リリネギカルま! 改訂版   作:藍上 尾

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第七話

 

 

 

「お母、さん……?」

 

 精神世界にひとり佇む少女の唇から思わず零れた、そんな言葉。

 

 相棒の視界を介して映る外の景色の、その更にモニターの奥。黒いローブを身に纏った母の姿。

 

 ようやくだ。

 

 本当にようやく、垣間見えた母の姿にフィーはしかし、微かな違和感を覚えた。

 

 一見無表情に見えるその顔が、酷く後悔の念に駆られているように映ったのだ。それは少女の気のせいか。或いは、記憶転写の結果とは言え、プレシアと過ごした経験があったからかも知れない。

 

「……っ」

 

 拳を握りしめる。

 

 許されるならば、今すぐにでも人格の表に出てモニターの向こうに佇む母と話したい。何を話すべきか、責めるべきか、感動するべきか、頭の中はぐちゃぐちゃで少女にはわからなかったが、それでも全身が震えるほど声を張り上げたかった。

 

 しかし、出来ない。

 

 白髪の少女と対峙する相棒を邪魔することになる。

 

 ……ネギ

 

 勝てるのだろうか。

 

 精神世界に立ち、実際に相対していないにも関わらず、全身が総毛立つ威圧感。もしかすると、以前戦った槍の男よりも……

 

 ……信じるしかない、よね

 

 そう己に言い聞かせる。

 

 視線だけは逸らさずに、フィーは顔を上げ続けた。

 

 

 

 

 

 

『もう十分よ、サーティ。ジュエルシードを持って戻って頂戴』

 

「……了解した」

 

 そんなプレシアの言葉に頷いた白髪の少女は、小さな水溜りを残してその場から掻き消えた。

 

 リンディは空回りしそうになる頭を必死に立て直し、すぐさま呆然としているクルーたちへ指示を飛ばす。

 

「転移先の座標は? 特定急いで!!」

 

「今追跡中です! ……出ました! この映像の発信源と同じですっ」

 

 そんなエイミィの回答に、思わず苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。

 

 ……完全に不意を突かれた

 

 スピーカーの悲鳴のみの判断だが、武装局員は当分の間は動けないだろう。

 

 こうも容易く侵入を許すとは、流石のリンディも思慮の外だった。雷撃による被害から復旧しきれていなかったと言え、あの白髪の、サーティと呼ばれていた少女はアースラの艦艇結界を抜けて来たのだ。恐ろしい程の魔法の腕前だった。

 

 堰を切ったように静寂が弾け、慌ただしくスタッフたち動き出していた艦橋に、モニター越しの女性の声が響く。

 

『はじめまして、とでも言うべきかしら? そこにいる人形たちの作者、プレシア・テスタロッサよ』

 

 プレシア・テスタロッサ。そう名乗った女の言葉に、リンディは眉をひそめる。

 

 ……聞いたことのある名前ね

 

 記憶が正しければ、かつてミッドチルダで名を馳せた大魔導師と同じ名だ。本人の名を騙った偽物、と言う可能性は低いだろう。先の大魔法……次元跳躍魔法……は並の魔導師では一生掛けても成し得ない高等技術なのだから。

 

 視界の端で、『人形』と言う言葉に金髪の少女が身を震わせるのがわかった。

 

 モニターへ向き直り、リンディはプレシアを見据える。

 

「私は時空管理局、巡航L級八番艦アースラ艦長、リンディ・ハラオウンです。プレシア・テスタロッサ。貴女がどんな目的でこんなことを仕出かしたのかは知りませんが、これは重大な管理局法違反ですよ。貴女の違法所持するロストロギア・ジュエルシードをこちらに明け渡し、投降して下さい。そちらに投降の意思があるならば、情状酌量の余地ありと……」

 

『寝言は寝得て言うものよ、艦長さん?』

 

 リンディの言葉を遮り、プレシアは唇を歪ませる。

 

『私の用があるのは、そこにいる人形だけよ』

 

「ぇ……」

 

