紫電を帯びた砲撃が身体の数十センチ先を駆け抜ける。ただそれだけで体勢が崩れかけた。
「フォトンバレット」
タイムラグなしで放たれる魔力弾。
大気を焦がす死の弾丸が迫る。
背筋に悪寒を感じ、咄嗟の判断でクロノはその場から飛び退いた。そしてその判断がクロノの命を救う。
「ッ!?」
プレシアが放った『フォトンバレット』はバリアジャケットの一部、黒衣の端を一切の抵抗を許さず貫き、床に握り拳程の穴を穿ったのだ。
「あら避けたの? それじゃあ次は十倍ね」
プレシアが指を弾いた瞬間、再びタイムラグなしで十の魔弾が放たれていた。
……一体どうなってる
頬を伝う冷や汗を感じながら、クロノは杖を握り直した。目の前には涼しげな顔、無手のまま佇む黒いローブ姿のプレシア。
戦闘開始直後から今現在に至るまで、一方的にこちらが押されていた。
圧倒的な魔力容量と出力。それはいい。問題は魔法陣の展開なし、ノータイムで魔法が飛んでくることだった。
ミッドチルダ式魔法では内部に二重の正方形を持つ円形の魔法陣が描かれるはずなのだ。
第一工程として魔導師がデバイスへ魔力を送り、第二工程でデバイスが魔法陣を自動生成、第三工程で魔法陣が魔法発動に必要な魔力を収集圧縮、そうしてやっと魔法が発動する。最低でも三工程は必要なはずなのだ。
にも関わらず目前の魔女は魔力を集中した途端、デバイスも持たず魔法を発動している。修練で時間を短縮することは出来ても、その行程を完全に省くことは出来るはずがない。魔法陣の展開もなく、無手という魔法発動がデバイス使用時よりも難しい状態で何故これほどの行使が可能なのか。
現行の魔法技術に真っ向から喧嘩を売る異常。
……何か絡繰りがあるはず
そう思う。
しかし、クロノにはそれを探る余裕など欠片もなかった。
「不思議でしょうがないって顔ね? あなたもやろうと思えば出来るようになるわ……死ななければ、だけどね」
軽く手首を振る。ただそれだけで十の魔弾が死の閃光へ変貌した。
クロノの防御では一撃でも受ければ重傷、下手すれば死に繋がる。
動きを止めない。
一瞬でも止まれば最後、致命の一撃を受けることとなる。
「くそっ」
小さく吐き捨て、回避に専念する。
負けるわけにはいかない。プレシアを止められなければ、確実に次元断層が発生するのだ。それが意味するのはこの次元空間一帯全ての滅びに他ならない。
いくらリンディ艦長がアースラの魔力供給を受けて『ディストーション・シールド』を展開しようとも、このままジュエルシードの暴走が続けば次元断層を抑え続けることは不可能だ。
次元震によってこの儀式の間のあちらこちらで虚数空間へと繋がる孔が開き始めている。
……もうあまり時間がない
そう考えた矢先、ピタリ、とプレシアの猛攻が止まった。辺り一面が穴だらけになった空間。
「……止めにしましょう」
次元震による振動が続く中、そんな冷徹な響きを帯びたプレシアの言葉。
「あなたと遊んでる暇は、私にはないのよ。……私は取り戻す。こんな筈じゃなかった未来を! だから……」
片手を天へと突き上げる。
瞬間、
「さっさと消えなさい」
儀式の間の天井を紫電が覆い尽くした。
……フォトンランサー・ファランクスシフト×四
決して狭くはないが広くもない五十メートル四方の空間が、紫電を帯びた光球に埋め尽くされている。
合計百五十二基。
その全てが連射型の射撃スフィアだった。
「……ッ!?」
現行の魔法技術では不可能な展開速度に、思わず言葉を失う。
防御すれば護りの上から潰され、回避するにしても、こんな限定された空間では天から降り注ぐ雨粒を傘もなく避けるに等しい。
プレシアの腕が静かに振り下ろされる。
……なにか、何かあるはずだ
「……!」
極限まで加速された思考の中、ふと目についた光景に細い希望の糸を見つける。
プレシアの娘、アリシアの遺体が安置されている祭壇の周囲だけ、先程までクロノを襲っていた攻撃の影響が見受けられない。
おそらく、無意識の内に娘へ攻撃の余波が及ばないようにしていたのだろう。
あの複雑怪奇な魔法陣には防衛機構のような物があるかも知れないが、今はそれに賭けるしかない。
発動させるのは、瞬間高速移動魔法。
「ッ!!」
光の爆発と共に、雷槍の洪水が視界一面に降り注いだ。
☆
轟音響く四秒間が過ぎ、プレシアはゆっくりと娘の眠る祭壇へと振り返った。既に黒衣の執務官のことは頭にない。魔法発動の瞬間に切り替えた非殺傷設定の魔力ダメージによって、そこらに倒れているだろう。
