リリネギカルま! 改訂版   作:藍上 尾

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エピローグ

 

 

 

 ……だから、わたしは言ったのに

 

 声が聞こえた。

 

 何処かで聞き覚えのある、少女《じぶん》の声だった。

 

 ……忠告したはずだよ。悲しい思いをすることになるって

 

 寝ぼけたように頭が思考を拒絶している。

 

 ……あなたが落ち込んでるのはいい気味だけど

 

 何か、大切なことを忘れようとしている気がした。

 

「……」

 

 気付けば、フィーは何時もの白い空間に佇んでいた。相棒に修行を見てもらうとき、相棒が人格の表へ出ているとき、何時も佇む精神世界に。

 

「……フィー」

 

 なんて、元の大人の姿に戻ったネギの声がすぐ目の前から聞こえた。

 

 ぎこちなく顔を上げようとして、抑えられるように頭を撫でられる。

 

「ネギ……?」

 

「ごめん」

 

 相棒からの謝罪。

 

「大事な時に、側に居てあげられなかった」

 

 そんな言葉に最期の一幕、母との離別をフィーは思い出してしまった。無意識の内に忘れようとしていた記憶が鮮明に蘇り、歯を食いしばる。

 

 母が、死んでしまった。

 

 虚数空間に落ちて、消えてしまった。

 

 誰のせいでもない。ネギの責任でもなければ、フィーの努力が足りなかった訳でもない。プレシアが命を削る選択をしていた時点で、この結末は回避不可能だったのだ。けれども、

 

「……っ」

 

 納得できる訳がなかった。

 

 もっと自分に力があったら。もしも、ネギがサーティに圧勝してあの瞬間に居てくれれば。

 

 たら、れば、を考えても仕方ないことだと理解できても、心が追い付いてきてくれない。

 

 言葉に出来ない、ドロドロした何かが胸の内で蠢いた気がした。

 

「吐き出していいんだよ」

 

「え?」

 

「心に溜めても、良いことは何もないんだから」

 

 クシャリ、と頭を乱暴に撫でられる。

 

 その拍子に冷たい滴が一つ、頬を滑り落ちた。

 

 驚いて顔を上げた途端にまた一つ。零れ落ちた水滴が足下に小さな水玉模様を描く。相棒がフィーの頬に手をやり、涙を拭ってくれた。

 

 瞼の裏が熱くなった。

 

 目の前のネギの姿が、まるで水中にいるようにぼやけて、ようやくフィーは自分が泣いているのだと気が付いた。

 

 ネギのお腹に顔を埋める。枯れ草色のローブに涙が染みるのも構わず、フィーは大人の姿の相棒に抱きついた。

 

 しゃくりあげるような音が喉の奥か溢れて、もう自分の意志では止められなかった。

 

「ぅう……くっ……………ぁぁ」

 

 押し殺すような低い嗚咽はすぐさま激しさを増し、少女は枯れ草色のローブを強く握り締める。

 

 ネギがそんなフィーの頭を優しく撫でる。

 

 少女は涙でくしゃくしゃの顔をローブに押し当て、頬をすり寄せた。

 

 泣き声は何時までも、途切れることなく続く。

 

 もう母に会えないのだ。

 

 もう母と言葉を交わすことは出来ないのだ。

 

 最期に、自分とフェイトへ掛けてくれた母の言葉を思い出して、フィーは喉が枯れるまで泣き続けた。

 

 生まれて初めて誰かに抱きつき、少女は泣いた。

 

「ありがと…………ごめんね」

 

 どれほど経っただろう。時間の感覚も曖昧になるほど長い時間、涙をこぼしたフィーはジャージの袖で涙を拭って言った。

 

「どうってことないよ。それに、僕たちは一蓮托生の相棒なんだろ?」

 

 意地悪そうに青年は微笑み、何時だったかフィーが口にした言葉を繰り返す。

 

 ……スッキリした、のかな

 

 勿論、母を失った悲しみが消えたわけではない。けれども、少しは心の整理が出来たように思える。少なからず胸に溜まっていたドロドロした何かを吐き出せた気がした。

 

「……さてと、それじゃあ」

 

「うん。そろそろ、起きよっか……」

 

 

 

 

 

 

 目を開けると、そこは見慣れぬ部屋だった。

 

 勢いよく身を起こし、焦点の定まらない目で部屋を見回す。見覚えのある間取り。少し考えて、自分が護送室のベッドに寝かされていたのだと悟る。

 