 俯いていたフェイトが、プレシアの言葉に顔を上げる。絶望の闇の中で、一筋の希望という名の光を見つけたように……

 

『……あなたには失望したわよ、フェイト』

 

 しかし、その希望は、

 

『あなたはやっぱりアリシアの偽物。せっかく与えた記憶も、あなたじゃ駄目だった』

 

 更なる絶望に塗りつぶされる。

 

「かあ……さん…………?」

 

『アリシアを蘇らせるまでの間、慰みに使うだけのお人形。聞こえてるかしら、フェイト? あなたは私の本当の娘じゃないの。愛娘の、アリシアのクローンなのよ。だから、もういらないわ。あなたはもう……』

 

 フェイトの瞳から色が抜け落ちる。

 

 なのはがもう止めて、と懇願するも、プレシアには届かない。

 

 これ以上は少女の精神が危険だと考え、リンディはエイミィへと回線の一時切断を指示するも、

 

「ダメです! 切断を妨害されました!?」

 

 そして、

 

『……何処へなりとも消えなさい』

 

 プレシアの言葉の刃が、少女の心を深く抉った。

 

「フェイトちゃん!?」

 

 艦橋に響くなのはの叫び声。見ると、フェイトは焦点の合わぬ瞳で脱力し、なのはに支えられている状態だった。

 

 ……なんて、無様

 

 侵入を許したばかりか、あんな幼い少女の心を守ることすら出来ない不甲斐なさに、リンディは強く拳を握り締める。

 

『それではご機嫌よう……』

 

 ……いけない。もっと情報を

 

 転んでもただでは起きないのが自分だ。後のことを考えれば、情報はあるに越したことはない。

 

「待ちなさい!」

 

 リンディの言葉にモニターの向こうで身を翻したプレシアは、背をこちらへと向けたまま呟く。

 

『ああ、ひとつ言い忘れていたわ……私の邪魔をすれば潰すから、そのつもりで』

 

 そんな一方的な言葉を最後に、回線は切断された。

 

 

 

 

 

 

 騒然としたアースラ艦内に、冷静なリンディ艦長の声が響く。

 

「被害の確認を急いで! アレックスとランディは白髪の少女の魔法の解析。エイミィは本局に問い合わせてプレシア・テスタロッサに関する詳しい情報を!」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

 流石は艦長を任されている女傑、と言ったところだろうか。

 

 襲撃された衝撃も冷め止まぬ中、リンディの言葉に目を覚ましたスタッフ一同が一斉に動き始める。

 

 そんな中、ユーノ・スクライアは自分でも驚くほど冷静に今まで知り得た情報を整理していた。

 

 プレシア・テスタロッサの言動。フェイトの正体。白髪の少女サーティ。そして、フィーの表情とネギの行動。

 

 ……ああ、なんだ

 

 なぜ冷静なのか思い至り、苦笑する。

 

 そう、ユーノはこんな緊急事態にも関わらず、フィーが敵ではないと確信が出来て嬉しかったのだ。これで自分は少女のことを心置きなく全力で応援できる。

 

 自分程度の力で何が出来るかなんてわからない。

 

 それでも、とユーノはフィーを見つめた。

 

 難しい顔をして何かを考え込む少女は、それでも少年の視線に気づく。

 

「? どうかしたの、ゆーのん?」

 

 なんて言葉にユーノは何でもないよ、なんて苦笑と共に返す。

 

 少年は未だ、その心の動きの原因に気付いてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 ……

 

 事件の原因究明に、管理局は立ち入ることはなかった。

 

 安全基準の設定ミスは主任であるプレシアへと掛けられ、不幸な事故にあったアリシアについての賠償金を受け取ると、ミッドチルダ中央から地方へいち早く向かった。

 

 裁判など起こす気にもならなかった。一分一秒でも早く、娘を蘇らせるための研究をプレシアは進めたかったのだ。

 

 それからのプレシアは人が変わったように魔導研究にのめり込んだ。地方で幾つかのプロジェクトを成功させ、巨万の富を得る傍ら、愛娘の命を取り戻さんと狂ったように研究に没頭した。

