさか。はは、あのいんじゅうさんめ~
密かにツッコミの準備を始める。何時如何なる時でも遊び心を忘れないのがフィーの信条だ。
フェレットの姿が翡翠の輝きに包まれ、元の人間状態に形を変えていく。
なのはの瞳が見開かれる。
ユーノの元の姿を知らなかったのは明白だ。
「なのはにこの姿を見せるのは久しぶりかな?」
「……」
「なのは? どうかしたの?」
「……ふ」
「ふ?」
次の瞬間、廊下に素っ頓狂な叫び声が響き渡った。
「ふぇぇぇえええええええええっ!!? ユーノ君って、ぇぇええええ!!?」
笑いを堪えながら、フィーは汚物を見るような凍てつく視線でユーノを指さす。
「マ、マサカ! 自分ノコトヲフェレットダト勘違イサセテ!? なのは、早ク離レテ! 汚サレルヨ(笑)!!!」
ぐいっと少女を引っ張り、背に庇う。そんな光景にユーノは呆気にとられたようにぽかんと呆けて。
「え?」
「あー、君たちの間で何か見解の相違でも?」
冷静なクロノの言葉。ユーノが慌てて弁解しようと身振り手振りで、
「ぇぇえ!? 最初に倒れてたとき、僕ってこの姿だったでしょ!?」
なんて喚くも、なのははぶんぶんと思いっ切り首を横に振る。
「ちがうよ! 最初からフェレットだったよーっ!?」
「……え? ……ぁあ!」
なのはの言葉に何か思い至ったのか、ユーノは小さく叫ぶ。と、同時にフィーは踏み込んだ。
「ゆーのんのエッチ、チカン、ヘンタイ、モヤシ、インジュー、遺跡オタクーっ!」
拳による怒濤の連撃。魔力で強化されなくても、腰の入った打撃力はかなり強烈だ。
「ご、ごめん、なのは! って、ちょ!? いたっ、痛いかっぶぅ!? って、遺跡オタクは関係ないだろッぶす
たっ」
フィーのアッパーに意識を刈り取られ、ユーノは沈んだ。
拳を天に突き上げ、いい笑顔と共に一言。
「……悪は、滅んだ」
「ゆ、ユーノ君!?」
駆け寄るなのはに、腕を組むクロノ。
「……まぁ、自業自得だな」
なんて少年の呟きが、通路に木霊したとかしなかったとか。
☆
案内された一室には、鮮やかな緑色の髪をした女性が居た。
視界に映る畳や盆栽、鹿威しはスルー。ネギはツッコミを飲み込み、席に着いた。
どうも交渉ごとの気配を感じたため、フィーと代わってもらったのだ。
「ご足労ありがとうございます。艦長のリンディ・ハラオウンです」
女性に合わせ、ユーノやなのはが自己紹介を進めていく。と、言うわけでネギはしれっと虚言を吐き出した。
「ユーノンと友達の、フィー・スクライアです」
どうやらフィーの打撃が効いているらしく、ユーノは反応しなかった。ネギとしては、どうやってユーノを納得させようか考えていたため僥倖とも言える。
……この幸運に免じて、あの角砂糖入りの抹茶は見逃そう。うん、そうしよう
そうこうする内に、話はジュエルシードの件に差し掛かった。
「これよりロストロギア・ジュエルシードの回収については、時空管理局が全権を持ちます」
リンディの言葉に息を飲むなのはとユーノ。しかし、彼女の言っていることは当然だった。少しのミスが世界の滅びに繋がるなど、民間人に任せておける事態ではない。正規の訓練を積んだアースラのスタッフが居るのだから、素人に任せる道理はないのだ。
「君たちはそれぞれの世界に戻って、元通りの生活に戻るんだ」
クロノがリンディの言葉に頷く。
しかし、ネギとしてはそうされると大変困ったことになる。このままアースラに乗って行くと、デメキング号……管理局に未登録の為、発見されると罰せられる……を放置することになる上、本局に連れて行かれて詳しく調査されると身分の偽造が露見してしまう可能性もゼロではないのだ。
……ここで手を引くのは逆に危険。それに
あの金髪の少女は、どうやらフィーの母親と繋がっているようだ。後々、動き辛くなるのは面倒だ。
どうやって協力体制を築こうか、と思考を巡らせていると、
「まあ、急に言われても納得できないでしょう。一度家に帰って、今晩ゆっくり三人で話し合うといいわ。その上で、改めてお話ししましょう」
なんて、リンディの提案が出された。
一見、無理強いすることなく、なのはたちの気持ちを配慮しているように思える提案。けれど、ネギにはその裏がありありと見て取れた。
一瞬、脳裏を過ぎるのは、クルト・ゲーデル総督の悪そうな笑み。全く似ていないが、政治に携わる人間は、何処か似通うのだろうか。
……つまり、利用する気満々ってところかな
時間的制約からもたらされる焦り。中途半端なところで一方的に事件から遠ざけられる重苦しさ。そんな状態から出される結論など、予想がつくだろう。
そもそも、手を引かせたいなら話し合うまでもなく、デバイスを預かるなりすればいいのだ。インテリジェントデバイスに頼り切りのなのはは、それで終了だ。
だが、今のネギにとってその提案は渡りに船。