……魔力の供給が止まった。動力が封印されたのね
ジュエルシードによって引き起こされる次元震が徐々に弱まっていることに、戦闘の最中にもプレシアは気付いていた。
避けたかったあの方法を行使するしかない、そう考えを巡らせていた矢先、
「なっ」
信じられないものを目にした。
たった今、行動不能にしたはずの執務官が、ボロボロになりながらアリシアの眠る祭壇付近に佇んでいたのだ。
秒間七発の高速連射を四秒。計、四千二百五十六発の雷の槍だ。回避も防御も不可能な状況でどうやって凌いだのか。
一瞬の思考。
祭壇付近に落ちた雷槍が異様に少ないことに、プレシアは気が付いた。
……私の砲撃が直撃しても問題ない防衛機構を細工していたけれど
大丈夫と分かっていても、無意識の内に愛する我が子から攻撃を逸らしていたのだ。
思考はほんの一瞬。身体の硬直は一秒にも満たない。だが、クロノが砲撃魔法を放つには十分な隙をプレシアは晒してしまっていた。
蒼く染まる視界。
『非殺傷』設定で放たれたそれが、プレシアを呑み込んだ。
☆
加速。
自身の限界に挑むような速度で、フェイトは時の庭園内部、次元震の中心へと先を急いでいた。
使い魔のアルフは動力炉へ加勢。そして自分は……
……母さん
こくんと喉を鳴らし、フェイトは自分の進むべき道を見据える。
早く。
この気持ちを伝えたい。
たとえ受け止めてもらえなくてもいい。
……本当は良くないけど、伝えないで終わるより百倍マシだ
エントランスを飛行魔法を維持したまま疾走し、機械兵を無視する。一分でも一秒でも早く。
早く。
速く。
はやく。
フェイトの思いに答えるように、速度が上がっていく。
大きな扉を潜った先で、広大な空間が瓦礫の山と化していた。
「っ! 行かなきゃ」
息を呑んだのは数拍、フェイトは先へと進む。
虚数空間へ繋がる孔が増えてきた。おそらくこの一本道の先に母さんは居る。そう確信を持って、フェイトは全力を振り絞り加速する。
既にフィーが、自分の妹が母さんと対峙しているはずだ。
そんな思考が脳裏を過ぎった矢先、視界の端にピンクジャージの赤毛が映った。
……そう、あんなジャージを着た赤毛の妹が先に……? 先、に?
「って、フィー!?」
「あ、フェイト……」
急停止。
目を擦ってみても、赤毛の少女は消えない。だいぶ先を行っていると思っていたフィーがまだこんな所に居るなんて。
思い出すのは先程の瓦礫の山。きっと途轍もない激戦を誰かと演じたに違いない。見ればピンクのジャージはボロボロでチャックが壊れて前開きになっている。頭の後ろで纏めていた赤毛は紐が切れたのか解けていた。
「だ、大丈夫? なんだか傷だらけだけど……」
「あ~、まあ、なんとか……気合いで」
平気そうに話すが、左の脇腹を押さえた手は震えているし、額には脂汗、目尻には涙が溜まっているのに、フェイトは気付いた。
フィーの傷がかなり重いものなのだと、何となく悟る。それでも、少女は引き返すよう言わなかった。フィーの瞳の奥に固い決意の色が見て取れたからだ。
ここで引き返すくらいなら死んだ方がマシだ、と。
「……一緒に行こう。母さんのところへ」
☆
ようやく儀式の間へと辿り着いたフィーが目にしたものは、所々が裂けたバリアジャケットを纏うクロノと、両手両足をバインドで固定され、空中に磔の姿勢で顔を俯かせるプレシアの姿だった。
……クロノが止めてくれたんだ
信じていなかった訳ではないが、フィーが目の前の光景を理解するのには数瞬の時を要した。
二人に気付き、クロノが振り返る。
「君たちは……、フィー! あの白髪はどうしたんだっ……痛ッ」
「ああ、もう、ボロボロじゃん。大丈夫、何とか倒したよ。そっちもお母さんを止めてくれたみたいだね……」
「……やはり君は……いや、後でちゃんと話は聞かせてもらおう」
安堵の息を吐き、フィーはようやく会えた母の姿を目に焼き付ける。
望んだ形ではないが、最悪の事態は回避できた。
脇に目をやれば、複雑な表情でフェイトもプレシアを見上げている。
此処に事件は終結した。
そうこの場に居る三人は思った。それは正しかった。
相手が、プレシア・テスタロッサで無かったならば。
「プレシア・テスタロッサ。次元災害未遂の罪で逮捕する」
クロノが手錠を片手に近寄っていく。
……おかしい
ふと、少女の頭に過ぎるそんな言葉。