 

 古代文明の遺産を使い、禁止されている違法実験のデータを利用し、思いつく限りありとあらゆる手段を用いて、『死』という不可侵領域を覆そうと、世界に抗った。

 

 やがて他の研究員や部下たちが、プレシアを気味悪がり始める。プレシア・テスタロッサが、大魔導師が魔導に狂ったと噂されたが、そんな世間体などどうでもよかった。

 

 十分な資金を集めると、プレシアは移動庭園を購入。地方の職場から姿を消した。

 

 ほとんど全ての時間を研究に費やす。

 

 死者は蘇らない。それが世界の定めた条理。

 

 それは断絶だった。

 

 魔法は自然摂理や物理法則をプログラム化し、それを任意に書き換え書き加え、消去したりすることで作用に変える技法だ。神話の中の神の如く、森羅万象を操作する万能の力ではない。

 

 不可能の壁が立ち塞がる。

 

 どれだけプレシアが努力しても、狂気に身を委ねても、世界の掟は捻り曲がらない。

 

 いくら必死になっても、いくら世界を変えてやると叫んでも、不可能の断絶を前には、立ち止まるしかない。

 

 不可能は不可能。これまで何十何百何千の人間が挑み、そして断念した強固な掟は、簡単には捻り曲がらない。

 

 無理なことは無理と、普通、世界はそう決まっているのだ。

 

 …………………

 

 ……………

 

 ………

 

 …

 

 だが、プレシアは普通では無かった。

 

 幼い頃から彼女を『天才』と呼ぶ者はいたが、そのときまでプレシア自身は、そのことを自覚したことはなかった。

 

 彼女は、『天災』だったのだ。

 

 残念なことに、プレシアは天才を突き抜けた天災だったのだ。

 

 故に、変えてはいけない世界の理にすら、その手を届かせてしまった。

 

 切っ掛けは何だったか。

 

 リンカーコアと魂との関係性?

 

 魔導契約解除後の使い魔の魂の行方?

 

 人造魔導師製作過程における自我の発露?

 

 良く覚えてはいないが、とにかく、プレシアは人が触れてはいけない真理の入り口へと踏み入った。

 

 世界には、変えてはならない運命がある。

 

 触れてはいけない定めがある。

 

 まるで一筋の物語のように大きな流れがあり、世界の中で生きる人間には、それにどうしようと抗う事が出来ない。

 

 人はおそらく、あれに触れてはいけないのだろう、とプレシアは悟った。

 

 そんなことをしてはいけないのだ。

 

 この世界には強靭に編み込まれた運命の綱があり、それを辿るように世界という川は流れているのだから。

 

 その流れを乱せば、何もかもがグチャグチャになる。

 

 救われる筈だった者が救われず、起こる筈のなかった悲劇が起こり、そしてその逆も然り。

 

 だから、決してそれに触れてはいけない。

 

 そう分かり切っていて、それでもなおプレシアは手を伸ばす。

 

 娘を生き返らせるのだから、何も怖くなどない。

 

 あの時の誓いを果たすためには、死など怖くもなかった。

 

 全てが壊れる?

 

 世界が乱れる?

 

 それがどうした。守りたいのは世界の理ではない。家族だ。愛おしい、プレシアの娘だけなのだ。

 

 だから、プレシアは狂ったように前進を続けた。

 

 世界を捻り曲げんほど貪欲に知識を喰らう。

 

 無理をしたつけが回ったか不治の病を患い、進むほどに身は削られ、ついには生身ですらなくなった。

 

 魔導を深く探求するほど、真理へと近づいていくほどに、自分が人からかけ離れていく。

 

 それでもプレシアは気にしなかった。

 

 理を乱し書き換える術を手に握り、彼女は永い旅路を踏破して、ここまで来た。

 

 世界などどうでもいい。

 

 くだらない真理など、犬の餌にでもくれてやれ。

 

 私が守りたいものは……

 

「……さあ」

 