……ユーノ君の話によれば、ジュエルシードは全部で二十一個。全てが見つかるまでにはまだ時間が掛かるだろう
相手の思惑に乗るのはしゃくだが、メリットも大きい。
ネギは内心の笑みを表に出さぬよう、より一層気を使って神妙な表情を浮かべるのだった。
☆
鹿威しの音が響く中、角砂糖を『少々』溶かし込んだ抹茶をリンディ・ハラオウンは一口啜った。
……もう少し甘くしたほうがいいかしら
畳の上に座るのは、自分も合わせて五人。
左手に、実の息子であり執務官のクロノ。向かい合って右側から、ロストロギアを発掘したスクライア一族の少年、ユーノ。民間協力者の少女、なのは。そして少年を追ってきたと言うフィー。
……さて、どんな返事が返ってくるかしらね
本来ならリンディとて、こんな協力を誘導するようなことはしたくない。だが、時空管理局は一つの次元世界には収まらないほどの巨大組織。保安、質量兵器の取り締まり、そしてロストロギアの規制……巨大化した組織はどうしても動きが遅くなってしまう。大事件が起きても、後手に回ってしまうことが多々あるのだ。
故に、時空管理局は慢性的に人手不足に悩まされている。
スクライアで最年少で発掘隊を任されたユーノ・スクライア。先の戦闘を見るに、AAAランクの砲撃魔導師である高町なのは。そして、観測した魔力の高まりから推測するに、AAランクに匹敵する実力が期待できるであろうフィー・スクライア。
クロノが頼りないわけではないが、戦力として魅力的なのは事実。
結局、三人には一度家へ帰って今晩は話し合ってもらい、結論を聞くことになった。
別れ際、リンディはどうしても気になっていたことを問いただす。
「フィーさん。もう一組の探索者の、フェイトさんに心当たりはないかしら?」
少女は首を傾げ、他人の空似ではないかと答えた。
確かに広大な次元の海では、同じ血筋なのではないかと思うほど似た人間も稀にいる。この仕事をして長いリンディにも、幾度か経験のあることだ。
……疑い過ぎかしら
少女の顔をよく見れば、目を瞬かせて驚いている。まさか、こんな齢の子供が犯罪者とは思えないし、リンディの目でも少女が嘘を吐いているようには見えない。
「……そう。あんまりにもフェイトさんって子に似てるものだから、もしかしたら姉妹なのかと思っちゃったわ。ごめんなさいね?」
そう言って、リンディは茶を濁す。
……一応、確かめておきましょうか
簡単だ。クロノと模擬戦でもさせればいい。
魔力反応を調査すれば、ある程度の確証は得られるだろう。もしもフェイト・テスタロッサと名乗った少女と血縁があるならば、魔力の質も相応に似通ってくるからだ。未知数の実力も調べられて一石二鳥。
なんて考えつつリンディは、常人からしたら吐き出すほど甘ったるい抹茶を一息に飲み干すのだった。
☆
「、っ!!」
何か、怖い夢を見た気がした。
辺りを見回し、フェイトは自分が拠点としているビルの一室、ソファーにうつ伏せになっていることに気付く。
汗で顔に張り付く長髪を背に流して、自分の手を見つめた。
……人形なんかじゃ、ない
「……?」
何故そんな言葉が頭に浮かんだのかわからなかった。ついさっき見た夢の内容がわからない。
夢なんてそんなものだ、と頭を振って時計を確認する。どうやら一時間ほど眠っていたらしい。
誰かが部屋へ近付いてくる気配を感じ取って身体を起こすと、使い魔のアルフが入ってきた。
フェイトのことを労りながらも、らしくもなく弱音を吐く。
「……もう無理だよ、フェイト。管理局が出て来たんじゃ、どうにも出来ないよ。雑魚ならともかく……」
尻すぼみに消えていくアルフの言葉。はっきり言われなくても、フェイトには嫌なほど理解出来た。
フェイトと白いバリアジャケットの少女を止めた時空管理局の執務官。クロノ・ハラオウンは自分の上をいく実力者だ。並の魔導師ならばともかく、あんな実力者に捜査されたら、この拠点だって危ういかも知れない。
「逃げようよ、フェイト。二人でさ」
「ダメだよ」
アルフの縋るような提案に、フェイトは即答する。
「あともう少し。あと、もう少しなんだ……」
使い魔へ言っているのか、それとも自分へ言い聞かせているのか、フェイトにはわからなかった。
「私はまだ、母さんの願いを叶えてない。まだ、母さんに笑顔を取り戻してない」
疲労に蝕まれた身体に鞭を入れ、ソファーから立ち上がる。逃げる、なんて選択肢は少女には存在しなかった。
ジュエルシードの捜索へ向かおうと扉に手を掛けて、フェイトはふと夕方の戦闘を思い返す。あの白いバリアジャケットの少女、高町なのはと協力して化け物と戦っている最中、自分そっくりな赤毛の女の子を見た気がする。
……なんでだろう
夢にでも出て来たのだろうか。
一体誰だったのだろう。何故かあの子の姿が、嫌になるほど瞼の奥に残った気がした。