リリネギカルま! 改訂版   作:藍上 尾

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 どうもこんにちは、藍上尾です。

 ベンチプレス70㎏でセットが組めるようになったので(?)、本日からEpisodeⅢを投稿していきます。どうぞ宜しくお願いします!


EpisodeⅢ 悪鬼咆哮
プロローグ


 

 

 

 第二十三管理世界ルヴェラ北部。

 

 淡い月光が端に積もった白雪を輝かせる、人気のない路地裏の道。そこを歩む男がひとり。

 

 丸太のように太い手足を動かし、音も立てず体幹のブレを感じさせない。高レベルの武芸を身につけた者特有の無駄のない動き。角張った顔立ちと分厚い眉は、強い意志と自らへの自負を感じさせる。

 

 一般人が彼を見たならば、身を包む紺色のスーツに違和感を覚えただろう。それ程までに男から滲む気配は張り詰め、戦闘者として完成されていた。

 

 そして事実、彼は生粋の武芸者だった。

 

 裏の世界の一部では名の通った守り屋。如何なる襲撃者からも依頼人を守り抜き、敵を潰す。高レベルの近接戦闘技術を有する彼と正面から近接戦を演じられる者は、表でも裏の世界でもそう多くはない。

 

 角を曲がり、男はなおも暗闇の中を行く。ルヴェラ北部に栄えたこの街には、ビルの隙間を縫うようにして数多くの抜け道が存在している。狭く、暗く、人気もないため、時には屯する犯罪者と遭遇してしまう事もあるが、扱えれば便利なことこの上ない。裏道にしかない違法デバイスパーツの販売所、他にも多くの表通りとは違った趣の店が犇めいているのだ。

 

 男の目的地。それは裏の世界における次元最強を決める大会……裏DSAAチャンピオンシップ。そのルヴェラ北部地区選抜の受付所だった。

 

 優勝者は莫大な賞金と、裏の世界における次元規模の栄光を手にする、伝統ある大会。その秘された受付所まであと一息と言うところで、男は身体を反転させた。自分が通ってきた道、そこを埋め尽くす闇を探るように目を細める。

 

 ゆっくりと体勢を沈め、腕時計型待機状態のデバイスを起動。 

 

 黒金色の二振りの旋棍が、手の内で螺旋を描く。

 

 戦闘態勢を整えてから、男は静かな声を上げた。

 

「誰だ」

 

 そんな言葉に反応したのだろうか。黒一色のその場所から、人の輪郭が現れた。

 

 後頭部で束ねられた桃色の長髪。艶めかしい肉付きをした若い女だった。ただの一般人では有り得ない程に濃い、むせかえるような密度の闘気と魔力を立ち上らせている。

 

 腰に下げた大剣の鞘に手を添えた女が、まともであるはずがない。

 

「返事がなくば、叩き潰す。答えろ」

 

 旋棍を握る指に、力が篭もる。

 

 感じる魔力は経験した中でも一、二を争う程に強大。恐らくはAAA以上の高ランク魔導師。装備や甲冑を見るに、近代、或いは古代ベルカの騎士だろう。

 

 互いに動いていなくとも、漂い始めた闘争の気配によって周囲の大気が熱を帯び、一触即発の張り詰めた空気が軋みを上げる。

 

 そんな中、ついに女から声が漏れた。

 

「……お前の魔力、貰い受ける」

 

 女にしては低く、そして闘気の宿った声。

 

 金属が擦れる冷たい抜刀音。

 

「誰かは知らんが、このオレを襲って無傷で帰れると思うな」

 

 びゅん、ともう一度黒金色の旋棍を回転させて、男は踏み込んだ。

 

 夜闇を切り裂き、瞬きの半分ほどで間合いを蹂躙した男は、瞬時に右の旋棍を回転させて、振り下ろす。

 

 アスファルトが砕けんばかりの強烈な足運びによって生み出された威力を乗せ、必殺の振り下ろしが走る。

 

 先端速度は音にも迫るそれ。しかし、響いたのは肉の爆ぜる音ではなかった。

 

 女の腕が跳ね上がり、大剣と旋棍が火花を散らす。

 

