『儀式自体を止めてみせる。そう言ったろう、■■■■』
……誰だ
『ならば、僕を殺して儀式を止める他はないね』
……誰なんだ
赤毛の少年と、自分ではない自分が繰り広げる死闘。
『殺しなんてしない。■■■■、僕は……』
靄が掛かったように曖昧な記憶。
『甘いよ、■■君。その甘さで……世界を背負うつもりかい?』
何故だろう。サーティにはわからない。しかし、何故だか眼前の少年に、フィーと名乗る赤毛の少女が重なって見えた。
☆
「はぁああああっ!!」
猛然と大地を蹴る。
瞬動術を駆使して加速するフィー。頭の後ろで束ねた長い赤毛が、空間に紅い軌跡を残す。
勢いを殺さず、握り込んだ拳を叩き込む。轟音を奏で、分厚い鎧を身に着けた機械兵が背後の仲間を巻き込んで吹き飛ぶ。少女の拳が大気を裂く度に、二メートル以上の巨躯が玩具の如く宙を舞う。
少女は進む。
この奥に居るだろう母親に会うために。
だがしかし、
「くっ!?」
流石のフィーも波のように押し寄せる機械兵の軍勢を押し返すことは出来なかった。
身の丈よりも巨大な剣が振り下ろされる。それを両腕を交差して手甲で受ける。身体が軋むような重圧が、フィーをその場へ釘付けにする。
そんな少女へ突き出される無数の槍。
……やばっ!?
動けない。
槍。
殺傷。
頭の中で駆け抜けるそんな単語。
次の瞬間、蒼い光の弾丸が機械兵を貫いた。あらぬところへ逸れる槍を蹴り飛ばし、大剣を押し退けて拳を振るう。
冷や汗が顎を滑る感覚。小さく息を吐いたフィーの耳に、クロノの怒鳴り声が突き刺さった。
「なにを焦ってるんだ君はっ!? こんな数を正面から相手にしたら、命がいくらあっても足りないぞ!! 頭を使え!!!」
「ぶーっ、何かバカにしてないクロのん? ……ありがと」
「ふんっ」
クロノの魔力弾が高速で宙を駆け、正確に機械兵を行動不能にしていく。
『無駄な魔力は使うな。あの白髪が居るはずだし、敵は他にも数知れないんだ』
時間的猶予の無さからくる焦燥を心配したのだろう。クロノの念話が全員に流れる。
少し焦りすぎだとフィーは内心で自分を諫めた。プレシアは逃げない。ならば、フィーに出来ることは確実にその場まで辿り着くことだ。
気合いを入れ直して機械兵を睨みつける。
『僕が道を作る! その隙に一気に城へ侵入するぞ!!』
念話が発せられるや否や、
……ブレイズキャノン
蒼い閃光が放たれた。
機械兵が一気になぎ払われ、城の門まで一直線に道が拓く。
「今だっ!」
周囲を敵に囲まれた中、隙の大きな砲撃魔法をこともなく成功させたクロノの実力は、やはり高い。威力と速射性の兼ね合いを考え抜かれた一撃からも、その技量の高さは読み取れた。
……でも
そんな実力者であるクロノを不意打ちとはいえ、一撃で行動不能に追い込んだ白髪の少女。サーティはどれほど強いのだろうか。
一抹の不安を抱えながらも、フィーは全力で駆け出した。
☆
通路に積み上げられた機械兵。いずれも破壊され、動く気配は微塵もない。
「こっちは片付いた。そっちはどうだ?」
「このわたしにかかれば、こんなもんよ」
口調とは裏腹に、足下の残骸から目を離さずフィーは嘯く。
ピンクのシャージを見れば、ところどころバリアジャケットを突破した攻撃が生地を傷めている。身体に傷こそ無いものの、危ない場面は幾度かあった。
クロノに目をやれば、バリアジャケットに傷一つ無い。流石は執務官。
「そっちは大丈夫か?」
「うん。まだまだ大丈夫なの」
「なんとか」
額の汗を拭い、なのはとユーノが返事をする。二人とも怪我らしい怪我はしていなかった。
……遺跡バカのゆーのんはともかく、なのはのバリアジャケットはトンデモないな~
まるで要塞だ。
「……フィー、僕は遺跡バカじゃないから。ただ先人の秘密を考察したり、純粋に遺跡が好きなだけだからね?」
「!?」
……ユーノのことは取りあえず置いておこう
大魔力によるごり押しだが絶大な威力を誇る砲撃と、幾度か機械兵の攻撃が直撃したにも関わらずほぼノーダメージの防御力。さながら移動要塞だった。
……どんだけ重いバリアジャケット纏ってんの、ホント
なのはの今後を想像してみて、フィーは顔をしかめた。遠距離からの射撃程度では小揺るぎもしない圧倒的防御力に、あらゆる角度から高速で敵を襲う誘導弾を複数個自在に操り、少しでも隙あらば大威力の砲撃が敵を飲み込む。中遠距離単独戦闘のエキスパート。そんな白い大魔王が脳裏に降臨したのだ。
「……来たっ! 新手だ」
ユーノの警告。背後へ振り返れば、フィーたちが必死で突破してきた曲がり角から機械兵が姿を現していた。
「追い付かれちゃったの!?」