母がこんなあっさり捕まるのだろうか? 精神を尖らせたフィーの耳に入る、
「漸く、役者が揃ったわね……」
なんて呟き。
途端、背筋に悪寒が走った。
強固なはずのバインドが紙でも引き裂くように易々と、硬質な音を奏でて壊される。
プレシアの拳が霞み、振り抜いた形で静止する。
「な……」
クロノの顔が、驚愕に歪んだ。その身体がカクンと膝から崩れる。
取り出していた手錠が高い音を立てて床を跳ねた。
「脳を揺らしたわ。しばらくは満足に動けないでしょうね」
なんて、典型的な魔導師スタイルと思われていたプレシアとは思えぬ体技。その鋭い眼光がフィーとフェイトを睨んでくる。
「あなたたちは一体何をしに来たのかしら? 何処へなりとも消えろ、と言ったはずだけど?」
冷たい言葉の刃が胸に刺さるようだった。
……痛いな、やっぱり
折れた肋骨が、ではない。胸の奥が締め付けられるように、鈍く痛んだ。
「あなたに言いたいことがあって、来ました」
意外にも、フェイトが先に囁くような声で呟いた。
「わたしは……」
瞳を閉じて、何かを決心するように大きく息を吸う。そして、静かに口を開いた。
「わたしは、アリシア・テスタロッサじゃありません。……あなたが造った、ただの人形なのかも知れません。だけど! わたしは、フェイト・テスタロッサは、あなたに生み出してもらって、あなたに育ててもらった……あなたの、娘です!!」
それは、フェイト・テスタロッサという少女の心の叫び。自分はアリシアにはなれないけれど、人形かも知れないけれど、それでもあなたの娘なのだ、という魂の咆哮。
「世界の全てが立ちはだかろうと、あなたを守ってみせる。わたしがあなたの娘だからじゃない。あなたが…………わたしの、母さんだから!!」
すとん、とフィーの心にフェイトの言葉が収まった。
今まだあやふやだった自分の思いが、その言葉で急速に輪郭を現すように……
次元断層を起こして大勢の命を奪って欲しくはない。たがそれは、他人の心配をしてのことだ。フィーの本当に言いたかったこと。それは、フェイトがたった今、言ったようなことだったのかも知れない。
……わたしって、本当にバカだな
こんな直前になるまで自身の気持ちが分かっていなかったことが酷く滑稽に思えて、フィーは苦笑した。
プレシアを見据える。
その顔は嬉しいような、哀しいような、色々な感情が入り交じった複雑なものに見えた。が、次の瞬間には、
「……はぁ、くだらないわ」
呆れ果てたと言うように、溜息が吐き捨てられた。
「それだけのこと言うために此処まで来て邪魔をするなんて、……あなたたちは本当に失敗作なのね?」
言い終わると同時、プレシアが高速移動魔法や瞬動術すら思わせる動きで、十五メートル程の距離を瞬時に詰めて、フィーとフェイトの首を掴み上げた。
「うぐぅっ!?」
「かはっ!!」
呼吸が詰まる。しかし、それよりも驚くべきことは、これをやっているのがプレシアだと言うことだ。如何にも魔導師然とした格好の彼女の動きに、近接型の格闘魔導師と言って差し支えないフィーは反応できなかったのだ。
凄まじい踏み込み。まるでネギや白髪の少女を思わせるような……
必死で手を振りほどこうともがくが、万力の如き握力になかなか外すことが出来ない。
「……まあいいわ。此処まで来たご褒美に、私の秘密を一つ教えて上げましょう」
プレシアが呟く。
「もう数年前ね。私は死の病に冒されていたの」
外すのは無理だと判断したフィーは、酸欠になる前にプレシアの腕を折る勢いで手刀を叩きつけた。
そして、
「ッ!?」
硬い手応えに、弾かれた。
少なくとも人間の腕ではない、鋼鉄を叩いたような手応え。
「レベルⅣまで進行した肺癌。あなたたちを生み出したプロジェクトで使った薬品が悪かったのかしら……全身へ転移したそれは、現代の医療技術では到底回復不可能だったわ。私は死を待つばかりの状態だった」
衝撃。
身体中の骨が軋みを上げて、フィーは投げ飛ばされたことに気が付いた。
「げほっ……くっ……ぅ」
「こほっ、ごほっ……うぅ」
叩きつけられた衝撃と酸欠で息を荒げるフィーとフェイト。
「私が選んだ手段は、生身の身体全てを破棄すること。脳と魔法に必要なリンカーコア、そして病に冒されていない神経を機械の肉体へ移し替えるフルサイバネティック……遺失技術で作り出された実験機を儀式に必要なロストロギア探索中に発見できたのは、僥倖だったわ。そして、手術を成功させられるほどの技術者と伝手があったことも……」