 鮮烈に彩られる、凛々しい顔。可憐、よりも綺麗、という言葉が似合うその表情に伺えるのは、使命感の炎。

 

 直感に従い、地を蹴ってその場から飛び退く。着地して構え直した所で、全身から冷や汗が噴き出していることに気が付いた。

 

 手に残る痺れ。

 

 渾身の一振りをいとも容易く凌がれるとは。

 

「……!」

 

 驚愕の冷め止まぬ中、女が踏み込んできた。

 

 疾い。

 

 極限の集中力が体感時間を引き伸ばす。それでも尚、女の動きは速い。純粋な速度、そして虚を突くタイミング、どちらも完璧と言ってよいほどの踏み込みだった。

 

 斬、と大気に刃を通すが如く走る袈裟懸けの一閃を、辛うじて旋棍によって流す。飛び散る火花。流した片刃の大剣が女の手首の動きによって斬り上げへと変化する。

 

「疾ッ!!」

 

「……破ァッ!」

 

 静寂の中を木霊する女の鋭い呼気と、男の気合い。

 

 再びの火花と金属音。両者の大剣と旋棍は弾かれるようにして間を開けた。

 

 息吐く間もなく女が迫る。

 

 流れるように体捌きから次々と閃く剣光。袈裟、裏斬り上げ、諸手突き、逆袈裟、表斬り上げ。旋棍の打撃は大剣の鎬を流され、襲撃者に届くことはない。一方、女の斬撃は男の防御を真正面から斬り崩さん、と怒濤の勢いだ。

   

 鈍い金属音が連続して周囲に響き渡り、小さな火花が闇夜に咲き乱れる。

 

 引きつった痛みが頬や腕、至る所に走る。

 

 弧を描く渾身の一打は虚しく空を切った。何十度目かの攻め手を完全に捌かれ、男は再び飛び退くことで間合いを開けた。

 

 両者の距離は十メートル。

 

 頬を滑る鮮血が地面へ小さく飛沫を立てるのも気にせず、男は乱れた呼吸を整える。

 

「……くっ」

 

 旋棍を握る手を痺れさせる斬撃の反動。凄まじい、としか言いようのない剣技だ。

 

 男の脳裏には、既に確信があった。騎士甲冑に身を包んだ女が何者かは分からないが、己よりも圧倒的に優れた魔力と剣の技量を持っている。そして、自身が今こうして立っている事自体が、女の加減によるものなのだ、と。

 

 十数合と打ち合えば、嫌でも力量は見えてくる。いや、最初の一合目から、男はその事実を悟っていた。

 

 胸裏の焦りを息と共に吐き出した。

 

 力量の差は明白。ならば、あっさりと負けを認めるのか。

 

 否。断じて、否だ。

 

 男は戦いにおいて最も重要なことを理解していた。それは鋼の如き肉体でも、神業じみた技術でもない。敵を倒す、と言う執念なのだ。

 

 極論を言ってしまえば、心技体、心も技術も魔力さえ相手に劣っていようとも、ただ一撃、致命の傷を負わせれば勝ちなのだ。

 

 勿論、相手との圧倒的な差を覆すことは容易ではない。百度やって百度、強者が勝つだろう。しかし、千ならどうだ。万なら……考えるべきなのは、その限りなく低い可能性を手繰り寄せる方法である。

 

 深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 

 旋棍を廻す。

 

 左足を前にした半身。竜巻の如く螺旋を描く旋棍は、大気を引き裂き周囲の空間を軋ませる。

 

「……女、見事な腕だ。オレよりも強いかも知れんな。だが、」

 

 瞳を閉じる。その隙に斬られるかも知れない。そんな恐怖を払いのけ、己の心を男は見つめた。

 

 とくん、とくん、と心臓の鼓動が二度、鼓膜を揺らした後、

 

「、オオオォォォォッ!!」

 

 男は疾風と化した。

 

 アスファルトを蹴り砕きながら、一足で女まで飛び掛かり、旋棍を振るう。

 

 回転の勢いと踏み込みの力も相まって放たれた一撃は、高層ビルだろうと倒壊させる。

 