「……ふう、僕たちに休む暇は無さそうだね。先を急ぐよ。あんな軍勢を相手にしてたら、あっという間に時間切れだ」
黒衣を翻し、クロノが走り出す。
正直、時の庭園をなめていた。フィーたちはプレシアとサーティだけを脅威と考えていたが、倒しても倒しても切りがない機械兵たちは、時間制限のある今の状態ではそれに劣らぬほど厄介な存在だった。
後ろから迫る機械兵軍団に追い付かれぬよう、庭園の防衛網を最短距離で突破して、奥へ奥へと突き進む。
どれだけ敵を倒しただろうか。しばらくすると、二手に分かれる上り階段と両開きの扉が姿を現した。サーチャーによる内部捜査では動力炉の場所へ続く道は上り階段だ。
「……作戦通りに行くぞ」
クロノの緊張に張り詰めた声が、どこか遠く聞こえる。執務官としての経験から、彼も感じているのだろう。この扉に近づくほど強く感じる、重苦しい圧力を。
……あの扉の向こうに、サーティが居る
漠然と、そう思った。
「フィーちゃん、クロノ君……気を付けてね」
言い残し、なのはが階段を上っていく。そしてユーノは、
「…………」
「ゆーのん?」
「炉を封印したら、すぐに合流するから。だから、絶対にむぐぎゅぅ……!?」
ユーノの口を手で塞ぎ、フィーはウインクを一つ。
「ゆーのん、世の中には死亡フラグなる呪いが存在するらしいから、そんな思わせぶりなセリフは言っちゃ駄目だよ? ほら、なのは一人で先行させないで、さっさと追いかける!」
くるり、と踵を返して扉に手を掛ける。
気を付けて、なんてユーノの呟きに手を振って応え、フィーとクロノは両開きの扉を押し開くのだった。
☆
時の庭園に足を踏み入れたときから感じていた気配。
再びあの白髪の少女と対峙することになる、そう直感が告げていた。そしてその感覚は、奥へ奥へフィーたちが突入するにつれて胸の奥で肥大化し、ここへ来て確信に至った。
通路の奥。扉から滲む気配。
……凄まじいな
背筋の凍り付く威圧感。
今のなのはやフェイトでは気付かないだろう。危機察知能力に何かと優れたユーノや相応の実力を有するクロノ、或いはフィーも息苦しさを覚えるかも知れない。
ゼストや熟練の実力者なら、戦う必要がなければ逃げの一手を選ぶだろう。
……なら、僕は?
「……震えているのか?」
緊張、恐怖、不安、或いは武者震い。小刻みに震える手の平で握り拳を作り、現れた白髪の少女をネギはフィーの視界を介して見据えた。
「フィー」
『うん』
言葉少なく、相棒はネギへと身体を委ねる。
一瞬の浮遊感。ネギはアリシアクローンの一体、十歳前後の幼いシルエットを見据えた。
☆
「…………この程度、か」
時の庭園内部。巨大な舞踏場に佇むサーティは小さく嘆息した。
サーチャーで相手の動きを探っていたのは管理局側だけではない。少女も、身に付けたサーチャーの術式で以てフィーたちの実力を見極めていたのだ。
執務官の少年はなかなかの手練れだが、九分九厘こちらが勝利するだろう。隠している筈の奥の手の度合いによっては苦戦させられるかも知れない。
もう一人の赤毛の少女は……
……僕の見込み違いだったということか
忘れ去ってしまった自分の記憶の何処かに通じる、と自分でも知らずに期待していたサーティだったが、ここまでの戦闘を見るに、フィーと名乗る五十番目のクローンは敵にすらならないだろう。次元航行艦襲撃の際は、鋭い気配を漂わせていたというのに。
早急に終わらせよう。そうサーティが考えた矢先、
「クロのん、お母さんをよろしくね」
「なんだと……っ!?」
気配が、変わった。
磨き抜かれた名工の刀のように鋭い闘気が、サーティの全身を貫く。
執務官の少年も少女の変貌が予想外だったのだろう。微かに狼狽しているようだった。
「さあ、早く行ってくれ」
「な、なに言ってるんだ? いや、お前は一体……」
心なしか、目つきや仕草、口調も変化したように思える。
……ほう
胸の内で驚愕を呑み込み、サーティは動いた。二十メートルの距離を刹那の内に詰め、その顔面へ拳を繰り出す。
亜音速ほどの高速度で伸びる鉄拳は、頭蓋を粉砕し少女へ死を与えていただろう一撃。
しかしそれは、呆気なく体側へと流され、
「破ッ!!」
「ッ!?」
強烈な肘鉄が、サーティの脇腹を打ち抜いた。
吹き飛びそうになる身体を、床を砕きながら踏み止める。
無意識のうちに、少女の口が笑みを浮かべた。何かを思い出せそうで思い出せない。そんなハッキリしない感覚。
「今だ、早く行け!!」
「……後で説明してもらうからな! ここは任せる!」
黒衣の少年がプレシアが居る儀式の間へと繋がる通路を走り去っていく。だが、サーティは動かない。アリシア三十番目のクローンとしてこの世に生を受けた少女の、初めての願望。