 言葉を発する。ただそれだけのことにも伴う苦痛。

 

 宙に漂う十二の宝石。

 

 不完全な古代遺物。

 

 それを前にプレシアは、

 

「始めましょう」

 

 そう、呟いた。

 

 

 

 

 

 

 あの襲撃から一時間ほど。

 

「時間もありません。早速始めましょう」

 

 アースラのミーティングルームに、凛とした艦長の言葉が響く。

 

 白髪の少女に奪われた六つのジュエルシード。これにより、プレシア側の持つ個数は十二。一斉開放すれば大規模次元断層すら起こし得る、非常に危険な状況だ。

 

 アースラスタッフと共にフィーたちも席に座る。皆一様に顔を引き締め、張り詰めた雰囲気が空気を硬くしていた。

 

 そんな中、柏手を一つ。リンディが口を開く。

 

「クロノ、フェイトさんの容態は?」

 

「はい。依然として心神喪失状態が続いています。今は使い魔のアルフが見ています」

 

 執務官の報告に、リンディは顔を曇らせる。

 

 プレシアが口にした言葉は完全な否定。親子関係の破棄を意味していた。母親だけが心の支えだったフェイトにとって、それは身を引き裂かれるも同然だったはずだ。

 

 そして、フィーもまた……

 

 ……あれってわたしにも言ってたんだろうなー

 

 少女の心に暗鬱な雲が立ち込める。

 

 破棄された研究施設に放置された自分。状況から見てプレシアに捨てられたと言えるフィーは、当然そのぐらいのことは予想していたし、フェイトのように心神喪失するようなこともない。だが、僅かなりとも希望を持っていたのだ。

 

 少なからずショックを受けていた自分自身に気付いて、思わず内心で苦笑する。

 

『……フィー』

 

 心配そうなネギの言葉。

 

 自分だって、旧知の仲かも知れない白髪の少女のことを考え込みたいだろうに、それでも彼はフィーのことを気にかけてくれるのだ。

 

『大丈夫』

 

 そう短く返す。

 

 この程度のことで気落ちしている場合じゃないのだ。あれだけ待ち望んだ母が、もう目と鼻の先に居る。これまでの道程を思い返し、暗鬱な気分を払い散らす。

 

 実際に対面したとき、自分がどう対応するかなんてわからない。だが、とにかく一発殴ってやらないと、なんて気持ちだけでここまで来たのだから。

 

 そうこうするうちにミーティングは進んでいた。

 

「エイミィ」

 

「はいはーい」

 

 こんな時でも陽気な口調でエイミィは、大きな長方形のテーブルに立体映像を浮かび上がらせる。

 

 映し出されたのはひとりの女性。

 

 ……お母さん

 

 ずきん、と痛む胸を押さえながら、その映像を見つめる。

 

「ミッドチルダ出身の魔導師、プレシア・テスタロッサ。専門は次元航行エネルギーの開発研究。偉大な魔導師でありながら、違法研究と事故が原因で放逐された人物です」

 

 資料を読み進めていくうちに、エイミィの口から陽気な口調が消えていく。

 

「……放逐後の足取りは?」

 

「はい。データが綺麗に消されていましたが、本局に問い合わせた結果、多少は補完出来ました。二十六年前、次元航行エネルギー駆動炉ヒュウドラの暴走事故を起こし、その後は地方での魔導研究に従事。後に消息を絶っています。家族関係についてですが、事故で娘のアリシアを亡くして以来、独り身のようです」

 

「そうですか……」

 

 リンディは顎に手を当て考えつつも頷き、ブリッジオペレーターの眼鏡を掛けたアレックスと、同じくオペレーターの青いショートヘアのランディに視線を向ける。

 

「わかりました。では次の報告を」

 

 その言葉にアレックスとランディが立ち上がる。

 

「はい。武装局員の被害ですが、幸い死傷者はゼロでした。ただ、半数近くが未知の石化術式を受けており、解析も合わせて解呪に数日は必要です。それ以外の局員もしばらくは安静が必要な状態で、とてもではありませんが突入任務に参加出来そうにありません」