 しかし、どれほど強大な力でも、当たらなければ零に等しい。

 

 旋棍は虚しく地面を叩き割り、積もった雪を消し飛ばすと巨大なクレーターを形成した。その衝撃波で裏道のビルが軋みを上げ、大小の瓦礫が降り注いできた。

 

 背筋を駆ける悪寒。

 

 その感覚に従い、首を引く。鼻先に鋭利な痛みが走り赤が飛ぶも、臆せず二撃目を振りかぶる。

 

「ハアアァァァァァァッ!!!」

 

 夜の闇に立ちこめる砂塵へ、気配を頼りに左の旋棍で一閃。

 

 手応えは無い。

 

 衝撃に吹き飛んだ砂塵の向こうでは、桃色の頭髪を棚引かせた女が、男の一撃を屈むことで回避していた。

 

 バネを利かせ、跳ね上がるような動作で剣閃が走る。

 

 確実な死の予感。

 

 一瞬の拮抗の後、スーツの表面を覆ったバリアジャケットが引き裂かれる。

 

 左の旋棍を振るい、伸びた身体。致命的な隙。回避も防御も、男には許されない。いや、そもそも……

 

「殺ったッ!!」

 

 ……男に避けるつもりなど、さらさら無かった。

 

 魔力を集中。左脇腹を斬り上げるように襲った女の大剣が男の肉を裂き、骨を断つ寸前。爆発的に筋肉を魔力で強化し、締め上げることで押し止める。

 

「ッ!?」

 

 初めて、驚愕に目を見開く女。

 

 肉を切らせて、骨を断つ。

 

 これが男の手繰り寄せた、万に一度の可能性。

 

 轟、と大気が爆ぜる。

 

 斬られることも構わず振り下ろした右の旋棍が、

 

「っ!?」

 

 硬い物に遮られた。

 

 シールドの類ではない。それならば、付与された障壁貫通《バリアブレイク》の術式によって打ち砕いている筈だ。

 

「鞘、だと……」

 

 男の命を懸けた一打は、女の持つ鞘によって防がれていたのだ。強大な打撃力を流してのけた技量には、絶句するしかない。

 

 ギシリ、と軋む鞘には深い亀裂が刻まれている。渾身の力を込めることが出来たならば、或いは鞘ごと女を打ち砕けたかも知れない。しかし、斬り上げを正面からその身に受け、魔力を筋力強化にも費やさなければならない以上、難しいことだった。

 

 浅く肉に埋まった大剣の刃が抜かれると同時に、側頭部を峰で打ち抜かれる。

 

「……見事」

 

 意識の跳ぶ直前。呻くようにそう呟き、男は地面に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

 凄絶な男だった。

 

 数多の鍛錬の果てに得ただろう旋棍の技、鋼の如き肉体。しかし、そんな強者も今は動かない。

 

 積もった雪に薄く滲む鮮血が、月光に照らされ淡く輝く。

 

 抉れた地面や崩れたビルの一角は、戦いの激しさを物語る。

 

「…………」

 

 倒れ伏す男を見下ろし、片刃の大剣を鞘に収めた女は静かに佇む。

 

 不意に、一陣の風が巻き起こる。

 

 その風に触発されるように、中空に一冊の書物が現れた。

 

「……蒐集、開始」

 

 そう呟き、女は唇をきつく噛みしめ、握り拳を震わせた。

 

 男の胸の中心から燐光を放つ小さな球体が現れ、徐々にその燐光を開かれた書物へと吸収されていく。

 

「くっ……」

 

 言葉を詰まらせ、静かに頭を垂れた。その顔には、深い自責の念が刻まれている。

 

 だが、後悔したのは一瞬に過ぎない。自らに課せられた使命。いや、

 

「これは、我らの願いだ」

 

 使命などではない。この行動、その全ては女の独断であり、主には何も知らせていないのだから。

 

 燐光を、リンカーコアの蒐集を終えた書物を手に、女は迷いを振り払うように踵を返した。

 

 淡い月光の差し込む裏道を見据えて、女は歩み出す。

 

 その先に希望があると信じて……

 

 

 

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