……今は、この戦いを楽しみたい
それに彼女は、とプレシアのことを一瞬思い浮かべる。だが、それも数瞬だ。余分な思考を掻き消して、サーティは目前の敵に集中した。
☆
大気の悲鳴。
鼻頭の数ミリ先を拳が通過する。見切っているわけではない。余裕を持って回避しようとしてすら、紙一重だ。
顎先を狙い、カウンターの拳を放つ。
普段は手甲型デバイスに付与した封印で抑え込んでいる『闇の魔法』すらもを解き放った全開。しかし、その拳は、
「ッ!!」
壁に受け止められた。いや、違う。曼荼羅のような高密度の積層多重魔法障壁。人間業を超えたそれが、拳の威力を全て防ぎきったのだ。
ネギの目前に立つ、白い頭髪を肩口まで伸ばした少女。グレーの男子学生服にスニーカー。造物主の使徒。記憶にある、『六番目』の名を冠する水のアーウェルンクス、セクストゥムを思わせる外見。彼女を一回り二回り小さくし、顔の造形をフェイトやフィーに近付ければ、サーティのようになるだろうか。
「……この程度じゃないだろう?」
サーティが呟く。
瞬間、少女の足下が爆ぜた。凄まじい震脚。咄嗟に後方へ跳ぶ。
音速を超える右ストレートが、無音の内に突き出される。
……間に合わな
鳩尾に、戦艦の主砲が着弾した。
「ガァッ!!!」
遅れて轟く大気の破裂音。身体がくの字に折れ曲がり、広大な舞踏場に立ち並ぶ石柱を枯れ枝の如くへし折っていく。
壁に叩きつけられ、ようやく止まった頃にはピンクジャージはボロボロに引き裂け、赤が滲んでいた。
「がっ……ぁ…………はぁ……」
跳びそうになる意識を気力で止める。内臓がせり上がる激痛に耐え、瓦礫を押し退けてネギは立ち上がる。
……やはり、術式兵装しか
フィーの肉体は闇の魔法を使う度に、侵食されていく。ネギの精神のせいか、その進行は以前の肉体の時より早いように感じられた。
今はまだ、魔法で封じることで抑制出来る。しかし、闇の魔法を多用すれば、侵食に歯止めが利かなくなる可能性があった。出来ることなら使いたくはなかったが、後先を考えて勝てるほど、やはりサーティは甘くない。
内心で毒づき、精神世界のフィーへと呟く。
『……ごめん。使うよ』
『あったり前よ! ガツンとやっちゃって!』
フィー自身、それがなにを意味するのか知らないわけがない。だと言うのに陽気な口調で自分を激励してくるのだ。
……絶対、母の下へ
そう決意する。
母、と言うものがどんな存在かネギにはわからない。物心ついた頃から両親は居なかった。父を追いかけ、その背中に少しでも追いつこうと努力した。母のことを知ったのは、世界を巻き込む陰謀の最中のことだ。その行方も結局はわからぬ内に、大戦は始まってしまった。生きているのか、死んでいるのか、どんな最期だったのか……
けれども、相棒の気持ちを想像することはできる。母ではなく父だったが、ネギもまた親の背を必死に追いかけていた時期が確かにあったのだから。
故に、全力。
目の前の障害を完全に突破し、プレシア・テスタロッサの面前までフィーを送り届けよう。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル……」
……契約に従い我に従え、《ト・シュンボライオン・ディアコネートー》高殿の王《・モイ・バシレウ・ウーラニオーノーン》
その先に何が待ち受けようとも。
……来れ、《エピゲネーテートー・》巨神を滅ぼす《アイタルース・ケラウネ・ホス・》燃え立つ雷霆《ティテーナス・フテイレイン》
牙を擦り合わせ、己の闇が暴れ出す。
……百重千重と重なりて、《ヘカトンタキス・カイ・》走れよ稲妻《キーリアキス・アストラプサトー》
歯を食いしばり、闇を深く呑み込んだ。
……千の雷《キーリプル・アストラペー》
善も悪も、正も邪も、全てを包括し得るのが闇の魔法なのだから。
……固定《スタグネット》
両腕に浮かび上がる蜷局を巻いた翼の紋様が、肥大化していく。肉体が、ヒトからかけ離れていく。もう後戻り出来ない。封印しても、その進行は完全には止まらないだろう。
例えこの戦いを無事に終え、この事件を切り抜けたとしても、フィーが人として生涯を過ごせる可能性は限りなく零に近くなった。
少女の望みを叶えるためとは言え、それだけが口惜しかった。
だからこそ、必ず勝とう。
……掌握《コンプレクシオー》
瞬間、
……術式兵装・雷天大壮《プロ・アルティマオーネ・ヘー・アストラペー・ヒューペル・ウーラヌー・メガ・デュナメネー》
ネギの身体は『千の雷』を霊体と融合させて、荷電粒子の塊と化した。