ぐにゃぐにゃと歪んだ視界の中で、母親の口元がフィーには怖いほど歪んで見えた。
「私の肉体には通常の人間を遥かに上回る運動能力と、あらゆるセンサー、探知を誤魔化して生身の肉体に見せかけるための偽装が施されているわ」
フィーたちへ向けられる手の平。そこには滑らかな白銀色の金属装甲が輝いていた。二、三度手を握り、開いたときには偽装の皮膚が瞬時に白銀の光沢を覆い隠す。
何処からどう見ても、本物の人間の手にしか見えない。
「まあ代わりに拒絶反応を薬で抑えないと死にかねないし、身体を動かす度に神経を擦り潰されるような痛みがある身体になってしまったけれど……アリシアを取り戻す代償だと思えば安いものだわ」
この程度、なんてことはないと嗤いながらプレシアは言うのだ。そんな姿に、フィーは目の奥が熱くなるのを感じた。鼻の奥がつんと痛い。
「……狂ってる」
呻くようなクロノの言葉。
「酷いわね。ちょっと頑張りすぎて人間を辞めちゃっただけじゃない。アースラの艦長さんだったかしら? あなたの母親だって、あなたが死んだらこれぐらいのことはするでしょう?
そんなことをプレシアは平然と口にする。
フィーは顔が歪むのを堪えられなかった。その狂ってしまうほどの愛情を少しでも自分たちに分けてくれるだけで満足だったのに、と。
「さてと……それじゃあそろそろ始めましょうか。アリシアが待ってるわ」
指を弾く。ただそれだけで魔法の鎖が出現し、三人を雁字搦めに拘束した。
「「っ!?」」
魔法陣の展開もタメもなく、プレシアは三人へ同時にバインドを発動させたのだ。
フィーとフェイトは異常な魔法技術に驚愕せざるを得ない。
……ネギみたいに遅延呪文《ディレイ・スペル》を使った訳じゃない
デバイスも魔法陣もない、ワンアクションで行使される魔法。そんなものは無い、筈である。近いことはネギでも出来るかも知れないが、それにしたってあらかじめの準備と高い技術、そして彼特有の魔法体系があってこそだ。
「くっ、一体どうするつもりだ!? 動力炉は封印した。もう次元断層が発生するほどの魔力供給は出来ないはずだ!!」
なんてクロノの叫びに呼応するように。
「チェーンバインドッ!!」
「リングバインドッ!!」
翡翠色の魔力の鎖と橙色の魔力輪が、プレシアを拘束する。そしてそこに、
「撃ち抜いて! ディバインッ……」
『Buster!』
人一人を優に呑み込む、極太の砲撃魔法が撃ち込まれた。
視界が桜色一色に染められる中、フィーは動力を封印しに行ったユーノ、なのは、アルフの三人が加勢しに来てくれたのだと悟る。
大出力の砲撃。非殺傷設定で放たれたそれに不意を突かれたプレシアは、為す術なく倒れただろう。
加勢に来た三人ともが思ったはずだ。
「ッ! ダメ、ゆーのん、なのはっ! え~と、アルフ? お母さんはまだ、」
そんなフィーの警告を遮るように、パチンと一つ指を弾く音。
たったそれだけで加勢に来た三人はフィーたちと同じく拘束された。
「そんなっ!?」
「何でだい!?」
目を見開くなのはとアルフ。
「くっ!? フィー、大丈夫だよね!?」
驚きながらも自分を心配してくるユーノの言葉に、何故か嬉しくなるのを不思議に思いつつ頷く。
大丈夫、と念話を送ろうとして、届かないことに気付く。次元震の影響だろうか。
縛り付けられた六人。突入した全員が拘束されたことになる。そんな自分たちを見渡しプレシアが鼻で笑った。
「そう言えば、まだ虫がウロチョロしてたわね。……いえ、その虫に動力を封印されてしまったのだから、私も笑えない、か。確実にいきたかったのだけど、こうなっては仕方ないわ。第二プランでいきましょうか」
その言葉に、全員が息を呑む。
こちらへ背を向け、プレシアが祭壇へと歩み寄っていく。
そして、
「Limit Break Infinite Spiral」
歌うような声音で発せられた言の葉が、静かに、けれど大きく庭園に轟いた。
それが何のキーワードだったのか、フィーには分からない。だが、空気が変わったことだけは感じられた。
全身が鉛になったのかと錯覚するほどの圧力が、襲ってくる。
最早、バインドを破ろうともがくことすら出来ない。相棒ならばこんな状況を打破することも可能だろうか。けれど、彼は今居ない。
フィーは閾値を圧倒的に超過した重圧感に耐えるだけで精一杯だった。
……なんなの、これ?