 胸にかかっていたシーツの柔らかな感触が滑り落ち、フィーは自分が病人服のような簡素な布に身を包んでいることに気付く。

 

『捕まっちゃったみたい、だね。……どうする?』

 

 相棒の問い。

 

『ここで管理局のお世話になるのも一つの選択肢だ』

 

 そんな言葉に、フィーは小さく息を吐く。そして考えるのはどんな選択がより自身の幸せに繋がるか、だ。

 

 きっとこのまま管理局に捕まっても、悪いようにはされないだろう。自分の正体を隠していたことや、もしかしたら犯罪歴のこともバレてしまったかも知れないが、それにしたって大して重い罪ではない、筈だ。……姉と呼べるフェイトと一緒に、嘱託職員として働くことになるかも知れない。

 

 そんな、あり得るかも知れない未来。

 

 大きな組織に属し、犯罪者を相手に無辜の民に救いの手を差し伸べる道。

 

「…………ネギは、どうするべきだと思う?」

 

 フィーは今、人生において重大な……後戻り不能な別れ道に立っているように感じた。だからこそ、相棒のネギと相談したかったのだが、

 

「人生には正しい選択肢なんてない」

 

 なんて一蹴されてしまった。

 

「え?」

 

「一歩を踏み出した者は無傷ではいられない。綺麗であろうとするな。他者を傷つけ、自らも傷つき、泥にまみれても尚、前へと進め……昔、ある人に言われた言葉でね。今でも良く覚えてるよ」

 

「……」

 

 相棒の言葉の真意を測りかねて、フィーは押し黙った。そんな様子に相棒は苦笑する。

 

「要するに、フィーの好きにしたらいいってことだよ。正しい選択肢はない。選んだ後で、それを正しいものにしていくんだ…………難しいことだけどね」

 

「……そっか。そう、だよね」

 

 ネギの言葉に小さく頷く。

 

 今までのように遺跡発掘で探し当てた古代遺産を売り払ったり、フリーの魔導師として便利屋を続けるのか。それとも管理局にこのまま連行されて然るべき裁判の後、管理局に属するのか。

 

 フィーは迷った。どちらの道にもメリットはあり、デメリットもある。すると、ネギは何処か過去を思い出すような調子で呟く。

 

「ただ、どの道を選ぶにしろ自分の意志を持って欲しい。魔法というのはどんなに言い繕っても『力』だ。敵を倒し、時には殺す」

 

「……」

 

 フィーからすれば信じられないほど高度な魔法を使いこなすネギからの言葉に、フィーは首を傾げた。まるで『クリーンで安全』と謳われ、質量兵器の代替物として発展してきた魔法技術を否定するような言葉だったからだ。

 

 ネギは小さく息を吐き、続ける。

 

「非殺傷設定があってもその本質は変わらない。そんな場面に直面した時、フィーに後悔して欲しくない。……今のフィーには分からないかも知れないけどね」

 

「……」

 

 ネギの言っていることはフィーには難しく、良く理解は出来なかった。しかし、なんとなく大事なことを言っているのだろう、ということだけは分かる。

 

 ……どうしようか

 

 考えに考えて、唸ること数分。少女は大きく頷いた。

 

「よし、逃げよう!」

 

 本能のままに決める。

 

 幸せになりなさい、なんて言われたのだ。そして、どうやらフィーは決められたレールの上を行くよりも、刺激に満ち溢れた生活の方が楽しそうに思えたのだ。

 

 決めてしまえば早いもの。

 

 ベッドから立ち上がり、おもむろに護送室の端、タイル張りの床を引っ剥がす。現れたのは遺跡発掘時に使用する様々な機具が詰め込まれた背嚢だ。

 

 フェイトとなのはの海上での一幕の際、備えあれば憂いなしとフィーがアースラのあちこちに仕込んでおいたものの一つだ。

 

「さってと……」

 

 背嚢を背負い、少女はロックされているだろうスライドドアを睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 ■事件NO AP0057564155 ー C735542

 

 ■事件種別 遺失遺産の違法使用による次元災害未遂事件

 

 ■担当 巡航L級八番艦アースラ

 

 ■指揮官 同艦長 リンディ・ハラオウン

 

 ■現場主任 執務官 クロノ・ハラオウン

 

 ■概要

 