 

 アレックスの言葉にリンディは半ば予想していたのだろう、小さく頷くだけで先を促した。

 

「なるほど……未知の術式とはどういうことですか?」

 

 ランディがアレックスのあとを引き継ぐ。

 

「局員たちの証言と石化魔法の術式を解析した結果、ミッドチルダ式、近代ベルカ式、古代ベルカ式、その何れにも該当しませんでした。また、本局にも問い合わせてみましたが、該当する魔法体系の登録はないようです。無限書庫に捜索依頼をすれば或いは見つかるかも知れませんが……」

 

「見つかるまで何年掛かるかわかったものではありませんね……」

 

「……はい。そして、これが襲撃された待機室での映像です」

 

 端末を操作し、ランディが映像を再生する。

 

 突然現れた白髪の少女に武装局員たちが殴り飛ばされ、そして混乱冷め止まぬ中、少女が聞き慣れぬ……ネギの使用する呪文に良く似た響きの言語の……呪文を詠唱し、指差す。その先から放たれた光線に触れた場所が凍りつくように徐々に石と化していった。

 

「呪文に使われている言語の解析には少なくとも年単位の時間が掛かる、と解析班の報告があります。この魔法体系に関しては情報があまりにも不足しているため、他にどのようなものがあるのか推測するしかありませんが、少ない呪文ケースに共通して、詠唱と同時に周囲の魔力素へ働きかけていることがわかりました」

 

「……まるで儀式魔法ね」

 

「はい。儀式魔法と酷似したものが多用されているようです。デバイスを用いていないことから、この魔法体系ではデバイスによる詠唱短縮、詠唱代替が不可能、或いは困難なのではないかと推測され……」

 

 瞬間、

 

『時の庭園内部に魔力反応多数出現! 五十…百……二百……まだ止まりません!』

 

『魔力反応出現と同時に次元震が発生!! このままのペースですと、一時間前後で大規模次元断層がッ!?』

 

 唐突に、庭園を監視していたオペレーターたちの悲鳴じみた報告がスピーカーから鳴り響いた。

 

 もう聞き慣れてきた緊急事態を知らせる警報に、ミーティングルームの一同が息を呑んだ。

 

 ついにプレシアが動き出したのだ。

 

 リンディがフィーたちへ向き直る。

 

「なのはさん、ユーノさん、フィーさん。事態は一刻を争います。我々時空管理局はこれより時の庭園へ踏み込み、プレシア・テスタロッサを逮捕します。…………あなたたちはどうしますか?」

 

 何時になく真剣な口調が告げていた。これより先は暴走体との戦闘とは比べ物にならないほど危険なのだ、と。

 

 ……上等じゃん

 

 フィーは頷く。

 

 暗い培養槽の中から始まった旅が今、終わりを迎えようとしていた。

 

 ……と、その前に

 

『ネギ、夢の中に入る魔法ってある?』

 

 

 

 

 

 

 暗くさきの見通せぬ闇の中をフェイトは死んだように脱力し、ゆらゆらと漂っていた。

 

 ……まるで、人形

 

 人形。

 

 そう、自分は人形だったのだ。しかも今は捨てられた人形。

 

 嘘っぱちの身体に、嘘っぱちの記憶。全部が偽物だった。本物なんて一つもない。

 

 ズキン、と胸が痛む。

 

 傷なんてない。母さんの雷は非殺傷設定だったから、傷なんてあるはずがない。

 

 ……なんで

 

 何故、胸の奥が痛むのかフェイトにはわからなかった。

 

 ……もう、どうでもいい

 

 暗い闇に身を任せる。

 

 このまま溶けて消えしまえば良いのだと、フェイトは思った。

 

 そんな矢先、ぼんやりと白く光る、フェイトそっくりの少女が現れた。

 

『うぃっす! おはよう、こんにちは、こんばんは?』

 

 そんな風に少女はフェイトに話し掛けてくる。けれど、フェイトには反応する気力さえ無かった。

 

 何もしたくないし、何も聞きたくない。

 