とても人間から発せられるとは思えぬ、莫大に過ぎる魔力の猛り。
全身から冷や汗が噴き出す。
プレシアが行使したもの、それは『リミットブレイク』の発展形。自己ブーストの応用により意図的に術者の限界を超える、未だ管理局でも確立されていない技術……を更に飛躍させたもの。
超越者が一歩、足を踏み出す。
床が、時の庭園全体が、彼女のたったそれだけの動作で軋みを上げた。バリアジャケットであろう黒いドレスローブの裾が、自身の魔力圧に耐えきれず裂けていく。
その魔力は人外。測定限界のSSSランクを超えてなお、天井知らずに跳ね上がる。
溢れ出す魔力が彼女の一挙手一投足に反応して僅かに漏れ、破壊の旋風を生み出す。
七色に輝く十二の古代遺物がプレシアの魔力に呼応するように円を描き、幻想的な光景の中、祭壇の上で回転を始めた。
☆
時の庭園正面門前。
リンディは『ディストーション・シールド』を展開し、周辺世界への次元震の影響を少しでも抑えようと尽力していた。
アースラからの魔力供給を光の翼に蓄積し、運用する高度な技術を用いながら、マルチタスクで管制を担当するエイミィへ通信機越しに問いかける。
「エイミィ、状況はどうなっていますか?」
『なのはちゃんとユーノ君、それと応援に駆けつけたアルフさんが動力の封印に成功しました! フィーちゃんも白髪の子を詳細不明の肉体付与魔法によって撃破。……詳細不明の魔法についてと、あとフィーちゃんの素性については、事件後に報告したいと思います』
「なるほど……」
……詳細不明?
その言葉に首を傾げるも、リンディは続きを促した。
「それで、クロノは?」
『えーっと、クロノ執務官の状況は最深部に突入後から不明です。どうやら次元震の影響が強いようで、サーチャーも入って行けませんでした。同時に、フィーちゃんフェイトちゃんの状況、それになのはちゃんたち動力炉封印組の加勢後の状況も同じく不明です』
「そう。……私たちは信じるしかないようね。引き続き管制をお願いね」
『了解しまし……えっ!? て、庭園内部に正体不明の高魔力源体が出現!! こ、これは……』
エイミィの驚愕の声とほぼ同時に、リンディも大気を揺るがす膨大な魔力の圧を感じ取った。
「なっ!!? くっ……ぐぅ…………!?」
沈静化へ向かっていた次元震の勢いが瞬間的に増加。不意を突かれて危うくシールドを破られそうになるが、ギリギリで持ちこたえる。
「く……ぬぅ……ぁ……」
今までとは比べ物にならない圧力。過負荷によって背中の光翼が形を崩し掛け、それを精神力で持ち直す。
……一体、なにが
☆
……■■■■、■■■、■■、■■
十二の古代遺物。七色の魔光を放つジュエルシードが大きな円環を宙に描く。
循環性を、永遠を、円運動を、死と再生を、破壊と創造を、宇宙の根源を、完全性を、人間精神の元型を、尾を飲み込む蛇の如き多くの意義を内包する環。全てはフィーのオリジナル、アリシアをこの世へ連れ戻すための儀式なのだろうか。
バインドで拘束されながら、フィーはただ息を呑み、眼前で繰り広げられる神話の一頁のような光景を目に焼き付けることしか出来ない。
……■■、■■■■■■■■、■、■■■
プレシアの唇からこぼれる詠は、ただそれだけで時の庭園を鳴動させていた。そして七色の円環が徐々に徐々に、その光を強くする。
「……っ!?」
プレシアの身体から異様な煙が噴き上がる。
まるで空気を入れすぎた風船が破裂するように、膨大すぎる魔力の圧力が、母の身体を壊しているようだった。
……そうだ。こんな大きな魔力を出して、人間が無事で済むわけ無い
たとえプレシアの肉体がほぼ全て機械だったとしても、こんな無茶を続ければ崩壊してしまうだろう。
……■■■■■■■、■■、■■■■
ビキッ、と異音が鳴り、ついにプレシアの左肩が爆ぜる。
「お母さんっ!」
「母さんっ!!」
止めてくれ。それ以上は身体が持たない、とフィーとフェイトが声を上げるが、それでもプレシアは詠い続ける。
理解不能。少なくともフィーたちには言語として聞き取れぬ詠を……