 事件初動は管理外世界での特定魔力波の感知。巡航中のL級八番艦アースラのスタッフがそれを検出、艦長指示により現場へ移動。非転移モニタリングの結果、第三種管理外世界においてミッドチルダ式魔法を行使する魔導師二名と遺失遺産の発動を……(中略)……遺失遺産は発掘間もない未登録物であり、一般呼称は『ジュエルシード』。移送中の事故で……(中略)……収集時に負傷したユーノ・スクライアに現地の魔導師、高町なのはが急遽協力。後にユーノ・スクライアを追って合流したフィー・スクライアが……(中略)……海上戦ではフェイト・テスタロッサ、高町なのは両名の協力によって、ジュエルシードの沈静化に成功した。しかし、その際に次元空間に停泊していたプレシア・テスタロッサがアースラ及び戦闘空域に次元跳躍魔法による攻撃。フェイト・テスタロッサとその使い魔アルフを撃墜し、アースラの防衛フィールドにも損傷を……(中略)……フィールド再展開の隙を利用し、サーティ・テスタロッサがアースラ内部へ侵入。武装局員四十名中、二十七名が未確認の石化魔法により行動不能、残りの十三名も重軽傷を負った。

 

 ※フェイト、サーティ、フィー三名の出自に関しては別紙にて詳細を記す。

 

 クロノ執務官、リンディ艦長、協力者の高町なのは、ユーノ・スクライア、フィー・スクライアの計五名にて時の庭園へと突入。プレシアの十二個のジュエルシードによる儀式は、中規模次元震を発生させた。次元震による影響、もしくはプレシア自身による妨害の為、最深部ではサーチャーが使用不可、デバイスの記録機能に異常が発生したため詳細は不明。クロノ執務官の証言により、プレシアの虚数空間への落下と、サーティの次元転移による逃走が確認された。フェイト・テスタロッサ及びアルフ、そして突入時に本名が発覚したフィフティス・テスタロッサ(フィー・スクライア)は、現在重要参考人として保護、アースラの監視下にあるが、三名とも庭園崩壊時の崩落で重傷を負い、意識不明。回復を待って事情を聞くこととなっている。

 

 ※フィフティス・テスタロッサと第一世界にて登録されている犯罪者、フィー・T・N・スプリングフィールドの関係性については別紙にて記す。

 

 高町なのは、ユーノ・スクライアに対する報賞は現在検討中。

 

 ■レポート担当 時空管理局執務官補佐 巡航L級八番艦アースラ通信主任 エイミィ・リミエッタ

 

「と、まあ、こんな感じかな~」

 

 エイミィはタイピングを止め、背後のクロノへと振り返る。

 

 アースラのモニタールームには報告書の文字が並んでいた。

 

「まあ、これなら問題ないかな。……なのはとフェイトの件と、フェイトとフィーの現状にアリシアの件に……」

 

 挙げれば切りがない捏造レポートの内容に、クロノの眉間に皺が寄る。

 

 事件から既に三日が経過していた。

 

 時の庭園崩壊の最中、急に倒れたフィーの対応に次元震の余波で動くに動けないアースラ、フェイトとなのはの模擬戦に、三日間何故か寝たきりのフィー。地上本部との『ジャージの小悪魔』に関する情報の交渉など、クロノにしてみれば事件後の方が忙しいくらいだ。

 

「まあ、サーチャーが入って行けなかったことも、デバイスの記録映像が真っ白だったことも、本当なんだし、別にいいんじゃないの?」

 

「報告書には厳密な真実を書くように、と士官学校で教わらなかったのか?」

 

「現場は臨機応変、自分の学んだ経験と判断を信じろって教わったよ~」

 

 実際、エイミィの真実の中に嘘をあること無いこと混ぜ込んだ報告書の完成度は舌を巻くほど高く、おそらくこれで通ってしまうだろう、とクロノは思う。

 

 生真面目な少年としてはエイミィの仕事ぶりに感謝しつつも、どことなく納得のいかなかったが、これが世の中だとため息を吐いた。

 

「戦闘についても、まーいいんじゃない? ようは子供同士の喧嘩なんだし」

 

「AAAクラスの魔導師が本気で戦ったら、街一つくらい消し飛びかねな……!?」

 

 突然、クロノの言葉を遮るように警報音が艦内に鳴り響く。

 

「なんだ!?」

 

「小型の次元航行鑑が接近……って、アースラ内部から転移反応!?」

 

 エイミィの言葉と共に、アースラへと通信が入る。

 