「……」

 

『ねぇ、何かしらリアクションを取ってくれないと、こっちとしてもどう反応すればいいか困っちゃうんだけど』

 

「ふひゃっ!?」

 

 こともあろうに白く光る少女は、フェイトの頬を左右に引っ張りだした。流石に無視できずに振り払う。ジンジンと頬が痛み、枯れたと思った涙が瞳に滲んだ。

 

「うぅ……あなたは、いったい誰?」

 

『ふう、やっと反応してくれた。まったく、わたしのお姉ちゃんはのんびり屋さんだね』

 

「? お姉、ちゃん?」

 

 意味が分からず首を傾げるフェイトに、少女は続ける。

 

『こうやって話すのは初めてだよね。はじめまして! アリシア五十番目のクローン、フィフティスことフィー・T・N・スプリングフィールドです! 夜露死苦っ』

 

「よ、よろしくおねがいします? って、え? え?」

 

 クローン。五十番目。フィー。

 

 突然のカミングアウトに目を白黒させながら、フェイトは目の前の少女をよく見た。

 

 頭のてっぺんから飛び出たアホ毛に、白い魔導師の仲間を思い出す。

 

 髪の色を除けば、ほとんど自分そっくり……いや、アリシアにそっくりなフィー。思い出したのは、自分の境遇だった。

 

「……あなたもそう……なの……?」

 

 だとしたら何故、どうしてこの子は笑っていられるんだろう、と不思議に思う。

 

『まあ、そんなもんだよ。捨てられたわたしはお母さんを探して、遠路はるばるこんな辺境世界にまでやって来たわけよ』

 

 捨てられた、と言う言葉に母の言葉を思い出して、ズキリ、とまた胸が痛んだ。

 

『……ねえ。このままでいいの?』

 

 目の前の子はそんなことを言ってくる。フェイトが感じている絶望を少なからず理解している筈なのに、そんなことを尋ねてくる。

 

「…………」

 

 無言で背を向ける。

 

 拒絶の意志で強固な殻を作り上げ、自分を囲う。しかし、そんな心の壁を

 

『もう、お母さんに会えなくなるかも知れないのに』

 

 フィーは簡単に打ち砕いた。

 

 思わず振り向いたフェイトが目にしたのは、先程とは打って変わって俯いた少女の姿だった。

 

『今、現実のわたしの身体は相棒に任せてるんだけどね。管理局の人に聞いたけど、あと五十分くらいで大規模次元断層が起きるんだってさ』

 

「な、なんで!?」

 

『お母さんだよ。どうやってアリシアを生き返らせるのか知らないけど、お母さんなら本当にやるよ。……どんな犠牲を払っても』

 

 脳裏に浮かぶのは自分のことを『アリシア』と呼ぶ母の記憶。フェイトの過去の記憶は転写によるものだが、だからこそ、プレシアが娘を愛していたことは間違いない。あの頃の母は、何時も優しく微笑んでいた。

 

「……でも、それで母さんがアリシアと笑ってられるなら……」

 

 自分は構わない、とフェイトは絞り出すように小さな声で呟く。

 

 ズキリ、とまた胸が痛んだ。

 

『本当に? そのせいでお母さんが広域指名手配の犯罪者になっても? 大規模次元断層がアリシアの蘇生にどんな影響を与えるのか知らないけど、周りの世界に住む、何億、何十億……ううん、もっと多くの命が犠牲になるんだよ?』

 

「……っ!」

 

『わたしは、お母さんにそんな罪を背負って欲しくない』

 

 そこでいったん言葉を切ったフィーは、フェイトに背を向ける。その身体が足下から溶けるように消えていく。

 

『もう時間だってさ。だから最後に聞くね?』

 

「…………」

 

『フェイトはさ、自分のことをどう思ってるの? アリシアの偽物だって思ってる? お母さんの操り人形だって思ってる?』

 

 そんな言葉にフェイトは無意識に胸を押さえた。

 

 痛いのだ。

 

 どうしようもなく胸の奥が痛い。

 