……■■■、■、■■■■■、■■、■■■
詠は続く。
アリシアの眠る祭壇の前に立ち、動く右腕だけで虹の円環へ手を翳す。
瓦礫が重力を無視して浮き上がる。
床が崩落し、虚数空間へと続く孔が刻一刻と儀式の間を蝕んでいく。
やめて、そう叫んだフィーの言葉は庭園を揺るがす鳴動に掻き消される。
しかし、小さく囁くようなプレシアの詠は庭園全体を震わせんばかりに轟き渡る。
……■■■、■■■、■■■■、■、■■■
視界が虹の極光に塗りつぶされる。甲高い音を立てて、バインドが砕け散った。が、動くことが出来ない。
十二のジュエルシードが描き出す円環。それを中心に世界が歪む。
「っ!!!!」
世界を震わす音の波が、心臓の鼓動を乱さんばかりに襲い掛かってくる。ジャージを伝わる咆哮の如き振動を受け、フィーは顔を腕で覆った。
……■■、■■■■
虹の円環が破裂した。そう思えるほどの膨大な光の奔流が押し寄せる。
「く、ぅう~…………」
光と共に、意識を漂白する衝撃波が全身を突き抜けた。
瓦礫が風に吹かれた落ち葉のように吹き飛ぶ。
その中心、
「どうか、あなたの下まで」
魔法陣の中でプレシアが呟く。
それはあの日、あの時、心の奥で結んだ誓い。
「 」
この瞬間、世界の何処か、大切な何かが音を立ててズレた。
………………
…………
……あれ
頬を撫でる爽やかな風に、フィーは意識を取り戻した。
……どうなったの
最後に見たのは、七色の光が世界を埋め尽くす光景。
「……?」
気を失ってどれだけ経ったのか、わからない。状況も掴めぬまま、フィーはフラフラと立ち上がって、
目の前の世界は、光を浴びて輝いていた。
七色に光る桜吹雪が、幻想的に舞い散って消える。
つい先程までの次元震による振動は、まったく感じられない。脇を見れば、フェイトとクロノがよろめきながら立ち上がっていた。加勢に来てくれた他の三人はバインドで拘束されていた位置関係からか、遠くに吹き飛ばされてしまったようだ。
「一体、何が……っ、プレシア・テスタロッサ!!」
「「ッ!!」」
そんなクロノの言葉で、フィーとフェイトは祭壇へと視線を向けた。成功したのか、いや、それよりもあんな魔力を使って無事なのか。早くなる鼓動をなんとか宥め、顔を向ける。
複雑な魔法陣は姿を消し、目についたのは罅割れた祭壇のみ。
静まり返るそこに、身体中から光を発するプレシアが佇んでいた。
そして、祭壇の上には、
「ん、うぅん~……」
ゆっくりと身体を起こす少女、二十年以上前に時を止めたアリシアの姿。
言葉を失う。
プレシアは不可能領域である死者蘇生を可能としたとでも言うのか。俄に信じがたい光景だったが、フィーには瞼を擦る、自分よりも幼い少女が本当のアリシアだと、何故だか本能のような部分で確信があった。
それを不思議と思わせない何かが、この光には満ちていた。
「……よかった。本当に……」
黒いローブはボロボロに裂け、左肩からは内部の機構が覗く。満身創痍のプレシアが掠れた声で呟き、アリシアにゆっくりと手を伸ばした。
頬を撫でようとした指先がもう少しで触れるところで、アリシアが首を傾げ、
「……おばさん、誰?」
なんて問うた。
それに一瞬、言葉の意味が分からなくて、
「え?」
と、フィーは間抜けな声を溢してしまった。
「わたしは、誰……だっけ?」
無邪気な顔で首を傾げるアリシア。
……そんなのって、ないよ
確かにフィーは儀式を止めようとした。母に大罪人になって欲しくなかったからだし、大勢の命を消すなんてこと許せなかったからだ。
……でも、こんなのって
プレシアは少女の言葉を耳にした途端、石像のように動きを止めた。
「……ここ、どこ? わたしはリニスと……あれ、リニスって……あれれ? お絵かきしてた、の? 誰かを待って……誰、だっけ?」
「……アリ…………っ」
プレシアは言葉を噛み殺す。
フィーにはわからない。子供を持ったことのないフィーには、今、プレシアが感じているだろう絶望が。