 クロノの眉間に、一際大きな皺が刻まれた。

 

 

 

 

 

 

「ふぃ~、やっと一息つけるってもんよ~」

 

 デメキング号の操縦席に腰を下ろし、牛乳瓶を片手にフィーは盛大に息を吐いた。

 

 予備のピンクジャージに袖を通し、少女の姿は何時も通りだ。

 

『いやー、長い道のりだったね。見つからずにあそこまで辿り着くのは本当に……』

 

 護送室で脱走を決意してから一時間、やっとの思いでフィーは懐かしの我が家? まで帰ってきたのだ。

 

 本当に長く、険しい道のりだった。自分が起きたことがバレないように監視カメラに細工を施し、扉のロックを遺跡発掘で培った技術で解除したまでは楽勝だった。そこからは大変だ。抜き足差し足忍び足で気配を殺して保管庫から手甲型デバイスを取り返し、転移ポートまで向かったのだ。途中で遭遇した局員……アレックスだったか……には申し訳ないことをした。速攻で意識を飛ばし、掃除ロッカーに縄でぐるぐる巻きにして詰め込んでしまったのだから。まあ、

 

「尊い犠牲ってやつだよね」

 

 食堂の厨房に忍び込んで腹を満たし、ついでに牛乳瓶をちょちょいと頂いた後は、段ボール箱を被ったり、壁と一体化したり……

 

 ……うん。我ながらよく頑張ったよ

 

 取りあえず、フィーは笑みを浮かべてアースラへと通信を送った。

 

『¢¢%%%¤‰%¤¤$%㌢㌔㍉¥¥≈ッ!!』

 

 モニターにいきなりクロノがドアップで登場し、なにやら喚き散らすのも構わず、フィーはサムズアップ。

 

「フィー・T・N・スプリングフィールド! 自由への逃避行を開始しまっす!!」

 

 そうして、操縦桿を力一杯握り込んだ。

 

 全速前進。進路は適当、気の向くまま。

 

『……そう言えば、次元震の余波があったよね?』

 

「……あ゛」

 

 ガタガタとデメキング号が揺れ始めた。それでも、少女は突き進む。相変わらず喚き散らすクロノへ、モニター越しに、お姉ちゃんをよろしく! と敬礼モドキを送り、通信を強制終了。

 

 金髪の少女フィフティスと赤毛の青年ネギ。二人で一人、二人三脚の物語は続く。

 

 フィーとネギの旅は、戦いは、まだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 落ちる。落ちる。落ちる。

 

 目の痛くなるような七色。魔法の使えぬ空間で、プレシアは身体を散らしながら安堵の息を吐いた。

 

 自身の考え得る最高の結果が出せた、とは言い難いがベターではある。もう数分も保たないだろう意識の中で、プレシアは思う。

 

 ただ一つ口惜しいことは、あの子たちの行く末を見届けることが出来ないことか。だが、リミットブレイクを使わずとも、プレシアに残された時間は少なかったのだ。生身の身体は病に冒され、機械の身体となり延命したはいいものの、拒絶反応で既にボロボロ。そんな身体でこれだけの結果が出せたのだから、十分すぎる。

 

 ……あの子たちは大丈夫

 

 崩落から二人を救ったスクライアの少年と白い魔導師の少女。あの二人が一緒に居てくれるなら、躓き、倒れそうになっても支えてくれるに違いない。

 

 そして、

 

「アリシア……」

 

 愛娘の名を呟く。

 

 逢いたい。だが、もう無理だ。

 

 けれど、プレシアは満足だった。『予定通り』、枷になるだろう記憶を愛娘から消し去り、忘れさせた。身を削られる思いだったが、それでいいのだ。今後のあの子に、自分の記憶は必要ない。元気に生きて、生涯を全うしてくれれば、それで良い。

 

 サーティも居る。あの子は無愛想だけれど、約束は必ず守ってくれる。だから、大丈夫。

 

 薄れていく意識。

 

 霞んでいく視界。

 

 永遠の眠りへと続くだろう意識の断絶。瞼が閉じようとする間際、長い黒衣が視界を過ぎった。

 

 ……その身体、借り受ける

 

 恐ろしく、そして悲しい響きが、プレシアの耳に聞こえた気がした。

 

 




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

次のエピソードの更新までは、少々お時間を頂きたいと思います。

予定では8/1から再開していこうと考えてますので、どうぞよろしくお願いしますm(_ _)m
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