 嘘っぱちで出来た偽物の筈なのに。これではまるで、自分に心があるみたいじゃないか、とフェイトは歯を食いしばる。

 

「わたし……は…………」

 

『本当に人形だったら、痛くなる心なんて無いでしょ? つまり…………ああ、もうっ! 小難しいことはネギの仕事なのに!! つまり、わたしたちの身体がアリシアのクローンでも、心は本物なんじゃないのってことっ もう、お姉ちゃんなんだから、もっとこう、どっしりと構えててよね! じゃあね、わたしは行くよっ』

 

「あ……」

 

 言いたいことを言いたいだけ言って、少女は闇に溶けてしまった。そして再び、何も見通せぬ闇の中を漂う。

 

 ……お姉ちゃん、か

 

 確かに外見は自分の方が少しだけ上だが、とフェイトはため息を吐く。

 

 言いたい放題言って去ったフィーの姿を思い浮かべながら、瞳を閉じる。

 

 しばらくの間、闇を漂う。

 

 とくり、とくり、と鼓動を聞いて、ゆっくりと目を開けた。

 

「……よし」

 

 ……今は目を覚まそう

 

 自分の心が本物とか、偽物とか、今はひとまず脇に置く。落ち込むことは後でも出来る。母さんを止めるのは今しか出来ないのだから。

 

 硬質な音を立て、世界に亀裂が入る。

 

 ……母さん。

 

 最後にそう呟いて、フェイトの視界は白く塗りつぶされた。

 

 

 

 

 

 

 アースラの転移ゲートを潜り抜けた先は、時の庭園のエントランス。見渡す限りのそこは、ファンタジーゲームに出てくる魔王の城《ラストダンジョン》と化していた。

 

 禍々しくそびえ立つ巨城に鳴り響くのは、断続的な重低音の地鳴りだ。

 

「私はここでディストーション・シールドを張り、出来る限り次元震を軽減させます。その間に、なんとか庭園の魔力炉、そしてプレシア・テスタロッサを止めてください!」

 

 そんな指示を出すリンディの背に、光の翼が出現する。

 

 『ディストーション・シールド』とは、空間の狭間に特殊な歪みを生じさせ、範囲内の空間干渉や攻撃を低減、無効化する結界魔法だ。この庭園を覆うほどの空間歪曲は個人の魔力では不可能。おそらくアースラからの魔力供給を受けるのだろう。

 

 あの翼は体内に収まらない魔力を蓄積し、運用するためのものだ。

 

 そうこうするうちに、クロノが鋭い視線でエントランスホールへの門を睨んだ。

 

 両隣に立つなのはやユーノが、呻くように息を呑む。

 

 巨大な剣や槍。重厚感溢れる分厚い鎧。何百という駆動音が一つに重なるのを、フィーたちは耳にした。

 

 一体一体が二メートル以上の巨体。少なくともAランク以上の魔力を有する機械兵が、視界を埋め尽くさんばかりに前進してくる。

 

 流石のフィーも頬に冷や汗を感じた。

 

 完璧な五列横隊を成した乱れぬ足音が、時の庭園に響き渡る。その数、実に五百。内部の兵も合わせれば、更に倍近く膨れ上がるのではないか。

 

 こちらの戦力はフィー、なのは、ユーノ、クロノ、リンディ。リンディは次元震を抑えるため戦闘に加われないため、四人。

 

 機械兵が各々の武装を構え、蠢き始める。

 

『僕とフィーがプレシア、なのはとユーノが魔力炉だ。白髪の少女が出て来たら、積極的に戦わずに目的を優先。それも無理なら離脱しろ。かあさ……いえ、艦長、次元震をお願いします』

 

 クロノの念話に全員が頷く。

 

 そして、合図もなく唐突にそれは始まった。

 

 クロノの正確無比な誘導弾。なのはの大威力砲撃。ユーノの強固なバインドとシールド。そして、フィーの拳。

 

 四対五百以上。苛烈極まる戦が、始まりを告げた。

 

 

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