蘇生の影響だろうか。アリシアは記憶を失っていた。自分が誰かも、母親のことも……
途方もないショックを受けているだろプレシア。しかし、彼女は深く息を吸うと、僅かに微笑む。
「……サーティ」
と、此処には居ない白髪の少女の名を呼んだ。
すると男子学生服姿の少女が、プレシアの背後に数瞬遅れて姿を現した。
「「「ッ!!」」」
身構えるフィーたち三人だったが、それを無視してプレシアは続ける。
「……この子を頼むわ」
優しく、本当に優しくアリシアの頭を撫でて、そんなことを言う。
「……わかった」
あらかじめ決めていたのだろう。二人が交わしたのはそれだけ。
その時、ようやくフィーはこの空間に漂う光の粒子の正体に気が付いた。
「うそ、でしょ……」
粒子の出所。それはプレシアの身体。花が散るようにプレシアの肉体が端から崩れ、光の粒子と化していたのだ。
思わずフィーは、自分の中にいるはずの相棒へ助けを請う。
「ねぇ、ネギ。あなたならなんとか出来るでしょ? ねぇってば!!」
『…………』
返事はない。
先のサーティとの死闘で限界を超えてしまったネギは、しばらくの間、強制的に精神世界の奥深くで眠りについているのだから。
「無駄よ」
フィーの様子に見かねたように、プレシアが呟く。
「これが限界を超えた代償。個人で大型魔力炉並の出力を出した反動ね」
何でもなさそうな表情で崩れて光の粒子となっていく手の平を眺める。
実感がわかなかった。目の前で母親の命が燃え尽きようとしている。なのに、自分には出来ることが何もないのだ。
目の奥が熱くなる。
その時、
「おばさん……」
アリシアがプレシアに、
「おばさんの身体、崩れていってるよ? 大丈夫? 痛くない?」
なんて泣きそうな顔で語り掛ける。
驚いたようにプレシアは少女を見つめ、何かを断ち切るように瞳を閉じ、
「…………」
ゆっくりと開いた。
「『おばさん』は大丈夫。自分でこうなることを望んだのよ……優しい、『お嬢ちゃん』」
フィーの頬を涙が伝った。
「良い、優しいお嬢ちゃん。これだけは覚えておくのよ? これから先……お嬢ちゃんには色々なことがあると思うけど、大丈夫。あなたはこの世で誰よりも愛されて育ったのだから、何があっても、きっと頑張れるわ。どうしても困ったら、そこにいる白い髪のお姉ちゃんに助けてもらいなさいね」
「……うん」
「そして何より……幸せになるのよ。絶対……そう、誰よりも幸せに。毎日笑って、好きな人とか作って、そして……幸せだったと誇れる人生を歩みなさい」
「ぐすっ…………うん」
溢れた涙を優しく拭ったプレシアを見つめ返して、アリシアは頷いた。
「どうしてかな? どこも痛くないのに……どうして、涙が……」
「ありがとう…………お嬢ちゃんの涙だけで、おばさんは十分よ」
そう言ってプレシアは、アリシアとサーティへ次元転移魔法を施した。
「……サーティ。あなたには感謝してるわ」
「生み出してもらった恩返しだとでも思ってくれ。この子を幸せにした暁には、あの世で報酬を頂くよ」
そうして、二人は何処かの次元世界へと消えていった。
フィーたちへ振り返る。
何を言ったらいいのか、分からなかった。
視界は涙に霞み、鼻の奥は酷く痛い。
「お、母……さ、ん」
言いたいことがあったはずなのに、言葉が喉に詰まって出て来ない。
フィーの横ではフェイトも嗚咽を漏らしていた。
しかし、悲しんでいる暇すら世界は許してくれない。先の戦闘と儀式、そして虚数空間に蝕まれた床が、プレシアを中心に崩落したのだ。
フィーは反応できなかった。
巻き込まれたのはフィーとフェイト。視界の端ではクロノが動き始めていたが、傷のせいか思うように動けないようだ。
浮遊感。
もうすぐそこに虚数空間が口を開けている。
……まあ、いいかな
フェイトとお母さん。このまま一緒に死んでしまうのも良いかも知れない、なんてぐちゃぐちゃになった思考でフィーは思った。
……うん、そうだ。それがいい
少女の精神は母の死を前に今までになく揺れていた。それでも、相棒であるネギが居れば、ここで死ぬことを良しとしなかっただろう。だが、ネギは今居ない。
身体から力が抜ける。
飛行魔法こそ使えないが、足場を作ればまだ間に合う。しかし、力が入らない。
その時、
『フェイト、それにフィフティス。あなたたちは生きて、精々幸せになりなさい。あなたたちはもう、自立した個体なのだから……』
念話の通りにくい状況を苦にもせず、プレシアの最後の言葉がフィーとフェイトの頭に届けられた。
ほぼ同時、衝撃と共に浮遊感が消える。
見ると、ユーノが自分の手を握り、魔法消去領域のギリギリで掴み止めていた。
フェイトも、なのはが助けたようだった。
それでも、とフィーは母へと手を伸ばす。
届かない。ユーノが自分の手を握っているのだから。
最後に見た母は、優しく微笑んでいるようだった。
……やだ
心の奥で何かが叫ぶ。
……お母さんと一緒に
その言葉に従い、フィーはユーノを睨みつけた。
「離して」
「嫌だ」
即答される言葉に、フィーは拳を握る。
「離してよっ!」
「ぐっ……!!」
ユーノの頬を打つ。しかし、離してくれない。何度も殴り、唇が切れて顎に血が伝っても、ユーノはフィーのことを離さない。
むしろ、絶対に離さないと叫ぶように、フィーのことを正面から抱き締めた。
「離してよ!? お母さんが行っちゃう!!」
頭突きを見舞っても、ユーノは一層強く抱き締め、フィーの耳元で、
「絶対に離さない!! 君は僕にとって、大切な存在なんだからっ!!!」
なんてことを叫んだ。
瞬間、自分の胸が母を失うこととは違った意味で、ぎゅっと締め付けられるような感覚をフィーは覚えた。
何故か鼓動が高鳴り、一体何が起きているんだろうと不安になるほど胸が熱くなる。
自殺願望じみた、熱に浮かされたような思考に冷水を掛けられた気分だった。
母を失ったことを思えば、心臓が潰されるほど胸が苦しくなるが、後を追おうとは思わない。
「……それって、どういう意味? わたしのことが、す、好きってこと?」
「え? ぇえ、と、ぅ、う……そ、いや、あの…………心の友とか、そんな感じの、し、親友って意味で……だよ?」
刹那、熱くなった胸が瞬間冷却された。
下に虚数空間の孔が無いことを確認する。
何というか、勘違いした自分が恥ずかしくて。違う意味だと言われてイライラしている自分にイライラして。とりあえずフィーはこのイライラの捌け口として、ユーノを思いっきりど突くことにした。
「この、遺跡オタクがぁッ!!」
「ぐぉう!? ちょっと、フィー! 今はそんなときじゃ、くゅぇぼ」
「バカバカバカバカバカバカ」
「そこの二人組、何やってるんだ!? 早く脱出しないと庭園に生き埋めになるぞ!?」
「そ、そうだよフィー! 早く行くよっ」
「む~……」
見れば天井や床、壁が今にも崩れそうなほどひび割れていた。
頭の中がグチャグチャだった。
一度、プレシアが落ちていった孔に振り返り、最期の言葉を思い出す。
……幸せになりなさい、か
涙を拭う。
フィーが心に負った傷はすぐに癒えるほど浅くはない。しかし、それでも少女は虚勢を張った。
「なってやる! お母さんが羨ましがるくらい、幸せになってやるんだから……」
踵を返す。
そして、
「……!?」
闇が蠢いた。
両腕の紋様が刻一刻と全身へ広がっていくのが理解できる。侵食されていく。自分が闇に蝕まれていく。
声も出せぬ苦痛の中、フィーが思い至ったのはネギの不在。
普段は『闇の魔法』の暴走を抑えているネギが、今は眠りについているのだ。必然的にフィーが暴走を抑え込まなければならない。しかし、幼く、母の死に動揺し、傷だらけのフィーにはあまりにも荷が重すぎた。
手甲型デバイスに組み込まれた封印も、うまく機能していない。
掠れていく意識。
様子がおかしいことに気付いたユーノが声を掛けてくる。
「フィー、大丈夫……なわけないよね。でも、今はアースラまで急ごう。…………フィー?」
「……ゆーの、ん」
小さく呟き、身体が傾く。
「っ、フィー!?」
少年の腕に抱き抱えられ、いつの間にか少女は気を失っていた。